音楽よもやま話拾い集め(ウィ・ザ・ピープルの巻)
(初出 1998/8/3、「Spinning Spinning Spinning」)
前回のSpinningで予告した通り、(日本の)サイケな夏30周年強化月間の一環として、その短くも悲しい歴史を総括した2枚組アンソロジーが良心の極み・サンデイズドによって先日リリースされたウィ・ザ・ピープルをこのコーナーで大々的に取り上げることにしました。とにかくその2枚組は、去年の「ペット・サウンズ・セッションズ」ほどではないにせよ、自分にとっては超重要リイシューなのであります。この熱い気持ちを皆さんと分かち合いたいということで、特集をせずにはいられなくなったのです。
さてこのウィ・ザ・ピープルは活動期間中にシングルを7枚発売したのですが、全米ヒット・チャートには一曲もランクされませんでした。そんな彼等がどうして我がチェック圏内に入ったのか? それは1983年11月、受験を目前に控えて緊迫しまくっているはずのある日、明大前の「モダーン・ミュージック」で1組の2枚組アルバムを発見したことがきっかけでした。当時全米チャートもの一辺倒の音楽生活を送りながらも、かつてのニュー・ウェイヴ狂いの名残とザッパへの傾倒もあって同店によく入り浸たっていたんですが、そこで発見したのが「Sound Of The Sixties」という2枚組。フランスで発売された4曲入りEPのピクチャー・スリーヴ写真が満載のブックレットがおまけについていたそのアルバムは、米英の60年代グループのレア音源を集めたもの。何げなく入手して家に帰って聴くやいなや、その中の一曲が何ともいいようのないインパクトをもたらしてくれました。なんなんだこのしびれるサウンドは! その曲こそ、今回の主役ウィ・ザ・ピープルの"You Burn Me Up And Down"だったのでした。一応"Nuggets"やシーズのLPは持っていて、サイケをちょっとかじっていた程度だった私はこれをきっかけにずるずるとサイケ、ガレージ道に一直線で、受験に挫折しつつもPebblesやMindrockerなどのコンピLP、もちろんWTPのEvaから出てた「Declaration of Independence」なども入手してどっぷりとはまることになります。そのLPの収録曲も佳曲揃いで、WTPはNuggetsに収録されたバンドにも匹敵する価値を私の中で獲得していったわけです。それから15年、ついにこの決定盤アンソロジーがリリースということで、もう涙が止まりませぬ。何せ15年前にはシングルのカタログ番号はおろか中心人物二人以外のメンバーのラスト・ネームも解らない状態で、コンピの音も盤起こし(そのアンクリーンな音もガレージそのもので素敵なんですけど) その後いろいろなサイケ書籍や、90年代になってリリースされたオリジナル・マスター使用のコンピなどによって少しづつ謎のベールが剥がれていった(それでもインペリアルやMap Cityといったレーベルから出ているウィ・ザ・ピープルのシングルが、同名の黒人グループによるものであるという事実に気付くのはまだだった)のですが、今回のライナーでついにオリジナル・メンバー全員への取材が実現。グループの全像がほぼ完璧に見えて来ました。で、まずこのウィ・ザ・ピープルとは何ぞやということで、詳細すぎるCDのライナーを参考にしつつ振り返って見たいと思います。
そもそもこのグループは、フロリダを拠点に活動していたトレイドマークスとオフビーツという二つのライバル・グループが、同じマネージメントに面倒を見られていたのをきっかけに中心メンバーが合体して生まれたのでした。前者からはウェイン・プロクター(vo,g,b)、ランディ・ボイト(org,p,vo)の二人が、後者からはトミー・タルトン(vo,g)、デヴィッド・ダフ(vo,g,b)、トム・ウィン(ds)の三人が、残るメンバーの離脱や徴兵問題をきっかけに合体。ウェインの提案でウィ・ザ・ピープルと名付けられ、1966年の初頭にデビュー・シングルを録音します。ちなみにこのセットにはトレイドマークス、オフビーツとその前身ノンシャランツ(但しトミーは未加入)の貴重なシングル曲や未発表曲も収録されており、ガレージ青春の萌芽をかいま見ることが出来ます。
このデビュー・シングル"My Brother, The Man"をマイナー・レーベルにて発表、ローカル・ヒットを記録した後、ドラマーがリー・ファーガソンに交代。マネージャー、ロン・ディルマンの至力でもう少し大きいチャレンジ・レーベル(チャンプス、ニッカーボッカーズなどのヒット曲やミッキー・ドレンツ、マーティ・バリンの無名時代の録音、そしてプローグスやフェンウィックのサイケ・クラシックでおなじみ)と契約し、第2弾シングル"Mirror Of Your Mind"で快進撃が始まります....といっても地元と他のいくつかの地区のみだったんですが。チャレンジから3枚のシングルをリリースした後、メイン・ソングライターのウェインが「燃えつきたため」突如脱退。リーも交通事故に見舞われ、3代目ドラマーのテリー・コックスと交代し、もっと大きいRCAビクターに移籍。エルヴィスを手がけたフェルトン・ジャーヴィスのディレクションにより、さらに洗練された新境地を狙うも地元レベルの人気から飛躍できず、シングル3枚をリリース後契約を失い、最終的にトミーが脱退。彼はこの後トム・ウィン、元31st Of Februaryのスコット・ボイヤーらを誘ってメイコンに行き、カウボーイの結成に参加します。残ったメンバーは何人かを補充しつつ苦しい時代を乗り切り、最終的にマネージャーの決断により、1970年のハロウィンのギグを最後に解散しました。
以上グループの歴史をちょっと記したところで、シングル・リリースを中心に彼等の音楽的魅力を検証して見ることにしましょう。(括弧内はCDでのトラック番号)
@"My Brother, The Man (1-3)/Proceed With Caution (1-10)" Hotline 3680
記念すべきデビュー・シングル。ウェイン作のA面はキンクスに影響を受けた、単純ながらも異様さを感じさせるリフと思いつきによる歌詞をフィーチャーしたガレージ・パンク・ナンバーで、続く2曲程の威圧感はないものの基本的スタイルはもうでき上がっている。ナッシュヴィルで録音し直したヴァージョンが90年のコンピ「Psychedelic Microdots Vol.1」で発掘され、ここでも(2-16)に収録されている。B面はデヴィッドの作・ボーカルによるサーフ・パンク風のナンバー。ボーカルが初期のマーク・ボランみたい。このデビュー・シングルの2曲は、EvaのLP「Declaration of Independence」がCD化された際ボーナス・トラックとして収録され初めて認識された。
A"Mirror Of Your Mind (1-4)/(You Are) The Color Of Love (1-5)" Challenge 59333
フロリダ州タンパにある小さいスタジオで1966年5月16日録音された、いわゆるメジャー・デビュー・シングル。トミー作のA面は、あまりの破壊的音圧が聴き手を威嚇しまくるガレージ・パンクの古典的ナンバー。小さいスタジオを破裂させるが如き音のパワーは、オリジナル・マスターの段階からダーティな音作りを具体化してしまっているが、このCDを聴くと今まではっきり聞き取れなかったピアノの音が独自のサウンドに貢献していることが解る。もちろん他のサウンドも火傷しそうに熱い。対してB面はウェイン作の穏やかなバラード・ナンバーで、ゾンビーズの影響が強く感じられる。それにしても不思議なコード進行だ。このシングルで彼等はシーズ、スタンデルズ、シャドウズ・オブ・ナイトといったガレージ・ゴッズに匹敵する破壊力をものにしつつ、彼等に決して出来なかったメロディアスな面を前面に出すという驚異的パーソナリティをすでに獲得した。
B"He Doesn't Go About It Right (1-7)/You Burn Me Up And Down (1-8)" Challenge 59340
3枚目のシングルで両面ともトミーの作品。ナッシュヴィルにて1966年7月26日に録音されている。A面は次年ヒットしたオンブレイズの"Let It Out"風のラップ(?)をフィーチャーしたカントリー風味のノベルティ・ソングで、鉄板を曲げる音がユーモラスな風味を醸し出している。しかしこのシングルの主役は何といってもB面の、私をしびれさせたあの曲の方。アンプが焦げ落ちそうなギター・サウンドの威嚇に、ピュアなティーン・フラストレーションを感じさせる絶叫。そしてとらえどころのないコード進行。いかしすぎ。EvaのLPやコンピ「Mindrocker Vol.6」などに収められたオリジナル・シングルからのマスタリングによる音を長年聴きすぎた者には、90年の「Psychedelic Microdots Vol.1」で初めて聴いたオリジナル・マスターのサウンドは綺麗過ぎて違和感があった。まあ、ナッシュヴィルのスタジオの環境が前のシングル程の威圧感を作らなかったのかもしれないが、それでもなお楽曲としては驚異のクオリティを今なお保ち続けている。
C"St. John's Shop (2-10)/In The Past (2-3)" Challenge 59341
燃えつきるようなパンク・クラシックに続いてリリースされたのは、両面ともウェイン作によるポップな面を際立たせたナンバー。A面曲は内省的な作風を得意としているウェインの「サニー・アフタヌーン」といった趣きのバラード。陰鬱なメロディと物憂げなハーモニー(ボーカルはトミー)、そしてストリングスが悩める若者に愛を説く孤独な魂の世界を具象化している。この曲のストリングスをダビングしていないヴァージョンが後述するフランス盤EPに収められており、このセットでも(1-16)に再現されている。しかしまたしてもB面に名曲が隠されているのだった。ウェインお得意の哀愁メロディをビート・サウンドとうまく融合した佳曲で、ウェインの友達の祖父が作ったという謎の8弦楽器、オクタコードによる東洋的リフが効果を上げている。この曲はあのチョコレート・ウォッチバンドがセカンド・アルバム「Inner Mystique」の中でカバーしており、このヴァージョンの認識が新世代ガレージ・ファンの間でのWTPの再評価につながったようだ。さらに遠くはなれたベルギーでは、WTPのカラオケをそのまま使用した現地の女の子のシンガーDelphineによる謎のカバー"La Fermeture Eclair"がリリースされている。(Thanx! "Cutie Morning Moon"様より情報提供頂きました。) 我がたかとその一味も1988年7月10日にシーケンサーのテストとして録音した。
以上3枚のシングル以外にも、チャレンジ時代には様々な未発表音源が残されており、その多くがこのセットに収録されている。まず、フランスで1966年末に発売された2枚目のEP。当時フランスではシングル盤は一般的ではなく、たとえばビートルズなら67年の「愛こそはすべて」までシングル盤はリリースされていなかった。その代りに一般的だったのが17cm盤に4曲を収録したいわゆる「コンパクト盤」である。(前述した「Sound Of The Sixties」の付録ブックレットには、そんなEPのジャケットがレア度とともに満載である) WTPの最初のEPはAとBをカップリングしたもので、それが好評だったためかリリースされた2枚目には、Cの両面と共にストックされていた曲の中から2曲が選ばれ収録された。ウェイン作の"Declaration of Independence"とトミー作の"Lovin' Son Of A Gun"がそれらで、アメリカではCollectablesから出た「Declaration Of Independence」のCDで初めてリリースされた。(これはEva盤を模した装丁ながら、RCA時代の曲の代りにチャレンジ時代の未発表曲を収録したもの。) 前者はフーの「マイ・ジェネレーション」をソフトにしたようなナンバーで、「我々国民が独立宣言という曲を歌ったらいい宣伝になるだろう」とのコンセプトの元作られた。しかしほぼ同時期にカウント・ファイブが同名の曲をシングル発売していたせいか(こちらもヒットしなかったが)発売は実現しなかった。後者は破壊的ではないもののワイルドさが保持されているガレージ・パンク。このEPの"St. John's Shop"は前述の通りストリングスをダビングする前の淋しいテイク。
90年にあのサンデイズド初のコンピとしてリリースされた「Psychedelic Microdots Vol.1」には、AのA面、BCのB面のマスター・テイクに加え5曲の未発表録音が発掘されファンを狂喜のるつぼに叩き込んだ。その内訳は@のA面の別テイクに加え、トミー作のラフなガレージ・パンク"By The Rule"(1-11)、ウェイン作の"In The Past"の姉妹編というべき神秘的な"Half Of Wednesday"(2-11)、トミー作でランディが歌うノベルティ風味の"Free Information"(2-17)、そしてトミー作のガレージ・アンセム"Too Much Noise(!!!)"(2-19) 。いずれも未発表だったのがもったいない出来。さらに4年後イギリスのBig Beatからリリースされたチャレンジ音源のコンピ「I Turned Into A Helium Baloon」にはこれらに加えて、ウェイン作の2曲、不思議ムードの"Alfred, What Kind Of Man Are You"(2-4)とポップな"Beginning Of The End"(1-18)が発掘された。このCDのライナーにはデヴィッド・ダフの回想記も掲載されており、謎のベールは少しづつ剥がれはじめた。これらのチャレンジ録音は全てCollectables盤のCDにも収録されているが、このセットの方が当然音がいい。そして、ウェイン脱退直前に録音され、Fresh Airという別名で発表しようとしていた美しいバラード"Love Wears Black (None)"が初めてこのセットで日の目を見た。(1-17)はストリングスをダビングする前のテイク、(2-20)にはダビング後のテイクを収録。こうしてみるとチャレンジにはLP1枚分以上の強力なマテリアルが残されていたわけで、全米でブレイクしていればLPも出せていたかも知れないのに......しかしウェイン脱退を機に、彼等のキャリアは曲がり角を迎える。
D"Follow Me Back To Louisville (2-8)/Flourescent Hearts (2-12)" RCA 47-9292
移籍第1弾となったこの曲は、モンキーズを連想させる("...ville"というのが似ているのか)大ポップ・ナンバーで、メンバーは嫌々ながらやったという。新ドラマーのテリー・コックスに到ってはカウベルを与えられたのみと、環境の変化は酷だった。作者はDavidsonというメンバー以外の人。案の定ケンタッキー州ルイヴィルでは大ヒットしたらしい。B面はトミー作によるグッドタイミーな曲で、エフェクトをかけたボーカルが異色ムード。この曲はEvaのLPに収録されていなかったが、恐らくEvaのコンパイラーの手元にあったレコードが、両面ともに"Follow...."が収録されているプロモ盤だったのがその原因だろう(ちなみに私の手元にもそれがある。)
E"Love Is A Beautiful Thing (1-13)/The Day She Dies (1-19)" RCA 47-9393
続くシングルはステージで好評を得ていたというラスカルズのナンバーを取り上げたもの。オリジナルよりもずっと軽くポップに仕上がっていて、デヴィッドのマーク・ボランかデイヴ・デイヴィスのようなボーカルがどこか不釣り合い。B面はトミー作による甘美なバラード・ナンバー。初めて聴いた時はあのワイルドな曲を得意とするトミーがこんな曲をと大いに違和感を感じた(当時はウェインの脱退さえも知らされていなかった)ものだが、ソフト・ロック・ファンを通過した今聴くと極上の曲だと感じる。4人のメンバーによるコーラスがしっかりとまとまっている。地元でラジオ・ヒットとなったのはこちらの曲の方だった。
F"Ain't Gonna Find Nobody (Better Than You) (2-15)/When I Arrive (2-1)" RCA 47-9498
ラスト・シングルのA面は久々にデヴィッド作によるナンバーで、前作のラスカルズ趣味をさらに徹底したソウル風味のポップ。ホーン・セクションがその気をさらに高めている。しかしまたもやB面の方にお株を奪われてしまうのであった。トミー作によるこの曲では、初期の爆烈するパンク・サウンドが復活。後期のソフィスティケイテッドされたプロダクションと一体となって作り上げられた逸品。ワイルドなギター・サウンドとエフェクターをかけたコーラスに彩られた、ブルー・シングスの"Twist & Shout"やIdの"Boil The Kettle, Mother"と並ぶサイケ王国RCAの意地を見せつけた名曲に仕上がっている。
RCA時代の未発表音源も4曲、5テイク発掘されており、その内訳はゾンビーズの"She Does Everything For Me"の疾走感にあふれるカバー(1-6)とトミー作の3曲、ファンキーな"There's Gonna Be A Storm"(1-20)、ヘヴィなサイケ・ロック"No, No Boys"(2-2)と凝ったサウンドのサイケ・バラード"Look At The Girls"の2テイク(1-12、2-7。前者の方がサイケ色が濃い)。これらRCA音源は"Third Coast"からのライセンスにより収録されているが、チャレンジのものにくらべると音質的にちょっと劣るようだ。正式マスターはBMGの倉庫に眠っているのだろうか? さらに秘蔵デモ・テープの中からトミーの"Nothing Like A Vision"(1-9)、"You Like Me, You Love Me"(2-18)とウェインの"Boy, She Just Don't Feel It"(2-5)も収録された。
というわけで通して聴いてみるだけでも素晴しいですが、発売順に並べ替えて聴いた方が全体像が掴みやすいと思います。この2枚組CD"Mirror Of Our Minds"は米サンデイズドより発売中、もしかしたらヴィヴィドから国内配給盤が出るかもしれません。それによってぐっと入手が容易になることを願いつつ、今回のSpinningは締めとしましょう。