棚の奥Revisited (4/7)

ルル網ネタ館の根底から掘り起こした、知られざるJ-pop名盤に光を当てます。

その16須賀響子/新しいような古いような
ビクター/1995年6月発売/わけあり盤(支給)
主流を占めていたシンガー達が、煮え切らない人気に逆らうように内省的な作品を連発して云々と、何度も書いているように1994~96年にかけては所謂ガールポップにとって「転換期」であった。その一方で新人のデビューも止むことはなかったが、今振り返るとあの頃の新人乱発って、橋本淳氏唱えるところの「粗悪GS乱発によるGS潰し戦略」の再現だと言えなくもない。故にカルト好きをそそる存在が結構いたりもするわけだが。
で、この須賀響子が94年の末に登場した時は、まさにその現場にいたわけなのだが、当時の日記にもしっかり橋本セオリーが引き合いに出されているから困ったものだ。雑誌「ガールポップ」を中心にコア・ファンに確実にアピールしていくという作戦が企てられたが、結局こけてしまったのである。歌を聴いた時まずそう思ったもの。当時はアイドル・ポップスのコアな部分が丁度欠けていたという感じで、そこを埋めていた存在がまさに王道ガールポッパー達だったのである。そんな王道を愛する者たちのハートを射止めるには、あまりにも甘かったのだ。奇しくもアイドル王道路線で孤軍奮闘していたのも、当時のビクターだったが。異例のロング・ヒットを記録(チャート上位に10週程留まったというだけで大騒ぎしてたな、「ピンク・フロイド顔負け」とか言って)していた「Good Love」の高橋由美子とか、まさかのミリオンにまで辿り着いてしまった「碧いうさぎ」の酒井法子とか、あの酒井美紀やあの菅野美穂までを擁し、演歌界には林あさ美、アニソン界には三重野瞳と、まじで無敵のラインナップだったな。そんな牙城にガールポップの星として位置づけられたら、たまったものではない。最初からアイドル路線で行った方が安全だったと思う。歌詞を全部書いていると言ったって今やそこらの女優だって同じ芸当をやってるし。小室陣営に蝕まれて自滅回路に入っていったガールポップを、再度純粋路線で立て直すには力不足だったのだ。少なくとも97年12月まではそんな寒い夜、いや時代が続いたと思う。
話は戻って、今作は95年6月に出された2ndアルバム。本人の詞に、村松邦男、遠藤京子、中崎英也といったポップス職人が色を添える。井上昌己と堀ちえみの中間のような(若干後者寄り)ヴォーカルの甘さは仕方ないとしても、今聴くとポップ・ミュージックの健康的な部分をある程度キープしている感じがして、そんなに酷いとは思わない。「パクろうぜ」コンセプトはなかったとしてもあまりにもモロで狙いすぎなアレンジが可愛そうな「黄色いハンカチ」はおいとくとしても、5曲目の「Taxi」あたりはかなりいけるし、アニメ版「ぼのぼの」の主題歌として時代を越えて親しまれることになる「近道したい」もこのアルバムに入っている。ついでにこの曲に位置的に最も近いと思われるのが「うちのタマ知りませんか?」のEDテーマに使われた、くま井ゆう子の「みつあみ引っ張って」ではないか(彼女のアルバムは手元に全部あるので、いつかここに出すことになるだろう)。ちなみに所属は代官山プロダクションだった。兄貴分のアミューズと共に、最近ここ周辺の話題がよく出るような......
(初出: 2005年3月9日)

その17KOTONE/ONE by ONE
ビクター/1995年12月発売/わけあり盤(支給)
90年代初頭、爆発的バンド・ブームの導火線的存在となった「イカす! バンド天国」の夢をもう一度と、アミューズが95年テレビ朝日でスタートさせた番組「えびす温泉」。バンド形式に限らず、様々なスタイルによる新たな表現者を発掘しようというコンセプトの元、むしろ密度的には「イカ天」以上に濃い番組になっていたと記憶している。青田買いの応酬で新鮮さを失ったイカ天の反省からか、当初からビクターに専門のレーベルを新設し、反響の大きかったアーティストを即デビューさせるというコンセプトも思い切ったものであった。
そこからデビューしたアーティストの中でも、最も鮮烈な印象を残し、未だ第一線で活躍しているのがかのサーフコースターズであるが、他にもハシケン、ブランニューモンキーズなんて個性派を輩出している。そして、サーフと並んで強烈なファースト・インプレッションを与えてくれた女の子がこの琴音。KOT0KOではない、KOTONEである。何せ当時のメジャー・シーンでは珍しかった、本格的にレゲエを志向する女性歌手。レゲエ大好きなお父さんのバックアップを受け、フレッシュな歌い回しで毎週毎週ポイントを稼ぎまくり、必然的にメジャー・デビュー。いくら芸能界的なやり方といえども、やはりテレビの力ってただでさえでかいインパクトをさらにでかくするんだなぁと、健康的カラーが幾分後退した現在のJ-レゲエ・シーンを考えつつ振り返ってしまうのだった。
セカンド・シングルとなった「Reggae」では、なんと「クレヨンしんちゃん」のEDテーマというタイアップで話題に。かまぼこややなわらばーを起用して時折あっと言わせるこの番組のセンスに後押しされ、満を持してリリースしたのがこのファースト・アルバム。参加ミュージシャンの名前を見ると、一般的にスタジオ・ミュージシャンと思われている名前がずらっと並び、本格的レゲエ志向から程遠いものになっているのは仕方ないが(ちなみに90年代中期といえば、所謂産業レゲエが全米ヒット・チャートを席巻し、その波が日本にもダイレクトに押し寄せて、相当お洒落な音楽として認知度が高まっていた時期であった。あららららろんとかなななーなななーななーとかのーのーのーとか、懐かしいな)、その分を彼女のやる気でしっかり補っている。ヴォーカリストとしてはかなりの美味しさの持ち主で、素直な感性がアルバムの随所で弾けている。自然志向と言えども決して変な方を向いていないところが、最近のJ-レゲエと一線を隠していてさわやかである。ラストではボブ・マーリーの名曲「ウェイティング・イン・ヴェイン」を自らの訳詞で料理。ルーツに敬礼しているのは頼もしい。
この後セカンド・アルバム『Day Too』をリリース、企画ものユニット、クーニャンズに参加してシングルを出した後、あまり名前を聴かなくなったが(何かのコンピで名前を見たような....)、彼女のことだからずっと唇に歌を持ち続けているのではないかと確信している。
(初出: 2005年3月11日)

その18芍薬/芍薬
ポニーキャニオン/1993年5月発売/新品購入
今社会を揺るがしている幾つかの大事件の内二つに直接関わっていながら、肝心の時期に大逆転ヒット(しかしこともあろうに日テレのドラマのテーマ曲ってのがなぁ。一位獲るかと思われた週にきよしが(以下略) )をぶっ放し、名実共に注目度が高まっているポニーキャニオン。確かにベテラン歌手左遷~aikoまでCCCDにしていたここ数年は、ほんと救い様がないという印象であったが、今振り返るとその90年代の勢いって凄かったと思う。80年代の大躍進が追い風となって、決してその全てが成功だったと言えないものの、冴えたアーティスト発掘手腕が確実に他社を圧倒していたという印象だ。ヴァージン・レーベルもその時期手中に収めていたしなあ(92年にEMIに明け渡す)。
この芍薬という女性4人組は、まず前例のなかった弦楽三重奏+ピアノをベースとするポップ・ユニット(上田知華+KARYOBINが敢えて前例の一つと言えそうだが、ヴォーカル+楽曲至上主義という点では彼女達とちょっと向きが違うと思う)である。今でこそ英国のボンドの影響か、クラシックをバックグラウンドに持つ音楽家達がポップのフィールドでユニットとして売り出され、ボーダーレスな活躍を見せているが、その点彼女達は時代の先を行き過ぎていたといった所だろう。そんな彼女達が奏でる音楽は、決して頭でっかちのポップではない天然なもの。デジタル・ビートを基調にしているところは、最近の女子十二楽坊にまで通じるものであるが、やはり93年ということでどこか前時代的で長閑なもの。そこにヴァイオリンやピアノの音色がしっかり調合されていて気持ちがいい。しかも彼女達は控えめ(9曲中3曲のみ)ながらも自分達のヴォーカルを加えているのだ。当時の日記にも「声楽以外を専攻する音大生のヴォーカルという感じで、あくまでもサーヴィス」なんて書いたことを覚えているのだが、それのおかげで華が増しているというのもまた正しい。
そんなわけで確かTV埼玉の音楽ビデオ番組でPVを見て、即買いに走った。作曲家陣の中に山口美央子(一応彼女の作曲した作品を収めたCD、殆ど全て集めてましたんで)の名前があり、思わず飛び上がってしまったが、他にも作詞でおおたか静流、作・編曲で長岡成頁などが花を添え、そんな中で健闘しているのがピアノ担当の黒田亜樹。シングル曲「あいにきて」では作曲だけでなく作詞も担当、リード・ヴォーカルも務めるという大活躍。ちなみに彼女は当時からクラシックのフィールドで頭角を表わしており、98年にはビクターで自らのアルバムのリリースを開始。昨年出た最新作ではEL&Pの「タルカス」に果敢にタックルしている。相当のプログレ好きと見ました。公式サイトはこちら
これも当時の日記からだが、第一印象は少年ナイフならぬ「お坊っちゃまナイフ」。そんなグループ。もう少し長く続いてほしかったです。あっTHX欄にピコの名がある。
(初出: 2005年3月13日)

その19設楽りさ子/Prisme
TMファクトリー (東芝)/1992年11月発売/わけあり盤(支給)
前回紹介した芍薬のアルバムは、厳密に言えば棚の奥ではなく、最近いまいち更新状況が淋しくなっている「山口美央子作品集」コーナーに手を伸ばして持ってきたものだったが、同コーナーからこんなのも発見。今をときめくカズ夫人、カリスマセレブと化した三浦りさ子さんのアルバムである。丁度、某韓国俳優の絡みでなんか良くない評判が殺到しているみたいで(一応裏はとったが、詳しく書くと大変な事に.....)、タイミングもよかったということね。
歌手としては88年にVAPからデビュー。その時からモデル的オーラを放っていたが、歌の方はいまいち印象に残っていず、しばらくはCMタレントとして活躍。その後、密かに東芝傘下のレーベルに移ってリリースしたのが、このサード・アルバム。とにかく作家陣が豪華そのもので、山口さんの他、杉真理、岸正之、鈴木康博、佐藤健、来生えつこ、さらに一曲だけ作詞(!)で小西康陽、SMAPの「夜空のムコウ」で大爆発する遥か前の川村結花も1曲作詞作曲と、まじでセレブなラインナップとなってる。自身の作品というのはないが、3曲で作詞している朝水彼方という方がもしかして....(と思って検索したら「違う、そうじゃない」。勉強になりました)? スーパーヴァイザーがグーフィー森(!)だ。
路線としてはやはりめちゃ売れしていた今井美樹っぽいのを狙ったのであろうが、やはり経験の差が物を言ったか。予想に違わず無力歌唱だが、アイドル・ポップスを卒業してちょっとアダルト路線に傾く頃になると、そんな表現もかえってプラスに働くということを本人が認知したのがよく解る。所謂なんちゃってフレンチ、というやつだが、実はそういう思想が/アイドル・ポップスの美味しい部分を壊滅させた原因なのかと深く考えさせられもする。個々の曲にはかなりいいものもあるし、サウンド面もかなり練られているのだが(ミュージシャン・クレジットはなし)、いずれにせよ「雰囲気作り」の一環にしかなっていないのは仕方ない。こういう人が恋愛に臨むとただものではないんだなと、その後の彼女を見てるとそう思うし、それが一般ミセス達を引きつけかつ引き離す要因となってるのであろう。まぁ韓国スターの絡みについてはあまり触れたくないのでありますがね。
(初出: 2005年3月16日)

その20ノーナ/クール・ヌーン
パレード (ユニバーサル)/1998年1月発売/わけあり盤(支給)
1998年といえば、渋谷系の嵐がある程度鎮静し、マニアックな嗜みであったソフトロックが徐々に市民権を得ていた時期である。RN&SCOF(はてなで例のカタカナ5文字の略称を書くのはリスキーなので推奨しません)を筆頭とする米国の王道60sソフトロックも、アルバム・アーティストに関しては7割方洗い尽くされ、いよいよ日本産のソフトロック的なものに脚光が当たりだした頃。そしてそんなソフトロック趣味を自らの音楽表現の一部とする新しいバンドの一群が台頭してきたのも、この頃からであったと思われる。
ソフロ研究に於いて圧倒的影響力を誇っていたVanda誌でも、この手の新しいミュージシャンを積極的にバックアップしていたのだが、そのフォロワーの間では評価が分かれていたのも事実で、マニアック精神を強調したがる人達からは冷ややかに見られてたという印象がある。事実、98年当時私も入り浸ってた某ソフトロック・ファンサイトの掲示板で、ある新しいバンドの動向に対して一方的に批判するカキコが突如表れたのをよく覚えている。音楽的なこと以前にその音楽以外の物に対する視点が槍玉に上がってたようなのだが、折角のソフトロック掲示板なのにピースでいこうよと、周りの者達はびびりつつ必死で訴えていたのである。
話はそれてしまったが、そんな和製ソフトロックのニューウェイヴ台頭期にささやかに活動していたレーベルが、ユニバーサル(旧MCAビクター)傘下に設立されたパレード・レーベル。ここからは、パワーポップの旗手として一部で熱烈に支持されるキャッシュとか、正統派AORの継承者と言えるスプリングスのCDがリリースされており、一時アルファがディストリビュートしていたセクサイト・レーベル(後にテイチクに発売権が移り、これを精神的支柱として我らがクロニクルがスタートしたのである!)の「静」の部分を発展させたものと見ていいだろう。そこからリリースされた、あまり語られる事がない隠れ名盤がこの女性シンガー、ノーナのアルバム。帯の括りが「ソフトロック」になっているが、そうしたのがかえってマイナスになってしまったようでもったいない。90年代前半から脈々と続く女性ヴォーカルAORの良質な部分が、さらにマニアックなポップ・センスに包まれて光り輝いているのだ。60年代的要素は寧ろ希薄。レトロっぽさを排除したのは成功であり、ヴォーカルのあまり派手ではない声質のお陰で、さりげなくクールな陽光に満ちた音世界が演出されている。今この手のものをやったら絶対もっと細部に凝った、理解し辛いものができてしまいそうな気がする。ここ数年でDigの傾向がより多様化したのと、演り手自体に自覚が芽生えるケースが多くなったというのもあると思うが。結局は心地よければ全てよし、余計なラディカリズムとかを求めてはいけないのだということである。
ちなみに彼女はこの後、別ユニットFuschiaでアルバムを一枚リリース。所属事務所が大手の声優系ってのもびっくりだ。ところで私は例のカキコの主が誰か読めてますよー。実は当時からね。
(初出: 2005年3月18日)

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