音楽よもやま話拾い集め(スティームの巻)

(初出 1998/3/23、「Spinning Spinning Spinning」)

珠玉のポップ・ヒット曲に関する不思議な話を紹介するこのコーナーの今回の主役はスティーム。といってもこの人達は前回のトミー・ジェイムズと違って、たった1曲のヒット曲と共に永遠に記憶される、いや記憶されていないかもしれないけどその曲を聴けば反応する人が多い不思議な人達、いや「人達」とは正確には言えません。とにかくその大ヒット曲のインパクトが大きいため、日本でもベストCD(といっていいのか)が簡単に手に入ります。そのジャケには、ほとんど裸の状態でサウナ風呂に入っている6人のむさい男が(ご丁寧にも背景には湿度計が映っている)映し出されており、購買意欲を低下させますが(私は「ジャケ真似したくないジャケット」とある掲示板で言った)、この6人の男も曲が大ヒットするまではこのレコードに全く関係ない人物たちだったのです。不思議すぎ。
始まりは、前年(1968年)にレモン・パイパーズの「グリーン・タンブリン」を大ヒットさせたプロデューサー、ポール・レカが、旧友のギャレット・スコットをデビューさせるため4曲をレコーディングしたことでした。この4曲をマーキュリーのA&Rボス、ボブ・レノに提出したポールは、「4曲共A面としてヒットする可能性が高いので、B面用の曲を今すぐ作るように」言われ、もう一人の旧友デイル・フラッシャーを連れてスタジオ入り。しかし何をやるか決めていなかったため、3人が60年代初期に作っていたグループのレパートリーだ った曲に手を加えることに急遽決定。しかし余りにも急だったので、スタジオ・ミュージシャンが手配できない。そこでポールは、ギャレット用に作っていた4曲の内1曲のドラム・トラックを抜き出して、それにピアノ、オルガンなどをダビングしてバック・トラックを制作し、3人のボーカルを被せました。どうせB面なんだから遊ぼうと、途中リズム・トラックを長くするなど編集し、B面曲「ナ・ナ・ヘイ・ヘイ・キス・ヒム・グッドバイ」は目出度く(?)完成しました。
それを聴いたボブは予期せぬ一言をポール達に浴びせます。「このB面曲もすごくいいから、ギャレットの曲とは別にA面として発売しよう」と。困惑してしまったポール達をよそに、レコードは着々とプレスされ、その間にどうせ存在のないアーティストなんだから「空気」より熱くしてやろうと言う様な理由(?)で「スティーム」というグループ名も決定されて、シングルはマーキュリーの傘下レーベル、フォンタナから密かにリリースされました。
勿論ポールが期待していたのはギャレットのシングルだったのですが、そちらのほうは全く動きを見せません。一方スティームの「ナ・ナ...」はチャート登場以来ぐんぐんと上昇し、8週目になんと1位に躍り出たのであります。これを見て、ボブは至急アルバムを作れとポールに命令。ポールは当然ギャレットに呼びかけましたが、傷口を広めたくない彼は潔く辞退。その代りにブリッジポート出身の6人のミュージシャンが集められ、アルバムを急遽完成、プロモーション活動に駆り出されました。この6人がジャケットに映る「スティーム」なんです。
この一曲があまりにもとてつもないインパクトを持っていたためか、続くシングル「アイヴ・ガッタ・メイク・ユー・ラヴ・ミー」は46位までしか上がらず、続いて出た何枚かのシングルもこけて、スティームはギャレット・スコット同様ポップ地獄へと追いやられることになります。ポール・レカはその後ハリー・チェイピンや初期のREOスピードワゴンなどを手がけ、プロデューサーとして面目を保ちました。
スティームは死にましたが、曲の持つ魅力は決して死ぬことはなく、数々のカバーが制作されています。デイヴ・クラーク・ファイヴはイギリスで忠実にできたカバー・ヴァージョンをヒットさせましたが、タイトルは「Sha-na-na Hey Hey Kiss Him Goodbye」に変更されていました。イタリア、フランスでも各々の言葉でヒットしたとのこと。80年代にはバナナラマ(「キスしてグッバイ」)とナイロンズ(「キス・ヒム・グッドバイ」)がそれぞれカバーしてヒット。もっと象徴的なのはシカゴ・ホワイト・ソックスの応援歌になったという事実で、これに限らず大リーグの試合で投手交代等のときこの曲が大合唱されるという光景は良く見受けられます。(日本でのかしまし娘の「さーよーなーら」みたいなものか?) スティーヴ・グッドマンの名作「死に行くカブス・ファンの最期の願い」には、「リグレイ・フィールドで葬式をしてくれ/オルガン奏者に国歌と"Na Na Hey Hey Goodbye"を弾かせて」というフレーズが出てきますが、残念ながら1984年にカブスがナ・リーグのペナントを奪取する直前にスティーヴは亡くなってしまいます。ともあれシカゴ周辺のスポーツ・ファンの間でこの曲は愛され続けたってことでしょうね。
さてこういった不思議なプロセスを経て完成したこの曲は、一緒に歌える曲としての魅力にも溢れていますが、その奥に不思議なプロセスの産物ならではの屈折した要素が隠されています。まず全く別の曲用に作られたドラム・トラックを借用しているため、変な所(たとえば2コーラスの7小節目や11小節目)で妙なフィル・インが入ったりして、曲の進行とドラムのビートが噛み合っていない。次にスタジオ・ミュージシャン手配不可能だったため、ギターやベース、オーケストラの楽器は使われず、ピアノ、オルガン、ベル、ヴァイヴといったポールが演奏出来る楽器(?)のみでバック・トラックが構成されている。そしてどうせB面用の曲だからという気紛れは、途中ドラム・トラックを残して全ての音が突如途切れ、徐々にコーラスがフェイド・インするという風変わりな構成に反映されてます。しかしそれらが決してマイナスにならないのは、あらかじめ作られていた楽曲の良さ、そして「ナナナナ....」というコーラスの拒絶できない魅力の賜物であり、よってスティームという「グループ」の存在を遥かに超越した息長く愛される作品に仕上がったんでしょうな。そして別の曲のドラム・トラックを借用するというアイディアが、モーガン・フィッシャーの「ハイブリッド・キッズ」を経て昨今のヒップホップへと継承され、キーボード中心のサウンド作りはテクノへと道を開き、間奏の展開もダブを予感させるなど、モダン・ポップの源流としても決して無視できない曲なんですよこれは。

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