1969年7月5日、ひっそりと発売された1枚のレコードが、その24年後たまたま見つけたリスナーをとりこにしてしまい、あの時代への愛を決定づけてこうしてWebまで開くに至らせた。そのレコードが発売されてから今日で丁度30年。それを記念して、宗内世津の極私論をここで展開し、名盤の存在を分け合いたいと思います。

それは1993年3月23日のこと。前月「幻の名盤解放歌集」を聴いて昔のただものではない歌謡曲にはまる決心をしていた丸芽は、暇と金さえあれば中古レコード屋さんに足を運んで女性歌謡曲のシングル盤の棚を荒しまくるという生活に突入していた。その日丸芽は中野にある某店で、気になったアイテムを数枚発見していた。しかしちょっと金が足りなかったので全ては買えず、何枚かを見送ることにした。この選択は、その後の成り行き次第では非常に危険な展開を招いていたかもしれない。
しかしその4日後、丸芽は充分な金を握りしめて再び中野の店の自動扉の前に立った。照準を合わせていたアイテムは全て棚の中で寝たまんまだった。安心。それらを手にして、いざ日記で寸評せんと丸芽は家路についた。
その内の一枚はいかにも60年代な濃厚かつキュートなデザインが飾っていた。薄いピンクの縁どりにポップな手書きレタリングの文字が紫で浮かび、B面のタイトルの接頭詞は巨大なハート・マークだった。そのとなりでたたずむ娘は長めのボブ・カットに猫のような鋭い目とうっすらとした微笑みで見てる者を溶かす寸前。白黒のチェックのミニ・ドレスからは奇麗な足が挑発し、上半身には薄いシルクがまとわれ神秘度を高めていた。回りに何もない設定が余計孤高の雰囲気をエスカレート。もうこれで、曲を聴く前に「やった」ったな気持ちが高まったものである。
期待が高まる中針を落とすと、途端に桃源郷の世界にひきずりこまれる。可憐なベルの音、控えめなギターと優しくリズムを刻む生ギターのイントロが2小節。そしてジャケットの可憐な娘が歌いだす。ああ、可憐なのに妙な艶っぽさがある不思議な歌声。バックでは神経症的にピアノがオブリガードを入れている。曲が進む内に彼女の歌声は屈折したフレージングでさらに聞き手を溶かす。ベールに包まれた様な幻想的なストリングスが加わり、ベースとドラムは何事もない様にリズムを刻む。1コーラスが終ると、ストリングスが天然色の雪崩の如く幻想のオーラを紡ぎ出す。安堵感に満ちたピアノのフレーズが歌へと引き戻し、2番へ。もはや歌い手との愛の瞬間が脳裏に満ち溢れる、そんな妄想へとさしかかっている。短いギターのフレーズがため息の様に空白を満たし3番へ。ここでやっと歌のタイトルが明らかになる。「こんなにこんなに愛してる」。厳密には「こんなに」が一回多い。こうして聞き手の神経を愛撫する歌が終ると、遠いエコーの彼方へと歌い手は言葉なきフレーズを唇に導かれ、その傍らで形容し難いピアノの調べが精神をくすぐる。まさに至高の2分58秒。
これが私と涼川真里さんの「こんなにこんなに愛してる」との出会いの一部始終である。同時にこのレコードは、うっすらと感じていた昭和40年代歌謡への好奇心を「愛」へと変えてしまった罪深い1枚であり、これ以降少なくともMacを購入する1995年12月までの丸芽志悟、改め宗内世津の生活指針を決定づけてしまったのだ。
それにしても、涼川さんはこの曲を歌った時まだ19歳だったのだ。可憐なのと奥の深さが平気で同居していた69年は罪な年。その後資料を漁る内に、涼川さんは現役時代シングルを5枚出していて、当時のテイチクではだんとつにトップ・プライオリティだったということがわかった。その事実は、当時ありがちなインストによるヒット曲のカバー・アルバムの1枚(「魅惑のギター二重奏/雲にのりたい」)の中でこの曲が(いくらテイチク自社というアドバンテージがあるとはいえ)取り上げられているということが証明してもいる。ただ一般的な人気が追い付かなかったのは残念としかいい様がない。この素晴しいアレンジを手がけた山倉たかし氏は、涼川さんが発表した10曲中9曲を編曲している他、テイチクでかなりの量の仕事をこなされており(有名なのは石原裕次郎の「夜霧よ今夜も有難う」他数曲、つボイノリオのデビュー盤「本願寺ぶるーす」から世良譲トリオのアルバム「モダン・プレイング・メイト」に至るまで幅広い)その鬼才ぶりがレコード集めを進めるにつれ認識されてきて今では宗内の「レッテル買い」の筆頭的存在となっている。作詞の千坊さかえ女史は「走れ歌謡曲」のパーソナリティとしてもおなじみで、作曲を手がけた花礼二氏とのコンビで青江三奈にいくつかのヒットを提供。ディレクターの中島賢二氏は浅丘ルリ子なども担当していたが、何といっても八代亜紀を育てた人としての存在が大きく、センチュリー・レコード設立の際も重要なポストに関わっていた。
しかし何といっても涼川さんが素敵すぎである。その直後に入手したデビュー曲「湖に眠る恋」のジャケットに記載されている住所に現在もお住まいになっているということがある日解って、丸芽は思いきって彼女に手紙を書くことにした。その何日か後、丁寧なお返事が....そこには、現在も別の名前で歌手活動を続けていて、近々CXの旅番組に出演するのでこれから出発するという旨が記されていて、その時点での彼女の最新のシングルが同封されていた。あああ、桃源郷の様な歌声は全く不変で、より熟成されて聴き応え充分。後日テレビ番組でみたそのお姿は、まだまだフレッシュさが残ったままだった。やはり、いい歌手生活を送った者は、絶対変な歳のとり方をしないものだ。
と、いうわけで、「こんなにこんなに愛してる」が発売されて丁度30年を迎えたこの日、こうして特別ページをアップできる喜びは何者にも変え難い。こうしてこの曲をリピート状態にして再度聴いているけど、何度聴いてもキュンとくる。と同時に、セイント・エティエンヌの3枚目"Tiger Bay"に入ってる「海をみつめて」(ベース・ラインがこの曲に驚くほど似てて、音場処理も一脈通じている)、広末涼子の「大スキ!」(とってもとっても.....という下りが絶対影響受けている)、Kiroroの「青のじゅもん」(もろ「こんなにこんなに愛してる」という歌詞が.....)などを聴く度に、この素晴しい音盤の陰が自分以外の人の背中にも落ちてるんだなぁということが解って嬉しくなる。本当はジャケットを高解像度で載せたり、歌詞とかMIDIファイル(実は作成済み)も載せられればベストなんだけど、この神聖な場で掟を破るのだけは偲びないものだ。でもほんと、テイチクさんには自分勝手にいろいろ書いちゃってちょっとお詫びの気持ち。
そして涼川さん本人には、こうして自分の気持ちを公にしちゃってることを再び報告しなけりゃ。発売30周年おめでとう。
(1999年7月5日)

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