| 2月度「ココロの1枚」 虹色に彩られた黒魔術 : THE ROLLING STONES "Their Satanic Majesties Request" |
「ホワイト・アルバム」「1999」に続き、あえて大有名アーティストのアルバムに迫る大変なシリーズ。今回も実にタイムリーなこのアルバムを選んでみました。
もし今日本に、ビルボード誌にある様な「カタログ・アルバム・チャート」があったとしたら、その1位を独走しているアルバムは何だと思いますか? 他でもない、このストーンズのアルバムだって言っても信じる人はいないでしょう。しかし実際売れまくり、品切れ店続出だそうである。山崎まさよしやスピッツを振り切って、ポリドール社ではだんとつのバック注文殺到中(これに次ぐのがなんと「リターン・トゥ・フォーエヴァー」らしい)という。そのココロは、1月からオンエアされ始めたアップルのiMacのTV-CMにある。いや、絶対それ以外にない。カラフルな5色のiMacが画面を転がるのに合わせて流れる曲が、この「サタニック・マジェスティーズ」に収録されている「シーズ・ア・レインボウ」なのである。その事実は、うちのF.O.P.を始めネット上のあらゆる場所でたちまち話題になったのだが、まず最初に驚愕させられたのは、MacユーザーをLOSERの境地へと陥れたと思われているあのマイクロソフトの「ウィンドウズ95」のコマーシャル・ソングとして有名な「スタート・ミー・アップ」を歌ったストーンズの曲が、アップルのCMで堂々と流れたという事実である。考えてみればMacというコンピュータは、山川健一氏の名前を出すまでもなく、ビートルズよりストーンズの方がふさわしい。一時期アップルの名の使用をめぐってビートルズが訴えを起こしたという話もあったが、Win95登場で盛り上がったパソコン・ブームの中あえてMacに執着する者のこだわりは、ストーンズ・ファンのそれを連想させずにいられなかった。しかしiMac、そしてアップルの盛り返し。それに伴ないCMでストーンズを知った者は、「えーっ、ストーンズってこんな可愛い曲歌ってたんだ」となり、この恐るべき問題作を手にするということになるのだ。(ちなみにRTFも同じ様に車のCMで使われて、バック殺到中なのである)
しかしこのアルバムは1968年の発売である。当然ストーンズも世界も若かった。ウィンドウズCMに使われた「世界最高のロックンロール・バンド」であるストーンズは、当然まだ姿を現わしていなかったのだ。この作品が出る3、4年前までストーンズは「ロンドン乞食」と呼ばれ、好きなR&Bやブルースを追求することで青春を謳歌したバンドでしかなかった。しかし65年「サティスファクション」が大ヒットして周囲が騒ぎはじめるやいなや、彼等の心に「悪魔」が介入しはじめた。ロック・シーンの喧騒の中で彼等を悩ませ始めた悪魔は、1967年メンバー中3人が麻薬所持の疑いで逮捕という大事件に至るまで彼等を蝕む。ライバルのビートルズが同じ様に名声に酔いつつも、化学物質の影響さえポジティヴなエネルギーに変えて「サージェント・ペパー」という怪物をものにするのを横目で見ながら、この混沌とした状況を楽しんでいた彼等は、お世話になった年下のプロデューサー、アンドリュー・オールダムを見くびってスタジオに入り、自ら舵をとってこの「サタニック」を完成させたのだった。タイトルも含めて、彼らが「悪魔の申し子」と化すまでの混沌を音像化した、所謂「コンセプト・アルバム」。しかし世間はまたも「ビートルズの真似」と彼等をあざ笑うだけで、全く真価を理解されることはなかった。ちなみに混沌に負けたアンドリューは、意地を張ってプロデュースしたアルバム1枚が結局お蔵入りになりストーンズの様に立ち直ることができなかった。言うまでもなくビリー・ニコルズの「WOULD YOU BELIEVE」がそのアルバムである。
さあやっと本題。まずはアルバム・カバーだ。「サージェント」以降、ますますサイケな幻想を極めんとしているロック・アートの極みが反映されている凝ったジャケット。実は手元にこのLPが2枚あって、1枚は76年にGP品番で再発されたもの。この2年後にLAXという品番でストーンズのLPが廉価再発された際丸芽志悟は買い集めたので、「サタニック」は案外早く買ったってことになる。そしてもう1枚が80年代にイギリス本国で限定再発された3-Dカバーのものだ。ストーンズのアイテムの中でも最もレアなブツとして知られているこの「動くジャケ」、確かに幻覚度倍増である。通常ジャケでもしっかり確認できるが(CDではどうだろう?)表ジャケを動かしながらじっくり観察すると、そこにはビートルズの4人の顔が.....プロモ戦略で犬猿の仲と言われたが、この2グループは実は親密だったのだ。麻薬問題の時は当然励まし合ったのだろう。それを証すように「サージェント」でのストーンズTシャツ、そしてこれの「交歓」。微笑ましい。ジョン・レノンさえも後に「ストーンズはビートルズを半年遅れで真似している」と発言したが、それは真意ではあるまい。(ちなみにストーンズとキンクスはまじで仲が悪かったらしい。)
そして針を落すと、たちまちストーンズが当時身を置いていた混沌の世界に誘い込まれる。GP盤のライナーで三宅はるお先生が「一曲一曲の解説はヤボというものなので」と書いておられる通り、アルバム全体が一体となり一つの混沌を作り上げているのがよく解る。しかしまずとにかくオープニング「魔王賛歌」。きらびやかなブラスやパーカッションが入ってはいるが、この音の質感はマザーズの「フリーク・アウト」を思わせる。ビートルズの「愛こそはすべて」に対して、内なる己を見つめてみろという毒のこもった返答を返している。続く「魔王のお城」はサウンド的にはソリッドなロックに仕上がっているが、エコーのかけ方や混沌としたミックス、得体の知れない音などはまぎれもなくサイケそのもの。このアルバムの「異常事態その一」はその次の「イン・アナザー・ランド」で訪れる。なんとそれまで曲作りも歌もやっていなかったビル・ワイマンがここでの主役。たんまりとエフェクトをかけて、異様な雰囲気の中を淡々と進むその歌声はまさにローファイそのものである。少しでも「力」を与えるため、スティーヴ・マリオットとロニー・レイン(今や二人ともこの世にいない....合掌)がハーモニーで参加している。しかしその後のいびきはあまりにも脱力すぎ。ヤン富田もきっとこれを聴いたのだろうか。音的にはカントリーっぽくもあるわりとノーマルな「2000マン」は、来るべきコンピュータ社会を予感させる歌詞が皮肉たっぷりでキンクスを思わせる。12年後キッスがカバーした時も未だ具象化には程遠かったこの曲の世界は、今や現実となりつつある。そしてA面を締めるのはさっきの「魔王賛歌」が再び。なんかレイジーなスタジオの雰囲気が伝わるオープニングのあと、ミックが突如「マ◯◯◯ナはどこだ?」と叫び、8分間に渡る混乱状態に突入。これぞ「異常事態その二」。このだるさは、当時乱発されたアメリカのサイケ・アルバムのあらゆる場所に影を落した。大体前々作「アフターマス」収録の「ゴーイン・ホーム」からして長尺サイケの元祖と言われることしばしばなんだから。スローな主題の繰り返しに続き、アシッドでシャーマンなノイズが鳴り響きA面終了。メリー・クリスマス。
B面の冒頭にも訳の解らない効果音が挿入されていて、それに続くのが件の「シーズ・ア・レインボウ」である。晩年は日本のTVドラマの音楽を多数手がけた「Session Man」(大文字のSとMつき@キンクス)ニッキー・ホプキンスのキュートなピアノ、そして後にツェッペリンを始動するジョン・ポール・ジョーンズのカラフルなストリングスに彩られたポップなサイケ・ファンタジア。実際ストーンズがものにした作品の中では最も美しい部類に入り、シングルとしても相当愛された。GSのビーバーズ、石間秀樹がギター一本でピアノとストリングスの完全再現に果敢に挑んだヴァージョンも一聴の価値ありまくり。しかしこの曲もエンディングは一筋縄ではいかない。日本で次のシングルA面になったのが続く「ランターン」。どっちかというと焦点がはっきりしないポップ・バラードで、毒も少ない部分である。「異常事態その三」は続く「ゴンパー」である。当時のロック・バンドが陥った「インド音楽の再現」に彼等も安直にはまり、この5分間の混乱が産まれた。歌詞は美しすぎる。ついでにキング時代のロンドン盤の訳詞を一手に受け持っていた宮原安春氏のセンス("Time is on my side"=「果報は寝て待て」。素晴しすぎ!)はこの曲あたりで満開してると思う。現行のロンドン盤CDのアメリアなんとかって人よりずっといい。次のリイシューから宮原さんに戻しましょう。ブライアンの笛が唸りをあげていると思ったら、不可思議な音で異次元の世界へ。そう、みんながこのアルバムで一番好きな「2000光年のかなたに」の登場。このアルバムに於ける「実験精神」が最も有効な形で結実した名曲だ。プロモ・ビデオのサイケぶりも忘れられないが、まさかこのアルバムの曲はやるまいと思われた90年の初来日公演でこれが聴けた時は、もうまじで涙ちょちょ切れものでしたね。そしてラストはパーティの喧騒の中「オン・ウィズ・ザ・ショウ」で現実へと引き戻される。明らかに「アメリカ・ドリンクス&ゴーズ・ホーム」の影響を隠しきれないサウンドである。
こうして現実に戻ってきた我々は、ストーンズが「世界最高のロックンロール・バンド」へと昇天していくのを直視し始める。しかしそこまでに至るアルバム5枚の間に、彼等にはその中にある「悪魔」を昇華するという作業が義務付けられるのである。そこで彼等はまず「おひかえなすって、あっしは名声と富に溢れた悪魔でやんす」と自らを定義し、血を流すまで愛しあいつつ指をねばねばにして表通りを徘徊し、最後は山羊の頭と化してぐつぐつ煮込まれる。もちろんブライアンの死、オルタモントの悲劇という犠牲もあったが、ライバルのビートルズが今度は混沌に飲まれていくのを尻目に、レコード会社も作ってグルーピーと乱痴気、テレビが窓から乱れ飛ぶツアーを続けながら悪魔払いは着々と進んで行った。そして飛び出したのが「たかがロックンロール、でも俺は大好き」宣言、そしてウィンドウズCMソングへの道ってわけだ。iMacのCMに乗せられた皆さん、これがストーンズだ。次の来日をお楽しみに.......