8月度「ココロの1枚」
翔ぶ者達、翔び回る者達と翔べない者達:
The Monkees
"The Birds, The Bees & The Monkees"
日本盤初出:1968年6月
発売中のCD: Rhino AMCY-728

4月頃からやるやる言い続けてきたモンキーズをついに「ココロの一枚」で取り上げる時がやってきました。結局やるのを渋っていた理由が、このアルバムのライノから出てるリマスター盤(上に書いた番号のやつ)を持ってないからという他愛ないもので。この前後に発売された「スター・コレクター」('67)と「ヘッド」('68)だけはそちらで買い求めたのだけど、いずれも本人たちの回想を交えた詳細なライナー、ミュージシャン・クレジット、貴重なボーナス曲、そして最高の音質と文句つけようのないリイシューになっている。しかし、その他のアルバムに関しては、全てアナログ盤で揃っている上、CD的にも'89年にBMGからリリースされた決定盤ベスト「ザ・モンキーズ・バイ・リクエスト」で満ち足りていると思ってて、ライノ盤には触手が伸びてない。申し訳ない。VAPから出たLDボックス・セットを持ってる程のファンなのに。
それでも、この「ココロの一枚」で取り上げたかったアルバムは、この「小鳥と蜂とモンキーズ」に尽きるのだ。訳ありなのだ、これが。
ビートルズに対する「米国からの究極の返答」を作り出すべく、二人のテレビ・プロデューサーがメンバーをオーディションしたのが1965年のこと。約一年の特訓(ミュージシャン出身のマイクとピーターは演技面の、役者系のデイビーとミッキーは音楽面の)と戦略練り期間を経て、66年9月にテレビ・シリーズでデビュー。それ以降の軌跡はあえてここで繰り返すものではないが、音楽面の変遷を追うと実に複雑で興味深いのだ。ファースト・アルバムはあえて彼等と同世代のボイス&ハートのプロデュースで、最新のとんがったサウンドを取り入れながら若々しい青春ポップを追求。その大ヒットが続いている間に作られたセカンドは、ボイス&ハートのとんがったプロダクションに我慢できなかった最高責任者、ドン・カーシュナーの意向により、ゴフィン&キングなどポップの王道をひた走るスタッフを使ってより大衆性豊かな音楽性にシフト。すると今度はモンキーズ自身が「あやつり人形はごめんだ」と自らドン・カーシュナーの呪縛を振りほどき、サード・アルバムを殆ど自分たちの演奏と自分たちの意向に沿った楽曲で作り上げた。4枚目のアルバムは自分たちでやり過ぎた前作の反省点を踏まえつつ、より多彩な音楽性と先鋭的なサウンドにチャレンジした傑作であった。それに続くのがこの「小鳥と蜂とモンキーズ」である。結論を先に書くが、このアルバム発売とほぼ同時にTVシリーズは打ち切られ、そして唯一の映画作品となった傑作「ヘッド」とそのサントラに導かれる。10月には来日公演も実現したが、これを最後にピーターが脱退し、4人のモンキーズの時代はあっさりと終幕を迎えてしまう。
しかしモンキーズの音楽性の核心って一体どこにあったのだろうか。ファーストの青さが好きな人もいるし、2枚目の完成されたポップ音楽に魅せられる人もいる。3枚目は「ガレージ・パンク」すれすれの危うさがあるし、4枚目はシンセを使用したりしてかなりの進歩的ポップである。ぶっとびの「ヘッド」こそ最高傑作って人もあとを絶たない。さらには3人になってからの「インスタント・リプレイ」や「プレゼント」で展開された、ソフトロックともいえる洗練ポップや、マイク・ネスミスの諸作品に象徴される元祖カントリー・ロック的サウンドこそモンキーズの真骨頂という説まで飛び交う。
じゃこの「小鳥と蜂とモンキーズ」はどうかって言うと、これが実に筆舌に尽くし難いどえらい作品なんだわ。表面的には、今なお新鮮さを失わない永遠の大ヒット「デイドリーム・ビリーバー」と続く「すてきなバレリ」という2曲のメガ・ヒット曲が含まれているというメリットがあるが、アルバム全体に流れるのは決して軽薄に通り過ぎる事を許さないムードである。考えてみてごらん、ポップ・シーン全体が「サージェント・ペパー」の後遺症で虚空を彷徨っていたあの時代の産物なんだから。前作に収められたいくつかの曲は、サイケの影響をうまい具合に消化できていたが、今作は何せモンキーズ自身がプロデュースということもあり、事態が整頓されないまま分裂して、そのかけらがなんとか羅列されたという印象である。だからこそ超一級品のポップ・ソングを集めたアルバムの中に、「サタニック・マジェスティーズ」の破片がちりばめられた様な可笑しな感触がある。
ところで手元にあるこのLPは、1981年第一次モンキーズ・リバイバルが巻き起った時、日本フォノグラム(当時)によって再発されたもので、他のやつも殆どこのリイシューである。81年というのに裏ジャケットがオリジナルではなく日本語の解説になっており、その解説自体も説得力がない。まあ、マニアックなモンキーズ・ファンの出現なんてまだまだ遠かった時代だからしょうがないのだ。(総じて「ビートルズの猿真似」というのがマニアックな音楽ファンの見解だった。今こそ「ヘッド」やソフトロック、サイケ、パンクなどの文脈で再評価されているが、未だにマニアックなビートルズ・ファン中心に「猿真似」論がまかり通ってるのにはあきれるね。) それにこのリイシュー・シリーズは救いようがなく音質が劣っている。86年にライノから出たリイシューLPシリーズの音質があまりに良くてびっくりした記憶があるもんなぁ。やっぱ本物は違う。っつーわけで、この貧弱なアナログ盤で我慢しつつ(内9曲は「バイ・リクエスト」に入っているが)、やっとアルバムの内容にメスを入れるとしましょう。
一曲目は「夢の世界」と行きたいところだが.....日本ビクターから最初にLPで出た時に曲順が改造されてしまい、このフォノグラム盤もその通りになってしまってるので、そちらで行かせて頂きます。で、一曲目は6枚目のシングルとして大ヒットした「すてきなバレリ」。実はこの曲は67年初頭、デモ・ヴァージョンの段階でTVショウで一回流されて、問い合わせがTV局に殺到したいわくつきの曲。なんといくつかの放送局がTVからエアチェックしたテープを「新曲」として流したという説も。しかしこれは実は先のカーシュナーとの権力戦争の最中に葬り去られたいくつかの曲の内の一つだった。それにも関わらず、「デイドリーム・ビリーバー」に続くシングルを決める際、問い合わせ殺到の件も影響して「この曲にしよう」となってしまい、ボイス&ハートが急遽スタジオ入りして完成させたのだ。ちなみにTVヴァージョンの方は88年出た未発表曲集「ミッシング・リンクスVol.2」で聴ける。で、当然モンキーズはこの決定にいい思いをせず、来日公演ではマイクが嫌々イントロのギターを弾いていたという伝説も。オリジナルLPではこの曲はB面5曲目(CDは11曲目)に収録されている。続くのが当初の一曲目「夢の世界」で、デイビーの歌うスウィートなポップ・ナンバー。思えばアメリカ・オリジナルLPでシングル曲がトップに来ているものは、デイビーとミッキーのみになったラスト作「チェンジズ」のみ。しかし日本では曲順入れ替え、独自のシングル・カットなどにより、初期5枚のうち3枚目以外のA面1曲目がシングル曲となっているのだ。何なんだ一体.....。そしてマイク作、ミッキーの歌うかなりサイケ入った「アーンティーズ・ミュニシパル・コート」へ。このわけのわからんシュールなタイトルと詞、アシッドなサウンド(エンディングはピンク・フロイドの「ユージン、斧に気をつけろ」にそっくり!)は前曲の整頓された味をとっさに消し去る。しかし「バイ・リクエスト」の参考資料となった日本ファン・クラブの人気投票では「不人気」の筆頭に挙げられ.....かわいそうな曲であります。続く「気の合う二人」は再びデイビーの歌うスウィートなポップ・ナンバーだが、このロマンスを再びマイクのシュールな「タピオカ・ツンドラ」が切り裂く。「バレリ」のB面だったお陰で34位までチャートを上がったが、「アイ・アム・ザ・ウォルラス」の56位よりちょっと上ってだけでも凄いではないか。後の「サークル・スカイ」に連なる歯切れよいリズムが印象的だが、マイクの斜に構えすぎたボーカルとサウンド処理は相当ぶっとんでいる。オリジナルLPでは、この次に「デイドリーム・ビリーバー」が来るが、それをB面に回したため日本盤はマイクのシュールな2曲が続くこととなった。その「ライティング・ロングス」は、異様なエコーに彩られたモンキーズ史上最もあっち側に突き抜けた楽曲に仕上がっており、例えば「サタニック」の「魔王賛歌・第2部」や「ゴンパー」に該当する雰囲気あり。これらを聴くとマイク・ネスミスは相当サイケ熱にやられていたという感じだが、それは彼自身のモンキーズに対する迷いの結果であり、翌年カントリー・ロックを「発見」してからの彼は実に吹っ切れたという印象だ。やられていたのはむしろ他の3人だったのである。ミッキーはジミ・ヘンやティモシー・レアリーと、デイビーはフランク・ザッパとつるんでたし、ピーターは「ヘッド」で解る通りあっち側に行く寸前状態だった。(ちなみにこの曲はスクール・メイツがモンキーズをカバーしたアルバムに入っていたようだが、どんなもんに仕上がっていたのだろうか?)
さあB面は超名曲、今さら語るまでもない「デイドリーム・ビリーバー」から始まる(ただし日本盤のみ)。後に5回もCMで使われたというだけでもこの曲の永遠性が解る。でもやっぱ、マイクの2曲の間に挟まれていた方が風情なのでは? 本来のB面トップは「元気にスタート」。これも67年TVショウで流されていた未発表曲に手を加えたものだが、コーラスも活発に加わったオリジナル版(これも「ミッシング・リンクスVol.2」に収録)の方がいい出来と思います個人的には。続いてまたもデイビーの歌うスウィートなポップ・ナンバー「ポスター」。この辺は良く出来たポップ・ソングの連続で、聴いてて落ち着く。続くのがミッキーの歌う「私書箱9847」。作者のボイス&ハート自身もシングルでリリースしているちょっとサイケな曲だが、前作収録の「デイリー・ナイトリー」のような怪しさに欠けるのが惜しい。間奏が「スマイル」的だな改めて聴くと。そして再びお茶目なマイク登場の「マグノリア・シムズ」。いきなりSPレコードのような針音、イントロでやり直し、ステレオだと左チャンネルからしか音が出ない。挙句の果てに針飛び&スクラッチ....と、サイケ時代に敢えてオールド・スクールを貫き通した前衛の極みで、A面のマイクの諸作と作風は正反対ながら姿勢的には同一のものを感じる。(果たして彼は当時未発表だったボールルームの「Crazy Dreams」を聴いたのだろうか?) オリジナルはこれのあとにどポップな「すてきなバレリ」を挟んで最終曲「ゾルとザム」。TVショウで最後に流れたオリジナル・ナンバーである。ミッキーのプロテスト精神が爆発した怒りの一曲で、この感動巨編(?)はフィナーレを迎える。
さて肝心のピーター・トークはこのアルバム制作で何をやったのか? 実はこのセッションで数曲オリジナルを録音したが、採用されなかった。但し次作「ヘッド」のサントラでは、マイク、デイビーを凌ぐ2曲を提供。内1曲、映画ではミッキーが歌った「キャン・ユー・ディグ・イット」を自ら歌うヴァージョンがボーナス・トラックとして発表されたが、それを聴く限り、相当あっち側にいっちゃってる印象である.......っつーわけでこの「ヘッド」こそ、最近のキッチュなポップ・ファンの間ではモンキーズの最高傑作と言われ評価が高くなっていますが、その前の泥沼状態寸前なこのアルバムも決して見過ごして欲しくないと思います。iMac効果で「サタニック」があれだけ売れたんだから、「デイドリーム」一曲だけ聴きたいって人も勇気を出してこのアルバムを掴んでみては? 人生変るかもよ。
さて次回からはこのコーナーの趣旨を多少変更し、テーマを「ベスト・アルバム」に絞って深く掘り下げるつもりでございます。果たして第1弾は誰になるか? 乞ご期待。

archive indexに戻るHOMEemail to Mull-me
inserted by FC2 system