12月度「ココロの1枚」
栄光の抜け殻と虚実への叫び: John Lennon
"John Lennon/Plastic Ono Band"
日本盤初出:1971年2月25日
発売中のCD: EMI TOCP-65520 (リミックス&リマスター)

「あの日」から数えて19回目の12月8日がいよいよやって来ようとしている。
「あの日」は厳密には日本時間で1980年12月9日午後だったのだが、学校から帰ってくるやいなや母親から聞かされた「ジョン・レノンが撃たれた」とのニュースに茫然。しばらく何も言えずに立ちすくみ、気がついたら当時の住居から車で一時間はかかった京都のレコード屋に我が父と向かい、「ウェディング・アルバム」を買ってもらっていた。何も考えたくなかったけど、ラジオの音声が悲しみを煽る。これでビートルズというひとつの存在は、もう永遠に戻ってこないんだなぁと。
それに遡る4年前、「青盤」を聴いてビートルズのとりことなってしまった11歳の自分は、何から聴いていいか解らぬままもっと深入りしようと決心した。家族と西武百貨店でよくやってた輸入盤セールみたいなのに行くと、結局買ってしまうのが悪名高きアメリカ編集盤だったりして。まともな音源の揃え方はしなかったけど、マニアになるには幼すぎたんだなあ。確かに。そしてその頃、何故か手に入れていたのがこのジョンの初ソロ・アルバム「ジョンの魂」だった。その伏線は確かにあった。前年にリリースされていたベスト・アルバム「シェイヴド・フィッシュ」を全曲FMからエアチェックして親しんでいたし、その中の一曲はもっと前から聴きなじんでいた。それがなんとこの「ジョンの魂」のオープニングを飾る「マザー」だったのだ。
多分72年か73年だったと思うんだけど、父に連れられて大津市のあるボウリング場で戯れることが多くなっていて。重いボウルを持つのはままならなかったので、ゲーセン(っていっていいのか、とにかくピンボールとか初期のブロック崩しとかパチンコもどきなんかが並んでいたコーナー)にあったジュークボックスの前でたむろすることが多くて。五木ひろしの藤本作品「待っている女」とかが好きでよくかけてた。で、ある日そこで「マザー」を聴いたのだった。シングル盤なのに、イントロで延々鐘が鳴っているのが子供心に変だなと訴えかけて。歌が進むと絶叫に変っていたし。しかし何故か魅力的だった。ついでに一度だけB面に入っていたヨーコの「ホワイ」を間違ってかけてかなりのショックだったことも覚えてる。もちろん、それ以前に「レット・イット・ビー」のシングルを持っていたので真ん中のアップル・レーベルには見覚えがあったし、ジョン・レノンがビートルズだったってことに気付くには時間がかからなかった。その後「マインド・ゲームス」をラジオで聴いてからは一応実体験である。そんないきさつで76年の暮ごろ「ジョンの魂」を手に入れることとなったんだ。
しかし幼心にこのアルバムはかなりハードだったに違いない。といっても小学生だから言葉感覚が発達してるわけないし。でもその過剰な表現は相当ショッキングだったよ、確かに。このアルバムが出た1970年は、ポール・マッカートニーの「脱退宣言」によって公式にビートルズの歴史に終止符が打たれた年である。ビートルズという偉大過ぎるエンティティの抜け殻から脱却するってのは並大抵の神経では出来ない。書き溜めたオリジナルを一気に吐き出すチャンスを得たジョージ・ハリスンと、演技と趣味音楽でノホホンと再出発を飾ったリンゴ・スターはいざ知らず、二大巨頭だったジョンとポールにとってはあっさりいくわけではない。奇しくも二人とも前年に新たな伴侶を得たのだが、ビートルズという大きな影はラブラブ・ムードにプラスになるわけがなく、リンダとヨーコは度々「ビートルズを崩壊させた女」として非難された。それ以上にビジネス面に於ける摩擦の激しさは、長年の名パートナーだった二人の関係を腐敗させてしまったのだ。ポールはうまい具合に逃げつつも自分の新たな音楽活動においてその「逃げ」精神を大胆に活用。そんなポールの行動に傷ついたジョンは、何もかもかなぐり捨てて「無」から出発するという行動に出た。そしてアーサー・ヤノフ博士の「原始的療法」によって無の悟りを開き、その成果を表現してみせたのがこのアルバム「ジョンの魂」だったのだ。だからここには小学生でも解るような口辺りのよいポップ・ミュージックなどあるわけない。しかし結果的にその後の屈折した音楽リスナーへの道を形作ってくれたことで、これを11歳の時買った事には感謝しなきゃいけないのだ。
まず前述した「マザー」で、屈折した家族関係と断絶への感情がストレートに歌われる。若くして母を失い、父は蒸発した。こういった体験で強くなったジョンの心情は、ビートルズという大きなものを喪失したことでストレートに吐き出されるチャンスを得た。イントロの鐘4発は、トラウマの音響的表現。「しっかりジョン」は周りが見えなくなっている自分と世界への警告。「悟り」では複雑化した世界を操る「信仰心」に激烈なカウンター・パンチを贈る。1995年にジョンのトリビュート・アルバムが出たとき、レッド・ホット・チリ・ペッパーズによって歌われたこの曲はさらに大きな意味を持った。「目を覗いただけでお見通しのグルなんていないんだ!」という歌詞は、あの年だからこそ身にしみた。「キリストからポールに至る宗教も見てきた」の「ポール」が別語に置き変って聞こえる。信仰なんて人の勝手なのだ。そんなんで世界を変えるなんて思い違いには辟易すると、この曲を聴く毎に感じる。「労働階級の英雄」はシンプルな演奏でより詞の持つ毒が強調されて聞こえる。「孤独」は当時の状況がいかに彼を苦しませていたかを永遠に語り継ぐ。「思い出すんだ」は純真だった若き自分への独白。ラストに登場する「11月5日を思い出せ」と爆音の連なりの陰からひっそり現れるのは、純粋でありながら内容は含みが多過ぎるラヴ・ソング「愛」。この曲は先にレターメンによるヴァージョンで聴いていたが、流暢なハーモニーとか余計なものを入れるともう純粋ではなくなる。この曲が語るような恋愛を求めるものは誰もいなくなったのか、今の時代には。続いて「ウェル・ウェル・ウェル」で原始的叫びが爆発。この何も考えていないエネルギーはパンク。続く「ぼくを見て」はホワイト・アルバムの頃に作られたもので、最もビートルズっぽい構造の作品である。しかしテンションは続く「神」で頂点まで高められる。
一体我々の知ってる神様って何なんだ。ここで列挙されている偉人や信仰の賜物は、この母なる地球のかけらから派生したものに過ぎない。そしてその中には、あの偉大な4人組の名前まで含まれている。ジョン・レノンを偉人たらしめてしまった、彼自身を含むあの4人は、この歌詞が終った段階で灰と化した。彼は人間に戻った。人間へと戻してくれたヨーコと自分だけを信じると言い残して。
一部の人に彼は狂っちゃっただけだと言いしめたこの徹底的「俺イズム」は、しかしジョン・レノンだから圧倒的リアルに感じられる。ビートルズという修羅場を潜り抜けた彼は、結局その後5年間をさらなる混沌の中で過ごさねばならなかったのだが、それは世間が表面的安らぎだけに身を委ねたかったからである。やがて「俺イズム」の権威であるニクソンがいなくなって、ジョンはやっと本当の意味で人間へと回帰した。主夫として力強く再出発を飾ったのである。それから5年、彼は人間として、再び歌い出した。それこそ「ラヴ・ミー・ドゥ」の頃と同じ初心を胸に抱き。しかし、いい現実はあっという間に、悪魔の手下の手で幕を閉じる。
「夢は終ったんだ」の一言に続いて、母親を失った14歳の心情を再現した「母の死」で静かにアルバムは終る。1980年12月8日を振り返ると、このエンディングはとても現実的過ぎて、心に痛いのだ。

(追記:2000年10月9日) この「ジョンの魂」発売30周年を記念したリミックス&リマスター・エディションが、10月9日リリースされた。オリジナルの赤裸々な痛みをエスカレートさせることなく、ジョンのボーカルをさらに際立たせたミックスはさすがとうならせるものがあり、「イマジン」でのスペクター的もやっとしたヴィジョン明確化と違った形ではあるがいい蘇生作業が行われている。ベース音がはっきり聴こえ過ぎるのに多少違和感があるが、それだけオリジナルではジョンの存在感が強烈すぎたのだろう。「しっかりジョン」の欠けていたイントロが復活するなど、さりげない気配りもある。ボーナス・トラックは「パワー・トゥ・ザ・ピープル」と、幻のシングルB面曲「ドゥ・ジ・オズ」。後者でのブッチャー・ブラザーズのフィルのリミックス仕事も見事である。こういった先鋭的人選も今後積極的に行って欲しいところです、ヨーコさん。

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