7月の「ココロの寄せ鍋」(卵爆弾の中身多数使用)
Chilliwack "Greatest Hits"
Solid Gold [CAN] VCK-80129 (88年発売)
今回紹介するのは、カナダのアーティストの中でも個人的に最も思い入れの強いグループ、チリワックのベスト・アルバム。そもそも彼等を知ったきっかけは、81年末から82年にかけて全米でベスト20入りするヒットとなったシングル"My Girl"。"Gone Gone Gone...."というキャッチーなボーカル・リフに、ハードロックとAORの長所を上手く兼ね備えた洗練されたサウンドは、前衛的なものから普遍的なものへとメイン嗜好を乗り換えつつあった東京ライフ1年生の耳を即座にとらえました。続く"I Believe"もベスト30入りし、全米ヒット・チャート・ファンにはこの2曲のみで永遠に名を残すバンドとなったのですが、この2曲が入ったアルバム"Wanna Be A Star"が彼等にとって9枚目のアルバムだったというのを知った時はびっくり。さらに2年後、レコード探して流浪の生活を送っていた頃(サイケ中心に未だTOP40ものも追いかけていた)、彼等の昔のアルバムや前身のザ・コレクターズのアルバムを立続けに見つけ、その豊かな音楽性に魅せられてしまったんです。決して全米TOP40だけのバンドではないのだと。結局現在我が手元には彼等のアルバムが10枚しっかりと揃っています。そして88年、カナダで密かにリリースされたこのベストCDも。日本には池袋の某レコード店に一方的に入荷し、隠れベストセラーとなった以外殆ど入荷していないのは残念ですが、見つけたら即買いアイテムなのは間違いないです。
チリワックの前身となったコレクターズの更に前身、C-Fun Classicsがカナダのヴァンクーヴァーで結成されたのは1961年のことで、63年にクラシックスとしてデビュー・シングルをリリースしています。66年のカナディアン・クラシックス名儀のシングル"I Don't Know"からアメリカ市場に進出し、コレクターズとしてアルバムを2枚リリース。サイケな時代の空気を感じさせながら、メロディ主体の穏やかな感触がいかにもカナダ的な作品でした。またあのエレクトリック・プルーンズの問題作「ヘ短調のミサ」の中の何曲かでも彼等は影武者として演奏しているらしいです。70年8月には万国博覧会カナダ館での演奏のために来日し、熱のこもったパフォーマンスを展開。契約上プログラムではコレクターズと紹介されていましたが、この時既にグループ名をカナダ西部の地名であり、インディアン言葉で「幾重もの流れある渓谷」という意味のチリワックに変更、同年にチリワック名儀でのファースト・アルバムをリリース。ここからの流れは、ベスト・アルバムで年代を遡る曲順となっているのに準じて紹介します。
(1)"Don't Stop"(2)"Getting Better"は、83年にこのベスト・アルバムの元となったLP"Segue"の為に録音されたナンバーで、コレクターズとなった時に加入以来中心人物としてグループをひっぱってきたビル・ヘンダーソンがモ・フォスター、サイモン・フィリップスといった腕利きのセッション・プレイヤーと共にレコーディングしたもの。可もなく不可もないAORっぽい曲。84年に密かにリリースされた最新(今のとこ)アルバム"Look In Look Out"にも収録されている。
(3)"Whatcha Gonna Do"は82年のアルバム"Opus X"からのヒット・シングル。このアルバムの後、女性シンガー、ダービー・ミルズが当時のメンバー3人の援助を得て作ったバンド、ヘッドピンズの活動をパーマネントなものとするため、ビル以外の二人、ブライアン・マクレオドとアブ・ブライアントが脱退。
(4)"My Girl"(5)"I Believe"は81年の"Wanna Be A Star"より、アメリカでも大ヒットしたシングル。日本では(5)がチリワック3枚目のシングルとしてリリースされたが、全く話題にならなかったのが残念。今ではヴァレーズから出ている"Lost 45s of 70s & 80s"のシリーズ2枚でこの2曲を聴くことができる。また後者は先頃(7/26)リリースされたコンピ"Light Mellow AOR - Groovin' & Breezin'"に収録され、チリワック初の日本盤CD化が実現した。
(6)"Communication Breakdown"は80年の"Breakdown in Paradise"より。ベースのアブはこのアルバムより加入。メンバーも5人いて最もハード・ロック・スタイルのバンドだった時期である。但しこの曲のドラムはスタジオ・ミュージシャンによるもの。なおこのCDにはシングル・ヴァージョンが収録されているが、ポール・マッカートニーの「バンド・オン・ザ・ラン」に近い構成であるこの曲の前半のスローなパートを丸々カットしてしまっているのが残念。
(7)"Arms Of Mary"は78年の"Lights From The Valley"より。サザーランド・ブラザーズの曲のカバーで、生ギターとハーモニーを中心とした爽やかなアメリカン・ロック路線が続いている。以後ギター、キーボード、ドラムをこなし大活躍するブライアンはこのアルバムより加入している。
(8)"Fly At Night"(9)"Baby Blue"(10)"California Girl"の3曲は77年のアルバムで彼等の最高作だと私は思っている"Dreams, Dreams, Dreams"に収録。いきなり生ギターとさわやかなコーラスが流れてきた時は、(4)(5)のイメージしかなかったもんでびっくりしたのだが、穏やかな中にロック的ドライヴ感が渦巻きとても心地よい世界が展開されているのだ。(8)がとにかく名作。(10)もシングル・ヴァージョンのため、エンディングで延々と展開されるビルの生ギター・ソロがカットされていて残念だ。
(11)"Crazy Talk"は4枚目のアルバム、74年発表の"Chilliwack"(このタイトルのアルバムは3枚あり、まぎらわしい。カナダ本国でのタイトルは"Riding High")からのシングル。なんと「そよ風のバラード」でおなじみテリー・ジャックスがプロデュースしている。他にも"Come On Over"など佳曲が揃ったナイスなロック・アルバムである。なおこれに続くアルバム"Rockerbox"(ブロンディ、ラモーンズなどを手掛けたクレイグ・レオンとリチャード・ゴッテラーがプロデュース)、及び先立つアルバム"All Over You"からはこのCDに選ばれていない。いまいち焦点を欠く前者はまだしも後者は結構いいアルバムなんだけどなぁ。後者収録の衝動的ハード・ナンバー"Hit Him With Another Egg"は彼等の中でも一番好きな曲です、実を言うと。
(12)"Lonesome Mary"も"Chilliwack"、但しこちらは71年発表の2枚目のアルバムからのナンバー。この2枚組は唯一日本盤が出た作品であり、この曲もシングルとしてリリースされた。万博の熱気の余韻が残っていたからだろうか? 曲自体はアーシーな中にも哀愁がそこはかとなく漂うロックンロール・ナンバーだ。アルバムでは14分に及ぶ大作とか、2枚目には丸々実験的な曲が入っていて何でもありな71年の空気が溢れている。創設以来のメンバーで、サックス、フルートなど色々担当しバンドの色を決定付けた重要人物、クレア・ローレンスはこのアルバムを最後に脱退。
(13)"Rain-O"は70年発表のファースト"Chilliwack"(またか....)からの曲で、後に"Dreams...."でも再演されたレイジーなバラード・ナンバー。この時のメンバーはビル・ヘンダーソン、クレア・ローレンス、ブライアン加入までドラマーの座を守ったロス・ターニーと、来日を前に一時脱退するもクレアの代わりに再度復帰してアブ加入までベーシストとして活躍したグレン・ミラーの4人。なおファースト・アルバムに先立ってリリースされたシングル2枚のうち、最初の"I Must Have Been Blind"は来日記念盤としてシングルでリリースされている。
以上、かなり思い入れたっぷりにお送りしたチリワック・ヒストリー。前述したアルバム"Look In Look Out"を発表後、アルバム制作活動は中止しているものの、ビル中心にメンバー・チェンジを繰り返しながらバンド活動を未だに続行中。時折かつてのメンバーも合流しているとか。ビルはまたナイロンズなどのプロデューサーを勤めながら、カナダの音楽プロデュース統括団体であるSOCANの代表としても活動している。30年振りに我が日本の土を是非踏んで欲しいと熱望しているのは私だけではないだろう。
(8月5日後記)-最初にこのページをアップしたしばらく後、ビル・ヘンダーソンの公式サイト"gonegonegone.com"と、公式なチリワック・トリビュート・ページを発見して感涙に噎び、そこから得た情報を多少加えてより確実な内容へとアップグレード致しました。

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