ココロの10枚スペシャル!
ブライアン・ウィルソン来日記念、渚だ! 心だ! 砂箱だ!
本当はブライアン来日を記念して1枚のアルバムについて徹底的に掘り下げるつもりだったのですが、ルルルルの方のネタが一時危ないと思われたのでルルルルをやめてビーチ・ボーイズ・ベスト10を選ぶことを決意。しかし結局ルルルルも10枚決まったため、両方のアイディアを生かすという超豪華絢爛月間となってしまいました。っつーわけでここでは、ブライアン的視点から厳選したビーチ・ボーイズ及びブライアン個人のアルバム10枚についてつれづれなるまま書きなぐります。但し「ペット・サウンズ」と最新作「イマジネーション」については、別のところで語ったというのもあり外しました。個人的な思い入れしかないビーチ・ボーイズ、ブライアン観で、来日公演への胸の高まりをエスカレートさせちゃって下さい。(なお番号は便宜上発売順に記したもので、個人的ランク付けとは関係ありません)
なお、2000年待望のカリブー時代作品のCD化、及び2001年版リマスター再発に伴い、CD番号を現行のものへと変更しております。(2001/6/19)
1. The Beach Boys
"Surfer Girl"

Capitol TOCP-53163 (63年作品)
シングル・ヒットの付属品でしかなかった最初の2枚のアルバムに続き放たれたこのアルバムも、表面上はシングル・ヒットの付属品。しかし何にも増して「プロデューサー:ブライアン・ウィルソン」が初めて刻印された作品としてあまりにも重要である。アルバムなんて単なる曲の寄せ集めと割り切られていた時代に、優れたオリジナル作品を並べて一つの流れを作ろうという試み、そしてブライアンの響きへのこだわりが、最小限の制作期間のうちに作られたとはいえしっかり顔を出す立派な作品。何せA面とB面トップを名バラード「サーファー・ガール」と「イン・マイ・ルーム」で各々飾るという自信はただものではない。それはまた頑固おやじマリーへの静かなる挑戦の表われでもある。これで21才だよ当時。他の曲でもハーモニーの紡ぎ方や全体のアレンジに早くも天才の色を覗かせているが、傍らにお茶目に戯れるキーボード・インスト2曲があるのがさらにこのアルバムへの個人的評価を増しているような気がする。言い忘れた、「サーファー・ガール」のB面「いかしたクーペ」をメインに据えた次のアルバムがわずか1ヶ月後に出ているというのは驚異的で、1枚のシングルから2枚アルバムが派生という奇蹟はまず繰り返されることはないだろう。
2. The Beach Boys
"Beach Boys Today!"

Capitol TOCP-53168 (65年作品)
とっちらかりながらも大名曲「ドント・ウォリー・ベイビー」を産み出した「シャット・ダウンVol.2」、夏の終りのアンセムであるタイトル曲等名曲目白押しの「オール・サマー・ロング」等(この「等」がなおも重要。凄すぎる作品量産ペースにも関わらず良質なものばっかり)を産んだ1964年は、様々なプレッシャー(父、ツアー、ビートルズ、キャピトル等)と戦いつつ最大の敵を自らの技量としたブライアン試練の時代だった。そして65年はいよいよ孤立の年。ツアーから離れますます偏執狂的スタジオ・ワークに力を入れることになる。その体勢で仕上げられた最初の作品がこのアルバム。何しろ後の「ペット・サウンズ」を予見させると随所で評されたB面のバラードの連なりはやっぱり圧倒的。ブライアンの繊細な面を見せつけると同時に、繊細すぎるからこそ一流のポップ・ソングであるという大衆音楽史を覆えす概念がここで初めて打ち出されたのだ。無論A面の方も2〜4曲目の見事な連なりなど無視できないものがある。ラストに配されたおしゃべりにはこんな一幕が.....ブライアン「僕は自分の人生で一回たりとも間違いを犯したことはないよ」マイク「ブライアン、君が間違いを犯すのを待ち続けているよ」。実に暗示的である.....ブライアンはこの後幾度もの「ミステイク」に直面しつつハード・タイムへと突入していくのである。まずは当時の一般大衆にとってはまさしくそれだった「ペット・サウンズ」........
3. The Beach Boys
"Wild Honey"

Capitol TOCP-53172 (67年作品)
一般大衆の理解を超えるほど深みを極めた音楽の金字塔「ペット・サウンズ」、ここではあえて語らない「スマイル」の混沌とその余波「スマイリー・スマイル」....そしてブライアンはますます「安定」の2文字が似合わない世界へと突入。そんな中、ブライアンをクール・ダウンさせるためのアルバムとして制作されたのがこの「ワイルド・ハニー」。ブライアン宅にホーム・スタジオを作ってしまい、極家庭的な雰囲気の中作られたアルバムなのに、全体的には醒めた感触。当時隆盛のサイケ文化にあえて迎合せず、ダウン・トゥ・アースな曲を並べるという試みは「スマイル」を期待していた人々の手にも負えなかった。でもブライアンはこんな雰囲気の中でこそ一番安定するんだろうなと今なら素直に両手を上げて聴けるアルバムだ。そして、初期のデニスのドラム・ソロ曲を唯一の例外とすると、ブライアンのインプットが全くない曲がビーチ・ボーイズ名儀でリリースされたのもこのアルバムが最初だった。これはさらにスピリチュアル志向を極めた(しかしブライアン色は当社比10%程)名作「カール&パッションズ/ソー・タフ」(72年)の予兆でもある。いずれにせよ「ダーリン」という超名曲(しかしこれとて原曲は64年に既に出来ていた)が入っているだけでも重要作。
4. The Beach Boys
"Friends"

Capitol TOCP-53173 (68年作品)
ますます一般大衆の嗜好から遠ざかりつつも、このような憎めないアルバムをさりげなく届けてくれるのが一流のポップ・ミュージシャンの証し。ここではますます陰の世界に入っていくブライアンをサポートするため全メンバーが力を尽くしまくっている。6曲で11分半しかないA面の流れは見事で、様式美をますます重要視するロック・シーンの最先端と造反しつつも実はこれほど美しい音楽は当時他に類を見ない(ミレニウムがわずかな例外?)。B面にいくと初めて顔を出すデニスの繊細な楽曲、そしてますますパラノイド道を極めるブライアンを物語る佳曲「ビジー・ドゥーイン・ナッシン」などもある。心の安静は瞑想からと説くラスト曲のファルセット・ボーカルは絶対マイクだと信じているんだけど(64年の「ラヴ対ウィルソン」でブライアンを茶化したあの声に似てるもの) この内輪的アルバムがブライアンの一番お気に入りだってのも納得の一作。次作「20/20」ではより他のメンバーの力量が明確に打ち出されているが、そんな中ブライアンは中ジャケの虚ろな目線に象徴される如く虚空をさまよっている。
5. The Beach Boys
"Sunflower"

Caribou TOCP-65565 (70年作品)
いろいろとプレッシャーを押し付けたキャピトルを離れワーナーに移ったビーチ・ボーイズだったが、ここでも結局いい事はなかった。作品は量産されるものの何を出していいか考えるのもままならぬ混沌状態。結局現れたのはこの超一級ポップ・アルバムだった。しかし当時のロック・シーンは「ポップ」を死語扱いで結局この大名盤は黙殺されてしまった。ほんと文句の付けようがない名盤なんだけどね。ブライアンはなんとかやる気を取り戻して、半数の曲に貢献。彼の名前がクレジットされているいないは関係なく全編よく出来た曲のオン・パレードである。とくに1分55秒の天国「ジス・ホール・ワールド」はいつ聴いても涙の雨アラレ。あと「スマイル」の引き出しからひょいと持って来た「クール・クール・ウォーター」ではまだまだ上出来な音の絵を描けることを証明してみせた。他には4曲を提供しているデニス、そして2曲を作ったブルースの活躍が目立つ。カールはプロデュース面で大活躍しており、独特のステレオ音場で新たな境地へとビーチ・ボーイズの音を導いている。
6. The Beach Boys
"Surf's Up"

Caribou TOCP-65566 (71年作品)
前作のコマーシャル的失敗を撤回すべく、グレイトフル・デッドとのツアーを敢行して一気にシリアスなオーディエンスへとアピールを高めた彼等は、新しいマネージャー、ジャック・ライリーの提案で歌詞面でもシリアス路線へと介入。このアルバムではそのライリーの歌詞をスピリチュアルなメロディで音像化するカールが一気に主役へと躍り出る。マイクもエコロジー問題や学生運動をテーマに真顔路線をアピールし、ブルースは名曲「ディズニー・ガールズ」を提供。しかしブライアンは......そこに強力な助っ人、ヴァン・ダイク・パークスが登場。「もしこのアルバムを"Surf's Up"と呼べば、150000枚余計に売れる」という彼の一言で「スマイル」の引き出しからタイトル曲が新たに脚色され加えられた。しかしそれより重要な曲がここにはある。自ら立たされた崖っ淵を巧みな比喩と崇高な音場で綴った「ティル・アイ・ダイ」がそれである。この曲を残してブライアンは、一旦我々がつかむことの出来ない位置へと飛翔してしまうのだ。彼が一応「帰って」くるのはその5年後だったが、建国200年を迎えたアメリカはあらゆる呪爆から解放され再びビーチ・ボーイズを歓迎するのであった。その間、ライリーの戦略に嫌気がさして去ったブルースの代わりに二人の南アフリカ人を迎えたのだが、彼等がその後それぞれラトルズと「南からのラトルズへの返答(爆)」ローリング・ストーンズへ旅立つという事実はとても興味深いものだった。
7. The Beach Boys
"The Beach Boys Love You"

Caribou TOCP-65571 (77年作品)
76年の「15 BIG ONES」でとりあえず表舞台に復帰したブライアンだったが、決して老け込んでいないにも拘わらず本調子からはまだまだ程遠い様子。しかしステージ上でいくら空虚な視線がさまよおうが、アメリカの聴衆は彼の存在そのものに大歓喜だった。それに後押しされてますます「やる気」を増したブライアンが作り上げたのが、「ペット・サウンズ」以来11年振りのパーソナル・アルバムとなった今作。ここにあるのは実に初歩的なメロディー、初歩的な歌詞、初歩的なプロダクションのみ。その無邪気な響きの奥からは、地獄からはい上がらんとしている男にしか見えない苦悩がひしひしと押し寄せてきて、表面的な祝賀ムードを覆い隠す。ここで聴ける精神裏返し音楽が比肩し得るのはシド・バレットのソロ2作のみではなかろうか。もちろんポップ・ソングとしてそれらを成立させた兄さん思いの三男・カール以下ボーイズの面々の至力を無視することはできない。当初タイトルは"Brian Loves You"が予定されていたとのことだが、主語がブライアンからビーチ・ボーイズに変わった時、「愛してる」の対象は一般大衆からブライアンに変わったのだった。この本篇14曲に、エンディング・テーマとしてマイクによる「ブライアンズ・バック」(「エンドレス・ハーモニー」に収録)を続けると余計身にしみる。結局これ以降のボーイズ名儀のアルバムに於けるブライアンの影はますます薄くなる一方となってしまった。なおこれと同時期にリリースされた、当時ブライアン以上にいっちゃった道に入っていた自分が一番次男・デニスのソロ作「パシフィック・オーシャン・ブルー」の苦悩振りも涙無しには聴けない。
8. Brian Wilson
"Brian Wilson"

Sire WPCR-10787 (88年作品)
ブライアンの精神状態と関係無いところでますます「アメリカズ・バンド」としての存在感を増していくビーチ・ボーイズ。野性児デニスの水死という悲劇を乗り越えますます絆を強くしていくと思われたものの実態は「ブライアン自伝」を読めば解る通り決して平坦なものではなかった。そんな中、セラピストのユージン・E.・ランディとの結び付きが一応は効を奏して徐々に音楽家魂を取り戻していったブライアンが、「ラヴ・ユー」から11年(これは周期かと思われたが....)の後やっと本気で世に問うた初ソロ・アルバムがこれ。ここにはビーチ・ボーイズを取り巻く様々な呪縛から解放されてのびのびとポップ・ミュージックに向きあうブライアンの姿が.....と発売当時ファンは狂喜しまくった。しかし今聴くとやっぱランディの治療コースの一環色は拭えないようで....。アンディ・ペイリーを始め、ジェフ・リン、ニック・レアード・クロウズ(現トラッシュモンク)、テレンス・トレント・ダービー、リンジー・バッキンガム(シングルB面曲のみ)といった同ベクトルを持った連中との仕事は彼にプラス志向をもたらしたのか。でも記録として残ったのは上出来のポップであるのは間違いない。夢の様なメロディーとハーモニーはあるし、あの「スマイル」の幻影を再現してくれる大作「リオ・グランデ」もある。しかしヒット・チャートではブライアンを欠いたビーチ・ボーイズによる「ココモ」に惨敗。そして次作、裏「ラヴ・ユー」とでもいうべきパーソナル路線の終着駅"Sweet Insanity"の発売を拒否され、再び路頭に迷うブライアン....そこで彼はやっと「セラピーなんて無意味だ」と自我をさらけ出すに至り、人間性の回復道へと向かっていく。
9. Brian Wilson
"I Just Wasn't Made For These Times"

Karambolage MVCM-533 (95年作品)
やっとのことでセラピーの幻影を振り切ったブライアンを、敏腕プロデューサーのドン・ウォズがドキュメンタリー映画に収めることを決意。そのサントラとして用意されたのがこの2枚目のソロ・アルバム。といっても内容は11曲中10曲までがビーチ・ボーイズ及び前作ソロ・アルバムの曲のリメイク。とはいえスタジオ内でそれらの曲と何げない表情で向かい合うブライアンは完全に解放された様子で、映画のビデオを見ると涙せずにはいられない。殆どの曲がオリジナルより簡素な仕上がりなのもかえって好感が持てる。そして残る一曲というのが、76年に録音された名曲「スティル・アイ・ドリーム・オブ・イット」のオリジナル・デモ・ヴァージョン。スタジオでオーケストラをバックに王道ポップ・シンガーを気取ったヴァージョン(「グッド・ヴァイブレーションズBOX」収録)からは伺えなかった赤裸々な痛みを伴う生の声は、この映画が向き合う現実へと警鐘を発してみせる。ビジネスを前提にしたポップ・ミュージックなんて人間味はないのだと。アルバム全体の流れで絶妙のアクセントとなるべきB面3曲目(???)にこの曲が在ることこそ当作品最大のポイントだと言えそうだ。最早精神的支柱である事が映画でも存分に証明されている愛妻メリンダを新たなマインド・コントローラーとして責める奴らにブライアンの音楽を愛してるなんて言う権利はないね。
10. Brian Wilson & Van Dyke Parks
"Orange Crate Art"

Warner Bros. WPCR-1440 (95年作品)
1995年の驚きは「駄目な僕」で終らなかった。93年から密かに制作が進行していたヴァン・ダイク・パークスとブライアンのコラボレーション・アルバムが遂にリリースされたのである。まさに目からウロコ。1966年に「スマイル」の制作が開始された際、ヴァン・ダイクは共同制作者・作詞家としてブライアンと組むも、ビーチ・ボーイズのパブリック・イメージとの不符合、そして何よりもブライアン自身があっち側に突き抜けたせいで結局挫折。その後も何度か組んだものの、「スマイル」のしこりが残ったせいか長続きしなかった。そしてセラピーを通り過ぎたブライアンは、ヴァン・ダイクの芸術をその歌声で伝達する表現者の役に徹してこのプロジェクトに参加。ここで聴ける歌声からは全く何の迷いも感じされない。郷愁と憧れに満ちたヴァン・ダイクの楽曲も傑作揃いであり、久々にポップは生きていると発売当時実感させてくれたアルバムだった。このアルバムの世界をライヴで再現したいとヴァン・ダイクは考えていたが諸般の事情で実現ならず、しかしブライアンのやる気はこのヴァン・ダイクの後押しによってさらに加速したと考えていいだろう。母オードリー、そして愛する末っ子カールを相次いで失い、ウィルソン家唯一の生き残りとなったブライアン。かつて様々な地獄を見てきたこの男は結局一番タフだったのかもしれない。そしてやる気充満状態の彼は周期(?)より1年早く傑作「イマジネーション」をひっさげ本格的に再始動。33年前、あの傑作アルバムの裏ジャケット撮影の際踏むことが出来なかった(厳密には79年一度来ているが)日本の地へといよいよ降り立つ。待っているぞ。

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