3月度「ココロの1枚」
バンドは荒野をめざす : PAUL McCARTNEY & WINGS
"Band On The Run"
日本盤初出:1974年2月10日
発売中のCD: MPL/Capitol TOCP-3128

あえて大有名アーティストのアルバムに迫る大変なシリーズ第4回。今回は、来月9日に「25周年記念特別エディション」の日本盤が登場予定の「バンド・オン・ザ・ラン」。フォローが遅くなりがちのルルルルの罪滅ぼしとして、今回はこちらで先走りしてしまおうという大胆企画です。
さてと、このアルバムから生まれた一連のヒット曲はというと、カーペンターズと並んで我がポップ人生黎明期の貴重な思い出です。何せラジオにかじりついてこれらの曲が流れるとうきうきしていた10代突入前夜の初な自分。もう四半世紀が流れたのかとなると、何か複雑な感じでありますな。そんで、手元にあるこのアルバムの唯一のソースは、79年に日本盤で発売されたピクチャー・レコード! GP-3でかけるのもったいないと思いつつ回転するポールとその一味を見つめながらこのアルバムを久々に楽しんでます。スペシャル盤はリマスターされた上未発表曲も加えているということで、発売が楽しみ。このピクチャー盤も貴重品の棚にささやかにキープですね。
1970年のビートルズ解散からこのアルバム発売に至るポール・マッカートニーの道は決して平坦ではなかった。自分がビートルズを公式に脱退したというだけで完全に悪者扱いされ、さらに派手に進歩的にかつ内省的に大きくなっていくロック・シーンのなかでまともに取り合われることがなかったのだ。ジョン・レノンはこの頃「4人のソロ・アルバムから曲を引っぱってくれば、ビートルズのアルバムが作れる」と発言していたが、ポールの場合ふさわしいと思えた曲はシングル・ヒットした「アナザー・デイ」位。クリエイティヴ面では真っ先にビートルズの影を脱却したジョージに、ロック的イディオムでは己を赤裸々に音像化していたジョンに圧倒されていたと思われた。そして愛妻リンダにキーボードを仕込み、ジョンとヨーコへの対抗心、ロックを取り戻すという目的も込めて新たに編成したウィングスも、3日間で録音したデビュー作、意識的に小さな会場を回るツアーとも悪評こもごもであった。ホテルの窓からテレビ飛び交う、プールにキャデラックを沈めるといったロック道と、ポール達の自然回帰志向が迎合することは時代に許されていなかったのだ。しかし、ジェームズ・ボンド映画のテーマ曲や、激甘デレデレのバラード「マイ・ラヴ」のヒットで、ロック以外の筋におけるポールへの信頼は回復しつつあった。
が、しかしこの時期のポールに対して、特に最近になってやっとまっとうな評価が下り始めたのは興味深い事実。所謂「宅録」、ローファイといった文脈において、彼の初ソロ作「マッカートニー」はもはやクラシック的存在だし、ウィングスのファースト「ワイルド・ライフ」にしたってその衝動的性格はジョンスペなどにも通じるものがあったりする。ビーチ・ボーイズ研究家のデビッド・リーフは、「ビーチ・ボーイズの「ワイルド・ハニー」「フレンズ」とポールの最初の4枚のソロ・アルバム(もちウィングスの最初の2枚を含んだ4枚ってことだろう)は、何も考えていない純真さを芸術に転じた好例だ」と「スマイリー・スマイル/ワイルド・ハニー」2in1のライナーに書いている。
しかし「ペット・サウンズ」「スマイル」から先の2枚を経て芸術的頂点から見放されていったブライアンと対照的に、ポールの逆襲はこの「バンド・オン・ザ・ラン」で見事に始まるのであった。実はメンバー5人の内2人が離脱するという逆境はあったものの、気分転換の地としてなんとアフリカ大陸のナイジェリアを選び、ポール一味の荒野への旅はエンジン全開。かの地では「俺達の音楽を盗みにきたのか」と罵声を浴びつつ、あのフェラ・クティのサポートも得て新鮮な気持ちで音楽制作に励み、ロンドンに戻ったらトニー・ヴィスコンティのオーケストラ・アレンジも得て、ビートルズ解散以来初めてやっとポップ・センス全開の逸品が完成したというわけである。コマーシャル的にも大成功。珍しく元ビートルズ全員がチャート上で激突していた73年暮から74年にかけて、このアルバムはだんとつに飛び抜けていたばかりか、グラミー賞4部門を受賞という栄冠も得た。特に「最優秀エンジニアリング部門」は、アフリカ録音ということを考え合わせても光栄だったに違いない。
まずアルバムのA面の流れが絶妙だ。第2弾シングルとしてリリースされたタイトル曲「バンド・オン・ザ・ラン」は、シンプルなバラード風に始まり、やがてファンキーなリフ中心のロックへと転換。ここで聴けるリンダのシンセは、ぎこちなく単純なフレーズながらあまりにも効果的である。そして夜明けを告げるかの如くさわやかなポップ・メロディーへと移り変わっていく。この大胆な構成による曲をしっかりシングルとしてポップ・チャートの1位に送り込むというのもポールへの信頼が戻ってきた証拠なのである。実は前々作「ラム」からカットしたシングル「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」も同じ様に3種類のパターンを合体させた曲でチャート・トップを飾ったわけだが、ここにも「決定版」というべきフックがあって、しかも大胆。今どきこんな曲をものに出来るのは、恐らくベック一人だけではなかろうか。この曲から続く「ジェット」への流れが実に素晴しい。「サージェント」みたいに切れ目なしに繋がっているわけではないが、切り離せないのだ。後のベスト盤ではこの2曲の曲順が逆になっていたが、違和感ありまくり。その上シングル・ナンバーとしても超一級品だから偉い。リンダのキーボード、ポール自身による素晴しいドラミング(俄ドラマー・ファンとしてうれしい)、絶妙のハーモニー、最後のサックスに至るまで全くすきのないサウンドで、我が生涯ベスト・シングルの一つに残り続ける名曲だ。3曲目「ブルーバード」は「ブラックバード」の姉妹編的ナンバーで、ここでもメロディ・ハーモニーに抜群のセンスを見せつける。続く「ミセス・ヴァンデビルト」は強いていえばアフリカ的サウンドが最も効果的に反映された曲。これもいい曲で、少なくともウィングス消滅後のライヴで演奏されていないのが残念。ピクチャー盤が出た頃は「北島三郎の「与作」はこの曲のパクリ」とか言われたなぁ.....。ラストの笑い声は「サージェント」へのオマージュ? A面ラスト「レット・ミー・ロール・イット」は、ジョン・レノンに対するポールの個人的な気持ちの結論と言うべき曲で、サウンド的にもプラスティック・オノ・バンド風とよく評された。93年のライヴではこの曲、「ドライヴ・マイ・カー」に続いて2曲目に演奏されたのがまた皮肉。
B面は再度アコースティック・バラード「マムーニア」で始まる。この曲もホワイト・アルバムっぽい方向性があって、さりげないながらアルバムの進行上とても効果的。次の「ノー・ワーズ」はデニー・レインとの共作で全編ハーモニーで歌われる。パワー・ポップ風、ソフト・ロック風な味も適度にあって、今のポップ・ファンにも違和感ないだろう。で、次が「ピカソの遺言」なのだが、実はアメリカ盤にはこの2曲の間に先行シングルとしてヒットした「愛しのヘレン」が加えられている。手元にあるピクチャー盤もアメリカ仕様のため、この曲が収録されていて、かえってこの爽快なロック・ナンバーが間にあった方が効果的という感じだ。現在出回っている一枚もののCDには、この曲とB面の「カントリー・ドリーマー」(これはナイジェリア録音ではなく、惣領泰則が率いた幻のソフトロック・グループ、ブラウン・ライスにポールが提供した曲)がアルバム終了後にボーナス・トラックとして収録されている。で、「ピカソの遺言」は、ダスティン・ホフマンがポールにピカソの死亡記事を読んであげたことがヒントになって生まれた曲。ピカソというだけあってダダ的な大胆な結合が一曲の中で実行されている。フランス語の朗読が入ったり、「ジェット」「ミセス・ヴァンデビルト」をコラージュ的にはめ込んだり。決して「アビイ・ロード」の様な劇的フラッシュバックではなく、ある程度分裂的な仕上がりになっているところが70年代風であり、ポール節と言うべきもの。その点は前4作の成果をうまい具合に消化した曲と言えるだろう。かつベックに通じる要素を感じることができる。そして大団円は近未来の恐怖を描いた(?)ドラマチックなロック「西暦1985年」。今ならベン・フォールズ・ファイブっぽいと言う感じのピアノの跳ねるリフ中心にハーモニーを複雑に絡ませた構成で、エンディングに近づくにつれて劇的に盛り上がる。その余韻に再び「バンド・オン・ザ・ラン」のリフを持ってくるあたり、「サージェント」を彷彿とさせるものがある。
このアルバムで断固たる地位を取り戻したポールは、新メンバー二人を加えて再びウィングスをパワー・アップ、大規模なツアーを敢行して再びポップ・シーンの王位に君臨する。ビートルズの影も完全に拭い去らんと絶好調な活動が続くも、1980年には日本での例の事件、追い撃ちをかける様にジョン・レノンが射殺され、再び時代はポールを見放してしまうのだった。むしろ彼には「王位」なんて似合わない、自然体のポップ・ミュージシャンとして長生きしてほしいと個人的には思うのだけど、やっぱり彼は世界一収入の多い音楽家の一人であり、イギリス国家に認められた「サー・ポール」なのである。最愛のパートナーだったリンダを失った彼の新たなる立ち上がりに期待したい。なお「バンドは荒野をめざす」という五木寛之風のフレーズは、オリジナル日本盤LPの帯に書いてあった文句です。

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