5月度「ココロの1枚」
平常心が「ちょっと出ようよ」してる間に...:
THE WHO "A Quick One"
日本盤初出:1980年 (まじです)
発売中のCD: Polydor POCP-7064 (リマスター盤、ボーナス・トラック10曲収録)

あえて大有名アーティストのアルバムに迫る大変なシリーズも遂に第6回。実は来月書くアルバムについては決定済み(もち祝・来日! 企画)なのに、今月はあれとあれの間でかなり迷い状態に入ってました。そこに現れたのがGatewayのCM。CMソングとして使われているのが、なんとザ・フーの「フー・アー・ユー」ではないですか。iMacがストーンズで来たと思ったらまさか、昨今のパソコン広告の世界はどうなっているのやら。というわけで、やるやるやると言い続けたモンキーズは次々回へと追いやられることに決定。
で、当然"Who Are You"(1978年発売)を選ぶのかと思いきやさすがH45、そう簡単に服従するわけがない。(「サタニック」の場合は話は別、アルバム自体の性格を考えると....) やはり初期のものということになってしまいました。ここに選んだアルバム"A Quick One"は1966年12月イギリスで発売されたフーのセカンド・アルバムです。しかし日本ではオリジナル通りには紹介されず、内何曲かをシングルの曲と組合わせた「エキサイティング・ザ・フー」というLPが代わりにリリースされたんです。続くアルバム"The Who Sell Out"はちゃんと出たんですけどジャケットは変えられていて、初期からちゃんとした扱いを受けてなかったんだなあ、来日しなかったのもしょうがない(でもジャケ真似はされまくる.....)とトホホ状態に入ってしまうのですが、これらは目出度く1980年になってオリジナル仕様でポリドールからリイシューされるのです。なぜか「ハード・ロック名盤シリーズ」と名打たれ、ディープ・パープル関係のアルバム数枚と共に発売されたのを覚えてますが。折しもニュー・ウェイヴなこの時期、ネオ・モッズ・バンドも華盛りだった1980年のこと、この初期フーが暖かく再評価されないわけがありません。ハード・ロックなんて言語道断であります。丸芽がフーに深入りすることになるのも、ストーンズ初期を一通りおさらいしたこの頃のことで、ポリドールのリイシューが始まる直前に米国MCAからリリースされていた"A Quick One (Happy Jack)/Sell Out"の2枚組を京都の十字屋で購入。すると中に入っていたのは"A Quick One"が2枚で、即交換しに行ったのを覚えております。ジャケットもなんかなぁ...だったし、素直にポリドール盤が出るまで待つべきだったなぁ。しかし、現在発売中のリマスターCDの殆どの曲がモノであることを考えると、このアメリカ盤も捨てなくてよかったとちょっとはいい気分であります。ちなみに当時同じような背景でキンクスも再評価されつつあったのですが、いかんせん国内でのパイの契約は皆無、輸入盤も手に入りにくい状態で、私内キンクス・ブームが始まるまでにはさらに干支一周分待たねばなりませんでした。トホホ。ちなみにその翌年、高校進学と同時に上京して初めて渋谷のタワーに行った時買ったLPが、丁度出たばっかりのフーの最新作"Face Dances"だった事も鮮明に覚えてます。
さて本題のアルバムの方に。次作"Sell Out"がキッチュなトータル・アルバムの傑作としてモンキーズの"Head"などと共に再評価著しいのに比べると、この"Quick One"の評価はいまいちって気がします。何せサイケ前夜、ロック・アルバムの概念はまだ完成されていなかったので。しかし我らがザ・フーは単なる曲の寄せ集めというLPレコードの基本的意義を脱却するべく、全く予想できなかったやり方でアルバムを完成させたのであります。まず....ピート・タウンゼントという卓越したソングライターでかつ若者文化のスポークスマンを抱えていたにも関わらず、ここでは彼の曲がアルバムの半分に満たず、あとはキース・ムーンとジョン・エントウィッスルが2曲づつ、そして滅多に曲を提供することのないロジャー・ダルトリーも一曲作っていて、全員が曲を書いて歌えるという徹底的民主主義を貫いたアルバム構成。これって凄いっす。ビートルズの場合を考えてもレノン=マッカートニー8割、ジョージが2割で、リンゴはまだ曲を書いてませんでしたからね。これには理由がちゃんとあって、マネージャーのクリス・スタンプが全員に曲の印税を500ポンド前払いしたからというもの。これでメンバーが本気にならないわけがない。しかしロジャーなんかこの一曲で高級車をせしめたわけですからなんというか.....。さらに全員が曲を持ちよってレコーディングした後、プロデューサーのキット・ランバートが「あと9分残ってるので3曲書くように」とピートに伝える。しかし3曲書くと折角の民主主義が崩れ去ると感じたピートが書いてきたのは9分の曲1曲だったのだ。かくしてロック史上初の「ロック・オペラ」であるタイトル曲が誕生したのである。長い曲というとストーンズの「ゴーイン・ホーム」やラヴの「リヴェレイション」、シーズの「アップ・イン・ハー・ルーム」という一連のデイヴ・ハッシンジャー絡みの曲(?)が同時期に生まれていますが、全編を言葉によって埋め尽くした密度の濃い大作はかつてない試みで、いくら6曲の断片を組合わせたと言えどもエポック・メイキングな事は確かであります。これが後の「トミー」「四重人格」といったピートの超大作趣味の源流を形作ったわけですからロック史に於いても絶対無視するわけにはいきません。
では一曲毎に。一曲目「ラン・ラン・ラン」はリマスターCDでは唯一ステレオ・ヴァージョンが採用されている曲。「マイ・ジェネレーション」と陸続きである初期フーのワイルドな面が表われているナンバーだ。続いてジョン・エントウィッスルによる恐怖の一曲「ボリスのくも野郎」。この特殊な主題を同じ程特殊なメロディとサウンドで描いた曲はその後もフーの代表作として愛され続けたが、これとて500ポンドの誘惑の産物だったのか。アメリカのサイケ・グループにも愛され、カバー・シングルが数枚リリースされた。4年前、ジョンがリンゴ・スターのオールスター・バンドで来日した際当然演奏され、私は泣きましたよまじで......。続いてキース作によるポップな「アイ・ニード・ユー」。同じタイトルの曲をレイ・デイヴィス、ジョージ・ハリスンとキース・ムーンが物にしている事実は興味深い。スウィンギング・ロンドンの粋なムードを反映したこの曲、ニッキー"セッション・マン"ホプキンスのハープシコードが効果的に使われている。続くジョンの曲「ウィスキー・マン」はなんと日本でシングルA面としてリリースされた。ポップだけどどっかねじが緩んだ感じが何とも言えない。ジョンのローファイなホーンの音が聴きもの。続いて唯一のカバー曲「恋はヒートウェーヴ」。素直にモッズしているっていうか若々しい出来。当初のアメリカ盤ではこの曲が外され、代わりにシングル曲「ハッピー・ジャック」(アルバムのタイトルにもなった)が収録されたが、先に書いた2枚組では戻されており、「ハッピー....」はボーナス・トラック的に最後に回された。ゆえに"A Quick One (Happy Jack)"と改題されたわけだ。A面ラストを飾るのはキース作による分裂症的なインスト「くもの巣と謎」。キース作となってはいるが、実際はフーの無秩序な部分をフィルターを通さず音像化したもの。マイクの回りを行進しながら録音したり、果てはスタジオの外に飛び出すという暴挙! Dr.Dの番組で歌詞のない曲としては最多オンエアというのも納得できる。映画「キッズ・アー・オールライト」にはこの曲の世界をより視覚的に楽しめるシーンが収録されておりこれは必見もの。
B面前半はそれを挟む部分に比べるとどうしても弱い。トップを飾るピートのフォーキーでポップな「ふりむかないで」、唯一のロジャー作品「恋のマイウェイ」共々どっか煮え切らない印象。まあフー自体のテンションの高さからするとどうってことないんだろうけど。ロジャーがフーのために作ったもう一つの曲「アーリー・モーニング・コールド・タクシー」もこの時期のものだが、BOXセット及び"Sell Out"のボーナス・トラックとして世に出るまでは未発表だった。しかし続く「ソー・サッド・アバウト・アス」は待ってましたっていうべき名曲。「パワーポップって何?」と聞かれたらためらわずこの曲だって言いたくなるほどの傑作。いいメロディー、パワフルなドラムとギターのビートと、ほんのりな哀愁。83年にリリースされたピートのデモ集「スクープ」に収録のデモ・ヴァージョンと聴き比べると、フーというバンドの力量がいかにピートの世界を拡張することに成功しているかを確かめることができます。そしていよいよ問題作「クイック・ワン」の登場。アカペラから始まり、ディラン風、妙なポップ、カントリーなどめまぐるしく展開していく。「彼がいない内に手早くやっちゃおう」っていうこの曲の主題は、その後のロック界の病的な変質を予感していたのか。ビートルズの悪名高き「ゲット・バック」セッションで、ジョージがポールの独善的な態度に業を煮やしてスタジオを出ていった直後、残りの3人は嘲笑するかのように"Soon Be Home....."とこの曲の一節を演奏し始めたのは闇ファンの間では有名は話。まあその直前にジョンが出演したストーンズの「ロックンロール・サーカス」でフーがこの曲の圧倒的なパフォーマンスを披露したのも影響してるとは思うが。この曲の最後で何度も何度も「許してあげる」と歌っているのとは裏腹に、その後のフーの歴史は葛藤とアンバランスに彩られ、キース・ムーンの死という悲しい象徴的結末を迎えた後もしばらく持続せざるを得なかったのだ。最強のライヴ・バンドという評価、幾度もの芸術的成功と裏腹に、衝突が絶えないバンド内、そして終らない乱痴気騒ぎ。でもこれこそがロックだったんだなあ。ロックごっこを寛大に受け入れる日本に行かないまま伝説と化してしまったバンドはそれでいいのである。
ま、だからこそ今度のCMでもっと聴き手が増えてくれることを願うんだけどね。

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