| その1 | ホエン・イン・ローム/ザ・プロミス |
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1988年/ヴァージン[US] 7-99323/全米チャート最高位11位 7インチ・シングル盤の時代としては、最も末期にあたる1988年末のヒット曲。英国出身の3人組であるこのグループについては、今となってはこのヒット曲以外殆ど知る手がかりがない。寧ろ、その時期の一発屋の中ではかなり印象に残っている方で、わけありで7インチを大量処分した時にも手放さなかったし、CDで買い直すということもなかったので、結果的に7インチからiTunesにインポートした数少ない80年代ヒットの内の一曲となった。もちろん日本盤7インチはこの時期の洋楽となると殆ど出なくなってるわけで、余計重宝せねばならぬ。 80年代末期は、今や超ビッグ・ネームとなったヴァージン・レーベルにとって急激な成長期にあたり、87年に米国法人と日本法人を相次いで設立。その米国ヴァージンの初期に残されたヒット曲には、何故か未だに好き者心をそそる一発ヒット(厳密にはそうでないのも含む)が多い。カッティング・クルー「愛に抱かれた夜」、ジョニー・ヘイツ・ジャズ「シャッタード・ドリームズ」、トゥパウ「ハート・アンド・ソウル」、スカーレット&ブラック「愛に気づいて」、アザー・ワンズ「ホリデイ」、ブリーズ「ハンズ・トゥ・ヘヴン」、ダニー・ウィルソン「メリーズ・プレイヤー」等々。もっとも最後の曲は他のと一緒にしてはいけないほど愛着が深いし、一般的評価も低くないのであるが(私自身もこないだの六本木ライヴで、ろくに練習もしてなかったのに比較的ちゃんと演ることができた程)、この辺の曲が一枚のコンピにまとまってたら絶対買いだな。もちろん今日の本題である「ザ・プロミス」も。もっとも今のEMI(93年にヴァージンを買収)にそんな芸当はとてもできないだろうけど。 当時人気絶頂だったブルース・ホーンズビー&ザ・レインジを思わせるピアノのイントロに始まり淡々と進むサウンド、サビで盛り上がる胸キュン・メロディ。陰りあるUKサウンドだからこそ、当時の米国の嗜好にもぴったり合致していたのだろう。そして、完璧に忘れ去られたと思われたこの曲が、例のカルト映画「ナポレオン・ダイナマイト」に使われ思いがけず復活。先のダニー・ウィルソンの曲が使われた「メリーに首ったけ」といい、カトリーナ&ザ・ウェイヴスの「ウォーキング・オン・サンシャイン」を担ぎ出した「ハイ・フィデリティ」といい、昨今の映画界における80年代ヒットの使い方は妙に憎めないのだが、これの場合はダメダメ男の片想いが半ば成就というシーンにあのイントロが見事にはまって、ほとんど発狂に近い感動状態をもたらしてくれるのであった。もう、この段階で邦題「バス男」は語る意義無しということになりましたね。観て納得です。 (初出: 2006年6月12日) |
| その2 | プリンス&ザ・レボリューション/レッツ・ゴー・クレイジー |
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1984年/ワーナー P-1885/全米チャート最高位1位 最新作「3121」が絶好調のプリンス、勢いに乗って16日、ABCテレビ(もちろん米国)の朝の番組(めざましテレビみたいなものだろうな)に突如登場して、3曲を熱演したそうだ。その3曲の中の一曲が、なんとこの「レッツ・ゴー・クレイジー」。プリンスの近代音楽史に於ける位置を決定づけた映画「パープル・レイン」の冒頭で歌われた曲で、シングルとしては2枚目にカットされ、最初のカット「ビートに抱かれて」("When Doves Cry")に続いて2曲連続1位という快挙を成し遂げている。アルバムの方も24週間連続1位独走と、まさに84年後半はパープル一色に染められたと言ってもいい。前年アルバム「1999」を聴いて本格的にプリンスに深入りし始めた私は、「パープル・レイン」アルバム発売初日からエキサイトしまくり、B面にアルバム未収録曲(その殆どは93年に出た3枚組ベストでCD化されているわけで.....)を収めたシングルも、7インチ・12インチ問わず集めずにいられなくなったというわけだ。 それにしても今のプリンスは知ってて歌ったのかこの曲を。新曲に加えてサービス演奏できる古き良き名曲ならば、いくらでもあるのに。この曲の印象的な語りのイントロ(7インチ・ヴァージョンでは何故かその殆どがカットされてしまっている)でプリンスは「アフター・ワールド」について力説する。人生が全うされた後訪れるそのアフター・ワールドに比べたら、今君たちが生きてる人生の方がずっと困難だと。そして、そんな困難さを軽減するためには、クレイジーになれと。エレベーターがダウン状態に導く前に、上の階のボタンを押せと。まぁ、楽天主義と神聖なる世界がごちゃ混ぜになったプリンス語法であると思えば、そんな深刻に考える必要はないのだが、今日本で即時アフター・ワールドへと導くエレベーターのことが問題になってるというニュースも、当然彼の耳には入ってるに違いない。だからこそ、これを歌わねばならないと思ったのだろう。ただ、この問題はクレイジーになれば解決するもんではないと思うし、生きる勇気を持てと力説しても、帰って来られない者はもう帰って来られないのは事実なのだし。そんなわけで、いくらこの曲が素晴らしくとも、自分としては6月に突入して以来この曲をまともに聴こうとは思わなかったのだが、今のプリンスの真意を読み取る事が出来たら、それで納得してしまうだろう。 まぁ、そういうのを抜きにして、この曲全体の持つ存在感の凄さったらない。荘重なイントロから一転して派手なロック・グルーヴへ。高揚感たっぷりのエンディングまで4分半、まっしぐら。さらに12インチ・シングルでは、間奏に3分程のエキストラ・インスト・パッセージが挟まれており(映画でもそのヴァージョンが使われている)、プリンスのピアノが派手に暴れまくるのを聴く事が出来る。このヴァージョンが、「3121」にぶつけるようにリリース予定されていたが当然の如く中止になった2枚組ベストにも収録されるはずだったのに。まぁ、いつかはちゃんとCD化されるチャンスが来るであろう。B面の「エロティック・シティ」はアルバム未収録で、シーラ・E.のヴォーカルをフィーチャーしたPファンク直系の名曲。プリンスのトレード・マークともなった早回しヴォーカルとギターが何とも言えない味を出している。 (初出: 2006年6月19日) |
| その3 | ザ・ビートルズ/ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー/ペニー・レイン |
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1967年/パーロフォン[UK] R5570/全米チャート最高位8位/1位 我が最愛のシングルのひとつ「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー/ペニー・レイン」がリリース(英国)されてから、丁度今日で40周年となる。 1966年11月、夏の全米ツアーにてライヴ活動との訣別を宣言したビートルズは、新たな音楽創造の道を切り開くためEMIスタジオ入りする。彼等の中には「少年時代をテーマにした作品集」のコンセプトが芽生えていたという。このセッションにて最初に録音した3曲こそ、見事にそのテーマで貫かれているのだが(もう一曲は、アルバムに収録された「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」)、今考えると、この頃の彼等の創作意識を大胆に刺激していたビーチ・ボーイズが、同様のコンセプトで作品作りを進めていた(が、結局発表されなかった)事実との符合がとんでもなく興味深い。結局、ポールが提唱した架空のグループによるレコード・ショウというコンセプトが浮上したことにより、この「少年時代」はいつのまにか立ち消えになってしまうのだが、その3曲の中から選ばれた2曲をカップリングしたシングルのジャケットには、彼等の幼少期の写真があしらわれ、業界向けの広告にはリヴァプールの地図がデザインされていた。この約7分間だけでも、彼等が言わんとしていた少年時代への憧憬が、圧倒的な存在感で伝わってくる。 イントロから不思議な響きを醸し出す謎の楽器・メロトロンに導かれて歌い出されるジョン・レノンの声は純真かつ無表情で、曖昧な歌のメッセージを淡々と伝えてくれる。夢心地の様子が突如表情を変え、オーケストラの響きと共に歌声も刺々しく変化する。さらに謎度を高める音響がそこここに。そして混沌と音が続く中、いにしえの幻想がサイケデリアと化してスピーカーを覆い尽くし、聴く者を唖然とさせつつ消えてはまた現れる。 67年のポップ・シングル盤としてはあまりにも特異すぎるサウンドに、当時の聴衆は大いに戸惑うことになるが、同時に新たな意識を若者たちに植え付けることにもなる。この幻想こそ自分たちが直面している真実なのだと。勿論、このサウンドを語るにあたっては、テンポもキーも異なる二つのテイクをスピード調整を利用して繋ぎ合わせるというプロダクション・チームの苦労も忘れてはならないが、それを「可能」たらしめたのは何よりもジョン・レノンの意識変革に他ならないのだ。昨年発売された「LOVE」で聴けるヴァージョンでは、その意識の進化をより直接的に感じさせてくれる絶妙な編集術により、見事に21世紀版サイケ・ワールドへと進化しているのである。 この「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」に対する思い入れは、何と言っても私が初めて買ったビートルズのアルバムの最初に入っていた曲という事実によりかたくななものとなった。勿論それ以前にもラジオで聴いた覚えはあったのだけど、この青いデザインで統一された2枚組LPによって、純真な小学生なりのトリップ体験の扉は開かれた。そして、この曲に続いて収録されていたのが、両A面としてカップリングされた「ペニー・レイン」である。 こちらは対照的にポップのパーフェクショニストとしてのポール・マッカートニーの視点が、青く透き通る郊外の青空と風景を超現実的に描き倒した逸品となっている。その解り易さ故に、全米チャートで1位を勝ち取ったのはこちらの曲だったが(英国では63年以来続いていた連続第1位の記録がこのシングルで途切れるという結果となったが、これもまた時のいたずらである)、異なる種類のピアノを何重にも重ねたり、ハーモニーや効果音など重箱の隅的なこだわりを感じさせたりと、音的な密度は「ストロベリー」に勝るとも劣らない。何といってもバッハの協奏曲の演奏をテレビで見て、その奏者をスタジオに招いて演奏させたピッコロ・トランペットこそ、ポールのこだわりの頂点が現れた名演と言える。 このシングル2曲で露になった、ビートルズ、いや、ポップ音楽創造に於ける新時代の啓示は、より大胆な形となってアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」で実ることとなる。ジョージ・マーティンは「サージェント」20周年にあたっての初CD化の際、この2曲を加えることを真剣に検討したというが、「サージェント」の孤高性はそれさえも拒んでしまう。ただ、それからさらに20年を経た今年、もし「サージェント」の5.1chリミックスが作られるのであれば、是非この2曲も共に添えて欲しいと思わずにいられない。 (初出: 2007年2月17日) |
おまけ: 番外編 (盤が異変)はこちら