気ままな語り倒し過去記録。
Case 31:
ああああっ、もうえげつない肥大エゴのぶつかり合いなんて見てて嫌になると、そんなフレーズさえ月並で陳腐だから口にしたくない.......云々一体何重否定位になったら気が済むのだろうか、今の世界情勢に対して。ただひとつ、生温い心の持ちようで戦争反対なんて言って何になるっていうのだ。今自分の周りを見てると、そんなこんなで情けない事態が続出だ。まずは自分の足下をじっくり観察しろと。日本のな。己の街のな。己の隣にいる誰かとか見知らぬ誰かとかな。そうして個を絞っていくと、如何に自分が情けない奴かが良く解るよ。だって、どこかで誰かが投降したとか、そんなニュースに隠れて、ひっそりと伝えられるニュースの数々....某A駅のロッカーにえい児の屍体が放置とか、某W駅でタクシー運転手が刺されたとか、そういうのを聞く方にずっと戦慄を感じてしまうのだから。
で、愛なき平和なんて訪れても面白くも何ともないんだよ。でも、葛藤ばっかりしてちゃ寿命が縮むだけだよ。
そんなこんなで、古尾谷雅人氏の死は最近の他の誰の死(自分の身内さえも)よりも痛かった。心に爆弾を持っていても、それを誘発させる空気に触れさせてはいけないのだ。いずれにせよ、戦争はよくないよ。でも心の中に兵士を持っていた方がいい。
ところで終戦宣言とは、職場異動することになった同志P氏に触発されてのことではないのだが、遂にその時が来たのかと複雑な気分だ。去年の3月よりさんざん戦ってきた、コピーコントロールCDの事である。
前にも書いたけど、Macで使えないとか、プレイヤーの調子を悪化させるとか、CCCDのネガティヴな面に対する苛立ち(もちろん最初に出した会社がエイベックスであるという、最大のカウンター・ファクターには触れるまでもないが)が必要以上に嫌な事を言わせてきたのだと思う。吉田美奈子さんの発言に対する意見にしても、CCCDにライナー寄せる人は信用しないなんて戯言にしても、間違ってはいないのだけど、言い方が本末転倒すぎたんだなぁと思う。
むしろ今となっては、CDSを開発したイスラエルの会社が、ビデオ等に使われているコピーガードを開発したアメリカの会社に吸収されたことにより、多少は仕方ないと思うようになったのもあるが、やはり最大の理由、違法コピーからアーティストの権利を守るということを相当蔑ろにしてしまったのだと思う。それにやっと気付いたのは、3月26日発売されたばかりのマシュー・スウィートの新作『キミがスキ・ライフ』によってであった。
あのオースティン・パワーズ率いるミング・ティーのメンバーでもあるマシューでさえ、現在はアメリカのメジャー・レーベルとの契約がなく、今度の新作は自主的レベルでの制作・発売である。それを日本のエイベックスという会社は誠意をもってちゃんとディストリビュートしてくれるのである。その事に文句が言えようか。そしてそれをCCCDにするというアクションにも、彼の意向が反映されていると考えると.....余計悪いことは言えない。とにかくその新作を私はまだ手にしていないが、我がCDプレイヤーがそれを無事に再生(ちなみに既に買った片瀬那奈のCCCDは、3度かけた内一度あやしげな音揺れを起こしたものの、何の問題もなく再生した)し、そこから素晴らしい音楽が流れてくれば、それでいいのである。エイベックスから音楽をリリースしているアーティストの一部のやり方に嫌悪を覚えたとしても、それがCCCDを否定するファクターになってはいけないと思い知ったのは、やはり自分が敬愛するアーティストのお陰なのであった。
もう一つの例が29日出るポール・マッカートニーのライヴ盤『バック・イン・ザ・ワールド』である。これは昨年出たアメリカ・ツアーのライヴを元に、世界向けに若干内容を入れ替えたもので、私は買おうとは思っていないが(日本公演の曲を入れたせいで「フリーダム」が外れたというのもなぁ)、それが輸入盤からしてCCCDなのである。欧米のCCCDについては具体的にどんな感じか把握しかねるのだが、間違いなく今後も増えそうだし、アーティストやプロデューサーも対策を考えてくるだろう。とにかく、ポール・クラスの大物も遂に容認したのである。もっとも、ポールにしてみれば、ビートルズ他の邪悪なコピーCDを駅売りするのを容認する日本という国家に対しての牽制も狙いとしてあるのかもしれないが......確かに、デジタルコピー時代になって、工夫のないことがビジネスとして横行したのは許せないことだし、それを牽制するのであれば、私はいくらでも作り手の味方になりたいと思う。
これをもって完全CCCD否認派からは外れるとしても、私としては今後も音楽ビジネスがせこい道を辿って自滅するのを見たくはないし、リスナーの皆さんにも何とか成長してもらわねばと思う。無論音質的ダメージを低下させるなどの技術の進歩だって可能性があるんだし。あとは、「ワーイ! CCCDがリッピングできたぜ」なんて幼稚に騒がないだけだ。音楽を楽しむためにメディアはあるのだから。
そんなこんなで、CCCDを巡る葛藤などの比ではない国家間のエゴの衝突は燃え上がっているが、イスラエルにしろどこにしろある種の偏見を持ってしまうのはよくないと感じた。オースティン・シリーズをDVDで何度も見て余計その思いを強くした。別に揶揄されてるわけではない。ああいう形で他国家が天秤に乗せられているからこそアメリカ流なんだって思う。でも、この時期に「千と千尋」がアカデミー獲ったり、インドの血が入っているノラ・ジョーンズがグラミー独占したり、これはきっと「策略の一環」では? というのは考えすぎかな?
というわけで、こういう形で展開してきた「豆頁の穴」も今回で最後。4月1日から新サーバにて展開する「豆頁の穴」は、かつてH45の初期書いていた「たわごと」のスタイルに戻り、より気ままに日々の考察をやっていこうと思っています。もち、その為にさるさる日記とか借りようとも思ったのですが、それだけでディスアドヴァンテージが発生することさえ考えられるし、今は自分に忠実にいこうとそう思います。H45初期から6年間支えて下さった皆さん、どうもありがとうございました。