気ままな語り倒し過去記録。
Case 23:
この所あまりの働きすぎで思考回路がやや麻痺気味です。26日(土)は久々のお休みということで油断してたら何時の間に27日になってしまってるし、やはり常に動いている方が思考回路にはいいのかもしれませんね。その間に語りたいことが一杯たまってしまい、しかもその一部は今更語ったってしょうがない事柄になってしまい.....まぁどうでもいいです。ここでは率直にいい状態の時の自分を反映していきたいと思います。
小言といえばF.F.O.P.の方に書きすぎたなぁ。そっちの方が速効性があるのでいいのだが、どうせ人の意見が入りにくくなってしまうならこっちで自分勝手にやってた方がいい。というわけで、20日に参加したコピーコントロールCD反対集会の事とか、23日発売された2002年度ネタ大賞ほぼ決定曲「釈お酌」(バンダイから発売されている同名「癒し系ロボット」のテーマ曲)の事とかはここでは回避するとしても、両者に絡んでる「アンチCCCDジュークボックス」についてはここで書いておかねばなりませんね。
要するに我がiMac内に仕込まれているMP3エンコーダー/プレイヤー「SoundJam MP」のことをこう呼んでいるというわけです。気軽に接することができるという点ではMP3大好き派(もち、不法UL/DLやら共有に関してはこの限りではない。アンチCCCD派の主張はこれを含んでいるってことをレコード会社は解ってなさ過ぎる!)であるからして、このジュークボックスは最早我が生活に欠かせなくなっているのであります。勿論新譜アルバム全部入れるとか、歴史的音源のアーカイヴを作るとかには利用してなく。とにかく気分的なものでしかないんですよ。外出する時はポータブルCDプレイヤーで新作を聴いたり検証すべき音源を聴き返したりしてる。家のPCで色々な作業をしているときはこのプレイヤーが活躍するとそういうわけです。そんで、問題の中身はどういうものかというと.....
まずは近年発売された「ネタ」色の強い作品が多い。これらについては年末に総合ネタトップ10でも設けて、濃厚な説明を入れたいと思っておりますが。とにかく「釈お酌」は買ってすぐここに直行となりましたね。あとは「ペリー」「もーどーにでもしてー」「hatten ar din」「シンクロナイズド・ラヴ」「おさい銭」「来て来てあたしンち」「恋人のように」「スキャットウルトラマン」「おにぎり物語」「メイドさんロックンロール」「パン売りのロバさん」「伝説のスタフィー」「カラオケ天国」「Starless」(高嶋政宏)「大好きモスバーガー」「オマリーの六甲おろし」(以上、演奏時間の長い順)なんかが入っています。これらの半数以上をちゃんと新品で買ってんだぞ!! (1、3番目だけはしょうがないのでDL)
それから昔の歌謡曲、GSでネタ的要素の強い曲も沢山入ってて、大場久美子が一応4曲。他は「甲子園」「パフ」(檀まゆみ)「慟哭のギター」「おやすみ大阪」「プディの詩」「赤いトラクター」「旧約聖書」「レッツ・ゴー・ブガルー」「バギー野郎」「変身」「ラリラリ東京」「赤毛のメリー」「亜麻色の髪の乙女」(ヴィレッジ・シンガーズ)「ノー・タイム」「ブラインド・バード」「ケロヨン音頭」「のっぽのサリー」「午前3時のハプニング」「スナッキーで踊ろう」「旅がらすロック」「お花おばさん」「オックス・クライ」「恋愛旋風」「イエス・ノー・イエス」「幸せをはこぶメルモ」「赤く赤くハートが」「お前のすべてを」「パンチ野郎」(以上、演奏時間の長い順)とか。それからRacco-1000を数曲、洋楽もちょっとだけ(一曲はミークの「テルスター」)、それとモー娘。「LOVEマシーン」の12秒版、「ヘイ・ジュード」(エンクミではない)の5秒版など特殊音源もあって、今の所88曲4時間半。念のために言っておきますが、これは個人的使用のために入れているのであって、 人と共有するとしてもまず友達になってそれからCD-R交換(その場合は今買える曲をそのまま収録はしないし)みたいな感じでやってますんで。コピーによって売り上げ減少みたいなそんな世界とは無縁だってこと一見して解るでしょう!?!?
まぁ、マキシ・シングルを何枚もかけ替えって手間いらないし、ランダムにしておくと何が流れるかわからないってスリルもありますが、決してアウトドア向きではないよね。iPod買おうという野心も多少ありましたが、あれだって限界がないってことないし。第一野外で突然「恋愛旋風」なんか流れてきたらどうなるかわかりませんよ。
で、結局iPodを買わないで何を買ったかというとコルグのカオスパッド2なんです。エフェクターとして、変態音響製造機として、生でも使い勝手がいいという面白マシン。早速ジュークボックスの出力をこれに繋いでいろいろ遊んでみました。今後は自分の音源制作(来年は本腰入れてこれに取り組みたいと思っている。ルル網web撤退宣言はその為でもあるし)に本気で活用したいと思っとります。
ついでにネタという言葉が音楽用語としてどういう意味を持ち始めたかについても語りたいんだけど、その前に最近面白いと思った動きが、例の「キングギドラ、某グループを曲中でDiss事件」である。まぁ最近のJ-ヒップホップ界に対する興味なんて無に等しいのではあるが、これについては思わず目からウロコでしたね。9年前の桑田佳祐vs長渕剛(字、.....は禁句!)の時を思わせはするが、多少内輪話が入ってそうな分、こっちの方が面白い。何てったってDiss(disrespect=反リスペクトの意味ですな。そりゃー安直なリスペクト程面白くないものはない)はヒップホップの基本という者もいる位ですが、この渦が大きくなって、レコード業界全体を巻き込んでいけばそれはそれでエキサイティングだって思ったりする。キングギドラは一応ストリート派の筆頭であるけど、レーベルメイトにあの「大きな古時計」の平井堅がいるし。Dissされた某D.A.側が応えるとすればきっとその事実を盛り込んだ曲を出してくるだろうし(個人的には彼等の「Fantasista」は「大古」より好きだな)、これでソニー対ビクターの構図も発生するか?
個人的にはヒップホップ全体を否定してると言うと嘘になる。むしろ88年〜92年にかけてはヒップホップ大好き派だった。ファッションのかっこ良さとかそういう面ではなく、そのヲタ的側面に強く惹かれたのかもしれない。88年にリリースされたデ・ラ・ソウルのファースト・アルバム『スリー・フィート・ハイ&ライジング』はそんな側面から見たらまさに金字塔。80年代の『サージェント・ペパーズ』と呼んだ輩が誰だったかは忘れたけど、小西康陽氏は92年再発されたハーパーズ・ビザールの『シークレット・ライフ』のライナーの中で、このアルバムと『スリー....』の類似性を堂々と語っておられた。そう、まさにファンタジーとしてのアメリカ文化の縦断を、異なった精神性で描き出したのがこの2作だったような気がする。まだソフトロック・バブルも何もなかった時代のこと。
そのデ・ラ・ソウルの作品に於いては、ソウル、ファンク、ジャズのみならず、スティーリー・ダンやホール&オーツ等の王道ポップから、70年代の子供番組「スクールハウス・ロック」のサントラ、どっかで拾ってきたと思しきフランス語講座のレコードに至るまでの様々なサンプリング・ソースが縦横無尽に駆使されていた。そのサンプリング・ソースの事をいつしか我々は「ネタ」と呼ぶことになったのである。
ビデオ・クリップで見た彼等の姿も、着飾ったB-BOY達に対するアンチ・テーゼというべきか、クラスの弱虫=どっか「ヲタ」的雰囲気がプンプンであり、私は即時虜になってしまったのである。大体当時好んで聴いていたのが彼等と横の繋がりが多いデジタル・アンダーグラウンド(MZA有明でライヴ観たのも忘れられない)、ジャングル・ブラザーズ、ア・トライブ・コールド・クエスト、リーダーズ・オブ・ザ・ニュー・スクールといったところ。そしてそんなヲタ的体質に対してたまらなく刺激的だったのが2ライヴ・クルーの下ネタ満載ラップであった。まぁ、M.C.ハマーの未だに買取拒否アルバム界王道を突っ走る『プリーズ・ハマー・ドント・ハーテム』もちゃんと新品で買ったりしてたけどさ(藁)。
で、もう一つ忘れてはいけないアルバムが、スチャダラパーのファースト、インディーズからリリースされた『スチャダラ大作戦』だ。90年にリリースされ即買いに行ったのだが、あのデラ的ワールドを日本的エッセンスを入れてばっちり展開した世界は今聴いても魅力的。J-ヒップホップ黎明期以前ということで、作り込まれていない若さが爽やか。彼等の名声を高めた「太陽にほえろ!」のサンプリングこそ許可をとれず収録されていないけど(もしあの曲を作ったのがムッシュだったら、喜んで許可していたに違いない)、クレイジー・キャッツからオバQ、サザエさんに至るまで、彼等のバックグラウンドを反映したネタ使いが鮮やかだし、その姿勢は裏ジャケでも明らか。ドラえもんのピクチャー盤からPCエンジン(!)まで、その全てが「ネタ」なのである。(パーラメントのファーストも「デラネタ」という説明付きで写っているので、まさに「公認」だな) それこそ米国のヒップホップのストリート感覚とは違う「ヲタ」ワールド、ネガティヴな意味での「オタッキー」と異質の、閉鎖空間内異種格闘がもたらす新鮮感覚(同質のものを持っていたのが、言うまでもなく同時期の岡村靖幸)であった。もちろんここではDissも忘れられていない。左にイカ天ブームによって加速されたビートパンク勢、右にユーミンとかお洒落なファッション音楽派。今に置き換えると、左にスカコアとかメロコアとかラウドロック勢、右にあゆ系及びR&B歌姫勢、ではないか。現在のJ-ヒップホップは両側とも密接な関係を保っているのは明確すぎ。だから面白くないんだろうな。どっち側にも寄ることのない孤高の存在、だからこそかっこ良かったのである。あと、マスコミ攻撃も行われているのだが、今考えると焦点が違うなという気がする。でも当時ってバブル全盛だったし、テレビってなんでもありだったんだから(テレ東の旅番組よぅ....最高だったのに!)これもこれでありかな。今ならテレビ攻撃なんて怖くて出来ないよな。スポンサーとしてのレコード会社と放送業界との関係が当時に比べるとあまりにも強固になりすぎだしね。(だからCCCD糾弾をどの局もやらないわけ!!)
スチャのファーストを聴き返していると色々と複雑な思いが駆け巡るが、ともかく彼等は小沢健二との「今夜はブギー・バック」で一躍メジャー・スターの仲間入りを果たし、J-ヒップホップの発展に貢献することとなる。その頃アンダーグラウンドで疼き始めていたのがキングギドラでありライムスターであり、一方EAST END×YURIの「DA.YO.NE」がお茶の間に於けるヒップホップのイメージを(良くも悪くも)植え付ける。その頃米国ではネタ重視のヲタ系ヒップホップが下火になり、ギャングスタ・ラップが台頭してくる。そしてDiss合戦がエスカレートして本当のドンパン合戦、流血が絶えなくなり今に至る。私がヒップホップ好きから撤退したのはこの頃である。94〜95年の頃だよね(爆)。
ともかくネタ漁りって行為はそんな流れもあって、ヲタ的ニュアンスを失い「かっこいいことのステイタス」になったような気がする。そして「ネタ」という語は「元ネタ」から発展し、ヒップホップに限らずDJパーティを盛り上げる定番の音源、特に変な曲を指すものへと変っていくわけである。モンド・ブームを経て歌謡曲、キッズ系(まさに日本版「スクールハウス・ロック」というべき「カリキュラマシーン」の再評価は最たるものだ)、さらにあらゆるジャンルも巻き込んで.....今やレコード会社はリイシューの宣伝文句にまで「ネタ」を使っている。はははは。まぁ2ちやん用語としての「ネタ」(ガセのこと....)も多少加味されているのかもしれないね。
最後に.....「あなたのために今日も一枚、コンピレーション焼いているの」なんて歌詞を歌う歌姫が現れたら嬉しくなるんだがなぁ。それを考えると90年代初頭の森高千里が恋しくなってしまった.......こりゃシャク、というわけで「釈お酌」。