気ままな語り倒し過去記録。
Case 22:
あれだけ騒いでた所謂「乙女インディ・ポップ」についての供述が、去年10月のイベント「春風のいたづら」開催直後を境に、ぴったり途絶えてしまったのを不思議と感じるルル網ウォッチャーも少なくないのではと、あれから1年経った今ふと思う。
結論から言うと、自分の中にその種のものを探求する精神が全くなくなってしまったというのがその理由である。その理由の根底にあるものについて深く問いつめると、語る必要のないことまで語ってしまい、大事な意見表明の場を汚してしまうのでそれは止すとするが。お世話になったオンライン・ショップ「ナチュラル・ステップ」が営業停止したとか、そんな事は微々たるものである。要は自分の精神的未熟さと、それに伴う人格読解力の欠如が全てなのである。最近ライヴで丸芽の姿を目にしないなと心配なさっている演奏家の皆さん(いるのか?)、どうか深読みはやめて下さい。「深読み」ほど自分以外の人物がやってることに気付いてヤな気分になる行為はないんですからね。(でもやるんだよ! 自分は)
などと重苦しいことを書いて始めなければならなくなるのも辛いが、この秋はそんなもやもやを吹っ飛ばす幾つかの快盤・快演との出会いが相次いでいる。洋楽新作全然買わなくなって情けないというのは単なる口実、我が国のフレッシュ・パワーは止まることがないのである。(ネタ的なものは勿論別の次元ですが!) 但し「乙女インディ・ポップ」という、野暮かつ誤解を招き兼ねない表現(「インディーズ」の定義自体が「ロック」のそれ以上にうやむやになっている今となっては)はもう使うのを辞めることにしたい。かといって「J」はもっとイヤだし。ここはただ単に「ピュアポップ」と、便宜の極みとしか思えない言い回しを敢えて使わせてもらいます。ハードへの危害すえ顧みない非ピュアなものがポップ・ミュージックの主流とならざるを得ない今なのだから。
まずは「新作の部」。例の「春風のいたづら」でもトリを務めて頂いたポップの新風にして異端、ラ・ソラネコ!のアルバムがリリースされた。カセット、CD-Rときて遂にプレスCDへと進化、その名も『ケモノちゃん』(POYA-0001)。はたさとみ嬢の作るどことなく特異な、それでいて親しみ易い歌世界がフルに開花した傑作が出来上がってる。これからっていう方にも絶対おすすめの作品だ。去年のイベントの時は、自分の不慣れさのためか、準備の段階でいろいろと迷惑をかけることとなってしまったが、いざPAなしでリハが始まるとその凄い演奏にただただ圧倒されるのみ。結局最低限本数のマイクを使用しただけで、ライヴとしてはかなりのものを展開できたと思う。今となればほんと恐縮である。ギターとパアカッションの二人は、『はっぴいえんどかばあぼっくす』でも快演を聴かせてくれたゴールデン・シロップ・ラヴァーズの構成員でもあるが、そのバンドが持つダークな渦と好対照な、アコースティックでありつつあっけらかんとした面がソラネコの持ち味である。で、このアルバムでの彼等はそんなライヴでの開放感をキープしつつ、さらに細かなお遊びを加えて聴く者を常にアッパーな状態にしてくれる。頭の上の???マークが、いつのまにか天然な光を放つ灯篭に変っているような、そんな音楽だ。所謂「喫茶ロック」系みたいな時代意識の気取りがない分、率直に入っていける。妙な小道具を使って強烈な印象を与えてくれた「とかいじんだいかいじん」など、「春いた」で披露された新曲も幾つか入っているが、私にとってのヒット作は「パンダパンダ」。虜になります。ファンキーな新生面を打ち出したタイトル曲の後には、名曲「かまぼこ」のライヴ・ヴァージョンのおまけもあり。いつか「あたしンち」のEDテーマで流れるのを聴いてみたい、今後も要注目のグループだ。
もう一組待望の新作を発表した関西の巨星が水中ショウ。3組のバンドが集ったコンピ盤『音の干渉2』ヘの参加を挟み約3年振りとなるセカンド・アルバム『青いしるし』(WTD-120602)。コンピ盤の収録曲が幻の自主制作テープ収録曲のリメイクだったので、まさに待望の純粋新作である。これも期待していた以上に素晴らしいアルバム。前作にはまだまだ未消化な部分があったような気がするが、ここでは見事に昇華されている。いずれの曲も複雑な風景をエモーショナルな歌声で色付けしつつ、解り易いポップ・ミュージックとして完成している。これだけ圧倒的なサウンドが基本的に宅録で作られているというのはまさに目からウロコ。各々の音素材の空間処理の仕方が不思議でありつつもばっちりと決まっている。音の壁を彩る栗田サッコ嬢の各種楽器群の配し方もばっちりで、特に今回はリコーダーが大活躍しているのが見逃せない。笛にディストーションかけるってのはまた意外な技でやられました。まじでアンプ・シミュレータ欲しくなった。相変わらず五十嵐さんのヴォーカルも素敵だが、なんと制作直後海外に修行に向かったとのことで、今作のプロモーションとなるライヴ活動がしばらくできないってのが残念。この2アルバム、根気強く探せば都内でも置いてるお店を見つけることができます(ソラネコは新宿のユニオン、水中ショウは渋谷のタワーでゲット)が、興味ある方はまずサイトに直行! ということでよろしくです。
もう一つ、気まぐれに手に取って、聴いたら大当たりだったというアルバムに久々に巡り会ったので書いておきたい。今年4月に発行された林矢子のアルバム『かなりやとわたし』(KBCD-001)がそれ。文学少女丸出しのイラストと手書き文字で、これは外れなわけないと思って買ったのだが、いざスピンさせるとまっすぐな歌世界にぐっときまくり。基本的にはギター弾き語り中心で、一切コンプを使っていないという断り書きもある通り、100%ピュアな音世界である。何となく早川義夫が脳裏を横切りはするが、絶望を歌っても絶望を感じさせない清々しさはなかなか巡り会えるものではない。話題の浜田真理子や田中亜矢に通じると言ってみもしたいが、清浄効果という点では私はこちらをとろうと思ふ。中学を卒業して以来、この種のひとに巡り会うことなんて滅多になかったから。
さて今回の特集の主役はこれから紹介するOraNoaという人物なのですが、この方はまじで今年最大の収穫です。ピュアな歌心の持ち主という観点からしても、これ程我が心の琴線を揺り動かしてくれた人に出逢ったのは一体何時以来だろうかと。実は昨日(13日)、彼女の出演するライヴ・イベント"Assemble le Souffle"に出向き(この種のライヴに趣く事自体一体何時以来だったのか?)、その想いを余計に強くしました。根本的に詩の朗読を中心としたイベントなんですが、そんな中ひたむきな歌で心を浄化してくれる彼女はまさに際立っていました。歌と同じ程情熱を捧げているリコーダーの演奏も清々しく(そもそも彼女の存在を知ったのも、これまた『HECB』収録の渚十吾氏の「ブルーバード」で、実に艶っぽい笛の多重演奏とヴォイスを聴かせてくれていた)、ラストに登場した永井宏氏のバックでの演奏は、ブライアン・ジョーンズの魂を見るような熱情的なものでした。演奏中の真剣そのものの表情と対照的な普段のお茶目な姿もとても魅力的。そういうわけで、やっとここで彼女について語らねばと熱意がそそり立ってしまったのであります。
そんなOraNoaさんの単独音源としては、彼女自身の手作り&ネット販売によるCD-R作品が幾つかあるのみで、今後の進展に期待したいところだが、今の所最新作でベスト的趣きもある『memorial rang』は決して損しない作品。今のメインストリーム・ポップにないまっすぐさ、その自由な言葉の動きに翻弄されるメロディが静かな激情を描き、それは決して聴き手をネガティヴな状況に招くことはないはず。音に対してのこだわりは並々ではない、録音マニア的部分さえ想起させる緻密なサウンド演出、各種楽器の配し方にもはっとさせられるが、そんな中やはり主役なのは歌なんだなぁということに気付く。とにかく声がいいね。ど真ん中ばっちりに来ます。最後の曲なんて笛と聞き違える程、鳴り具合が透明である。所々多重コーラスでたたみかけるところが実に上等なツボ刺激師だなと言う感じ。

うん、ある程度は以前の何でもシンドロームからは解放されたと思う(a-gレーベルの最新コンピに入っていたマシュマロ♪ハ長調ってコたちも、多少気になった....と思ったら片割れがあのla,めとろんの人だったんだね!)けどね。これからも解毒剤として、いい歌声といい調べはずーっと必要にしたいとそう思いました。逢いに行く気になったら、また逢いに行きます。

(2002年10月15日)
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