よりぬきルル網日誌 2005年前半の巻
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2005-01-30読まれているかも.....
起動すると同時にフリーズすることが多くなったネスケ(iMac)。ああいいさ、あと約20日間のおつき合いなんだから。くそメールの増加は言わずもがなだが。
心の準備をしつつも幾つか次の段階への構想を開始する午後。iTunesの流し込みもさすがに今日はできない。そしていざ出発。もちろん丸子亭で腹ごしらえ(御大は不在)。タコシェやレコミンツの混みようが普通ではなく、やっぱりね.......

[実演] ブライアン・ウィルソン Presents SMILE TOUR@中野サンプラザ

遂に訪れた夢のようなスマイル生体験の日。初来日は「あのブライアンが!」、2度目は「ペット・サウンズが生で聴けるとは!」と、各々並ではない期待と感動を伴ってくれていたが、しかし今回は『スマイル』である。もうそれだけでただ事ではないのだ。
明日以降の公演に行く人達のためにネタバレもほどほどにしようと思うのだが、第一部のスタートでいきなり『ビーチ・ボーイズ・パーティー』の世界を生で再現とは恐れ入った。『スマイル』の対極と思える、愉しみ重視のアルバムの音世界を、より完璧な形でステージに持ち込み、緊張をほぐす意味合いもあったのだろう。もちろん曲の方はビーチ・ボーイズ・クラシックス中心だが、今回もまた「この曲ありか?」と思わせる意表を突いた選曲(一曲、まじで感極まってしまった曲がある......)も交え、長年の好き者をスマイルさせてくれる。第一部後半のバンド編成のセットにおいてもそれは変らず。中心にいるブライアンの放つオーラはそれら全てを超越したところにある。
そして第二部の『スマイル』。ブート等を聴き親しんだ耳で聴いても充分に刺激的で感動だったアルバムが、今まさに目の前で奏でられようとしている。一体その崇高なたたずまいを前に何が言えるであろうか。ただただ目から鱗。むしろアルバムを聴かずに先にステージでこれを聴いてしまったら、多分魂がすっぽりと抜け落ちる程のショックを感じたに違いない。それほどまでに奇跡的なパフォーマンスであった。身体を張ったパーカッションのプレイや、ユーモアを感じさせる演出の数々(もちろんあの曲ではストリングスのメンバーもちゃんとアレを頭に装着してプレイ!)。全てをひっくるめて、最早ネガティヴなヴァイブをもたらすものでは完全になくなった『スマイル』のトータルなイメージが形成される奇跡。そして、このステージを体験して初めて「GV」がラストに配された意味が解ったという気がする。
鳴り止まぬ賞賛の拍手に導かれ、アンコールのロックンロール大会では最早声を合わせてブライアンを讃えることしかできない自分がいた。奇跡をどうもありがとう。そして津波にさらわれてしまったチェロ奏者の魂に合掌。

2005-02-01歌うように暮らそ
この某放送局系カタログショッピングのCMの歌程流れてきただけで苛立つ曲は最近ない。大体ちっちゃい子に歌わせる曲じゃないんだよCMソングってのは! おもちゃとかおむつのCMで商品の利点を的確に表現した歌(エイブル的観点だと「歌詞が最低ね」と言われる類のもの)ならある程度許せるけどさ。おててのしわとしわをあわせてしあわせなーむーとは違うんだってば! CMソングはまずはっきり、くっきり、そして嫌味なくが基本なんだよ。どうせなら雰囲気作りが上手い声優とかが歌った方がよかった。もちろんガキが歌うレコードは違う次元でネタに成り得るから話は全く別だけど、広告媒体とエンターテインメントは本来別枠でなきゃいけないから同次元で語ってはいけませーん(@リーナ・ラヴィッチ*1 )。逆に好きなCMソングとなると.....御想像にお任せします! やっぱあの薬品会社はいいとこ突いてくるね! 絵も素晴らしいし。
などと書こうと決めたのが昨日の朝同CMをめざましの時間帯にキャッチした時(既に「閉原の辞」を書いていたので順延決定)だったのだが、その後突如我が小型テレビがブローアップ。とうとうテレビにまで読まれたか! 最近は毎朝めざましを見る位しか使用目的はなかったが、確かにね。父が単身赴任してた頃のものだから、優に25年は動いていたというわけか。御愁傷様。で、いずれにせよ完全デジタル放送対応になるまで慌てて新製品を買う必要ないと思い(所謂隣の「ネタ部屋」にはちゃんとしたテレビがあるし、それ以前に金が....)、父の遺品の中から超小型液晶テレビ(まじで昔のリアルプレイヤー以上に小さい画面! 見辛すぎ!)を引っぱり出して電池を入れたら、一応動いた。これでニュース流し聴きだけはできるね。千佳やんさえちゃんと見れればいいのだ。
*1:彼女のデビュー・シングル(78年)のプロモ盤に収録されていた「ふたりの世界」の日本語ヴァージョンの出だしの歌詞。しかしどう聴いても「目蒲線」にしか聴こえない。ちなみにこのヴァージョンは後年になってバカ映画「ビバリー・ヒルズ・ニンジャ」のサントラ盤に収録されたが、帯の説明文には「謎の外国人が歌うティファニーのカヴァー」と記されていた! ティファニーの方が9年後だっつーの! リーナもどこが謎なんだよ! どこが出したって? 決まってるじゃん東芝EMIだよはっはっは!!!!

2005-02-13刺激が欲しけりゃカバを飲め
例のアレの作者クレジットに関する問題、明日発売のYウィークリーでも取り上げられてるようで、なっち復帰と被ったのは皮肉にせよますます論議が止まらなくなりそうだが、作者クレジットに関する限りは米国大衆音楽界のヤバい体質を知っている者なら仕方ないと思うのみなんですが。確かに1/17に書いたような「他の例」もあるけど、案外見逃してるだけかもしれないし(大体中華系は明らかに日本産の曲に現地の言葉を乗せた曲を堂々と現地の人の作品としてる例が相当あるもんな)。
自分以外の著作物で稼ぐという概念が別に悪い事ではないと認識してるんだろうな、米国の芸術家の方は。有名な例を二つ挙げておく。
まずはビーチ・ボーイズ「サーフィンU.S.A.」。これは元々ブライアン・ウィルソンがチャック・ベリーの「スウィート・リトル・シックスティーン」のメロディを応用して、サーフィンに関する歌詞を乗せるというコンセプトで作られた曲だが、発売当初のシングルのレーベルには恐らくレコード会社の勝手な思惑のせいか「作詞作曲:ブライアン・ウィルソン」とクレジットされていた。しかし曲がヒットし始めるとチャック・ベリー側が提訴も辞さないと強固な姿勢を見せ始め、結局ビーチのビジネス面を取り仕切っていたウィルソン家の父親マリーは簡単に折れてしまう。その結果、歌詞もチャックの著作物ということにされてしまい、現在まで歌い継がれ売れ続けているこの曲の莫大な印税は全てチャック・ベリー側に転がり込んでしまっているのである。
ちなみにチャックは後にビートルズの「カム・トゥゲザー」(チャックの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」から歌詞の内2行とメロディの一部を明らかに拝借)でも同じ結果に持ち込もうとしたが、結局作者のジョン・レノンがチャックの楽曲2曲をカヴァーするという妥協策にて収拾した。ビートルズのお陰で既に相当稼がせてもらった故の処置である。
もう一つは「ダンス天国」という曲を巡るもので、これは元々クリス・ケナーが自作自演のシングルとして62年にリリースしたものだった。ヒットしなかったもののダンス曲を追求する若者の間でもてはやされ、そんな中の一組にカニバル&ザ・ヘッドハンターズというグループがいた。彼等がステージでこの曲を演奏したが、歌詞が覚えられなかったため、途中「ナーナナナナー」と適当にお囃子を入れて歌った。ところがこの録音がレコード化されヒットしてしまい、さらにウィルソン・ピケットやウォーカー・ブラザーズやらいろいろなアーティストがこのカニバルの「ナーナナナナー」入りヴァージョンを忠実にカヴァーし、クリスの手には多大な印税が。ここまではまだいいとして、94年にレゲエ・シンガーのアイニ・カモーゼが歌う「ヒア・カムズ・ザ・ホットステッパー」が大ヒットしたが、その中に「ナーナナナナー」のフレーズがサンプリング的に織り込まれていた。しかしこれが「ダンス天国」の一部だという認識がすっかり一般化していたため、作者の欄にはしっかりとクリス・ケナーの名前が....こうして彼は自分が作っていないフレーズのお陰で大儲けすることになる。カニバルがどう思ったかは不明である。
まあアメリカ国内でもこうだから、日本みたいな外国が絡んでもそんなに痛くないんだろうなと思うが、八神純子の「パープルタウン」や岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」のように、発売当初は作曲者欄に載っていなかった「元ネタの作者と思われる」名前が後になって「併記」されるというケースはあったものの、100%作者クレジット譲渡というケースは今回が初めてと思われるので.....やっぱゴフィン&キング程の大物でも日本音楽界のパワーを認識し始めたと思っていいか。
そんなパワーあるんならさ、もう姑息な真似はやめようやCCCDメーカーの皆さん。

2005-02-19さよならお台場さよなら汐留
結局本格的に繋ぎっ放し状態をスタートしたのは今日の4時過ぎに帰宅してから。最低限のネットチェックしかしていないのに、何か物足りない。MP3とかフラッシュをチェックするにしても、ダイアルアップの時と違って即出てくるし。今までのまったり感からの解放が他の事を誘発するかどうか、それはきっとあと1週間位経たないと解らないかも。
ただ確実なのは、今着実に進んでいるテレビ離れがこれでいよいよ本格化するかも、という事である。
1日に書いた通り、長らくMacの隣で耐えてくれた小型テレビがブローアップ。父の遺品から超小型液晶テレビをサルベージしたものの、ACアダプターがなくなっていて仕方なく単3電池5ケで駆動。しかしそれも長持ちしないしコストかかるし....必然的にTVチェックから遠ざからねばならぬというわけだ。 で、小型テレビで主にやっていたことといえば、朝「めざましテレビ」をチェックする位なのだが、4月を過ぎたらそれさえしなくなるであろう(ええ、ご察しの通り)。主だったニュースといえばヤフーとかその他のポータルサイトで何とかなるし、いくらコメンタリーや具体的動画は必要とはいえ、ここまでネットで情報が行き来する今となっては、自分の脳の中で付加される解釈以外に無駄なものはもういらないのではとさえ思える。大体プロ野球にしたってここ数年は殆どラジオでチェックするようになっているし。最早確実に見るものと言えば夏場にNHK教育をちょっと位のものである*1
常時高速接続でネット中毒加速、ではなく、ネットを生活用ツールの一部として活用する頻度を高める位の気持ちでいなければ。常時接続のせいで人格を悪化させるのだけは避けなければ。ええ。
私は時代を思いっきり別方向へと浄化してくれる人の味方に立ちたいです。放送業界なんてルールでなんぼのもんではない。レコード業界だって同じさ。 これからは時間を見つけて今までこつこつ録ってきたネタ映像のDVDでの整理を進めたいと思っています。あっ、明日の「アッコにおまかせ!」だけは見ないと。公開処刑ありだろうな。
昨晩は自叙伝「スパイダースありがとう」の発売を記念して、井上堯之さんをゲストに迎えた恒例の「サエキけんぞうのコアトーク」、の番外編第一弾「SLOWコアトーク」に行ってきました。場所も新設されたネイキッドロフト。コリアン大通りに面したそのハコの熱気はガラス越しに小雨降る外にも伝わり、オーラを発散しまくる。かつてのマニュエラカフェみたいなナイスな雰囲気だ。ここもちょっと考慮範囲に入れておかないと。
さて、以前のコアトークではマチャアキのショーマン振りとムッシュのオーラに圧倒されて今イチ掴めなかったイノヤン・ワールドが今回は全開である。危険な「ここだけの話」も勢いに乗ってバンバン飛び出し、聴く側もついていくのが大変。少なくとも情報過多時代を迎える以前の東京という都市が、いかに「スノッブ故に遅れて」いたか。前回のエディ潘さんの話に続いてまたも目からウロコ。やっぱロックを演る者、ではなくロックを切り開いたものの足跡はただ者ではなかった。そんな話を微妙に非日本な東京の一角で聞くなんて、まだまだリアル・ワールドは刺激的だ。そして、こちらから切り出していないのにも関わらず話題がショーケンのことになると、突然テンション大爆発! やはり荒波を切り抜けた者は同志に容赦しない。そのテンションのまま4曲もの生演奏に突入してくれるなんて! よかったです。新コンピで副読文を書いた者として、これ以上の光栄はありません。
*1:ううっ.....ついでだが1/27にNステで極上映像が流れたって本当か.....

2005-02-23ふと考えてみると
最近のアイドル界は小型かつ美味な子が稀になってきてると思う。それもそのはず、あまりちっちゃいとテレビ映えしないからということに気づいた。もち、女の子だけが群れをなしてる場合はちっちゃくても問題ないのだが、いざドラマとなるとね。必然的にイケメンと均衡がとれる背の高いコがもてはやされてしまうってわけである。
まぁそれはそれで悪くないし、自分が萌えるタイプも大体自分と背丈がプラマイ5cm位しか変わらないコが多いんだけど。かつてのアイドル業界(?)から考えるとこれは信じられない話なのである。そこまでテレビ・ドラマの存在ってでかくな っちゃってるのか。スカウトの皆さんもそこまで考えてるわけか。モデル指向、即おいしい女優稼業って。あり得ない話のはずだけど。
滝沢沙織にしても原沙知絵にしてもそんな熱心に出演ドラマをチェックしてるわけではないし、単なる憧憬の対象で充分だと思う。最近お気にのユカ&マミにしたって写真集さえあればあとは別に。そういう憧憬のきっかけを掴むことに対して、一度は放棄に近い感情を持たざるを得なかった故、未だに複雑な気分なんです。
この辺にももうテレビはいらないっていう思想の素が隠れてるという気がするんですが。ああ、テレ東のバブリーでおいしい旅番組の日々が懐かしい。
で、歌い手の場合はどうなんだろう。真剣にその人の身長とか気にしながら歌を聴くってことが殆どないからなぁ。アイドルのメイン戦略が歌ったり音盤を出すことではなくなってしまった今、音楽は音楽でまた別の萌え方を持ちたいもんです。

2005-03-03こころがわり
id:inuinuさんの所(3/1付)で香ばしい
新曲情報をゲットしたので、それに絡んで今後ネタ曲といわれる音楽とどのようにつき合って行くかという心構えを今日書こうと思っていたのに(というのが昨日仕掛けておいたサブリミナルリマインダーだったのだが)、書き出したら結構長くなりそうなので本題めいたことは別の機会に。とりあえず件の香ばしい曲ですが、キングのKICB型番で出ているものといえば言わば「準特販番号帯」。つまり、実演する立場は自主制作に近けれど、その制作プロセスを担うのは全て会社側という微妙な奴です。シングル盤時代はK07D型番で出てたものですね(一般のシングル、例えば中山美穂とか大月みやことかはK07S型番)。で、営業に関してはレコード会社はほぼノータッチというか、売りたい側の権限に任させるため、一般のレコード屋でお目にかかれるケースは殆どないわけですが*1、ディープな演歌の店とか、時々いるマイナーアイドルの場合はコアなアイドルショップ(歌◯◯夢とか)とかに品番を指定して注文したら案外入るかもしれないというブツです。つーわけで私も気になる、欲しい。品番もおいしい。
で、心変わりさせた一件というとやっぱ例の阪神応援歌CDの件だが、これに関しては当事者の誰彼を責めるより、やはりあの団体のやり口自体が893なものだという事実を再認識したのに尽きる。こういう事態を極めてシビアに取り扱っていたOTO-NETAさんがサーバから突然消えてしまった今、どこをポータルにしてこの件に対する意見を収集すればいいのだろう。
その阪神の件が脳内にフラッシュバックしている時、私は某食事処にいて、店員の人が流れる有線に「この曲めっちゃいいよ~、中島美嘉の曲」と口に出して反応した直後持って来た餃子の皿を強引にトレイの端っこに置いて、折角仕込んだタレを半分位スピルしてしまったのに7割目を瞑っていた*2のだが、その時同時にフラッシュバックしてたのが、ちょっと前にまた別の食事処でケミストリーや平井堅のアルバムを丸ごと流していて、果たして大丈夫なのかよと思ったことだったり*3。最近はiTunesを有線代わりに使ってる飲食店にまで遭遇したりしているし、複雑だなと思う傍ら、そんな内輪にまで例の団体の魔の手が及んだらどうしようと危惧まで芽生える。こうしてはてなとかで書いてるところをすかさず発見して「店情報を具体的に提供しる。さもないと隠蔽補助罪で云々」とかコメントしてくる可能性皆無ってわけではないぞ。阪神の件は手の届かないところで起こったこととしても、好き者としてはその横暴さを一般人の愉しみにまで押し付けられたらまじで困るだろう。ならもう音楽を捨てるしかないのか? 音楽を守る為にも、作り手にリスペクト。リスペクトと束縛は別ものと考えねばならない。
でも、今何の曲を聴いてるかという行動表示をオンラインで他人と共有する程度なら、文句付ける権限はありませんことよ! 今日もやってますよ! おっと自分の曲の研磨も忘れずに。
*1:それを大胆にも一般ルートに持って行かせるだけの底力を持ってしまったアーティストも時々出現する。かのかっぱちゃんチームとか。
*2:残る3割は.....うまいとだけ言っておく。
*3:ちなみに当時その階下にCDショップがあり、もしソ二ーの営業に見つかったらどうするんだとさえ考えたこともあったが、今は幸いそのCD店もレーベルゲートCDもなくなったんでそこまで深刻には思っていない。

2005-03-13こんな時世に不謹慎すぎますが
尊◯◯ー◯のテクノ・リミックス発見! 面白すぎる!.....すまん。各自探って。うーん、1週間早かったか。
このところLOAOHでアミューズの話題が相次いでいたにも関わらず、一番大切なことをスルーしていたとは.....
新しく社長に就任した方ってあの「旧約聖書」の......! いや、今知ったんですけどね。これはきっと啓示なのか? サクサク問題もサクサク解決といきましょうよ! テイチクとの関係は今後どうなるのだろうか? まさかそれが絡んで連ドラの主役をあのコにとか? まさか!
アウト・キャストもこれで「音楽関係団体トップを3人も輩出したGS」ってことになってしまいましたね。もう再結成は無理ですよね。そういえばオメトラのBOXに藤田浩一インタビューが載ってるらしいね。トライアングル一世風靡時代は決して表に出てこなかったはずなのに。
Audioscrobblerもいろいろ裏を見てると楽しい。曖昧に入力されたアーティスト名がアップされると、ヲッチャーのみなさんがオブジェクションを唱え、その数がある程度揃うと自動的に修正されるようになるというシステムがあるのだが、それが曲名に対しては適用されないので、特に一発ヒット的なアーティストのプレイ状況をチェックすると、たった一曲のタイトルがいろいろなヴァリエーションでアップされていたり、あとはてなの「おとなり日記」「おとなりアンテナ」みたいな、そのアーティストの曲を聴いている者の傾向から「おとなりアーティスト」をリストアップするシステムとかも見てると面白いが、何よりもびっくりしたのは、Utada全米160位止まりをここで扱った時以来ご無沙汰している、海外リスナーのJ-POP嗜好状況が具体的に把握できるということだ。まぁ中には意図的に他国籍を装う日本人もいることはいるが、ハロプロ関係とかアニメ関係を軸に辿っていくと、カナダ在住のアイドルや声優大好き少女とか、米国のごくふつーのロック・リスナーながらゲーム・ミュージック経由でJ-POPに親しんでるらしきナードやら、他にもヨーロッパ・アジア各国方面に細々と散らばってるみたいなんだよね。特にRYTHEMの海外での人気がこんなに高かったとは。まぁ、そんなアンダーグラウンド的な広がりとUtada160位の成果を関連づけるのは馬鹿馬鹿しいのだけど、何かこういう風にJ-POPが聴かれているってのは個人的にもちょっと安心かもしれない。
先のカナダの少女が自分のサイトで「気になったら是非CDを買って下さいね!」と宣言していたのだが(まぁ、それに至るあれこれはルール上やばいことなので、リンクはせずに止めておく)、日本とか世界の僻地のポップのCDがどこにいても簡単に買えるというわけでない。そこでアマゾンにはもっとがんばっていただかねばならないんだし、日本のレコード産業ももっとそういったグローバル方面に可能性が残っているんだということを認知して頂かねば困るわけですよ。だからこそネット通販を甘く見てはいけないし、それに絡んで輸出入の自由を縛るのもいけない。所詮iPodやiTunesで聴くのであっても、音楽を嫌々聴いているというケースがそこに存在するわけじゃないのだから。皆楽しんでいる、演る側の気持ちを理解しつつ聴いているのだから。まぁ一応みんなのプレイリストにはCCCDでしか出ていない曲が幾つも載っているわけだから、もうこのコンセプトが無駄足だってことを業界全体が認知しなければいけません。
*1:しかしこともあろうに日テレのドラマのテーマ曲ってのがなぁ。一位獲るかと思われた週にきよしが(以下略)
*2:上田知華+KARYOBINが敢えて前例の一つと言えそうだが、ヴォーカル+楽曲至上主義という点では彼女達とちょっと向きが違うと思う。
*3:一応彼女の作曲した作品を収めたCD、殆ど全て集めてましたんで。

2005-03-14唐突ですが、海江田さんといえば
海江田ろまんさんがまっ先に浮かぶってのは相当アレですか?
小学生の頃、ヤマハ主催による音楽教室の生徒の作品発表の場として与えられた「ジュニアオリジナルコンサート」の実況放送番組「若き音楽家たちの世界」をなぜかよく聴いていて。自分が音楽家としてどうしようもないということを当時から悟っていたせいだろうか(うちにオルガンはあったけど習わなかった。そういうのは坊主の嗜みじゃないと、そんな狭いコミュニティで育ったもので)、ちゃんと教育を受けたしっかり者の子供達の演奏する自作曲についつい憧憬の意を感じていたのである。もちろん、ええとこのお嬢様やお坊っちゃまに対する逆説的偏見などあるわけでもなく。寧ろ自分の育った環境が周りから偏見を持たれていたという気がするのだが、今振り返ってみると。ちょっと懐かしむ為にググって公式*1を見つけたら、そのプロパガンダ的体質を今素直に喜ぶ事はさすがに出来ないし(まるで某国家を彷彿とさせる画像まで見受けられた)、まぁ素直なのは仕方ないことだ、としか言えない。某現代音楽作曲家の14歳の頃とか想像すると萌えるけど。
とにかくそんな小学生だったから、ジャズやらハワイアンやら、とにかくFMラジオから流れる音楽全てに好奇心を持ってたし、家に昔からあったシングル盤を聴くというよりいじるのも好きだったし、好き者魂の形成に大いに役立ったと思っとります。で、JOCの話に戻るんだが、自分よりちょっと世代の上のお姉さん(?)達には特に淡い憧れを抱いてて、その内の一人が海江田ろまんさんって人だった。大体名前からして平凡なお家の子じゃないという気がしますよね? やがて成長した彼女はキーボード・トリオCOSMOSの一員としてデビューし、多彩な方面で活躍。そのCOSMOSから、やがて全米のスムーズ・ジャズ界にまで名を轟かせることになる松居慶子さんが巣立つというわけである。
以上、ヤンマガの表紙を見てついつい自分の心の奥にある電波が何かを囁きかけたそんな朝でした。そーれーがじんせーだ、さいこー。
全然関係ないけどmixiとかSNSにおいて面と向かってオブジェクションを発する事の難しさって並ではないと思う。何か言いたくなってもぐっとこらえてた方が自分のためにも全く関係ない人のためにも健康的なのである。つーかそうなる運命なのである。だからこそSNSにい辛いって人も続出するのだろうし。自分ももうmixi生活8ヶ月目になろうとしているが(その間にメンバー数が約10倍になったのか!)、一度だけそんなジレンマに悩まされた時もあったけど、かえってケロっとしてたら自然といい状態に戻るってものなのだ。リアルで壊れたから余計。
ちなみにmixiで初めて存在を知った人物の中にさえ自分が猛烈に対抗意識を感じる人がいるというのは実は本当である。でも態度で示すわけにゃいきませんよ。衝動的に画像をスキャンしてアップしたりとかその程度です。
まぁあまりヘヴィな結論で自分が引くのも何なので今夜は手許にある限りのかかずゆみ関連音源を聴いて4月からの新展開を希望的予測するとしましょう。つーかこの方、富美子さん仕事についてくる確率が高すぎですよ(えっ「サックス刑事」は違うって? いいじゃないか!)
*1:敢えて直リンせず。巨大企業なのでちょっとアレすればすぐ見つかると思う。

2005-03-19本当はこんな文で始めるつもりじゃなかったのに
私はあくまでも真実を握らねば落ち着かないタイプの人間なのですから。

で、今朝の東上線某駅のホームにて。
電車を待つ間にどこかから笛の音が聴こえてきた。線路の向こうの道から聴こえてくるにしては妙に音が近いし、とふと思って後ろを見たら二人の女の子(小六位?)が。制服姿ではなかったので多分学校行事ではない催し物に向かう途中だったのではと思うが、ともかくその片方のコが片手にソプラノ・リコーダーを握りしめてたんです。周りの目を気にしつつもそっと息を吹き込んで練習していたっぽかったのだ。「花の子ルンルン」の歌を*1
はっきり言って電車に乗るのがヤでした。あのコ達は上り、私はほぼ同時に来た下りの電車へと。時間にして約4分程でしたがときめきすぎました*2。ほんと、演奏会とプライベートな会合を別にすると、顔が確認できる位置で他人の吹く笛の音を聞いたのって一体何時以来であろうか。まさか中学校卒業以来とか?*3 家にいる時どっかから何となく笛の練習が聴こえてくるってのはよくあったけど、最近はそうでもない。どうやら音楽教育の主流から外れたってのは本当みたいだ。悲しいよね。
そんな感じなんですよ、我が笛萌えのレトリックって。某所でも激論が展開されているが、リコーダーってまず初めに「郷愁」なんではないかと。特定の土地に対してではなく、自らが一度は通った道を思い起こさせる何かとして。例えば、片想いのコが体育の授業が終わっても制服に着替えず短パンのまま放課後笛の練習をしている、みたいなシチュエーションを心の奥に投影してくれるのですよ。それを「子供っぽい」からって避けてしまう人も中にはいるのだが、そういう人って解ってないと思うよ。トラウマが甦ってくるとさえ言う者はむしろ異常ではないかと。要は、演奏が上手いとかそういうのよりも、演奏者の素直さが伝わってくるのが一番いいんだよね。このときめきを、決して感傷的になることなく自分の音楽表現に反映させたいと、そんな風に考える今日この頃。
うーむ、まともな文章が書けないなぁ。色んな感情が入り乱れるとほんとそんな感じです。明日はそんなときめきの成長型を潮風と共に体験してくるつもりです。事がうまく運べば、営業とまではいかないまでも今自分の中で固まっているプランをプレゼンの第一歩位でも実行してこようと思います。
*1:解る人なら解る質の悪いジョークです。
*2:炉とだけは言うな!
*3:ちなみに高校でも音楽の授業で笛を使ってはいたが、以下略

2005-03-20泣く泣く営業は諦め
「幻の10年」はおいといて、昨日の「世ふ発」。「カナリア諸島」をこの時期に取り上げるとはTBSもまじ憎めないですねーというのはおいといて、MHは宮地さん。この人が出た直後に必ずLOAOHへのサーチが集中*1するというのはいつもの事だが、最早若手MHの中では成長株と言えるから他にもいろいろ引っかかっていいのではと思って逆サーチ。googleでは今日現在985件となっていました。最初に彼女の名前を出した時は、公式サイトや「世ふ発」関連サイトを除くとまじで自分とこ1件のみだったんだからこれはいい傾向だ。しかも自分同様サーチで来られる人を気にするブロガーが数人いたのに胸を撫で下ろした。You may say I'm 好き者、But I'm not the only oneという一節*2に生きがいを感じる自分ですから。
こういう感じだから、インターネットってやっぱテレビの補助メディアとしての役割からまだまだ抜け出ていないと言われるのもしょうがない。今んとこはマスコミの勝ちとなっても仕方ないが、やっぱ各局の競い合いあってこそなのだから、ね。ちなみに昨日の内容的には....うーん、いいんだけどさぁという感じ。写真集が見たいという意見があるのなら加担したいのは確かです。
と、朝書き逃げしていよいよ出発。

[実演] 春のプチ遠出ツアー:横浜から町田を抜けて川崎へ

日曜日という実感が全くない.....向う先は4年3ヶ月振りの横浜だ。あれから横浜を取り巻く状況も自分の横浜観も大きく変わってしまったが、少なくとも自分にとって一番愛着があるのはポンセとかがブイブイ言わせていた頃の横浜(球団ではない)だからなぁ。違和感あるのは仕方ない。
まず向かった先は山下公園。ここに停泊する「氷川丸」の前でライヴ・ショーケースが行われていて、そこに本日
くつしたが出演! アウトドアで果たしてどう展開してくれるか興味津々で、営業に向けての小手調べも兼ねてじっくりと観戦。戸惑いがちな一般通行人の群れを前に早くもテンション暴発で、ためらいがちに後ろで見てた自分も思わず前に乗り出す。音楽的にはあけっぴろげでありつつもアウトドア的要素が希薄、それにも関わらず余計オーラが出ているという気がして、これは本人の性格の賜物であろう。そして、意外にも子供達の反応がとてもいい*3。くつしたさん本人も子供達を前にすると自然と表情が緩んでくるのがよかったのかな。結局、用意されたおみやげCDが全部なくなった。自分は既にもらっていたので譲る精神を持って慎重に構えていたのだが、これはよかったですね。
結局、次のバンドが轟音を鳴り響かせる前に退散し、空きっ腹に焼そばと香具師(違うでしょ!)の実ジュースを詰め込んで次なる目的地へ。流石に時間が有り余ったので、乗換駅である町田でぶらぶら。どっちの副作用か解らないが猛烈に便意が促されたので、最寄りのゲーセンに駆け込んだが、それがいけなかった。そのゲーセンの向かいに、ブックオフ界に於ける渋谷タワレコみたいなものと呼んでも差し支えない巨大ブックオフ発見! 殆ど自由に使える小遣いないと解っていながら、わくわくして棚を探索してたら、なんと7年間探し続けていたアレが! 歓喜の声を上げて思いっきり顰蹙を買うこの気持ちは、決してオンラインショッピングでは味わえません。いい気分になって250円の叩き売りCDを6点もピックアップ、おかげで決定的に苦しくなった。日曜日なので銀行のCDコーナーも普段通りに使えるのは5時までだし、ほんとしまったと思いましたね。
これで今日何としてでも実行したかった深夜営業のための資金と勇気は消え去ったわけです。そもそも企画書を書いてない状態でどうやってプラン説明するかあやふや状態だったし、さらに昨日までの疲れもぶり返してオールどころではない気配に。何とか、2週間後に覚悟を決めて乗り込みたいと思います*4。 そして次の行き先は、川崎市生田地区のナイスなシネマ・バーGRISSOM GANG。ここで我らがOraNoaさんが3ヶ月連続となるライヴ企画を決行している。先月は結局行けずじまいだったが、今日は折角の横浜帰りということもあり、ばっちり寄せてもらうことになった。当初は無事に帰れるかどうかという危惧もあったので深夜営業の予定を立てていたのだが、考えてみたら生田の友人宅を夜11時に出発して帰れたこともあったのだし、思い込みは健康によくないですね。
まぁとにかく、「マジカル・ミステリー・ツアー」に出てくるテント内劇場のような適度にアンダーグラウンドな雰囲気の中、フレンドリーなライヴが展開された。まず登場したのはアラサワフミカ嬢。昨年の主催ライヴでOraさんとのユニットOff-Toneで登場したり、遥か昔のキャンディ・アイスラッガー時代のライヴも見てはいるが、考えてみればソロでのライヴは初観戦だった。フワフワしている存在感は相変わらずで、一つ一つの言葉が空気の粒と化して舞ってるような雰囲気はやっぱこの人特有のものだと思う。ドアーズ、「ブルー・ベルベット」の曲などカヴァーの選択もさすがという感じ。途中からサポート・ギタリストが入り、さらにOraさんも交わってちょっとロックな形態に。フミカさんが鉄琴で、Oraさんが笛を奏でた浮遊的インストは終り方がはっきりと決まらず爆笑と共に幕を閉じたが、正直なところずーっと聴いていたかったです。「小包」も折角だからフミカさんがずっと笛でサポートしてればもっとよかったなと思う。
で、お菓子が振る舞われた後、第2部はOraNoaさん。前回のライヴから本格的に取り入れたエレキ・ギターの弾き語りスタイルでのライヴ。電化マイルスとか電化ディランに対する戸惑いみたいなものは寧ろなく、かえってナチュラルさが強調されてよかったのではないかと思う。時にアグレッシヴに舞い上がる弦の震えに呼応するように、歌声の霊的パワーもさらに増していたように感じた。そろそろまとまった作品集が聴きたいなぁ。会場のムードも素晴らしく、いろいろな事を実行できそうな場所という感じがした。これで一つ選択肢が増えたなと。
そういうわけで結局朝を迎える前にこれをアップしていると、そういうわけです。余韻が残っているうちに。iPodは結局約80曲を再生してくれました(前日仕込んだ『ナイアガラ・ムーン』全曲も含む)。
*1:やはり「宮地真理子」で来る人も結構いるよね。むしろ何気なく知りたいって立場ならそっちで調べるのが正しいのでは。
*2:@「ヒマジン」(爆)
*3:最初の子供達の反応を見て、ついついオースティン第一作で90年代との世代ギャップを感じたAPがバーに入ってった時、そこのお客さんがAPを見て示すリアクションを連想したのであるが、やはり子供って素直なもんだからなぁと結局うなずいた。くつしたの演奏中、一人のクリップルお兄さんがスパスティックな動きで横切ったのだが、それだって無邪気に真似してたしね。
*4:確定していない段階ではっきり書くと困る人もいると思うのでやめておきますが、多分何人かには読まれていると思う

2005-04-01検索して見つけて本気になさった方へ
日付を見ましょうよ先ず。

[4月1日] グリンプサウンズ

昨晩、帰宅して郵便受けをチェックしたら、見知らぬ女性から小包が一個送られてきていた。中身は謎のカセット・テープ。
同封された手紙によると、最近たまたまスパイダースを聴いてGSに興味を持ったけれど、GSがどういうものかよく解っていないらしい。案の定パソコンとiPod以外の再生機器を持っていないらしく、カセットが聴けないので是非これの価値判断をしてほしいとのことだった。何でも、最近の地震で倒壊した新潟の実家の納屋の跡に、奇跡的に落ちていた錆だらけの缶の中から、手鏡と「女学生の友」数冊と共に見つかったらしい。彼女の母親は全く身に覚えないという。恐らく、最近亡くなったというその姉が所有していたものではないだろうかというのが、その母親の見解らしい。「女学生の友」は湿気を吸いすぎてページが固まっていたので、中身の確認のしようがなかったらしいが、カセットの方はラベルが無惨に剥がされていたものの、恐る恐るデッキに入れて早送りしてみると、ちゃんと走っている。しかしこのカセットとGSがどこでどう結びつくのか、聴く前には全く予測できない。
どうしよう.....まぁ、心配は捨てて、早速聴いてみる事にしよう。やはり、とんでもなく音が悪い。昔聴いたビートルズのブートでさえも、こんなものではない。磁性体が古くなっててドロップアウトが激しいせいもあるかもしれないけど、元々そんな録音状態なのだろう。でも、確かに生々しい感じがする。これがジャズ喫茶のサウンド、というものだろうか? しかしこの曲。殆どベースしか聴こえない状態だから解りにくかったけど、よく耳を傾けるとうっすらとヴォーカルが聴こえる。何と、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスの「フレッシュ・エア」ではないか! 70年の曲なので、60年代の録音ではないことは確かだが、これを演ってたGSがいたなんて! いや、GSと決め付けるのはまだ早い。しかし、曲が終るや否や、女の子達が強烈な金切り声で声援を送り、それに応えるヴォーカルの人と思われる典型的営業ノリのMC。この現象は、紛れもなくGSそのものである! こんな形でGSの幻と対面できるなんて! しかも思っていた以上にとんでもない幻だよ! 今のバンドがわざと悪い音にする為に古いデッキを使って何回もジェネレーションを落としたとしても、こんなには絶対ならない。まずギターの音が全然今のものではない。
2曲目が始まった。延々とイントロが続くので、まさか「ヤスジのオラオラ節」では? と思って聴いていたら、やはり「移民の歌」でした。必死で歌うヴォーカル、やっとまともに聴こえてきたギター。意外と上手くてびっくりした。果たしてこのバンドの出所はどこら辺だろう。ますます解らなくなるのが、次の曲が何とジェスロ・タルの「ラブ・ストーリー」! 確かに当時日本でシングル出てたけどね。畳み掛けるように、スリー・ドッグ・ナイトの曲。MCでそう言ってたように聞こえるが、何って曲だったかな、後でベストCDを聴いて確かめておこう。そして、ゲス・フーのオースティンでおなじみ「アメリカン・ウーマン」と来る。その後がアダモの「インシャラー」? えっ、この流れからアダモ? 明らかに歌っているメンバーも違うが、その如何わしさもいかにもGSである。ここまで聴いて、一曲もオリジナルがない。大体、ここまでGSを聞き込んでいる身としても、全然読めないもの、この傾向。でも、少なくとも71年にはまだ生存していたわけだから、余程カルト道に懲りなかったのか。そうこうしているうちに次の曲だ。明らかに「新曲をお送りします」というMCが聴こえて、歌詞も日本語であるが、どう考えても歌謡曲だよこれ。ただ、こんな曲を有線のGSチャンネルで聴いた覚えはないし、多分このバンドが自主制作か何かで出したのではないかと憶測する。洋楽のカヴァーと違って、全然手がかりがないのが困る。
しかし、ムーディ路線もここでおしまい。ドニー・アイリスのいたジャガーズの「ラッパー」なんて、日本では全然売れなかった曲を軽々とこなし、C.C.R.のB面ナンバー「フォーチュネイト・サン」になだれ込む、ノリノリの展開。お客さんも踊りまくっている様子が伺える。「ゲット・バック」、勿論ビートルズの(ウォーレス・コレクションのではない!)やつだが、コール&レスポンスで盛り上げてます。そして何とナッズの「オープン・マイ・アイズ」が! これまでカヴァーしてるGSがいたのか! 「ギミー・シェルター」「ホワイト・ルーム」など王道曲を経て、さっきと同じ「新曲」をもう一度。B面曲を演奏すればいいものを。余程気に入ってなかった曲だったのだろうか。このA面曲だって、営業のために嫌々演っているという気がしなくもないけど。MCでは「とってもいい曲なので」とか言ってるけどね。しょうがないですよ。
そうこうしているうちに「最後の曲です」とのアナウンス、そして一段と高まる黄色い声援。始まるファンキーなリフ。えっ、これってファンカデリック? ......無惨にも、ここで90分テープのA面がおしまい。心を詰まらせつつB面を再生したら、ラジオから録音したと思われる英会話の教材が。萎えー。
一体何なのだ、このテープ。そしてここで演奏している謎のGSは一体誰なのだ? 一流GS鑑定家に見てもらうか。いや、この密かな楽しみを誰かと共有できるか。もう一度聴いてまた考えようと、テープを再度巻き戻したら......無惨にも、途中で切れた。悲しいー。しょうがないのでハーフを開けて繋ごうとしたら、案の定......
ボロボロと磁性体が落ち始めた。悲しすぎー。涙にくれつつカセット・ハーフを凝視したら、うっすらと「◯」と「?」の字が浮かんでいるように見えた。
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iちゃん初めての朝。ういういしー。このローファイな感じが今後どう抜けて行くか、非常に楽しみ。初めての写真集が出る頃、またチェックしてみるかっ。

2005-04-07ショッピングA to Z
やべー、iPodを充電するのを忘れてた! いろいろあったもんな昨日の放課後。そんなわけで久々にCDプレイヤーをバッグに。皮肉な事に、iPodを買ったのと同じ日に買っていたネタの中にまだ聴いてないものがあったんで、それを。困ったものですね。
野球中継をラジオで流しながら、iBookのスピーカーから丁度いい音量で音楽が流れているというシチュエーションが一番ナイスでないかと思うんだけど、今日みたいなエキサイトするゲームの時はかえって集中したいので音楽は流してません。でも確かに、昨年や一昨年よりはまともにベイスターズが応援できてるという感はありますね。ここ数年はそれどころじゃなかったですし。折角の巨人戦なんだからテレビで見れば、と言われりゃそうですけどかえって今の私には画が見えてない方が都合いいですよ。それにしても今日の横スタにはやたらエクスタティックなお嬢さんがいらっしゃいますね! 今もヒーローインタビューの後ろで喚いてるよ。
さてと、唐突ですがおさらいタイム。
現在レコード会社からディストリビュートされている商品の型番は原則的にアルファベット4文字から成っていて、最初の二文字、例えばエイベックスの場合はAVというのがメーカー略号。これもエイベックスを例にとると4つ目がDの場合はAVEX TRAX、Wの場合はディズニー関係など、その会社の都合により4つ目のアルファベットを使い分けている。このしきたりが始まったのは90年の事であるが、その頃と今とではコンフィギュレーションの数もかなり変ってきている。それを認識する鍵が型番の3つ目にあるアルファベットだ。
現在主に使われているのが、12センチCDを表わす「C」とDVDを表わす「B」で、あとアルバム・カセット「T」、シングル・カセット「S」、VHSビデオ「V」、DVDオーディオ「A」、スーパーオーディオCD「G」(一部メーカーはハイブリッド盤にも適用している)、12インチ・アナログ「J」といったところが一般的であるが、来週出る新譜からそこに「U」という新しい規格が入る事になった。PSP対応の映像ソフトというやつで、当然それを発売するのはソニー・ミュージックとソニー・ピクチャーズのみ(今の所)である。この「U」をかつて割り当てられていたメディアは、こともあろうにベータのビデオ・ソフトなのである! まぁソニーの負け惜しみでしょうが、もう割り当てが一杯になっちゃってるから、今後新メディアが発売開始される場合は徐々に新陳代謝が実行されると考えていいんかなぁ。ならばここでカルトなネタばらし、しちゃまいしょうよ!
「D」-8センチCD。去年までは演歌の新譜リリースもあったが、最早余程のことがないと使われない規格であろう。
「E」-8トラック(!!)。90年当時は、まだ8トラック・カラオケの新譜リリースがあったんですよ。信じられないですな。
「F」-ビデオ・シングル・ディスク。12センチ・サイズのディスクに5分だけの映像を詰め込むというもので、91年頃大量にリリースされたが、栄えず。バッドフィンガーとかスモール・フェイセズの「ビートクラブ」ものもあって、かなりレアかも。*1こんな規格なんだから、CCCDは3桁目に「F」を採用してくれれば、容易に普通のCDとの区別がついたんだがなぁ(もちろんF**kin'のFですから、相応しすぎかも)
「H」-VHDビデオ・ディスク。未だに場末のカラオケ屋に行けばあるかもしれない、言ってみればビクターにおけるベータみたいなもん(謎)。これも97年位まではカラオケの新譜が出ていました。
「I」-ビデオCD。一時期レーザーに取って代わるものとしてもてはやされた12センチ・サイズの映像記録メディア(MPEG2方式で、CDと同じエンコード方式を採用)。DVDの登場で影が薄くなったが、中華圏ではまだまだ健在であり、またカラオケの新譜も未だリリースが続いている(主にビクターとテイチクから)。
「K」-7インチのアナログ。個人的に最も好きなメディア故、滅びてほしくない。
「L」-30センチLD。「M」は20センチのミニLD。これも成り行き上、カラオケの新譜リリースが主に演歌系のメーカーにより継続している。
「N」-CDグラフィックス。ありましたねー。対応機器(システム7時代のMacとか)にCDを入れて再生すると歌詞とか映像(8ビットレベル)が出るというやつで、ルー・リードやクインシー・ジョーンズも出していた。これも一応ビクターとテイチクからカラオケ用メディアとして発売継続している。
「P」-パソコン関係。よく解らないが、ソニーから出ていた一連のフォトCDが確かこの規格だったような気がする。
「W」-8ミリビデオ・ソフト。あったんですよ!
「X」-デジタル・コンパクト・カセット(DCC)。もう殆ど誰も覚えてないよ! 一応ニルヴァーナとか、ユニバーサルとBMGのアーティストのソフトが結構出ていた。
「Y」-MD。出てたんですねプリレコーデッドMDも。特にナイアガラ関係の奴がかなりレアになってるらしい。うちには味気なさすぎるパッケージの「スティッキー・フィンガーズ」があります。
「Z」は特殊形態のパッケージ(CD+DVD、CD+写真集とか)用に使われているが、メーカーによって定義が違うらしい。そういえば「O」と「R」と「Q」が欠けているが、これも探せば使われているかもしれない。コロムビアが一時出していた「DVDミュージック」というメディアも確か「W」だったかも。一応90年代にはオープンリール(70年代中期まではソフトとして存在していた)とかマイクロカセット(70年代末期にテイチクが出していたんですよ、音楽ソフトとして!)とかエルカセット(えっ!?!?!?)は絶滅してたはずですので。
いくら無形化が進んでいるとはいえ作り手がいる限りこういう状況は続くのです。時々それを思い出させてあげるのがルル網の義務なのだ。今後もMP3入りフラッシュメモリ付お菓子とか、案外あり得るかも。
*1:80年代末期には、これと通常CD(20分程)を同じ層に焼いた「CD VIDEO」というのもリリースされていたが、90年代になる前に廃れた。私はここの形式で出たキャメオの「ワード・アップ」を持っています。

2005-04-18ドラえもんとミルモが同じクラスなわけだ(謎)
あのときめきすぎた春高バレーがもう20年前か.....なんて書くと、昨日何の番組を録画してまでチェックしたかもろバレですな。
さて、問題のCCCD話。じらせてすみません。
mixiにある、とあるアーティストのコミュで知った話なのであるが、英国EMIのCCCDに対する姿勢についての我々好き者の認識が覆される事実であり、このことは是非ともこのような音楽全般に対する様々な思いを吐き出す場で明らかにしておかねばと思った。
つい先頃、このアーティストの去年発売されたアルバムの「ツアー・エディション」が英国とヨーロッパで発売になった。そのアルバムは日本でも東芝EMIによってCCCDでリリースされ、いくら怒りに燃えてる私としてもそのアーティストの音楽に対する愛情までは潰されてなるまいと判断して購入したのだが(勿論値引き特権使用)、その「ツアー・エディション」は通常CDとDVDのセットで発売されたという話題が先に書き込まれた。
ところが、である。発売時に英国に滞在していたコミュ主さんのフォローを要約すると、通常CDとセットになって発売されているDVDは、ヨーロッパに於ける一般的ビデオ再生形式である「PAL」方式で記録されているらしい。それとは別に、EU盤と銘打ってリリースされているCCCDに、何とアメリカや日本で採用されている「NTSC」方式で記録されたDVDがセットになっている盤も存在しており、それが東芝EMIの輸入部によって輸入され日本市場にも出回っているという。もうこれで明らかと思うが、EMIは英国国内向けにCCCDをディストリビュートしているわけではなく、あくまでも「輸出用」としてCCCDを作っているという、実にあきれた話である。まぁ、古くからの英国ロックのマニアの方なら、英国のレコード会社が主にヨーロッパの他国向けに「輸出仕様」の盤を作っていたことをご存知と思うが、その伝統が生きていた....というか、話が違うではないか。
最近の東芝EMIの動向を見ていると、邦楽で最早CCCDを定期的に採用しているのは演歌のシングル位*1になってしまったし、洋楽にしたって物によってはCDエクストラを採用したりして、やっぱりギガビートが売れないと困るとの親会社の意向に屈したか*2、それともクリエイティヴ面でやっと悟ったかと思わせ、後は英国EMIの「CCCD主流で行く」という方針にいやいや従っているという印象を与えかねない程度にCCCDを採用しているのだが、その英国EMIからしてもうなめきっているのがこれで明らかになったわけだ。日本の音楽愛好者を、である。皆好きでコピーしてるわけじゃないんだよ! 本当に好きなものは最良の状態で手にしたいんだよ! スウェーデンで1400枚限定リリースされた60年代ロックのマニアックなコンピがCCCDだったというのにはどう言い訳してくれるんだよ? 自国のファンに対するものではないなんて言ったらもうぶちキれますよ。 もう暗黙の了解下でグルになってるとしか思えないのだな。
世界の各地で自虐的な戦火が燃え上がっているこの頃、音楽愛好者が戦いに勝ったとはまだ思えない。LDとフジサンケイグループの和解って、まだニュースをちゃんと見てないから詳しい事はよく解らないが、少なくともポニキャンがCCCD発売から完全撤退を宣言という話でも聞かない限り、ホリエモン万歳なんて絶対言えません。旧ミッドバー体制こそ真っ先に奈落のどん底へと突き落とされるべきである。
*1:大体カラオケ教室で違法コピーをする為にパソコンやiPod使う奴がいるなんて思えない.....と何回書いただろうか?
*2:じゃなきゃCMでクイーン使わせないでしょ。iPodのCM曲がCCCDってのは別の話だと思う。EMIは元々アップル・コンピュータの最大の敵の一つですから.....

2005-05-19人は氏ぬまで幸せになれないと言う者もいる
5/25新譜、よくよく観たらモンキーズのDVDとか意外と侮れないものもあるなぁ、と言っても所謂「ドキュメンタリー」ものなんですが。当人達の観点がどの位置に置かれてるかによってきっと印象が違ってくるだろうから、こういうのは観るまで良し悪しを判断できなさそう。
あとはクイーンとかツェッペリンとか今更ながらの廉価再発が大量にあって、パッケージ業界最後のもがきという感もしてくる。そして実はプリンスの『LOVESEXY』までのアルバムも。昨年の会心作で新たなファンを大量に開拓した後なら、彼が最も冴えてた*1時期である80年代の作品が再度入手し易くなるのは充分に有意義であるが、やはりただの再発であるならば長年のファンとして淋しい。だって、オリジナル・アルバムに限って言えば、最初にCDとして発売した状態から一度もリニューアルすることなくここまで時代が進んだ大物アーティスト(最低でも20年選手)って、ビートルズとプリンス位しか思い浮かばないよ。EMIが及び腰になりすぎてるという印象のビートルズにしたって、『赤盤』での一部の曲のステレオ化とか、『1』とか『イエロー・サブマリン・ソングトラック』とか『キャピトル・アルバム』などによって少しでも改善された*2印象を与えるが、プリンスの場合は『1999』の最初のCD化でなぜか削られた「D.M.S.R.」が、99年の「記念リイシュー」でかろうじて復活した程度。あとベスト盤で一部の曲の音質が多少改善されたのもあったか。それさえ12年前の話だよ。リアルタイムでCDが同時発売されるようになった『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』からして20年前の音のままであり、今になって「あのアルバムは過大評価されすぎた」と言われるのもそれじゃ仕方ないはずだ*3
ビートルズとEMIの関係の丁度正反対に位置するのが、プリンスとワーナーの関係であると思えば、これもまた仕方ない事であるわけだが。お互いを過剰に信用しずぎたからこそ、互いが傷つくのを避けられなかったのだ。結局は彼の素晴らしい音楽の全てを常時最良の状態で聴く事ができないのは悲しい*4と、それに尽きるわけだが。まぁ、素晴らしい作品揃いであるのは確かなので、あの当時を知らない青い好き者の方はいいチャンスだと思って飛びついて下さい。学べる事はあまりにも多くあります。私自身はワーナーさんには恨みなど一切ありませんので。
*1:本当は80年代のプリンスに対してだけ「冴えてた」とか「尖ってた」とか「凄かった」なんて形容を使うのを死ぬ程避けたいのはやまやまであるが。
*2:もちCCCDは考慮対象外。
*3:この件に関してはまだまだ語りたいところではあるけど、今はちょっと悟りのフェーズ通過中であるので遠慮しておく。
*4:プリンスのソニー入りが決まる少し前に、ユニバーサル傘下の再発レーベルであるHip-Oが、「超大物アーティストのリマスター企画を準備中」という話がちやはやされ始め、その「超大物アーティスト」こそプリンスという説が本気で囁かれたことがあるが、結局同レーベルからはライヴDVDが一枚出たのみであった。その話が真実ならば、最早ワーナー時代の音源はワーナーが扱えなくなっているはずであるが、やはり噂は噂だったと、そういうわけだ。

2005-05-20Wasted!
相変わらず何も考えずに音楽かけながらこれ打ってます。あらゆるかた苦しい事から解放されないと落ち着かない時って、絶対あるからね(と言いつつ労働量的には丁度一ヶ月後あたりが一番きつそうだ。単純計算してここ3日間の3倍はあるだろう)。
何も考えずに聴いてる音楽の中身を世界に晒してくれる有り難いシステムAudioscrobblerだが、ここ最近はいい繋ぎだなと思った時に限って倒れていたり、逆に完全に意図していなかった内容が堂々と晒されたり*1で、常時上手くつき合えたためしがない。でも、やる気のなさにまかせて所々彷徨ってみるだけでもかなり有意義だったりするんだよな。
例えば、あるアーティストの「おとなりアーティスト」一覧を見ていたら、Spitsという名前が目に留まった。どんなアーティストかなと思って見てみる。恐らく英語圏以外の、ハードコアっぽいバンドなんだろうなと思いながらよくよく見ると「Robinson」とか「Haruka」という曲名が混ざっている。勘違いしてる人も約一名、というわけだな*2
そんなのはまだ可愛い方である。もっと深刻な勘違い、というかこれは人によっては大問題かもしれないのだが、とりあえず
ザ・フーのページを見てみる事としよう。
2005年5月現在、Audioscrobblerを入れている人の間で最も広く聴かれているザ・フーの曲のリスト(左側にあるやつ)の上位を見ると、3位に「Baba O'Riley」が入っている。ちょっと前までは、フーの曲のリストに「Baba O'Riley」が二種類入っていた。どうやらタグ入力間違いによるスペルミスではなく、完全に一致する曲タイトルが二つのエントリーに分かれて入るという珍現象であった。今日見てみたらその現象はなくなっていたが、よくよく見ると13位に「Teenage Wasteland」というタイトルが記されている。どうやら少し前のシステムでは、ユーザーのプラグインから「Teenage Wasteland」がプレイされたと報告されると自動的に「Baba O'Riley」に変更されるスクリプトが働いていたらしい。
ご承知の通り、このタイトルを冠した楽曲は、ザ・フーの公式レコード化楽曲リストの中には存在しないのである*3。「Baba O'Riley」の曲の後半では、「Teenage Wasteland」という歌詞が繰り返し歌われているので、それをタイトルだと思い込んでるヤシが、右側にある「最も多くの人に聴かれている曲のチャート」から判断するに、最低でも1883人存在しているというわけである。
勿論、ザ・フーのCDを買ってiTunesに入れる為にCDDBからデータを入手するなり、手持ちのレコードから音を取り込んで手打ちでタグを入力なりしたら、こういう結果になるわけない。つまり、聴き手の判断以外のものを伴わないある種の無形現象としてザ・フーの楽曲がそれだけの人数に行き渡っているというわけである。全体から見れば約5%であろうが、それを10億人に換算すれば5000万人ということになってしまう。
こういう結果を見て、音楽業界関係者はムキになり、妙な行動に走ってしまうのに違いない。このまま音楽の世界がWastelandになるのを防ぐ為には、まず曲名やアーティスト名を正しく認識することが全てのはじまりだと思う。不法コピーやら何やらを嘆くそれ以前に。
そんなわけでごくふつーの一日として今日をスルーしてしまった、Teenageも程遠い現在の丸芽である。当然、違う場所では大騒ぎしてますが(自分一人じゃないのが心強いけど)。
*1:例のろんてーぷをiPodコンテンツ化する際、ある曲に関してネットで調べてみたら、ろんさんがリストに書いてくれた曲名が思いっきり間違ってた事が判明し、それを直しただけのつもりなのにAud(以下略)上では2回も流れたことになっていた。まぁ、人の嗜好性と人格の関係についてはとやかく言いたくないけれど、とにかく同志を喜ばせたいのなら間違った情報の提供だけはするなというのは持論の一つである。
*2:言うまでもなくスピッツは「Spitz」である。ただ、Spitsの曲に「Black Kar」というのがあるのは笑った。
*3:但し、ピート・タウンゼントの「ライフハウス・デモ」にはこのタイトルで収録されていたはず。

2005-05-28思い当たる方、テンパらないでね
iTunes要員は精々10GBちょっとで充分です。今のとこ、その容量内に3800曲入っており、iPodには更に3000曲程余計に入っている。この計算でいけば、120GBのHDを全部iTunes要員にしたら50000曲近く〜いや、60年代の曲の割合がそのまま保持されるとは思えないので、40000曲ちょっとにしとくか。
気軽に聴くには40000曲って想像を絶する量ですよ。単純計算してCD4000枚分。ランダム選曲させる時にCPUにかかる負担を考えても(いや、それほどでもないか)。確かにiBookの方を曲作りメインにしようという構想に導かれて、外付けのHDを導入しようと考えたことは当然あるけど。そこまで深入りする勇気ってないです。まぁ、自分の残した音源に関してもっとちゃんとまとめたいという気分はあるから、それに使うという手もあるが。
そんなきっかけで買われがちな、いや絵とか動画を創作する立場に於いても需要があるに決まってる外付けHDにもアレを上乗せするなんて、酷い話じゃないですか全く。
つーわけで個人的には外付けHDやら何やらよりも先に買うべきものがあると思ってるし、先月思い切った末保留したアレに関しても、やっぱり欲しいという気持ちが沸いてきた。必要な部分だけカスタムインストールするという手もあるし、それならもうiTunesの曲数を削る必要はないだろうと(ただ保険として最低5GBは空けておきたいし)。
そんなことを考えながら自分の音源の出来具合をチェックしつつ、iTunesで「フー!フー! 前貼りぃ」*1なんてとんでもない曲をプレイしてるのを晒す土曜日の午後。まぁ自分の曲を晒すよりはいいかと。

[実演] 華満開!@HOT SHOT (大久保)

先週の週末に続く華でいっぱいのライヴ3連発。いやー、こちらは予期していなかった分驚きと発見がいっぱいで、ほんと体験してよかったです。乙女のヴォーカル・パワーをこうひしひしと感じることになるとは。最早耳が「J-POPア行」モードになっているからある意味仕方ないにせよ、今まで乙女らしいポップスとして聴いていた音楽の核心は一体何だったんだと思わずにいられない。まずはじめに「声」ありき、なのですよ。
きっかけを作って頂いたのは、本ライヴのトップバッターを務める
木村圭見(かずみ)さん。やはりソーシャル繋がりだったのだが、まずその積極的なアプローチに心打たれた。もう一人の乙女ヴォーカリスト、田村絵梨子さんをサポートに従え、原石の輝きそのままという感じの荒削りさを残しつつ、圧倒的なヴォーカル力で聴き手をぐいぐいひっぱっていく。所謂「ニューエイジ系」とも違う、抱擁力のある曲作り。何かとっかかりがあれば今後とてつもなくでかくなって行きそうなそんな存在である。幕間のトークもセンスが冴えまくり(さすがお笑い好きなだけある.....)。早くまとまった作品集を聴いてみたいと思いつつ、ア行用の曲のうち幾つかを彼女が歌っているのが脳内でこだましていた。もう虜です、まじで。
しかしこれで終ると思ったら大間違い。2組目のN.S.R.は、最近はむしろ珍しくなった女の子5人からなるオーソドックスなロック(パンク止まりとか、とんでもなく屈折した方向に行くとか、そういうのとは違うという意味で)を聴かせるバンド。まぁ、レディヘ以降と言ってもいい流れに位置するガールズ・バンドってだけでも特異なのだが、ある意味同好会ノリが残っているギターやベースに比較して、このヴォーカルのコの存在感はどうだろう。特に気取った演出があるわけでもないのに、歌だけでここまで自己表現してしまうなんて、女の子バンドのヴォーカルとしては特異すぎる。フツーっぽさと激情の絶妙なアンバランスにはらはらさせられっ放しだ。ドラムのコも.....まぁ、女性ドラマーには甘いんで(謎)。
そしてさらに発火状態をエスカレートさせてくれたのはこの人、さくらかおりさんである。木村さんの静寂な美しさとは対照的に、のっけからぐいぐいと引っぱりまくり。キュートでありつつ、自由奔放さも忘れない。かつヴォーカル的にも絶妙にコントロールされていて、メジャーのフィールドにいる元気印系歌手にも見習って欲しい位だ。気付いてみればもう虜、ステージの手前で大騒ぎしていた。後半はバンドも加わり大盛り上がり大会。メイド姿でストラト抱え大ハッスル。そうか、この世界は私の大好きな「カラオケ天国」の具体化だよ。目の前でみかんが、いや「元ネタということにされているマキティ」*2がこの曲を歌い踊ってる所が想像できちゃうのだよ。折笠さん本人が生でこの曲を歌ったって、こう上手くはまとまるまい。
最後に出てきたミーナガーデンベリーは、アコーディオン、ウクレレ、笛というだけで編成的にはストライクど真ん中の女性デュオであるが、この流れでトリにな っちゃうとどこか気の毒な気もある。宴の後の静けさという感じか。音楽的にはマシュマロハ長調とマルカート(初期)の丁度中間、もしくはパリジェンヌっぽいルフラン(?)という趣きで、決して外れではないのだけど。清楚なハモリは好感持てまくりでしたな。
とにかく、未知のアクトばっかりだったにもかかわらず聴後感はすっきりさわやか。大久保のディープな空気がよりドス黒く感じられるほど、会場内は清々しかった。きっかけを与えて頂いた圭見さんに、改めて大いなる感謝の意を差し上げたいと思います。
*1:マイケル・ゼーガー・バンド「レッツ・オール・チャント」
*2:5/14放映の「あたしンち」参照

COMMENTS
さくらかおり: 日記読ませていただきました☆
わたしのことを書いていてくださっていたのでついコメントしちゃいました♪!!!
一番前でノリノリで聴いていて下さってほんとに嬉しかったです!!
またよかったら遊びにいらしてください!
またノリノリでハッスルしましょーー☆☆☆

丸芽: どうも丸芽です! コメントありがとうございました! 実にまっすぐしかもキュートな歌声でやられましたです。今年はいきなりライヴに接してお気に入りに追加されるバンドや歌手に沢山巡り逢えて幸運ですよ! 今度はそういう場を提供する側として頑張りたいと思います! 当然また行きますよ!

2005-06-08祭りどころじゃない、天国だよーっ
「さぁ〜カラオケ天国ぅー、れっつごー!」 唐突ですが「カラオケ天国」讃。近頃またこの曲が自分内リヴァイヴァル・ヒットというか、聴かれる頻度が高まっているような気がする。Audioscrobblerでも晒しまくっているし。きっかけは5月14日放送の「あたしンち」で、みかんがTVで見たアイドル「マキティ」を意識するという設定で鏡の前でこの曲を歌う(勿論アカペラで!)場面があって、久々に萌えてしまったのと、あと実際にこの曲を生で歌ったら絶対さまになるなぁと思わせた歌い手と巡り逢ったこと(ここ参照)であるが、それを抜きにしても我がエヴァーグリーンの一曲の仲間入りをしていることは確実だ。日本の女性歌手(キャラ? まぁいいじゃん、中の人は乙女だから!)による楽曲としては、涼川真里様の「こんなにこんなに愛してる」に肉薄する勢いかも。
この曲の初出は、2002年7月24日リリースされた、TVアニメ「あたしンち」のテーマ曲「来て来てあたしンち」のカップリングとしてである。当時金曜日の夜やっていたアニメの方は、忙しくてなかなか見る余裕がなかったが、けらえいこ原作の漫画の方は読売新聞日曜版で、頻繁とはいえないまでもチェックしていたし、何よりこの手のほのぼのしたキャラ絵のアニメには弱いんだよな(例えば「少年アシベ」とか「ののちゃん」とか)。ほのぼのしていつつ適度にフリーク色(つまり、母ですな)が入っているのもよくて。
てなわけで、そのテーマ曲がエルガーの「威風堂々」を元にしているというのも手伝って、アニメをチェックし始めないうちにシングルを買い求めた。そしたら2曲目がこれですよ、「カラオケ天国」! のっけの一声でもう完璧にやられましたよぅ。しばらくして、録画までして「あたしンち」をチェックするようになり、そしてみかんを演じている折笠富美子女史に関しても深入りしたい気分になってしまったのだ。たまたま別方面で秋葉原系の萌え文化にかなり影響を受け始めていたのも手伝って。特にヴォーカリストとしての折笠さんの可能性に興味を持って、昨年1月に歌手としての初アルバム『Lune』が発売される前には、キャラクター歌唱曲が入ったCDを殆ど全て収集してしまったのである。ドラマCDの類いまではさすがに手が出ていないけど、逆に洋画の吹き替えをしたDVDは買ったり。
ところでこの「カラオケ天国」がどのようなシチュエーションで「あたしンち」に登場するかというと、大抵は母と水島さん達が談笑する喫茶店とか、みかんがベア研の仲間とおしゃべりするファミレスとかで、さりげないヴォリュームでBGMとして流れているわけだ。後者のシチュエーションを考えると、みかんの曲であるという設定も妙だし、あと一度だけ、マキティではない別のアイドルがテレビの中でこの曲を歌ってるという設定もあったような。みかん自身がカラオケでこの曲を絶唱するという場面は、私の知る限りでは2回しか出てきていないはず。ずいぶんと便利な使われ方をされているというわけだ。
で、「来て来てあたしンち」のシングルを引っぱり出してみる。このシングルには、歌い踊るタチバナ家族の姿がポップアップする3つ折ジャケで、キャッチ・コピーがシールとして添付されている初回盤と、タチバナ家族の姿が通常に印刷されている2つ折ジャケで、キャッチ・コピーが帯に書かれている2ndプレスが存在しているが、そのどちらの帯の裏にも「待望のアルバムは9月発売予定! お楽しみに!」と書かれている。そのアルバムは、結局9月になっても発売される事はなかった。多分その裏には、アニメ放映開始早々起った、今では黒歴史とされている監督交代劇の影響があったのだろう。恐らく初代監督(「来てあた」の作詞者でもある)の大地氏の意向がキャラソング集の企画を含んでいて、交代劇により企画自体が白紙になったのではないかと。で、シングルが発売された7月の段階でその意向がキングに伝わりきらなかった、そしてその後も細かい訂正に至らなかったと*1。「あたしンち」の音楽周りの動きでは、その後もキンモクセイ「さらば」に代って華原朋美の楽曲がOPテーマとして使われるはずだったが、何らかの理由で中止になる*2など、平穏でない動きに祟られ、DVDも今の所映画版以外一切発売されていない*3。まぁその辺は「サザエさん」を巡る動きに比べるとまだ恵まれていると思うのだが。
キャラソングの話に戻るが、確かに面白いキャラが揃っているものの、歌なんて到底期待そうもない。母の定番「情熱の赤い薔薇〜」は別としても。そういう方面に行ってほしくないと自分は思う。キャラソンで売るアニメじゃないんだよね。キャラ自体が最早歌なのかも。だからこそ、色んなシチュエーションで頑なに流れ続ける「カラオケ天国」に愛着を感じてしまうのかもしれない。そして、パワフルかつキュートなみかんの、いや折笠さんの歌声には毎度癒されてしまう。さ〜んきゅーあーりがと〜!
というわけで以上の文章は一週間程前にコンセプトを練っていたものであるが、今日の行動*4への序章として温存しといたというわけです。部外者ゆえということで大目に見て頂ければ。
*1:厳密には、「来てあた」を歌唱している平山綾の芸名もしばらくして「平山あや」に変っているが、アニメのEDクレジットでは訂正されているものの、シングルのジャケ等は当然そのままになっている。
*2:その後、その曲は「クレヨンしんちゃん」に譲られ、CCCDとして発売された。
*3:ビデオは1本8話収録という形で毎月発売中
*4:折笠さん扮する松岡美羽が歌う「苺ましまろ」のキャラソン・シングル「おさんぽ協奏曲」を買ったことに対する照れ隠しみたいなもの

2005-06-09やっと新しいバッテリーキターーーーーー
サッカーのこととかintel@Macのこととか恒たん(FUCK! 伏せ字無し!)のこととか皆ここぞとばかりに書いてるうちに時の流れに逃げられて結局自分の出番などなくていいという感じになってしまっちゃったな。漣健児先生の訃報にしたって.....日本の大衆音楽にポップという新しい道を与えた重要人物であるからして、その損失は悲しいとしか言い様がないが、感傷に浸ってて前向きになるのを忘れるのもまたいけないことだ。ポップの道はこれからもまだまだ開かれるべきなのだから。一応はご冥福を祈ると書いておかないと、また忘れてしまいそうだから。
ただ、「こんな時は、クロニクル関係者として何日か喪に服し更新を停止するのは当然の行為だろ」という外野の声がする一方で、「クロニクル=シンコー・ミュージックのレーベル」という図式に猛烈に反発したがる勢力が存在するのも、また現実なのである。(具体的には、某巨大掲示板懐メロ板のGSスレにあらぬことを書き込んだヤシ達。)
個人的には、共感できると思った者にはいくらでも協力していきたいし、変なとこで意地を張らなくてもと思うのだが。別にとんでもない額の金が動いてるわけでもないのだし。だからこそSNSの繋がりが物を言うんですよ(きっと)。SNSを町内会ノリで完結させるなってのは普段から口を酸っぱくして言ってることですから、ね。
インテルの話には特にハードに突っ込む程の立場ではないのだけれど、まぁ自分はコアなマカーというよりはまず先にアンチ下逸ということで.....まぁ、「アンチ下逸を気取ってるヤシって大抵は金を生むスキルと自惚れ度が反比例するますかきラッキー野郎」という外野の声もちらほら聞こえてきますんで(.........) でもさすがにMacのCMであのサウンドロゴが流れたら痛いわな。

最近某所で頻繁に流れてるある曲が気になる。基本的には所謂ニューアダルトミュージックというか、雰囲気的には美空ひばりの「愛燦々」が現存する他曲の中で一番近いっぽい曲なのだが(アレンジはもう完全に演歌の人の仕事という感じ)、適度な音量で耳に入る歌詞がなんつーか凄いこそばゆい。この陳腐でスタンダードな雰囲気の中を「バリア」だとか「錯覚」とか「クエスチョンマーク」なんて単語が行き来してるんだよな。歌ってる女性の声が妙に落ち着いているのもポイントだ。
色んな手を使って調べてみるか。一応某所で頻繁に流れている*1ということは当然「現在推し」なんだろうし。ほんとめちゃくちゃ気になっています。
人混みの中で聴いてはっとするのが良いきっかけでも、ちゃんと音楽として聴けるシチュエーションで聴いて萎えるか否か、なんですよ問題は。
*1:この手段で知ってCDを買うまでに至った曲には、一青窈「金魚すくい」やZwei「Movie Star」なども。

2005-06-10涙はいいな動けていいな
世間的には大ニュースにあたるものを無意識にスルーしたことを開き直るような文章と、喪に服すことについて非常に自嘲的ともとられ兼ねぬ文章を書いた直後、こんなことを書かねばならなくなるなんてほんと悲しい。情けないです。

3日未明、リコーダー奏者・篠原理華さんが享年34歳にして天に召されました。
まじで悲しい。ほんと、自分の生涯で一番多く生演奏を聴いた音楽家の方は、他でもないこのひとだったのである。8年前、単なる笛好きからその存在を知って、その人柄にまで魅了されて、一時期は我が人生の指針までも担ってくれかけた*1存在だったのに。 昨年のリサイタルで聴かせてくれた清楚な音色が本当に最後のものとなってしまったのですね。
9日の日記をアップした直後しばしネットサーフィンしてて、そういえば某リコーダー・アンサンブルのリサイタル*2があるなぁと思い出しながら関連リンクを辿っていくうちにこの悲報が。しばし時間を経てから知ると余計自分の懺悔度が深まるというものだ。お通夜、昨晩だったんですね。駆け付けたかったです。 身近で聴く笛の音がここまで美しく雄弁だと教えてくれた篠原さんのご冥福を、今は黙ってお祈りしたい。

追悼及び反省の意を込め、今月いっぱい課外活動(ライヴ観戦、音盤捕獲含む。但し22日発売のブライアン・ウィルソンのDVD「スマイル」の購入はこの限りではない)を自粛することとします。あと今週末いっぱいはiTunesのプレイリスト晒しも休止致します。その分、自らの明日とストイックに向き合う機会にあてることとします。
各種ネタを送って頂いた皆様へ、ここを借りて感謝致します。時間を見てじっくり鑑賞させて頂きます。

もう一つある意味悲しい情報が全く別方面からもたらされたが、それについてはこの気持が晴れてからじっくり書かせて下さい。タイミングを逸してしまうのはしょうがないことですが。
*1:この話の続きは、いくらこのような悲しい時とはいえ、とてもできない。
*2:キーとなるメンバーの一人が辞めて萎えーなんて、こんな時だからとても書けない、つーか書いてるでは! 明タン、ごめんなさい!!!!!

2005-06-12いよいよまたぶっ壊れた扇風機を出すか
10日付の日記の大半が結局日付変更直前のアップだったので、2日間お休みしていたことになります。そこまで、のしかかっているものの重さは測り知れない。 こんな状況だから建設的気分になれるわけがなく、ひたすら黙祷モード、とか言ってただ単に何も出来なかっただけ。最早ルル網から公的に削除された昔の日記を引っぱり出して読んでも胸が痛むだけだし(特に99年のリサイタル辺りのは)、唯一手許にある音源であるビデオ「奄美の花鳥賦」やNHK「トゥトゥアンサンブル」の録画鑑賞に向かう勇気もない。結局、オーストラリアの有名なポータルサイトを拠点に、いろいろとリコーダーの演奏が聴けるサイトを探して片っ端から聴いて供養を捧げることにした。
こうやって聴いていると色々と新しい傾向に出会って面白い。 ナジャ・シューベルトとかリスペクタブル・グルーヴといったいかすジャズ系、プログレのアプローチを取り入れたRosaeは新鮮に聴けたし、舞台女優(!)としても活躍しているジル・ケンプとか、フォトジェニックでありつつ古典から現代ものまで柔軟にこなすボレット・ロードなどは萌えながら聴き惚れられる。現代ものの斬新な曲作りも色々と楽しめたし、挙句の果てにテクノ・ファンであるドイツ人が 「リコーダー音楽はテクノに相通じる」 と熱く力説するのを発見して「なるほど」とも思った。
以前通販で「Recorder Update」というスムーズ・ジャズ系のCDを入手して、美味しいと思いつつ心の中ではもっと上手い具合にやれるのではと不満を持ってたけど、やはりヨーロッパの人達は方法論からして違う。日本の人ももっと柔軟にいろいろやってみればと思うのだが。例えば深津純子さんとかがフルートで演っているようなスインギーなジャズをリコーダーで聴けたら嬉しかったりしてと思いつつ、テレマンのソナタや「ラ・フォリア」といった、かつて篠原さんの演奏で聴いて感動した曲に出くわしてしまったら、自然と涙にむせんでしまうというわけだ。後者の曲はパニアグワのレコード(ヤバい解釈!)が家にあるし、他の演奏家でも聴いてはいるが、彼女のリサイタルにおける演奏はあまりに鮮烈でずっと心の奥に刷り込まれていたのである。まさに「美しい狂気」が似合う演奏であった。
それにしても、やはり具体的情報が足りない。Recorderというのは古いイタリアの言葉で「小鳥がさえずるように歌う」という意味なんですよ、と篠原さんの口から何度も教えられたけど、その声がRecord(=記録)される頻度はまだまだ少ないと思うし、今後パッケージ・メディアが滅亡していけばさらに少なくなるだろう。その分、自主的にプロダクトを作るケースが目立つことになるにせよ、それらが公平に流通されるかというと決してそう思わない。幾つもの異なるサイトに行ってその度に一枚ずつCD買いますと申し込んだ場合に買い手が抱えるリスクはただものではなくなるのだから。少なくとも、今回のリコーダー巡礼で、欲しいなぁと思ったCDに最低10枚は巡り会ったが、全てがアマゾンで買えるというわけではないんだし。
だからこそ、こういう決して表舞台で目立ちそうもない領域の音楽を隆盛させるためには、ダウンロード・ビジネスの充実が少しでも望まれると、そういうわけなんだな。勿論、メジャーなレーベルが権利を持っている60年代のポップスなんかは話は別だが。締め付けるだけ締め付けて、どうせその気にならないんなら、ね。だからこそパッケージ・メディアの滅亡も起ってはならない。あああ、複雑な立場だなぁ。
これから自分が何を進めるかという意識においても、色々と考えさせられた3日間だった。アレンジをどう進めるか、営業戦略をどう練るかまで含めて。さぁその気になろう。

2005-06-15いくらなんでもの息子の帰還、その他いろいろ
電車男、か.....特にどこにもTB送らないけど(キーワード経由でいろいろ見てみる楽しさをさりげなく推奨)、 こんな事書くもんじゃないよねぇ、と16ヶ月前の自分にあきれてみたり。曲名まで的中してるよ、全く。
とか言ってもしソウル・アサイラム「ランナウェイ・トレイン」あたりを使ったとしたら、あまりに不謹慎だしなぁ。
さっき13日のコメント欄に書いてきたけど、例の「工ンジン」のテーマにジミー・クリフの曲が使われてるんだが、それに便乗してか東芝がUB40のCDを売ろうとしてるのが目に見えてて。そういう手もあるんか。「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」といえば世間的にはジョニー・ナッシュだし、自分が最初に聴いたのはグラディス・ナイト&ピップスのヴァージョンなのだが、要するに誰のでもいいってわけじゃなくて。ただ、どうせドラマの影響なんだから、多くのアーティストが聴かれるのはいいことなんだけど、それだけ早く廃れるんだなと思うと悲しい。ELOはそうなってほしくはないなぁ。
今はレコード会社にとって廃盤を行う余裕もない程切羽詰まった状況なのは目に見えている。よほどヤバイことがない限り廃盤にはしないようだし、ただ生産中止にしておくだけでカタログから削除しなければ、ちょっとしたチャンスで生き返る可能性だってあるわけだ。新譜ビジネスが思うように行かない時、この手を使えるレコ社って有利である。
あのPヴァインでさえも、だよ。しかもあの「幻名解」が。

iTunes: 悲しいけどGSを100曲削った。カルトGSの領域にある曲は手許にあるの全曲入れてたからなぁ。アダムス、フェニックス、ポニーズ、テリーズ、サニー・ファイブはさすがに一曲も削れなかったよ*1。これでも569曲。
こうして、少しでもモチベーションを高めていく。といっても200MB程度しか空に出来てないのだが!

昨日発売のアレ*2がどこにもないよー(泣)
*1:シングル2枚以上出していて、公式発売全曲入れていたGSの内
*2:滝沢沙織写真集「Thanks」

2005-06-19溜めてたものを思い出したように吐き出す
静かだよなー。束の間の日曜日ということで、ガレバンを久々に起動してその気になろうとしているもののなかなかできない。じっとしていると余計しんどいんだな。どう進めていこうかというアイディアはいくつも頭の中にあるのだけど、固まるまでに拡散してしまって困る。どうやら腸の奥のあたりにその拡散を促す負のエネルギーがたまっているような気がするんだけど。かといって胃の中に何もいれないともっと困るし。
とりあえず、最近うっすらと触れている「パクリ問題」。かつてはパクリって言葉使うのがほんとに嫌で、そんなこと言う側にリスペクトの心が解るかなどと思っていたのだが、確かに口コ口ーション*1以降、そんな姿勢じゃいられなくなったな。今随所で問題になっている中島みゆきモロパクの曲にせよ、もう結構前になるけどユーミンの某曲にもろ瓜二つのメロを持つパンク系の曲にせよ、そういうのを聴いてその作り手の無意識からくる開き直りの姿勢を知ってしまうと、違う次元から「音楽の作り手に対するリスペクトが欠けている」とほざきがちになるマーケティング至上主義に対してかえって苛立ってしまうとそういうわけである。マーケティング至上主義のお世話になるバンドの一部がそういう情けない方向に向かう一方で、マーケティングと距離を置いている真に純粋な音楽家の一部が、その芸術を愛さずにいられない者の心を突き放す傾向にあるなんて.....という話はもうしない約束でしたよね。
で、ロックとビジネスの関係がそんな密接でなかった頃は、もっと大っぴらでよかったと思う。「応用」が「昇華」に繋がった例はいくらでもあったはずだし。 例えばガンツの「I Wonder」(66年)という曲がある。もし、好きなJ-POPアーティストの影響でビートルズを聴き出して間もないという若いヤシにこの曲を聴かせたら、きっと「モロパク! 逝ってよし!」というかもしれないが、iTunesにビートルズを200曲以上入れている私みたいな者でさえも、この曲はモロパクを超えた永遠性を手にした名曲だと思っているわけで。
Aメロは「イン・マイ・ライフ」のピアノ・ソロの部分を「発展させた」感じで、サビのトップは同曲のそれと音律的に全く一緒である。しかしその間を埋める巧みなメロディとかシンプルながら効果的なアレンジ、そして全体に漂う青い空気が、「イン・マイ・ライフ」にない雰囲気を醸し出し、結果的に別物へと昇華していると感じるのである。勿論ガレージ界の全ての「応用」的楽曲が全部そうとは限らないが、これこそが60年代的イノセンスであり、今なお私を引きつけてしょうがないものなんだと思う。
合言葉「パクろうぜ」から始めてもいい。その後どう展開するか、そのセンス次第でそいつのミュージシャンシップ*2が測れるってことだ。
そんなわけで自分のネタに取り組む前に軽く「I Wonder」をやってみたりしました。掟に逆らえないのでアップはしませんが、いつか自分らのブートを焼いて配ったりする時に入れるかも。夕食は控え目にしてまた戻ろう(ワカメの声優が変って以来、サザエさんって殆ど見てないな)。

22日発売の音盤では、強いて言えばジャッキー・ロマックスの紙ジャケ*3と共に何となく気になるのが「とっとこハム太郎 ソングコレクション全主題歌集」。滅多に他社商品に収録される事がないハロプロ関係の楽曲が入っていたりとか、アルバムでは通常ヴァージョンで収録されたRYTHEM「てんきゅっ」の(ニューサマー便)の方が初めてCD-DAに収録*4されるというのを別にしても、これ結構気になるな。こういう「全曲集」系になると欲しくなる。現にしんちゃんとかちびまる子とか、買いましたとも。
*1:紅白で作者クレジット問題が勃発するまでは、その曲に対してはかえって肯定的だったつもりだけどなぁ。
*2:敢えて「オリジナリティ」とは言わない。変に「オリジナリティに溢れるね」とか言って煽てると、その後の揺り返しに悩まされ兼ねないからね。
*3:LPは持っているんだが、ボーナス曲もあるし.....一応リマインダー。
*4:RYTHEM関係では最新シングル「ホウキ雲」と、「ハルモニア」が収録されている「NARUTO ベストヒット・コレクション」〜但し通常盤のみ〜以外は全部レーベルゲートCD2。最初の2枚のシングルはレーベルゲートCDとして出たが、のちに2として再発された。

COMMENTS
DJまつたけ: 「俺ンジレンジのようなリスペクトのないパクリは、パクられる側のファンからすれば非常に不愉快なものですが、そもそも、リスペクトの有無に関係なくパクリのまったくない音楽がほとんどないのですから、ある程度のパクリは仕方ないかもしれません。ですので、パクリそのものは悪いとは思わないのですが、レンジの場合はその作品の出来の悪さゆえに、「リスペクトのないパクリに価値はない」という、「パクリ=悪」という図式に正当性を与えてしまっていると思います。ガンツの「I Wonder」を聴いた時はさすがに笑いましたが、「声質」という、リスペクトが介在しようにない部分でジョン・レノンをパクってしまったニッカボッカーズも良かったですね。
丸芽: そうですよ、意図的パクリのレベルは低くなっている一方ですが、「意識」なしにいい音楽が作れるわけないですからね。自分の裁量でいかにコントロールするかです。その点ガンツとか英国かぶれのヤンキー・ガレージ小心者達の「意識」スキルはほんと上等だと思います。サイケ時代にはかえってその技量が裏目に出て自滅しちゃうわけですが.....
ニッカーボッカーズ「いつわり」、本当にビートルズの新曲だと思われているうちにあれよあれよと全米TOP20入りという逸話が何ともいえない名曲ですよね。自分の曲作りの際のペンネーム「高松塙璃」は、この人達に曲を沢山提供している作曲家3名からとったことを密かにカミングアウトしておきます。

2005-06-25暑いとじっとしていられない
のは外にいる時に限られる。いざ、新しい事に着手しようと思っても家の中じゃね。結局扇風機の風に煽られてやる気をなくすとそういうわけです。この10日間の慌ただしさを考えると、しょうがないですよね。
何か新鮮な刺激を得ようと思って4時にiBookを起動してみたら、理華さん供養web紀行で存在を知った"Recorder Radio"が放送中であることを思い出した。ドイツを拠点に決まった時間にオンエアしているwebラジオだが、日本時間に換算したら午後4時から、7時から、そして深夜と、平日なら完全に聴けない時間帯に集中しているではないか。おおっ、今はいいチャンスだ。
文字通りリコーダーをフィーチャーした曲しか放送しないのだが、その並びが実に雑種で、妙なMixテープを聴いているような気にさせられる。バロックのソナタとかは楽章単位でしか流れないし、近代曲なんかにしても小曲っぽいものが中心で、その合間にジャズっぽいものとかニューエイジっぽいものとかコテコテの前衛曲とかがバランスよく配され、一言でリコーダーといってもここまで多彩な表現力があるんだなと感心させられた。個人的にはニューエイジっぽいものはパス*1だが、ファンキーなジャズっぽい曲に出会ったりするとはっとさせられる。特に演奏者名"Girl Talk"とされている一曲が、チープな打ち込みに疾走感溢れる笛の音が絡むフュージョン系でびっくり、その場でググりまくったものの、この名前じゃ的中率低いわな。
演奏者の匿名性が高いポップスのインストとか、流れないかなぁ。最近は(こちらは日本国内の話だけど)アニメの劇伴でもおいしい笛の音が大活躍で、報道番組での二次使用も目立つらしいんだけどね。栗Q及び梁・羽毛田両陣営を除くその手の分野でどんな方々が活躍してるのか実に気になる。

さてと、7時からまた聴くとするか。で、自分なりに笛Mixテープでも作ってみようかな。
あとSportivaは、あの程度ですか。所持金がなくてよかったです(謎)。
*1:伴奏がピアノかシンセで、かつとんでもなく深いエコーがかけられていたらまじでだめ。エコーなしの艶かしい音質で、しかも演奏者が奇麗な人なら話は別ですが

2005-06-26飛ぶ鳥落す勢いの某も絞首刑って下りが一番ヤバいかな(爆)
J-POPア行改め以下略の作業を再開。手元のログによると、1ヶ月近く休んでたことになるな。いい人材に巡り会ったのと、別のいい人材を見失ったのとで、方向が定まらなくなってしまったのだが、「スマイル」を見て再び奮い立ったのである。特に、異なる人材との統一の重要性を改めて悟ったわけで、この所悩まされていた自己葛藤からの脱出を図るためにも、いい刺激となった気がする。全部を打ち込みでやろうという意志は勿論全くないし、かと言って自分で全部片付ける程の技量があるわけでもない。特にギターがもうだめだな。辛うじて「普通のコード」を追うのがいっぱいいっぱい。適切なアックススリンガーを探さねば。何か、友人的にはドラマーよりギタリストの方が少ないような気がする。
というわけで、2曲に手を加えるのがやっと。あとは今後どう進めるか、あらすじを整理しておく。

7日に決めた新しい名前もとっつきにくすぎて、早くも心変わりの準備中。わざと検索されにくくするために、とんでもなく基本的なバンド名をつけてしまった人物を私は知っている(&リスペクトしている)が、それに近いコンセプトで、「誤爆しにくい」名前はどうかと考えてみる。端的にはこういうことである。以下に幾つかの固有名詞を並べてみる。
・ ブライアン・アダムス (Bryan Adams、キーワード参照)
・ ライアン・アダムス (Ryan Adams、キーワード参照)
・ イアン・アダムス (Ian Adams、2004年デビューしたシカゴのカントリー・ロック・グループ、ポニーズの元メンバー)
・ アン・アダムス (Ann Adams、レディース・パーム・コート・オーケストラのリーダーでフルート奏者)
・ アダムス (Adams、1968年「旧約聖書」でデビューしたGS。ソニー・レコード専属アーティスト第1号であり、現アミューズ社長松崎氏もメンバーであった)
・ アダム (Adam、1966年頃「Eve」というシングルをリリースした米国のグループ。後にバルーン・ファーム、ハック・フィンへと発展)
こういう風に、ある名前を別の名前が内包していく*1。一番泣きを見るのは「アダム」の情報をほしがる人というわけだ。
ならば、超逆説的に「アダ」とでもつけてしまいましょうかね。「ダム」は既にありそうだし。

バカな話はさておき、昨日気になったGirl Talk、7時からの放送で流れた奏者の一人の情報を辿ったら見つかった。ジャズをやったり前衛曲を作ったり、異国間コラボでポップスまでやってる。しかも比較的奇麗な方だ。しかしヨーロッパでは結構普及してるんですね、笛ジャズ。自主レベルながら意外とCDも出ているし。 こうなったらジャズ&笛の可能性を切り開く為に本気になったろうかとさえ思える。まぁ、日本のプレイヤー市場は意固地なとこがあるからなぁ。サックスとかの人が遊びで凄い事をやったとしても所詮遊びだろうし、古楽側からそっちにアプローチしそうな人材がいるはずもないし。しばしヲチってみますか(どこをって?)。
*1:さらに上の層に行くと、「ロッド・スチュワート、スティング&ブライアン・アダムス」とか「ブライアン・アダムス&ティナ・ターナー」も存在するが、そんな事言ってたらきりがない。

2005-06-27帰ってきたサウンド夜話
一昨年の夏 「ルル網プレゼンツ サウンド夜話」というのをちょっとだけやって、自分ではためになると思ってなるがままに続けるつもりでいたのですが、結局そのまま滞ってしまい今に至ります。まぁ、思い出したように再開するのもいいかなと思って。どれもこれも「スマイル」のお陰、なのかもしれないですが。
「ビューティフル・ドリーマー」前半の、オリジナルの「スマイル」構築ストーリーの中でも、個人的に最もエキサイティングだと感じたのが、かの幾千ものポップ&ロック・クラシックスのビートを叩き出した大ドラマーであるハル・ブレインが、「ミセス・オレアリーズ・カウ」(=「ファイア」)のイントロで使われた小道具を次々に鳴らしてみせるシーン。ちなみにオリジナル版は「グッド・ヴァイブレーションズBOX」のDisc 2に「英雄と悪漢(イントロ)」として収録されているのだが、名うてのスタジオ・ミュージシャン6、7人が一斉にこれらの妙なものを吹き鳴らしてカコフォニーを作る様は異常かつ滑稽そのもので、どう考えてもポップの王道であるわけない。もちろん今のブライアンの「スマイル」ライヴでも、この光景は忠実に再現されているのであるが。
で、このイントロのしょっぱなに現れる高音で「ヒューン」といううなりをあげる小さな笛。これは「英雄と悪漢」でも随所に使われているが、如何せん正式名称が把握できていない。しかし、この音が執拗なまでに使われてしかも大ヒットしてしまったポップ・ソングを、ある世代以上の日本人なら誰でも知っている筈だ。
西城秀樹「激しい恋」(74年)である。やめろっと言われても、ってやつ。
あれのイントロにこの「ヒューン」音が幾重にも重ねられて使われており、アイドルのヒット・ソングとしては異例のノイジーさを醸し出しているのだ。当時は子供心に何を使ってやってるのか全く解らなかったし、ヒデキが生バンドをバックにテレビで歌ってる時も、その音はレコード用のマスターから抜き出してテープ再生していたような記憶がある。確かに、オケのメンバーが4、5人でこの笛をピーピー鳴らしてるなんて光景はかなり異様だもんな。
しかし一体いかにしてこの音を使おうとアレンジャーの馬飼野氏は決意したのか? 当時はシンセもまだ一般化の途上にあった時期であり、海外のロック・アーティストがシンセを使って出すようなフリーキーな音を代用してみたとも考えられるのだが、この曲の他の部分では明らかにシンセを使ったとしか思えない音も出てくるし。70年代中期の日本のポップ・シーンは、相変わらず進歩はしていたけれど、大胆さという点では60年代後期のそれに及ぶ訳がないんだし、反動的に何か大胆なことはできないかなという実験精神が、GS出身のアレンジャーの心の中に宿ったのではないだろうか。そして、その実験の場を提供するほど、絶大な人気に踊らされていたヒデキと制作スタッフは偉いと。
きっと、火の粉と化した「スマイルの素」微量が、7年の時と大西洋を越え、彼らを襲ったに違いない。
ちなみに小学生時分でこの音を再現するのに最も適した手法といえば、ソプラノ・リコーダーの空気穴を掌で軽く遮って、上手い具合に息を調整して吹くと、いかにもそれっぽい音が出るというわけで、よくやらせてもらいました。同じ手法を現代音楽の作曲家の皆さんも多用しているわけですが。
明日も「火事場の小道具」の一つについて話してみるつもり。

2005-06-28らららららりーらーららーげーひゅー
通勤時のiPod*1の再生は相変わらず全曲アルファベット順おさらいが続いていて、やっとP&Bグループ「It's A Delusion」*2まできた。ということはそろそろあのやばい曲が来るかな? と思ってたら始まった次の曲が何故かジル・ギブソン「It's As Easy As 1,2,3」*3えっ? 思いっきり飛んでいるでは? おかしいなと思って曲目表示を見たら「It's A Easy As 1,2,3」になってた。確かこれは「ゴールデン・サマーVol.2」というコンピのデータをCDDBから落としてきたやつだと思うのだが、思いっきり間違ってるではないか! こういう場合、自分でこつこつと確かめて直すしかないんかいな。他にもあるみたいだしね。データをアップする際はよく確かめてからね!
で、その次こそ例のやばい曲か? と思ってたらなんとジェーン「It's a Fine Day」*4が入ってた。これもある意味やばいけど。特にうとうとしてる時なんかに流れてきたら、ね。というわけでその次がやっとその例のヤバい曲、アルフレッド・E.ニューマンの「It's A Gas!」*5でした。人前に顔を晒している時にはまず聴けない.....が、敢えて入れてます。

昨日のスマイル小道具の話の続き。例のハル・ブレイン大はしゃぎのシーンで最初に鳴らされたのが、一般にはスライド・ホイッスルと言われているもので、他にも何故か解らないがスワニー・フルートという名称もある。日本では「ヒューポン」と言えば解り易いか? 「ファイア」の他に、「オン・ア・ホリデイ」でも大フィーチャーされているあの音だ。先ずスラップスティックな効果音を出すための道具としての印象が大きくて、まともな楽器として認識されていることは殆どないが、古き良き時代のアメリカでは楽器として上手く使っていた人達もおり、その流れからブライアンの小道具リストのひとつとして印象づけられたのかもしれない。
今楽器屋さんとかおもちゃ屋さんとかかで安く売られているのは大抵プラスティック製のもので、それでも結構いい雰囲気が出るのだが*6、ハルが吹いていたのは「本物」でどうやらブリキ製っぽい。滑稽な音なんだけど響きにつやがあり、相応しい吹き方をすると結構色っぽい音が出そうである。そりゃそうだ、筒の中で棒を上げ下げするわけですからね*7
で、このヒューポンを多用するという「スマイルの素」の一つを密かに受け取ったのが、海の向こうのライヴァル、ザ・ビートルズである......と言ってもですね、ビートルズの公式発表音源の中にはそれを使った曲はありません。公式に発表しなかったというのも屈折した茶目っ気だったんだろうか? まず、67年暮れに公開されたテレビ映画「マジカル・ミステリー・ツアー」の中で、ジェシー伯母さんがスパゲッティの山に襲われる夢のシーンで、BGM(?)として使われたサウンドがあるのだが、その中で思いっきりヒューポン音が暴れ回っているのだ。バックに流れるピアノのフレーズから判断すると、ポールのアイディアなのかもしれないが、とにかくエコーを伴いつつ幾重にも重ねられているので演奏は全員で行っているのかも。いずれにせよ、この曲はスタジオで正式に録音された曲ではなく、メンバーの誰かの家で宅録されたらしいが、こんなところに「スマイル」の成就を見る事なくポップの頂点を極めてしまった彼らの余裕を見てしまうわけだ。
さらに翌年の8月、「ホワイト・アルバム」のセッションで、有名な未発表曲「ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン」が録音される。「アンソロジー3」に収録されたヴァージョンは大胆にリミックスされているので全く解らないが、最後の方でジョンかジョージかヨーコかマル・エヴァンス*8のいずれかが、オン・マイクでなまめかしくヒューポンしている未発表ヴァージョンが、ブート市場に出回りまくったのである。さらにこの曲をお蔵入りさせるのがあまりに名残惜しかったジョンは、翌年の11月にさらに手を加え、プラスティック・オノ・バンドのシングルとしてリリースしようとするが、その際さらにワイルドなヒューポン音が、複数の人間の演奏(?)によりダビングされているのである。こちらもブート市場を賑わしたのは言うまでもない*9。結局POBヴァージョンもリリースされず、幻の音源として「スマイル」と長い事境地を共有することになるのだ。といっても創造性という点では完全にブライアンの勝ちなわけであるが...... いずれにせよ、単なる偶然かもしれないし、ビートルズがラヴィン・スプーンフルの「ヘンリー・トーマス」*10辺りに感化されたという可能性もなきにしもあらずだが、妙な音への探求という点で両雄が同じベクトルに密かに向かったのは注目すべき事かもしれない。
ちなみにこれも個人的余談であるが....この笛自体、プラ製のものが確か「3年の学習」だったかの付録についていて、録音に使いまくったのは言うまでもないが、同じようなポルタメント・サウンドを出す反則技として、リコーダーの指穴全部をテープで塞ぎ、水をはったバケツの中で上下させるという無謀なことをやったことがある(勿論プラスチック製のもの以外を使うのはお勧めしません!)が、結構近年になってから立ち読みした子供対象の音遊びのすすめみたいな雑誌の中で、同じ技が紹介されていたのはびっくりした。さすがにこちらを実践している現代音楽の人はいないだろうな........
そうそう、ちょっとかっこつけて「マウス・テルミン」と呼んでもいいんじゃないかと、これを使って「GV」のテルミンのフレーズを吹いてうまくいかなかったことがある自分は思った。
*1:現在、iBook内iTunesの2倍強の曲が入っている。
*2:オランダの60sポップを集めた5枚組BOXに収録。66年発表という事以外解っていない。
*3:米国で65年発表。ジャン&ディーン絡みだが、ソフトロック・ファンにも評価が高いムーディなガールポップ。
*4:英国で83年発表。日本ではティッシュのCMに使われてヒットしたが、子供達の間で「最初から最後まで歌ったら死ぬ」という都市伝説まで囁かれた、癒し系とも猟奇系ともとれる得体の知れない魅力を持つアカペラ曲。92年にはオーパスIIIによりハウス風にリメイクされヒットしている。
*5:パロディ雑誌「MAD」絡みのレコード及び同誌のおまけソノシートに於いて62年発表された。歌詞はタイトルの3語のみだが、随所にバカなサウンドが挿入されてとんでもないことになっている。何とエンジニアはフィル・ラモーン!
*6:「ファイア」のライヴ・シーンでブライアンが吹いていたのがそれに近いが、日本で売られているのと多少構造が違うようだ。
*7:うーむ、すんません! でも、「オン・ア・ホリデイ」のライヴのシーンではテイラー・ミルズたんが吹いていて、それを考えるとやっぱりセクシーな音に聞こえてしまうんだわ......
*8:ポールとリンゴは不参加。
*9:この2つのヴァージョンがカップリングされた12インチ・シングルまで密造されたが、音質が妙にいい。どうやら、自分のコレクションに欲しかった海賊盤と交換するため、ジョン自身がこれらの音源をブート業者に譲渡したという妙な説まで囁かれたようだが真相は如何に?
*10:66年暮発表のサード・アルバムに収録。

2005-06-29前向きな大願成就?
昨日の続き。いろいろとサーチしてたら、こんなの見つけた。おもしろサウンド探求に燃える人なら、ここに集うグッズ全部揃えたい衝動にかられるだろう。とりあえず、一昨日触れた「ヒューン」ノイズを出す笛はAcme Sirenという名称であることが解った。約10000円もするって.....安物で代用するのも悲しいしな。その下にも「ファイアー」で実際使われている小道具がいくつか載せられている。「ファイアー」のイントロでテイラーたんが吹いていたピンク色の笛がまだ謎のままだが。
さてと、今日はがらりと話題を変えて。理華さんの訃報に泣かされた10日にたまたま知った、こちらもある意味泣ける話。今まで温存していたというわけでなく、タイミング的にそろそろ触れないともうだめなんじゃないかと思って。
とりあえずニュースの概要はこれ
個人的に、今殆ど希薄になってしまっている、真っ当な方法論による流行歌の作り手として我が道を歩み続けているレコード会社が、他のレコード会社の一部門へと吸収されるということである。何かなぁ、勿体ないと思う。
元々カラオケ最大手の第一興商の直系レコード会社として8年前スタートした当時は、音楽スタイルに応じて、クラウン*1を中心にコロムビアやテイチクとも販売提携を結ぶという、フレキシブルな展開で意表をついたのが印象に残ったが、如何せんなかなかでかいヒットが出ず、地味な演歌ばっかり出して大丈夫なのかと思ったものだったが.....2002年、あの曲と出会い、印象が100%転換した。言うまでもなく藤原彩代「おさい銭」である。
その曲の、演歌・歌謡曲という括りさえも超越したアナーキーなたたずまいは、バック・ダンサーの激しい舞によって余計強烈に脳裏に刷り込まれ、このメーカーの存在感を決定付けた。しかもこの曲をモチーフとしたU局の番組まで始まり、さすが娯楽産業を親会社に持つ会社はやる事が違うと、唸らされたのである。その後しばらくは、ガウスから放たれる新曲情報が気になってしょうがない時期が続いたが、やはり営業力の弱さがたたったのか、余程演歌に強い店でも「これだ!」と思った曲を実際ピックアップする機会はあまり多くなかった。
その辺を克服する意味もあったのか、今回の徳間ジャパン傘下入り。元々第一興商がクラウンと徳間を傘下に収めたわけだから、上下関係を考えるとややこしくなりそうだが、要するに今のミノルフォンと同じく、徳間ジャパン・コミュニケーションズ内の一レーベルになるということだ。ただ、現在決まっている7月発売新譜までは、GRで始まる品番でのリリースである。今後TKで始まる品番でのリリースに移行するのかどうかは気がかりだが、厳密には徳間直系の制作会社ではないヴィーナスレコードとかもTKで始まる品番で出ていることを考えると、充分にあり得る話ではある。
で、どうして悲しいかというと、やはり今のミノルフォンと同じように、単なる一つのレーベルとして終らせるのは勿体ないからなんだよ。
コロムビアを退陣した大御所・遠藤実氏によって65年に設立されたミノルフォンは、伝統を重んじた流行歌の黄金律に乗っ取りつつ、音楽的には大胆な冒険精神を恐れず、そのすべてに遠藤先生の色が濃厚に出た特異なレコード会社であった。個人的にはモータウンやA&Mやイミディエイトやプラネットと同一線上で語られてもおかしくないと思っている。そのミノルフォンも、70年には実質的に遠藤先生が退陣して、徳間書店の傘下に入り、「徳間音楽工業」に改名している。もちろんレーベル名は残り、五木ひろしや森昌子を売り出して急成長するが、その時だって実質的には「吸収」と呼んでもおかしくなかったと思う。その後、80年に同系列上に設立された「ジャパン・レコード」と実質的に合併し、現在に至る。
第一興商の100%傘下となって以降も、「徳間書店色」を辛うじて残していたスタジオジブリ陣営が独立したことで、現在の「徳間」という呼称は名ばかりとなってしまったが、ミノルフォンは同社の演歌レーベルとして機能を続け、水森かおりを女性演歌界トップの位置にまで育て上げているわけで。果たして、今後のガウスは同じように単なる徳間の一レーベルとして、刺激的な当世流行歌を世に送り続けることができるだろうか?
大丈夫、「おさい銭」だってまだチャンスを完全に失ったとは考えていないから。それにしても、本当にGR品番のプロダクトが世に出る事が止まってしまったら、まじで悲しい。
*1:当時のクラウンは、今からは大凡信じ難いことだが、エイベックスの販売窓口でもあったのだ。確かに、クラウンが販売していたころのA社の、TK絡み作品以外に感じられたある意味B級なたたずまいは、今振り返るとちょっと愛しい。

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