
| 2003-04-28 | 故意の衝撃 |
| 2003-05-04 | 「償い」はネタ度高くて泣くどころの話じゃありません |
| 2003-05-11 | 天上の調べは始まりだけを象徴する |
| 2003-05-13 | 農・協・牛・乳! (ニセ) |
| 2003-05-14 | 宿命の音盤 |
| 2003-05-31 | グッドバイ・フジヤエービック |
| 2003-06-04 | 晴天の霹靂 |
2003-06-05 困った
私のプリファブ・ファン歴は名盤『スティーヴ・マックイーン』を国内盤発売前、英国盤の段階で聴き狂って以来だからかれこれ18年になるし、シングル・アルバム共もれなく集めてきたつもり(曲単位でいいというポリシーのため、2枚組ベスト盤は持ってなかったりするが)で、もちろん86年の来日公演にも行ったわけだが、そんな私としても第一印象は「困ったな」。ポップ一大絵巻どころかポップのポの字も拒絶しそうなそのたたずまい。一曲目は長い長い序曲だなと思ってたら、そのまま21分も続き、その後もアンビエントともミニマルともつかないインスト(といっても、生オーケストレーション中心の演奏なので、退屈感はそんなにない)中心に展開していく。いくらグループ・リーダーの初ソロ作といってもここまでパーソナルで箱庭的作品が届けれられるとは思いもしなかった。感触としてはピート・タウンゼントの『現人神』(72年)あたりに近いかもしれないが、まだあれの方がポップだ。そうか、66年にリアルタイムで『ペット・サウンズ』を聴いて戸惑った者の顔を思い浮かべることもできるのかな。
しかしこの見解だって聴き方に問題があるからということに徐々に気付いてきた。解説も読まないで、通勤電車に揺られ半ばウトウトしながらの鑑賞である。ちゃんと理解できる訳ない。
このアルバムの極端にパーソナルな感触は、制作時のパディの精神状態に起因していたことがライナー(当然英文)で明かされている。殆どまともに曲が書けない程悪化していた病状の中、時にまかせてあらゆる形態の電波をキャッチ。それらを脳内スクランブルさせながら、受け止めた言葉の数々をカットアップし、ぎりぎりの状態からもたらされるインスピレーションをパソコンの作曲ソフトにぶつけて作曲されたのがこのアルバムなのである。かつてプリファブのアルバム最低3枚分をボツにしているという極端なデリカシーの持ち主でありながら、こんなパーソナルな作品を率先して出してしまうというところに益々感動した。7曲目でやっと彼のボーカルが聴こえてきた時の至福感ときたら、それが痛みに起因するものにも関わらず、あまりにも美しい。
この作品は、他の音が全く聴こえてこない状況で、神経を集中して接するべきものなのである。知らず知らずの内に、作者の痛みは共有されていく。うん、だからやはり国内盤、余計な説明やらエキストラ・トラックのついたやつは出ないんだろうなぁ。出ても拒絶するな。やっぱ21世紀の『ソング・サイクル』か。それともやっとCD化されたブルース・パーマーのソロ作の世界かな。プリファブの最初のシングルのB面が"Radio Love"だったことを忘れてはならない。
66日目にしてやっとここがディスク・レビューみたいなことに使われたわけですが、本来はもっと特別な場所を使ってやるべきなんだろうなぁ。というわけで明後日のネタ仕込みも済みました。実は直前まで仕事なんですけど、身体だけは壊さないように気をつけないとね。2003-07-04 米国万歳
相変わらず(屋内では)イ・ソウンばっかり聴いてるんですけど、私のK-POPへの接し方はアメリカのストレンジ音楽マニアが「日本のノイズやメタルやパンクや歌謡曲はみんなエクストリームで大好き」と言ってるのに近いと、ちょっと前F.O.P.で言ったことがある。思ってみればそれはある種の人格攻撃に値し兼ねないので、この場を借りて撤回したいと思うのだが、そもそもアメリカのストレンジ音楽マニアが日本の極端な音楽が大好きなんてセオリーがどこから現れたのか。それはリサーチ誌の"Incredibly Strange Music"のジェロ・ビアフラの項に他ならないのであるが。どパンクの人だと思わせといて、喜多嶋修の「弁財天」に感動し「こんな感じの日本の音楽ならどんどん聴きたいから紹介してくれ」とニコニコ顔で言ってしまう人なのである。それと欧米人のプチGS崇拝主義。でも実態はまだまだ浸透しきってないとそう思うのだ。試しに"Snacky de odoro"でググってみたら全くヒットしない。
なら視点を変えてみろということで"Otome Pasta ni Kandou"とか"Yeah Mecha Holiday"でググると、 出てくる出てくる.....おびただしい量の海外サイト! やはり来てるんかな。J-POP自体がもはやグローバルなものになりつつあるのだな。UGでの音源やりとりとかアマゾン等の異国間流通も含めて、サイバー時代の賜物には違い無いのだが、まじびっくりしたよ。で、中でも某個人コミュニティ(都合に依りURLは削除しました)には目からウロコ。"Nova Usagi Our Hour"で検索してヒットしたんだが。ここまで真剣にいろいろ漁ってる者が日本にさえいるか? 「歌謡曲黄金時代」ならぬ「J-POP黄金時代」の商号を与えたくなる。自分のサイトの更新予定をスルーしていたのも忘れてはまりまくってしまいました。まぁ、もう少し勉強してほしいという部分もあるが(「いとしのエリー」の方が先だって! あともっと沖縄音楽を聴けとか)海外の人が教えてくれるまで自国の産物の偉さを知れない悲しみというものを私もやっと体感したようだ。業界の方、もせ狩りの方、たまたま目にしたとしても、この位目を瞑ってやってくれ。別に悪いことしてるわけじゃないからさ。世界は広いんだから。さあファンレターでも書くかな。「ソフトロック最高! ファズ最低! 女なんかより俄然音楽!」なんてヤシよりずっと共感できるもんこの方のほうが。(ろんごめん!)
勢いに乗って、先週見ず大後悔したMステ、最初から最後まで全部見た。普段あゆとかV6とか、見ないのになぁ(意図的に?)。HALCALIも3曲目にしてやっと嫌味ない乗せ方になってきたね(でもO.T.F.に対する偏見はまだ捨てらんないし加えてCCCD.....) 最近通勤時によく聴くのが何故か90年代初頭にはまったニュースクール系のヒップホップだったりして、気分的にも何かアッパーなんだな。この辺もg.o.d.とかのおかげだったりして.....とどのつまり、一番近い異国に感謝、なんですな。2003-07-15 自分内コミュニティってものの意味
そんな事を言いつつ自分もこの歳になって親戚関係というものの複雑なもつれを目にするとは思わなかった。特に父方はいい人ばかりだと思ってたのに。そんなわけで今年はちょっと悲しい。去年と違った意味で。
せめても前向きでいようと思いつつネット巡りをしてみたら、例の米国娘が相当お怒りのようで。何でも、友達とささいに共有してるだけのつもりのJ-POP音声ファイルが、某ロシアのサイトから無断リンクを貼られていたらしいのだ。そんなことで目くじら立てるなんてと、某臣大掲示板で育った(?)日本人として思ったりするのだが。本人達は仲間内で楽しんでるだけなんで、干渉なんかすんなという気持ちは解るわけだけど。でも一旦ネットに出ちゃったらしょうがないじゃない? 私だって"Nova Usagi"で検索したらひっかかったわけだから。で、誰かが密かにリンクしたのを別の誰かが見て、それを繰り返してるうちにレコード会社の人が来て.....と、その展開を恐れているってのもあるだろう。前にも書いたけど、彼女は日本語を読み書きできない世界からすれば顕微鏡でも確認できないほどちっぽけな「J-POPファンというコミュニティ」を仲間内で楽しんでるわけで、それこそその全員でテープ交換とかやってたらとんでもなく手間のかかる世界になってしまうことをネット上のコミュニティ・スペースで行ってるにすぎないのだから、レコード会社やJASRACが介入する余地なんかないと思うのである。いい気になって「林明日香をアメリカで発売したら売れるぞ」などと、単細胞な業界思想が暴走するかもしれないだけだ。いや、それはないかもしれないけど、こういうことが屎CCCDを発売する口実に繋がるのは確実だろうと言っておく。
私としてはJ-POPの熱弁者である旋律爆弾女史をこんなことで見捨てるつもりはないのだが、たかが逆リンクで逆上するのは大人気ないと一言言いつつ、このページのどこかに記したURLを密かに消しておくのである。ファンレターの代りに心優しい忠告でもしておこう、彼女が米国に戻った頃。ついでにそろそろ沖縄音楽とか演歌とかも聴けよと記して。(注:臣はわざとですよ! このくらいの「わざと」は許されて当然でしょう) .thgir si "xes naht elbatrofmoc erom si cisuM"....noR, niaga yrroS .S.P.2003-07-24 悲しい時ー
暑さのせいかますます激しくはまり込んでます。アレとかアレを買いにいってる時間もないし。まぁ、うちの秘密謀報網によるとガッシュとかサイカノとかで結構ひっかかったりするんですけど、私は単にシェリーとかちせの声優のファンとして主にその歌を楽しんでる好き者にすぎないんでね。今度プロフィールを更新する時は、個人的側面は曖昧にしつつも嗜好性についてはとんでもなく詳細に綴ろうかとも考えています。で、これも暑さのせいかもしれないけど、かゆい。かゆいところはどこと聞かれると明確に見せたくなる程かゆいが、見せりゃ見せたであまりにも醜いので。話によると古いダンボールには害虫が大量に湧くらしいです。毎日そういうものを扱ってる自分らとしてはまじで気をつけたいです。で、無闇にかくとばいきん増殖するし。あああ頭脳まで撹乱されてくる。もうここはただ鎮まれ鎮まれとじゅもんを唱えるのみです。で、肝心の商品名が出てこない.....昔石川優子がハンモックから落ちるCMやってたやつだっけ? (解ってるくせにぃ!) ところで私個人はソフトロックだとは全然思ってませんっ(謎)
最近はここ一年の反動か癒し系音楽が自分の中に必要とされているような気がします。といってもJ-クラシックとかそういうのとも一線を画した、革新的表現に満ちた響き。ちょっと前に買った女性アカペラ・グループのしゅしゅって人達はその点、癒し効果以上にスリリング風味が効いていて実にツボなのですが、今朝新たな刺客現わる。中国からやってきたその名も、女子十二楽坊、の皆さんだ。
構成員は全員エリート教育を受けた中国古典楽器の演奏家の皆様で、しかも女子アナ集団にさえ勝る才色兼備揃い。今日デビュー・アルバムが出たばかりなのだが、気になってたところにめざましテレビ出演の報。早速録画してチェック。打ち込みを使用したトラックはボンドを意識してる感じも多少あり(せこい所がいかにもエイジアンで憎めないが.....)なのだが、この艶奏! 心洗われると同時に満たされる。目にも耳にも大いに新鮮。二胡を立って弾くってのは結構大胆だし、中国フルートの音も色気満点。もう、戦メリとか演ってくれたら気を失いそう。これは買い決定です。あとあの笛姉妹が久々にサード・アルバムを出したし、エイベックスからデビューしたマヤってヴァイオリンの人がジャケからしてまじでくらくらだし(まぁ、CCCDは...目を瞑ろう)、風船おじさんの娘さんも......やっぱネタ集めに熱中した反動なんかな。こういう世界を欲しがっています今の私。まぁそれ以前に富美子さん&ソウンたんの歌声にかなり癒されはしましたけどね。
ところである2種類のキーワードで検索すると、引っ掛かったページの約3/5が「音楽好きへ100の質問」の解答だったりするのなんでだろう? あとは公表しないよーん。2003-08-08 What's it all about, ......
98年頃自分の中でオフコース再評価がなぜか盛り上がったのと同様の理由で、今こそアルフィーに正当な評価をという気持ちがなくもない。去年、フォークルの新結成の時に坂崎幸之助が参加した時は、それこそ原因不明の非難が渦巻いたもんだが(私的には当時「ポールとリンゴにジョーイ・モーランドが入ってビートルズ新結成みたいなもの」という意見を吐き、それこそドラえもんの前のEDテーマ変更時の時のような異和感を感じることはなかった)。未だに80年代中期の彼等のパブリック・イメージを引きずる人達が多いのだろうか、音楽マニア的体質の人種には。
個人的には音楽的云々は別としても、坂崎氏の日本のフォークに対する変わることないリスペクトには常に拍手を送ってきたつもりだが、近頃気になるのが高見沢俊彦のネタ職人的体質である。名曲「ホリケンサイズ2」(こないだの関西紀行で300円まで落ちたのを確認したが、やはりCCCD故、まだ手を出せずにいる)の作者だもんな。あの80年代にさえアイドルポップ界に残る不滅の名曲を残している。こないだ激安入手したエナメル・レコード(!)のイケイケユニットにまで及ぶプロデュース活動の多彩さも見すごせない。やはり、音楽に対するポジティヴな姿勢が、こうやってバンドを30年も引っ張ってきたという事実は決して見下げるべきものでないと思う。
うん、何かヤなものがあったとしたら、きっともう一人のメンバーの声だったのだろうか。あまり考え過ぎないようにしよう。オフコースを語った時、いや実は山口由子(懐かしい!)を語った時に書いたけど、活動初期に筒美京平氏の曲を歌いその後「自作自演派」に進むアーティストの末路が悲しいわけがないよ。
おまけの一言。大滝のパクりはリスペクトがないからヤだなんて言い放つ奴に限って、「ロック史上に残る名作」として紹介されるようになって以後『ペット・サウンズ』を聴きその世界に一直線、その後「禁煙音頭」を聴いたような奴に違いない。ということはだなFGとP5で育った奴と決めつける。おめーらにそんな事言う権利ねーよ。2003-08-11 ルル網プレゼンツサウンド夜話その1
この効果の概要は、2本の同じ内容が録音されているアナログ・テープを、微妙にタイミングをずらしてかけることにより、うねりが発生。ジェット機が離陸する様子を連想させることから、「ジェット・マシーン効果」とも一時呼ばれていました。いかなる実験的試みをも可能にしたサイケ革命時に、このテクニックはいやと言う程使われたのですが、意外にもヒット曲で使用されたのはもっと早く、1959年に全米3位まで上昇したミス・トニー・フィッシャーの「心の痛手」("The Big Hurt")がその第一号と思われます。当時はもちろんモノ・レコーディングが主流でしたが、たまたまエンジニアが2本のテープを同時にプレイしてこの効果を発見、何度も試して上手くいった部分を編集したという、当時としてはとんでもない労作だったのです。
その後、変わったサウンドを求めるジョン・レノンのリクエストによって、EMIのエンジニアが同種の効果が出る仕組みを開発。ビートルズの曲では「ルーシー・イン・ザ・スカイ....」「ブルー・ジェイ・ウェイ」(共に67年)で効果的に使用されていますが、このサウンドが最も効果的に使われた英国ポップ曲と言えばスモール・フェイセズの「イッチクー・パーク」(67年-当時の邦題「サイケデリック・パーク」)にとどめをさします。サイケの本場アメリカ産のものではミレニウムの名盤『ビギン』(68年)の随所に使われているのが聞き物。そしてファズ、シタール、フィードバック、テープ逆回転、現実音、管弦楽など他の様々な「サイケの音」をさしおいてこの効果を好みまくった国家がオーストラリアです。当時のオーストラリアは英国等に比べてレコーディング技術が発達していなく、それ故にこの手の特殊効果は奮闘するエンジニアの間で探求されまくりました。そして、執拗なまでの効果音の導入と、それを彩る竜巻きのようなテープ・フランジ効果をフィーチャーした6分20秒にも及ぶ大作、ラッセル・モーリスの"Real Thing"(69年)は全豪1位に輝く大ヒットとなり(アメリカでも107位を記録)、世界的にもサイケ・ポップのマスターピースと呼ばれることになります。私としてはビートルズの「ヘイ・ジュード」に対する南半球からの返答という見解さえ持っている名曲です。他に豪州サイケでのこの効果使用の好例としてはヴェジタブル・ガーデンの"Hypnotic Suggestion"/"Even Stevens"(69年)がお勧め。まじで頭が変になりそうなサウンドが展開されています。
この種の特殊効果にあまり関心がなかった日本では、60年代における使用例は殆どありませんでしたが、70年代になると「プログレッシヴ」なロックの世界でぼちぼち使われるようになりました。歌謡界でも沢田研二の「許されない愛」(72年)のエンディングにさりげなく登場しています。やがてテクノロジーが発展すると、この種のサウンド作りをコンパクトに実践できるエフェクターも登場。所謂「フェイズ・シフター」や「フランジャー」がその代表格ですね。今ではPCでのサウンド加工でも容易にそれっぽい音を作ることができます。
ただ、整頓された計算式に基づいて作られるコンパクトなフランジング・エフェクトに比べると、テープで作ったフランジ音は実にスリリングです。2本のテープ間に生じる音質の差とか、デッキの回転の僅かな狂いなど、アナログならではの偶然性が加味されます。どうやってずれるタイミングを微調整するかというエンジニアのセンスも欠かせませんね。丸芽志悟も実は小学生の時この音を発見して興奮しました。当時のラジカセはラジオとテープの音を同時再生できるものが多く(ワイヤレス・マイクの出力をFMで受信してミキシングし、カラオケみたいな使い方をするためと思われる)、FMでジョン・レノンの曲が流れてた時、同じ曲を録ったテープをかけてみたら、じゅわ〜〜〜〜っと。やはり偶然ですよ、それが大事です。面白いサウンドを探求してるあなたも安物のラジカセとか持って来て、やってみては?
今後これで取り上げてほしいネタとかありましたら是非リクエスト下さい、F.O.P.の方にでも。体力に余裕がある限り応えたいと思います。2003-08-12 ルル網プレゼンツサウンド夜話その2
ポップ音楽の世界では、主に奇を衒った音響効果の演出のため、テープ・スピード操作は50年代末から頻繁に使われていました。代表的な例が、58年全米1位を記録したデヴィッド・セヴィルの「ウィッチ・ドクター」。ここで人間の声を倍速で再生した変な声を使用し(これもまた、トニー・フィッシャー同様偶然の発見だったそうです....)大受け。数多くの亜流ソングを生んだ他、生みの親セヴィル自身も「チップマンクス」というキャラクターを開発。後にアニメ界にも進出し、現在まで半世紀近く愛される存在となっています。最もディズニーの「チップとデール」ではこれ以前から早回し声を採用していたそうですが、吹き替えも大変だったと思われます。
日本では言うまでもなく67年突然変異的に大ヒットしたフォーク・クルセダースの「帰って来たヨッパライ」がこの手の早回し声の代表作ですが、これ以前の使用例は歌謡界にさえ2、3見受けられます。楽器演奏を倍速再生しても、超絶テクニックだなんだ言う前にまず「変な音だな」とうならせる効果が得られ、特にギターに使うと面白いです。代表例は75年にヒットしたK.C.&ザ・サンシャイン・バンドの「ゲット・ダウン・トゥナイト」(オースティンネタ)ですか。プリンスにも幾つかありますね。
さて、ここでまたビートルズの登場となりますが、彼等のテープ・スピード操作応用は単に奇を衒ったものではなく、より深い音響探求姿勢に基づいています。最初にこのテクが使われた曲は65年の『ラバー・ソウル』収録の「イン・マイ・ライフ」で、間奏のジョージ・マーティンのピアノを倍速再生しています。彼等はこの部分に何の音を入れるかかなり迷ったそうですが、結果的にマーティンがバロック風のソロを加えることになりました。しかし彼のテクニックでも追い付かないフレーズだったので、半分のスピードで録音し、元に戻してこうなりました。しみじみと聴いてしまいがちですが、最後の方はいかにもで笑えます。もっともマーティン自身はこのテクニックを、彼がプロデュースしていた別のグループのレコーディングで「シンガーが妙な音を出してしまったとき、これをかぶせてカムフラージュ」するという目的で多用しており、やはり彼にとっては「妙なエフェクト」の一つだったと思えます。
翌66年のアルバム『リボルバー』収録の「アイム・オンリー・スリーピング」ではこのテクがさらに進化して使われています。ここではバックの演奏を多少早いスピードで録音し、通常のスピードに戻して再生するととてもけだるいムードのサウンドに変化しています。逆にジョン・レノンのヴォーカルは遅めのスピードで録音し、通常スピードで再生、鼻にかかったような妙な声になっているのです。この異様な感じは、『アンソロジー2』に収録された同曲のテイク1と聴き比べるとよく解ります。同時期の「レイン」や、翌年の「ルーシー・イン・ザ・スカイ....」「フール・オン・ザ・ヒル」(普通にリコーダーでこの曲をCDの通り吹いてみると、絶対こんな感じになる訳がなく、Cのキーで演奏した音を全音速めているのが解りますね。これも『アンソロジー2』でネタバレですが....)など、この技はサイケ時代ビートルズの決め手として使われまくりましたが、極め付けは68年の「アクロス・ザ・ユニヴァース」です。この曲はプロデューサーの意向により2つの異なったミックスが作られているのですが、共に大幅なスピード変化を経ているので同一曲と思えません。『パスト・マスターズVol.2』で聴ける所謂"Wildlife"ヴァージョンは原音より半音上げたミックスで、かなりのアップテンポ。『レット・イット・ビー』収録のフィル・スペクターMIXは逆に全音下げ、ビートルズ及び女性ファン2名によるコーラスをカットしてオーケストラと大合唱を加えた尊厳なヴァージョン。どちらを聴いても感じられるのは、ジョン・レノンの声の変化の大胆さです。これも『アンソロジー2』で聴ける、テイクは別ながらオリジナルのキーによる演奏では、ジョンの声も非常に天然な感じで響いていますよね。
ビートルズがこの技を使い始めた頃は、テレコのモーター回転を制御する電圧を変えるなど、色々と手間がかかるテクニックでしたが、ビートルズ革命(?)を経てテクノロジーも進化し、スピード微調整の出来ないプロ用のアナログ・テレコは皆無となりました。一般用のカセット・テレコでも、英会話のLL学習(!! 懐かしー!!)用に採用されて普及、その後カラオケ練習という目的で更に普及しました。デジタル技術の発達により、ピッチを変えずにスピードだけを変化できるディヴァイスが一般化しましたが、この方式だと練習等には便利なものの、アナログ時代のような「音遊び」には不向きですよね。逆に機械的に音のピッチを変える機材も発達しましたが、これもスピード変化ほど暖かみのある、そのくせして変な効果は生み出さないという気がします。ちなみに機械的に変質させた声の代表作といえばパーラメントの一連の「サー・ノーズ」声をフィーチャーした曲、日本では何と言っても「ドリフの早口ことば」がおなじみですね。
さてと、また熱中して長くなってしまいましたが、我がちゃちいテレコでもある技を使って散々面白がったなぁその昔。というわけで次回は何について語ろうかなっと。2003-08-14 .....there are no words.....
いよいよ永久封印の時が来たか? ああ悲しすぎ。
特撮ソングをTVサイズで100曲収録するという企画であるから、外される曲はあって当然なのだが、「レインボーマン」関連の中でこの曲だけがのけものにされているとどうしても深く考えてしまうのだ。
この曲自体は番組放映時からずっとカルト・クラシックとして扱われていたような物だが、ネタ的価値が高まったのはここ2、3年のことである。その背景にはやはりネット文化の旺盛があり、さらにFlashムービーという付加要素も加わって認知度が大幅にアップしたと思われる。
しかしこの曲が「危険物」の様に扱われる運命を招いたのは、やはり「拉致問題」とかあの辺の事が余計な感情を呼び起こしたからであろう。その事を踏まえて聴くと、この曲の歌詞で最も攻撃力が低い語句は「死ね」ではないかとさえ思えてくる。私みたいな人は脳内でそのソフトな言葉(?)を繰り返しながら、決して行動に変えてはいけない憎しみや憤りを蒸発させるしかない訳だが(いつしかクロニクルや他の再発レーベルで「失恋ソングス」みたいなのをコンパイルする機会があれば、これを最後に入れようという暴言さえ吐いたことあり)、やはり深部まで入り込むと日本人の国民感情に付け入るような表現はよくないと考えてしまうのだ。だからこそ。所詮特撮テレビ映画の一幕である。考え過ぎるな。名曲を蔑ろにするなと。
昨年の個人的ネタ大賞に選んだ「おさい銭」とこの曲の編曲者は同じ池多孝春先生である。「おさい銭」の作詞作曲者である長谷川弓子さんに(オンラインで)御挨拶された際、池多先生にどうぞよろしくという言葉をお返しするのを忘れなかった。「レインボーマン仕事、お気に入りです」の一言を添えて。それで先生が喜んで下されば、名誉以外の何者でもない。(でも流石にあの曲のトラックにエミネムのラップを合わせたとはまだ告白してません.....)
まぁ、44曲目にアレが入っているとならばこれ以上のナイスな展開はないなとボケをかましてこの話題から去りますが、とにかくVAPから出ている『愛の戦士レインボーマン』の劇伴集(ちゃんと1コーラスサイズで入っています)及び東芝とVAPから出ている特撮テーマ曲のコンピ、いずれも今後どうなるかわからないので今のうちにゲッツ必至です。そういえば......クラウンからこんなコが創立40周年記念としてデビューするってことを書いておかないと。もちろん演歌で。某娘と名前まで同じ(考えてみれば苗字も激似だ!)だけど気合いの入り方はその比ではなさそうだ。しかも同発の北島三郎の新曲でさえマキシオンリー(勿論カセットもあり)なのに、この人は8cmシングルも出しちゃいます。で、8cmの方が圧倒的に購買欲をそそるわけなのだ。縦長だけに裏の写真が.....メーカーの方も解ってきたってことかな? 徳間の大井裕子だったか、アナログのシングルとCDシングルを同時に出してアナログの方がきわどい写真だったなんて例を思い出すわぁ(逆だったけか?)。。。。とりあえずこのコは応援したいと思います、神園さやかタン。(お盆休み中なんで普段より作業スケジュールが早いんだわよ)
以上、夜話再開はとりあえず今のとこ未定ってことで。 御目出度い事を全く言う気ない日にはこの程度で充分だな2003-08-16 甘酸っぱい嵐云々はとりあえずなかったことにして
今朝は久々にザッパの『マニー』を聴いてた。あれこそテープ・スピード操作技の究極が堪能できる作品ではないだろうか。もっともそこでは嘲笑、皮肉の態度を強調する手段としてそれが使われているわけだけど。サイケという文化を鼻で笑うための変な声、変な音の生成。『おかしな世界』というかつての邦題は言い得て妙でかつ大勘違いである。あの作品を夢中になって聴きまくってたのは83年の夏、丁度20年前のことだったっけ。全米ヒットもののフォローを続けつつ、前年『アンクル・ミート』を聴いて目覚めたザッパ好き魂が爆発。西新宿界隈で出回り始めたヴァーヴ盤LPを夢中で買いまくったというわけだ。
しかしそのLPってのが何を隠そう当時のコレクター道的語弊を使えば「リプロ」、早い話が不法コピー盤だったんだから何をかいわんや。当時は原盤の権利を求めてザッパとヴァーヴが闘争していた時期で、当然ヴァーヴにも出す権力がなく、その隙間を狙ってコピー盤が登場したのだ。ブート市場に最大の皮肉を持って対抗してみせたザッパも、さぞ頭痛かったんだろう。そんなザッパが今生きてたら、果たしてコピーコントロール万歳なのだろうか? その約2年後登場した『マニー』の最初のCDリマスター盤でドラムとベースを差し換えなんてこともやった彼の事だから、純粋さよりも正義優先ではあるだろう。で、CCCD出しまくったりして。......あああっ、そういうのは考えるべき事ではないっ!
現在発売されているCDはザッパが亡くなる直前奇跡的に発見されたオリジナル・マスターを使用しているが、このマスターは2ヶ所においてヴァーヴが発売当時に行った検閲が残っているという、それなりの悲しみもある。差し換え版ではそれらの検閲は元に戻されていた。完全なる自由=Absolutely Free=なんてあっちゃいけないのかい! かと言って、完全なる自由を超越したweb世界に全ての答を求めるというのもいけないことなんだが。しばらくは心のやすらぎを求めよう。2003-08-20 いいもん。国体があるもんね(謎)
《8月19日のある父子の会話》
父「なぁ柚弘、明日CD買いに行くんだろ? そしたらついでに三船和子の新しいCD買ってきてくれよ。明日発売のやつ」
息子「いいけど、カセットじゃないの?」
父「いや、カーステレオももう寿命なんで、カーCDを新しくつける事にしてな。明後日取り付け業者が来てくれるんだ。早く新曲聴きたい、わくわくするな」
翌日 (即ち今日)
息子「これでいいんだろ? 三船和子の今日発売の新曲、『お疲れさま』ってやつで」
父「これ、アルバムじゃないんか? いつもワシが買ってくるシングル盤と違うじゃんか」
息子「アルバムじゃなくて、マキシシングルっていうんだ。12センチ・サイズでシングルの曲数しか入ってないやつ。お店の人に聞いたら、8センチのシングル盤は出ていませんって言われてさ。コロムビアもビクターももう出さないらしいよ」
父「そうなんか、時代変わったな。で、何なんだこの赤いマーク」
息子「これ、コピーコントロールCDっていってね.....えっ、これCCCDなんか! 今は演歌までCCCDなの? 気付かなかったぜ、どうしてくれるんだよ! サイテー!」
父「それ、欠陥品なんか、柚弘?」
息子「まぁな。表向きはパソコンでコピーできないよう細工してあるんだけど」
父「パソコンでCDコピーするんか? 今の若いやつは.....」
息子「落ち着けよ、オヤジ。パソコンにCDから音楽をコピーして、CDを焼いたり」
父「なぬ? CDを焼くのか?」
息子「いや、売ってるCDと同じようなものを作れる仕組みになってんだよ、最近のパソコンは。それを『焼く』っていうんだよ。で、そういうことをする人が激増したからCDが売れなくなったってレコード会社の人は思ってて、それに対抗してこのCCCDってのを開発したんだよ」
父「で、そんなに悪いものなんか、CCCDって」
息子「憶えてねえの? 去年の今頃、コンポが壊れたから新しいのを買いたいんで小遣い前貸ししてって騒いだの。あれ、CCCDのせいなんだぜ。スカパラのCD買ってきて、かけたらさぁ」
父「スパカラ? 何だそれ」
息子「東京スカパラダイスオーケストラ」
父「お前クラシックなんか聴いてたか?」
息子「まぁまぁ、落ち着けオヤジ。で、そのスカパラのCDかけたら、9秒毎にノイズが入りやがるんだ。で、おかしいと思って何回かかけてるうちに、プレーヤーのモーターがいかれて、おじゃんさ。」
父「ほう。なんでかけただけで壊れるんだ?」
息子「それは説明すると長くなるから、後でネット見せながら説明するけど。とにかくこれ、普通のCDじゃないんだ。特にカーCDは、カーナビと同じ信号読み取りの仕組みになってたりするから、危ないよ。絶対まともにかからないよ」
父「そうか、初めて聞いた。じゃ悪いけど、お店行ってカセットと取り替えてきてくれない? あと、カーCD、やめる。今まで通りカセットのカーステレオにするから、これからもダビング頼むよ柚弘」
息子「もう作ってないんじゃないの? あと、何げに問題発言してるぞ.......」
......以上。今日も仕事終ったら店じまいの時間でしたが、やはり店行けてるうちは華なんですよ。しかしラス卜ラ厶コーポレーション、究極の邪道に出たぞ.....いつぞやのC&Aより酷いやんか......つ・づ・く。2003-08-25
世も末だな
えっ、私もそのシングルに投資しようとして忘れた一人ではありますが、どうせ6000円位で止めたと思いますよっ。ちなみに沖千鶴さんって人は、返還の遥か前に初期MPが獲得した二人の沖縄出身歌手の内のヤング路線の人でして(アダルト路線は知念昌美)、他の歌手のB面に隠れてオリコン・チャート・ヒットを稼いでいます。その時の名義は本名の祝峰三枝子でした。この名前で出したやつは全部持ってるんだけど、沖名義のが一枚もない。ぁぁっ。ちなみに藤井明美関連のレコードで唯一持ってないやつも、同時期にMPから出た花里あけみ名義の某盤だったりします(何かは言いません。怖いから)
ああ、もう止めよう、きりがなくなる。これからは見てるだけにしまっす。あるいは「僕の旅路」の時みたいな奇跡に賭けるとしよう。2003-08-27 ドント・ドリーム・イッツ・オーヴァー
我々としては、日本の大切な文化資産でそんなに遊ぶなぁぁぁぁっと大声で叫びたい気分だ。そのロシアの悪いやつのサイトを見たら、明らかに日本の業界関係者によると思われる警告が一言書き込まれている。こともあろうにロシア人は、その書き込みに対して「ケツ舐めろ!」と挑発している。なんて汚らしいいたちごっこなんだよ。
いくら遊ばれている対象がエイベックスの産物だからって、やっちゃいけないことはやっちゃいけないのだし、一度WWWに乗ったら仲間内も何もない。日本製のCDを入手できないコミュニティ内で済む問題ではなくなるんだよ。日本人だって不法DLを活用しないわけないんだから。誰かが公にしたらそれでおしまい。渦が広がる、口実が増える。買い手が泣く。それだけ。
まぁ、「勝手リンクする奴は氏ね」と平気で豪語する奴の群れに向かってここからリンクを張ることはする由もないが、もし業界の偉い方が詳しい事を教えてくれって言ってきたら素直に教えるからねまじで。個人的には、旋律爆弾ちゃんのJ-POP観はいかなる日本人のそれをも上回っている(外者ゆえの素直さは、すぐに批評家ぶろうとする我々も見習いたいものである)と思うから、音源共有等は大目に見つつWWWからは消えないでくれーと思ってるのであるが。
早い話、深刻に捕えてはいけないのだよ。CCCDが増えるってことが、何よりも悲しいんだから、消費者としては。それにしてもザッパ云々と書いた途端に彼の僚友の一人、キャプテン・ビーフハートの作品集(英国盤。リバティーとヴァージン原盤のベストというコンセプト自体強引すぎるが)がCCCDで出てしまうとは。これもまた世も末の兆候。2003-08-30 食わせてくれる、63才になっても?
オレオレ詐欺に敢然と立ち向かうおばあさんの話も数件伝わってきましたが、電車に乗ってて空席ができる気配を感じると急に目つきが鋭くなって心は既にそっちに突進しているばあさんを今日数名見た身としてはなぁ、正義ってなんなんだろと考えされられました。ちなみにオレオレといってもイ・ソウンの曲とは関係ないですよもちろん。
つーわけで池袋から浅草行きのバスに乗ったのはいいもののなかなか走りがスムーズでなく、ふと車内広告を見たら今日は例の野外大レイヴ(?)の日だったことに気付きしまったと思いながらも充分目の保養をして、ついでにかける機械がないのにとうとうアレを買っちゃって渋谷に出たはいいものの時間も遅かったし何も買わずカレーだけ食べて家路についた今日の放課後でした。もうちっと持続力があったら初の円盤ギラ行ったのに。まぁ、明日は投票だしね。どうせ桃タンの罪滅ぼしは我々にはできません。んーと、ハピネットのアイドルDVDを激安処分はいいんだけど何か決め手に欠ける、どうせなら『ガールズ・ルール! 100%おんなのこ主義』を激安で売ってくれたら買うのになぁ。2003-08-31 他に誰も称賛しないから私がやるぅシリーズ1
20年前に密かに出した曲が「柴又の母」といって、極めて真面目な曲なんだけどジャケでは顔を隠すし、謎度の高いデビューだったんです。その3年後、突然変異的名曲「三味線師ロンリー・ブルー」を引っさげて正式デビュー。それに続いて出したのが「東京イミテーション」という名曲。これは後に演歌の大御所と言われる事になる堀内孝雄の作品で、某トローチのCMに使われて結構話題になった曲なんですが、演歌に行きかけのニューミュージックのパイオニアが新進演歌歌手にアイドルに片足突っ込んだような曲を提供したら、かえってロックになったというパワフルな歌唱が心をくすぐります。あとドラマの主題歌とか祭りグルーヴの傑作「GENYADANA」を経て、87年の「昭和街道」から本格演歌世界へ。派手なヒット曲こそないもののアイドル・ファンも巻き込んで幅広い支持を得る事になるんです。その時期、仕事先で御一緒するという幸運にも見舞われました。
その後96年にポリドールに移籍するのですが、そこで出したのが「元禄花見踊り」。この曲はPV兼本人登場カラオケの映像がセクシーだということで相当話題になりました。続いて「Oh! 富」というノベルティ・タッチの曲も出しましたがあまり奮わず、その後ポニキャン傘下のJ-STONESというレーベルに移って今に至り。その間、ものまね関連の番組にも頻繁に出演して、器用な喉を披露しまくったのは言うまでもありませんね。西尾夕紀さんとt.A.T.u.でもやるところを見たかった気も。あっ公式。
要するにただ女らしさ(美貌と其れ故余計感じられる悲しみ)を強調する演歌歌手よりも、こういった陰翳に富むバイタリティを持ったコの方が好きなんだなぁということを言いたかったんです。あとこういうコ達はポップスを歌っても結構いけそうだし。かなり前だけど某大物美人歌手と言われる人がテレビで歌った明菜の「DESIRE」、全くだめだったな。さやかちゃんには是非その線で頑張ってほしいもんですわ。
注[*1]熱湯コマーシャルにあの薮本アナが出た同じ日に入湯していた。
[*2]デビュー曲「演歌はぐれ鳥」がさくらももこ/細野晴臣作品。
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今やPCの音声ソフトの波形コピペ・テクニックを使えば(忍耐力とメモリ次第で)いくらでもできそうな試みだが、ミュージック・コンクレート時代はそれこそテープ切り貼りの繰り返しで1分に一日かける世界だった。ペリキン等のポップ・コンクレート(?)となると曲が短いので余計過激な編集テクニックが挑まれていた。それに対する大いなる皮肉もあるのだろうか。曲が作られたのは81年のこと。まさにYMO世代ではないか。目当ての曲がFMで流れるのを待ちつつポーズ・ボタンに手をかけるどきどき状態。今思えば胸キュンではないか。それに比べると目当ての曲を探して人のネタ帳を網越しに漁る現在なんて....加えて売り手にとって目に見えない分、敵度が(FMより)大きくなり....結果的にCCCDなのだ。くくーっ。だからこそPAUSE BUTTONS RULE。本当の事を言うと自分のミックステープも全部ポーズボタンカチカチで作りたい。でも今の自分にその精神性がない。何とか取り戻さねば。ほんと、波形コピペとかターンテーブルキュルキュルより、ずっと面白いよ。この哲学を加速させた石田豊さんという偉大な人物へのトリビュートも、ここでは忘れません。
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