たわごととかその辺

2001年の巻
私のビートルズ2001 (2001年3月)
以前プラスワンのGSコアトークで聞いたお話の中で、GSのライヴは海外アーティストの疑似体験として位置付けられていたというのが印象に残っている。今みたいに来日公演が日常茶飯事となっていなかった60年代末期、ポップス・ファンはGSが演奏する海外曲のカヴァーに遠き西洋を投影していたのだ。少女ファンたちの熱狂の傍らで、研磨されたGSの技が少しずつ日本のポップスを進化させていたというわけである。
で、もしもGSがなかったら....例えばビートルズだって高貴なもののまま時代が過ぎたかもしれない。高貴すぎて素手で掴めなかった対象ゆえに、今聴けば可笑しすぎる解釈がいくつか現れたのである。その一つが言うまでもない、東京ビートルズ。彼等の「ツイスト・アンド・シャウト」を聴くと、厚家羅漢氏によるCDのライナーを引き合いに出すまでもなく、普通ではない感情が脳裏を駆け巡る。間奏の「ズレ」からあまりにも強引な詩のハメコミと爆裂した言葉の選択を経て、最後のメジャー7thコードへとなだれ込む後半など、昨今のお笑い芸人が素足で逃げ出すほどのパワーを有している。ソフトロックやソウルに於いては清涼感を感じさせてくれるメジャー7thが、笑いをとれる存在へと転化してしまっているなんて。
でも思ってみれば、東京ビートルズに対してそんな思いを巡らすのも、いかに時代の進化が我々とビートルズの間の距離を縮めたかの逆説的な証明かもしれない。尾藤イサオと内田裕也が「ウェルカム・ビートルズ」と歌った直後から、日本のポップスは真剣に前向きになり出したというわけだ。ライヴ活動を停止した後のビートルズや、日本では90年まで「見果てぬ夢」であり続けたローリング・ストーンズの曲がジャズ喫茶でGS達によって演奏されること。その繰り返しは、覚醒への大いなる道なのであった。
そして今。ビートルズの生演奏こそもう見られないけど、ビデオという形で我々は彼等の動く姿を見ることができる。時の流れはこんな形でも我々とビートルズの間の距離を縮めた。そして、音楽シーンそのものが多様化しすぎた今。我々はビートルズを実践することで初心に立ち返り、そこに己の愉しみを見い出せるようになる。なんて素敵なことなんだろうと思う。だから、「この海賊盤のこのテイクでジョージが違う歌詞を歌ってる」とかそういうんじゃなくて、ただ彼等の曲を実践すること。それが愉しみであると言いたいわけ。妄信的なファン心理は押し付けてくれなくて結構である。
「1」はまだまだめちゃ売れ中。「ハード・デイズ・ナイト」もニュープリント版が近日公開である。もう実在しないビートルズは、形なくしても人々の心を動かすパワーを無くすことはないのである。一昨日のライヴ演奏に身を揺らしながら、ついついそんなことを考えてしまった私は、次の日早速キーボードを叩きながら気ままに歌いまくった。もち歌詞もコードも不完全なまま。
今度は集団でやりたいものである。ほんと。
そう、そんなビートルズと共に進化した日本のポップスの歩幅を検証してみせるコンピレーションが、6月頃の発売に向けて水面下で動き出しているらしいから期待しよう。どこからって? もちろん、言うまでもないでしょう。

お宝だよヤァヤァヤァ (2001年4月)
昔から「お宝ガールズ」の類のものには批判的立場をとってると公言しつつついついコンビニとかで見てしまうことが多いんだけど、今日立ち読みした「お宝」の最新号(井川遥のレア画像となれば、覗かずにいられないでせう)によると、最近の女性J-POP界は再デビュー歌手の宝庫らしい。そもそもあゆ、ヒッキーからしてそうでしょ。一度花開かなくとも、環境変れば大化けするかもしれない。其れ故に女性歌手の皆さんは総じてタフになりつつある(悪い言い方をすると、厚かましい)と言える。歌手じゃないアイドル志望の人は、「女優になりたいです」と言えば全て片付くと思ってるじゃない。それを考えると、こと音楽に関しては完全に作り手劣勢の時代に突入したという感じだ。
再デビュー歌手といえば昭和40年代の歌謡界はまさしくその宝庫である。かつてはリメンバー誌などでも詳しく分析されていたことがあったが、作り手に圧倒的権限があったあの頃でさえも、二度三度芸名を変えつつ結局花開かなかった娘達の存在は多数確認された。夏木マリとか川中美幸とか、名前変えてブレイクした人達の改名前の盤以上に、こういった方々のレコードに人気が集まり出しているって現象が不思議だ。中でも藤井明美、田代麻紀、あきいずみ等、三つ以上の芸名でレコード出しつつ、大ヒットに恵まれなかった歌手達は最早カルトな存在と化しているが、やっぱりマニア心をそそってしまうのだろうか。彼女達の苦悩を考えると罪なものである。グラビアアイドルにしてもそうだけど(諸事情によりあえてリンクしないけど、二つ以上の芸名を持つアイドルを詳細にリストアップしたサイトもあって、重宝させてもらってます)、花開こうが開くまいが、本人達の意志と関係ないところでマニアの薬指は動いている。そして今、主にエイベックス系デーバの領域にこの現象が頻出しているとは...音楽的意義と違った所でまた興味深いものがあるな。しかし私の好きな千恵美→しらさやえみみたいに、不運なディーヴァ止まりになってしまうとかえって可哀想なんだなぁ。
以上、家のCDシングル箱にたまたまノンノンっていう女の子5人組のシングルがあったことをきっかけに気ままに書いてしまったのでした。そのグループの一員だった人が、ソロで再デビューして現在ブレイク中だとその雑誌は伝えている。それ以上の事は実際チェックしてみること。
さて今日は現在リバイバル上映中のザ・ビートルズ「ア・ハード・デイズ・ナイト」を鑑賞。やっぱ古参ファン(もう25年目だもんなぁ)としては「ヤァ! ヤァ! ヤァ!」じゃないとしっくりこないし、ましてや「ア抜き」は納得できない。でもこの上映は確実に「1」世代の心を揺り動かすことは間違いないだろうな。大スクリーンで観てもまったく遜色ない映像的パワーと、4人の役者魂が見事に反応し合ってる。最近GS映画に参ってしまってる自分としては、LD壊れて以来御無沙汰していたこの作品の魅力を改めて再確認し、またGS映画に戻ろうとしているわけだ。
そしてまた、初期ビートルズの「ユー&ミー・ソング」の持つ胸キュン度を、体温で再確認する結果ともなったのだった。
ポールのおじいちゃんは贋お宝写真を売って暴れていたが、くれぐれも偽者にはだまされないようにね。

Buenos Tardes Amigo (2001年5月)
日本の芸能史上でも屈指の泥沼的展開を見せようとしている、鈴木あみの独立問題。
何か、ホットに盛り上がっているらしい国会と違って、こちらはいろいろと考えさせられつつ眺めねばならない問題である。そもそも何があみ−ゴを取り巻く環境に「悪」を取り付かせてしまったのか。それに関して個人的にとやかく言う権利はないのだけど、やっぱ彼女が可哀相という見方をせずにはいられないのだ。彼女の両親とマネージメント側はお互いに「悪」を擦り付け合っているが、彼女が楽しそうに仕事をしていたのかそうではなかったのか、これは彼女自身の見解が正しいに決まっているわけで、それを率直に知る事が出来ない我々一般人は誰を責める事も出来ないのである。
たった一言言わせてもらうなら、この泥沼の真只中である来週30日に、彼女のベスト・アルバムがリリースされることに対しての苦言である。ファン達が同情してこのアルバムを買いに走るのは見え見えであるが、結局印税を稼ぎ得をするのはあの人ではないか。我々が誰が一番いけないかを考えた時、まっ先に到達するに違いないあの人が。「声が潰れてとても歌えない」とか、「当日に譜面を渡させてレコーディング」などの苦しそうな状況描写に於いては、マネージャーや両親を悪者にできるわけがないのだ。だから、発売元のソニーが「このアルバムの楽曲印税は全て裁判の資金に当てさせていただきます」などと発表したり、あの人自身が例えば地雷撲滅などの慈善活動に印税を全て寄贈(これはこれで、敵を増やしそうな気がするが)とでも言わない限り、あみーゴに同情して商品を買うなんて気にならないのは絶対的である。(そうだな、せいぜい「子供をぐれさせるなよな」と位は言っておこう!)
あみーゴ本人は至って素直で屈託のない人だと自分は思っているので、活動再開の可能性は充分あると思う。それこそ、春風のようにさわやかなアイドル・ポップスを歌って復活できる余地だってある。中森明菜やちょっと前までの華原朋美とは事情が違う。今は、器量が大きく人間性豊かな作り手の登場が一番待たれるのかもしれない。
そう、早瀬優香子復活プロジェクトに関わった作り手の皆さんは全員そうであると思っているから。

ハンド・イン・ハンド (2001年5月)
「1」でもたらされたビートルズ・ブームもかなり間違った方面に及んでるのかもしれないなぁ。コンビニでとあるZ級情報雑誌を立ち読みして、呆れずにいられなくなった。「駄作も作ったビートルズ」という記事なんだけど、その記事自体はよくある「失態」(我々はその全てを失態と思ってはいけないんだけどさ。そりゃ、ビートルズがやった事全てを奉り上げるよりはましだけど....)を並べただけという代物なので特にとやかく言う事ない。あと勘違いなカヴァーの紹介(我々はその全てを勘違いと思ってはいけないんだけどさ。そりゃ、全てのビートルズ・カヴァーをオリジナル以下と決めつけるよりはましだけど....)とかも載っているが、最悪なのが「ビートルズ・ソング・ワースト5」ってコーナー。具体的にどうのこうの言わないけどさぁ。それを選んでるのが「今どきのコギャル」にしか見えない奴らだから余計いけすかないよな。「こんにちはおてんとさま」のどこが大人気ないねん! 「路上でやる」歌を歌って不道徳って、お前らの聴いている歌に比べりゃ可愛いもんだろうに。ベスト・ソングは何って聞いたら皆「エヴリ・リトル・シング」って言う人種なんだろうなぁ。
「1」が売れすぎたのに複雑な感情を持つ人も多いと聞くが、この特集を立ち読みして複雑どころではいられなくなったね。そんな良く解っていない奴らを今度は「ビートルズ至上主義者」が捕まえて、「更正」させるんだろうかと思うと余計気分が悪くなるよな。そんな状況を憂いつつ、自分は決してビートルズ・ファンを止めようって思わないんだから、やはり彼等は並の人達ではないのだと思い知る。でもなぁ、「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」のオルゴール・ヴァージョンを見つけて狂喜したり、「デビッド・ピール最高」って言って飛び跳ねている私のような異端者は、「ビートルズ至上主義者」にとっては「逝ってよし」なんだろうなぁ。いいよ、それで充分。
皆さん、「フロム・リヴァプール・トゥ・トーキョー」よろしくね。ほんと。

さて、昨晩25日〜26日未明は待望の「ギラギラナイト・復活前夜祭」でした。「さわやか革命」を迎えるにあたって、一番影響を受けたというか触発されたのがギラであるのは言うまでもないのですが、その復活に立ち会えただけでも至福体験というしかないでしょうか。しかも、トニー吉田氏を含むフル・メンバーでのギラは初体験以来約1年半振り。改めて初体験と呼んでもおかしくないですね。会場のアップリンク・ファクトリーは、普段映画上映などもやっているだけあって映像面での充実はマニュエラより格段上。濃い映像と濃いサウンド。前頭葉への時間差攻撃はかえって日頃からの解放効果が高く、これぞ「癒し」かと思ったりしました。(特に田口社長の沖縄サウンド攻勢が......) しかし、椅子が撤去され、岸野社長の「舞」が始まると場面が一転! ディスコディスコ! でありつつも一つ一つの粒子が激しく激突する濃厚空間でアドレナリンが高騰。「三井理峯コール」は巻き起こるわ、そして大団円は噂に違わぬ「ハンド・イン・ハンド」の大合唱! これほどまでに「連帯感」が高まるイベントだったとは。そして、ラリーズの大音響の中朝焼けを見た我々は幸せだったのだ。
うん、ギラを体験した者は、絶対音楽に関して貝にならないんだと、そう思った。「さわやか革命」は絶対ギラを越える事はないと思うけど、激しく壊れる決心はつきましたね。(もちろん、ビラ撒いたよ。次回のビラ撒きは6月2日秋葉原某所でやります。予期せぬ所でビラ撒きする可能性もあり。) しかし、唯一予期できなかったことは、ここまで人が沢山来るとは(しかも綺麗な方も沢山....)ということ。

トロピカ〜ル恋して〜る (2001年5月)
さわ革を目前にして怒濤の更新攻勢に突入.....ってことはないけど、実は書きたいことが結構あって。
ほんのりと明らかにしてきた「ビーチ・ボーイズ計画」についてだけど、去年6月27日発行された山野楽器のカードの有効期限が迫っているので、サンデイズドの怒濤のニュー・リリースをいっぱい買ってカードを満杯にして、ビーチ・ボーイズの「ホーソーン、カリフォルニア」を3000円引きで買おうという計画だったんである。しかし、オンステージ山野にまだ入っていないのを確認した直後別の店でミレニウムの3枚組やら何やらを買っているうちに計画が狂いだし、ビーチ・ボーイズも現金で買って(やっぱそうしなきゃ!)なんとかカード満了して本日を迎えたわけである。
で、何を買ったかというと、松浦亜弥のビデオ「美・少女日記Part2」である。発売日は明日だが、当然のように今日店頭に出ていた。税抜3000円で3000円引きだから当然ただ買い。(ごめ!)
御存じの通りあやや(通称)はモーニング娘。の妹分として今春デビューしたばっかりのアイドルで、先頃の新曲発表会には3000人という、噴水広場史上最大規模のお客さんを動員し、来月4日に出るモー娘。周辺の新シャッフル・ユニットでは本命の「三人祭」に参加と、今後の活動が期待されている存在である。
そういうのは抜きにして、私ゃただ単にこのビデオのパッケージの裏にある写真にやられたわけです。前出た「Part1」にも笛を吹きそうになっている写真が載っていたが、今回は堂々と中心に出てます。嬉しそうに笛を吹いているあややの写真。
もう無条件に降服します。やっぱ笛を吹く乙女には弱いんです。しかも、永遠の乙女には何故か褐色のリコーダーがよく似合う。似合わなければ乙女じゃないんだな、きっと。
また一昨日銀座行った時の話になるけど、ヤマハのスケルトン・リコーダーのシリーズに新作・アルトが仲間入りしていた。私の好きな薄紫色と黒に近い透明な灰色という配色がなかなかそそったが、これで乙女達はリコーダーに戻って行くんだろうか。それこそ、リンクスとかボンドみたいな、いやもっと極端に、ZONEみたいな踊って吹ける美少女軍団が登場して、大々的にこの商品をアピールしなきゃいけないなって思った。だって、ヤマハの狙いは、大人達を手軽に楽しめる音楽に引き戻すことではないか?? 教育用楽器のイメージから引き離しつつ、その音の魅力をアピールするためにも、是非実現してほしいなぁって思うよ。黄色のソプラニーノとか橙色のクライネソプラニーノとかも出るかな。
ビデオに収められた短編ドラマの中の一編で、あややはちゃんと美味なメロディーを奏でてる。誰かがそれに答えて、メロディーをお返し。それはきっと素敵なことが始まる予感。我々は、大人になってもそのときめきを忘れたくない。

男のロマン (2001年5月)
最近はむらかみさんの地道な宣教(?)に触発されて、ヴィジュアル系に対する見解を少し改めようと思ってる次第です。何せ、3、4年前のような所謂林立状態がやっと終って、今では総理大臣御用達グループの息がかかった幾つかのグループが、ヴィジュアル系が死んだのはよかったとばかりに地道にがんばっているようなんですが。GSがそうだったことを考えるとむしろいい加減なものが溢れていた時の方が面白いんじゃないかと思うんですよ。ほら、例えば今から30年経って、ブックオフから中古CDが消えるなんて事態が訪れたとして、そんな時「ああ、中学生時代なめてた俺が悪かった。これからエナメル・レコード全部コンプリートしてやる!」なんて言ういいオヤジが現れたりして.....そうなる前に少しでもかじっていた方が得なんじゃないかなと。
実際有線でヴィジュアル系チャンネルってのをたまたま聴いた時も、何やねんこれは! っていう理解に苦しむサウンドをよく耳にしましたよ。キー・オブ・Zならぬ、XになりきれずTかU止まりのような。要するに、「バッファロー・スプリングフィールド? モビー・グレイプ? 何それ? ぼくら、オックスみたいなかっこいいグループになりたいんだよ!」みたいなニュアンスを現代に置き換えたような。知ってる洋楽はマライア・キャリーだけみたいな。そして「ヴィジュアル系でデビューしたら、声優とデュエットしたり、お天気お姉さんと結婚出来るかも」みたいなへんな妄想にコントロールされているダメ男の呻きを。これはロック以上にアナーキーな代物かもしれないですよ、案外。もち、自らをロックと思ったらそこでおしまい。実際金を注ぎ込むには死ぬ程勇気を擁すると思うが、とりあえずこういう思いは持っているっつーことを表明してはおきます。
ええっ、悪い冗談はよしてくれって? そうかもしれないよね。何せ、私は『ムードコーラス・スペシャル〜秘密のカクテル〜』を入手したことにより、しばし酩酊状態が続いてるんですから。
2001年個人的アルバムTOP10 (2001年12月)
いやぁ、昨晩(12/29)はハイポジ/岸野雄一/遠藤賢司(出演順)ジョイント・コンサートを観に行って来たのでありますが、エンケンさんの衰えることない攻撃性には感動せずにいられませんでした。たとえ何があっても、ポジティヴな気分をもらえるっていうのはいいことだ。3月に観た三上寛と並び、間違い無く今年に於ける二大啓示となったのは間違い無い。あとは早川義夫.....と言いたいところですが、今は止めておきましょう。将軍のトークにも胸を打たれました。
今は何に対してニュートラルでいようという気分にはとてもなれないのですが、少なくとも今後も各方面で幅広くやっていこうと思います。しかしやっぱりライヴ行く回数は減るんだろうなぁ。とりあえず、来年2月22日にブライアンと再遭遇。
というわけで11月以来ぼちぼちと続けてきたようで続けてこなかった「豆頁の穴01」でありますが、2001年を締めくくるにあたり一度リセットすることにします。といっても、その間に語ったアルバムの数はたった2枚であり、対して影響はないかと。2002年は当初目論んでいた通りの気ままな音盤語り体勢にいよいよ突入しようと思っていますんで、その肩ならしも兼ねて、今ここに2001年個人的アルバム・TOP10(新作の部)を発表することにします。
といっても、今年聴いたもの全体における「新作」の比率があまりにも低いのは否定出来ない事実であり、10枚選ぶのは楽であるようで実は大変だった。もっと聴いとくべきだったのか、それとも自分の嗜好性が狭まりすぎたのか。いずれにせよ、あまりネガティヴな気分になっちゃいけない。全ては気の持ちよう、なんだからね。

(WORLDWIDE)
1. ポール・マッカートニー/ドライヴィング・レイン (Parlophone/MPL TOCP-65870)
2. プリファブ・スプラウト/ザ・ガンマン・アンド・アザー・ストーリーズ (Victor VICP-61605)
3. ビッグ・ダム・フェイス/デューク・ライオン・ファイツ・ザ・テラー!! (Geffen UICF-1003)
4. ミック・ジャガー/ゴッデス・イン・ザ・ドアウェイ (Virgin VJCP-68350)
5. エレクトリック・ライト・オーケストラ/ZOOM (Sony SRCS-2466)
まず洋楽の部。ミックとELOは、一応ベン・フォールズ、レニー・クラヴィッツ、R.E.M.、セルフ、スローンといった次候補軍団と競り合った結果、思い入れの強さでここに登場という感じで....まぁ4位〜10位はほぼ同着かな。とりあえずELOだけど、今年は何故かムーヴ、アイドル・レースまで含めた彼等周辺の音をよく聴いた。ついでに10cc、スパークス、スタックリッジなども再発見に勤しんだのだが、そんな中での「復活」である。といってもオーケストラオーケストラした音が戻って来たわけではなくて、ジェフ・リンのポップ・センスの最良の部分がいい形で復活したわけで、実に歓迎すべき出来事だと思う。何よりも先にいいメロディが溢れている。きっと愛の成果かな。今となっては涙なしでは聴けないジョージ・ハリスンの客演も光ってる。
ミックの4作目は、ストーンズという怪物のイメージから解き放たれた一ロック・スターとしての彼の姿、言い換えればロック・スターとしての存在感を人間味としてうまく再生した、年輪に裏打ちされた味わい深い一作。レニーやロブ・トーマスといった若手とのせめぎ合いが決して嫌味に聴こえない、コンテンポラリー風味云々など論ずることが無意味な爽快感に満ちあふれる。最後の隠しトラックは「サタニック」へのオマージュだと思うんだけどな。
3位は今年最強の吃驚もの。先頃リンプ・ビズキットを正式に脱退したウェス・ボーランドが、その宣言直前に発表したソロ・プロジェクトのファースト・アルバム。まぁ、リンプ本体はシングル・ヒット曲以外殆どまともに聴いていなかったんだけど、ウェスがここまで狂ったロック・センスを見せつけてくれるとは想像してなかった。ファースト・アルバムの39ビット・リマスター(!?!?)盤をこっそり発売した以外目立った動きを見せなかったウィーンの代りを見事に務めてくれた怪盤。特に最後の曲が素晴らしい。19分に渡ってバカ魂爆発......これぞロック。
プリファブ・スプラウトの新作はいつも予期せぬ時に予期せぬ形で届けられるが、これは4年ぶりとなる7作目のアルバム。バンドの「声」であったウェンディ・スミスが不在というだけでも、それまでの作品とかなり異なるカラーを持っているのが解る。第一印象が「地味」であっても、底辺に流れるパディ・マクアルーンの歌心にじっくりと侵食されていく、そんなアルバムだ。今後も予期せぬ驚きを沢山届けてくれそうな彼等だが、やはりライヴは無理なのかなぁ。何とか国内盤も出たことだし.......
そしてやはり、トップはポール。ほんと最近の、っつーか「ビートルズ・アンソロジー」以降のポールは、あらゆる束縛から解放された、やっと本来の奔放性を取り戻したという感じで頼もしく感じるのだが、ポップ職人としての姿を存分にさらけだしたこのアルバムの発表で、またやられたという思いである。60近くになってこの閃きの鋭さ。公私共に若い刺激が良薬となったのか、ポール節爆発の連続にただただ圧倒される。ベスト・アルバムだけがめちゃ売れするノスタルジア・ロッカーになんてまだまだなってほしくない。今のポールこそもっともっと聴かれるべき。そして「フリーダム」はあらゆる意味で今年を象徴した一曲である。想像より闘争。
以上......なんですが、リセットする直前までこのページで大騒ぎしていたあのアルバムも忘れちゃいけません。実は2002年2月6日に国内盤が出るので、来年回しということにします。なんか複雑なんだけどなぁ.......そして。

(DOMESTIC)
1. おちあいさとこ/湯気の向こう。 (VaLaSa Disc VLSD-0111)
2. 早瀬優香子/Love Your LIFE (Rock RCCN-3001)
3. 高木綾子/青の余白 (Denon COCQ-83353)
4. 二階堂和美/たね (Lorca LRCR-001)
5. 倉橋ヨエコ/思ふ壷 (Warner Indies Network WINN-82075)
邦楽の部。今年は邦楽との接し方がとにかく醒め切っていたという印象しかないですな。あれだけ夢中になっていた乙女ポップって何だったのか。ナチュラルステップがなくなったとか、あの古河っ子二人にガールポップの概念を根底からひっくり返されたとか、いろいろと理由は考えられるんだけどね。まぁアレですよ。とにかく横文字の名前のインディ・ガールポップ・バンドに対する興味って完全に冷めたな。それに代るものが何かというと、それも考えられないというわけで。かといって癒し系を求めるってこともなかったしね。いずれにせよ今回選んだベスト5は、今年聴いた新譜の中でも何らかの啓示をもたらしてくれた作品ばかりなのですが、これらで全てという感じです。まぁ今更ケ○○トリーでもあるまいし。
倉橋ヨエコは某イベントで、去年発売されたファースト・アルバム「礼」が壊れ値で売られているのを発見して認識したんだけど、これには瞬時やられましたね。ジャズ歌謡に奔放なピアノ・ロックが絡み合い、第一印象はやはり小島麻由美か矢野顕子なんだけど、そこに留まらない深さが感じられるのがまさに「思ふ壷」。歌詞のリアリティにもぞくっと来るが、この語り口で伝えられちゃもうたまんない。というわけでこちらはセカンド。ちゃんと定価で購入です。
対してより固定概念との比較を困難としてしまう新星が、暮れ近くになって突如視界に現れた4位の二階堂和美。名前自体は以前からネットの随所で見ていた気がするんだが、ここまでぐっと来る音を奏でているとはびっくり。根本的に弾き語り系のフォーク・ポップなのに、それだけでは終らない奔放さと壊れ方がついて来てもう大変。アレキサンダー・スペンス"OAR"の乙女宇宙内での再生、しかも天然色版である。プロデューサーでかつフルートなど担当する塚本優香女史の才能にも注目。
2001年は「あやや」(松浦、寺川....)の年であったわけだが、この高木綾子の完全ソロ・フルート・アルバムはそんな中でも見事としか言い様のない快作。本来は「クラシック=洋楽」と見なして、そちらの方に入れようとも思ったが、結局こっちの方が居心地良さそうだしね。(EeLごめん! 次点っつーことで許して!) 前半の手堅いメロディ紡ぎもいいのだが、やはり後半での現代ものに彼女の奔放さが出てる気がして、そっちばかり聴いてしまう。特にイサン・ユンの8曲目が名演。最早残響さえも要らない、密室性を求めてしまうのは罪なことだろうか?
早瀬さんのアルバムは、まさにネットが起こした奇跡の結実として、涙なしでは語る事のできない作品である。大傑作とか、そこまで言う気はないけれど。我々の力は、最早こういう奇跡を産む境地にまで達したのである。制作者の皆様の愛情を吸収しつつ制御し、自分のカラーを加える彼女の歌声には何も言うことがない。生で聴いた歌声はもっと凄かったけど。これぞカリスマ。何か賞を与えられるところを見ないと気が済まない。
で、邦楽の方もやはり予期したとおり、トップはおちあいさんです。この3年間、最も多くライヴを見たアーティストであることは確かなのだが、アルバムとなるとやはり全く違う感動を期待してしまう。その期待にしっかりと応えてくれるセカンド・アルバムなのだ。収録曲の殆どはライヴでおなじみのものであるが、一曲一曲丹念に仕上げられたそのサウンドには、彼女の意気込みが思う存分込められ、完成品として成立している。手作り色が濃かったファースト・アルバムと比べて細部まで練られた音作りが、彼女の成熟ぶりを物語る。こういうアルバムこそ、幅広く聴かれなきゃいけないと思うんだけど。いや、お店に大量に並ぶという状況を想像するのもいいんだけどまずは
ここをチェック。
以上、2001年個人的アルバムTOP10(新作の部)をお送りしました.....

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