| 1月度「ココロの1枚」 楽しい世紀末の提言 : PRINCE "1999" |
従来一アーティスト、または特定の現象についてDigしてきた「ポップ歳時記」に代り、今年のSpinning2部はポップス界に名を残すアルバム1枚について徹底的に掘り下げる特集を展開します。去年11月にやった「ホワイト・アルバム」特集が実質的第1回ということで、今回は第2回。ついに訪れた1999年を祝福するが如く、皆が取り上げそうなこのアルバム、プリンスの「1999」に迫ります。
「ねぇ、夢でお告げがあったけど、世紀末には何もかもが破滅状態になってしまう。しかもそれはもう目の前。だから今のうちに楽しい世紀末パーティをエンジョイしちゃおうぜ」というこの曲をタイトルとしたプリンスの第5作「1999」が発売されたのは今から16年とちょっと前のこと。それまでも一応プリンスという存在は認識していた。出世作「ウォナ・ビー・ユア・ラヴァー」では「またディスコ系の新人が出てきたな」って感じしかしなかった。何せ当時はやっとニュー・ウェイヴがディスコ・ブームを駆逐しつつあった頃で、自分も若すぎたせいかソウル系はみんなダンス・ディスコってイメージしかなかったわけ。それが81年の「戦慄の貴公子」とそのアルバムをひっさげてストーンズの前座を務め、大顰蹙を買いつつ世間に大きな印象を与えた時ちょっと変った。ストーンズのライヴ盤「スティル・ライフ」のライナーでストーンズ・ファン・クラブの人間が「プラスチックスとあの辺(どの辺や?)を混ぜた感じ」というコメントを寄せていたのから解るとおり、一般的にはまだ把握し辛い存在だったのは確かだけど、きっと彼は「あの辺」をトーキング・ヘッズかPファンクのことと思っていたかもしれない。そして翌年この「1999」。全米TOP40にどっぷり浸っていた高校生の私は、FENで聴いたタイトル曲に瞬時しびれた。かっこいい。かっこ良さすぎる。そんなわけで近所のレコ屋でシングル盤を買い求める。多分マーヴィン・ゲイの「セクシャル・ヒーリング」のシングルも同じ頃買っていたはず。これが私の記念すべき初めての「プリ様にPay」体験であった。2枚組で発売されたオリジナルのLPを買ったのは、第2弾シングル「リトル・レッド・コルヴェット」が大ヒットした後のこと。何せこの曲は日本盤シングルA面として発売されず、第3弾シングル「デリリアス」のB面でやっと世に出たって位だから。まだまだ世間とワーナーは解っていなかった。
イントロはこの位にして、やっと現実となった1999年に聴くこの世紀末プレディクトは果たしていかに響くか。LPではA面に当たる部分には「1999」、「リトル・レッド・コルヴェット」、「デリリアス」という3大ヒット曲が見事に並んでいて、ここでアルバム全体のトーンが決定される。鮮烈なプロモ・クリップでも解る通り、このタイトル曲はプリンス自身に加えリサ、ジル・ジョーンズという女性陣、そしてデズ・ディッカーソンの野太い声を絶妙に絡ませるという業でメッセージに色を与えている。当時のシングルでは「プリンスの変幻自在なボーカル」と書かれていたが、元々マルチ・プレイヤーだった彼の事だからこの誤解も仕方ないだろう。さらに機械を通した声もからませ、その根底を拒絶できないグルーヴで貫くこの6分間はまさに世紀末オージィのテーマにふさわしいもの。「なぜみんな爆弾を持っているの?」の問いかけはいつの時代もその傷をえぐり出す。続く「リトル.....」はかっこいい車にたとえて危険な恋の物語を歌う。その割にポップ度はアルバム中最も濃く、大ヒットしたのも当然だろう。間奏のギターはデズによるものでこれもポップ度に大いに貢献しているが、ビデオ・クリップでその間見られるプリンスのしなやかなダンスには度肝を抜かれましたなぁ。そして「デリリアス」は彼の「したくてうずいちゃう」衝動を音像化したストレートなロックンロール。「パープル・レイン」以降の「ポップスター」的イメージに繋がっていく曲だ。この曲のエンディングに入る赤ちゃんの声は、ラスカルズの「自由組曲」に入っている「ルック・アラウンド」からとられた可能性が大きい。例のボックスのライナーではこの事実に触れられているのだろうか、まあこれも彼の音楽性の出所をひとつ明らかにするものかも。
さてB面はまず「夜のプリテンダー」というこれも重要な曲からスタート。第4弾シングルとしてもリリースされているが大ヒットには至っていない。「いっそ夫婦ごっこしちゃおう」という彼の満たされない欲求をまたもニュー・ウェイヴ・ファンクなビートに乗せて歌い綴る。歌詞カードに乗っていない後半のトーク部分ではかなりきわどい表現もあり、やっぱこの猥雑性って拒絶出来ないね。こんな曲を(中略)ティナ・ターナーがシングル「私に振り向いて」のB面で取り上げているのは興味深く、現在は「プリンス・ソングブック」というプリ様作品を集めたコンピで聴ける。そして「D.M.S.R.」。この曲は実は85年にリリースされた初盤のCDで「時間の都合により」カットされていたのだ。その後3回再発されているが、カットされたままであった。「卒業白書」という映画のサントラ盤にこの曲の編集ヴァージョンが収められていて、それのCDがこの曲にデジタルで接せる唯一のチャンスだったのだ(といってもあまり出回らなかったが) ほんと前曲の最後の「次世界に行こうよ、君はどうする?」という呼びかけのあとすぐ「オートマティック」が始まるという従来のCDの進行にはずっと違和感ありまくりだった。大体この「D.M.S.R.」を足しても70分丁度で収まり、いかに85年当時CDというメディアがひよっ子で認識されてなかったかが良く解る。(しかし同年のプリ様のアルバム「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」は、CDのパッケージやアートワークにも独自性を取り入れた初めての例だった。) 90年代初期に出たヨーロッパ盤でやっとこの曲が組み入れられたCDが出回り始め、やっと今回の1999番リイシューで日本盤CDも「完全盤」となった。目出度し目出度し。この曲自体は決してカットしてはいけない重要曲である。「ダンス、ミュージック、セックス、ロマンス」という彼の基本コンセプトを歌い切った曲で極上のエレクトロ・ファンクである。
LPで2枚目にあたる後半6曲は、1枚目ほどのスタンダードを保持しているとは言い難いけど、避けて通れないものだ。何せ、後のアルバムからのシングルで言えば12インチとして発表されたヴァージョンに近い長い曲がアルバムの殆どを占めていて、もう少し縮めればLP1枚に凝縮した濃いものになったかもしれないのは確か。実際イギリスで最初にリリースされたLPは1枚ものだったが、この場合は4曲をカットした7曲入り仕様というものだった。しかし、考えてみればこの長尺ナンバーを並べてテンションを維持するという手法は、第1期プリンスの集大成としてふさわしかったのかもしれぬ。そして今振り返ればPファンクがこの手法の権化だったわけで、彼はこのアルバムでPファンクのテンションとニュー・ウェイヴのキッチュさを消化しきった新たなソウルを作り上げたって言ってもいい。だからこそこの大ブレイクを踏み台にして「パープル・レイン」で大化けし、あとは自由自在に時代をプリンス色に染め上げるのみという大活躍が可能になったんだろう。とりあえず後半6曲について語らない訳にいかないので続けるとまず「オートマティック」は、エレクトロ・エロ・ファンク路線をとことん尽き詰めた9分の大作。宇多田ヒカルもきっと潜在的にこれの影響を受けているに違いない。間にちょっとテンションが下がるどっちつかずな「サムシング・イン・ザ・ウォーター」があって(この妙な打ち込みは同時期に出たヴァニティ6のアルバムでより効果を上げているが.....)、効果音をブリッジにスロー・バラードの「フリー」。これはまじで泣ける曲で最初に聴いた時は感動したが、悪く言えば「パープル・レイン」以降顕著となるどこかしらMORなバラード路線の先駆けとなる曲。「気持ち悪いから」と彼を遠ざける短細胞な一般ポップ・ファン以外の人がプリンスを悪く言う時必ず引き合いに出すのがこういうMOR・バラードなんだけど。私は好きですよ、彼はここで非常に切実ですから。
最後のD面も構成的にはC面と似ていて、まずタイム直系の粘っこい8分のファンク「レディ・キャブ・ドライヴァー」があって、次に「ブラック・アルバム」を予感させるシュールな「ニューヨークの反響」。初盤CDで1曲カットするならこれにした方が流れ的にも違和感なかったのにね。そしてラストを飾るのは猥雑さを極めたファルセット・バラードの「インターナショナル・ラヴァー」。前作の名曲「ドゥ・ミー・ベイビー」で確立されたいやというほど直接的な世界の続きに位置する作品で、ここで彼は飛行機のパイロットとなって聴き手に「危ない空中交わり」を強制する。このただものでない空気を撒き散らしつつさりげなく消えていくというアルバムのエンディングは、以降彼のトレードマークとなっていく。
というわけで長々と迫ってみた「1999」。ついに訪れた世紀末にやっと実感を伴って響くこのアルバム。かつてただ「プリンス」とだけ呼ばれた音楽家がいたなんてことを知らない世代がぼちぼち現れた(ほんとか?)現在だからこそ、もう一度真顔で接されるべき名作であります。なお「完全盤」と同時にシングルも再リリースされ、こちらにはアルバム未収録の超名曲「つめたい素振り」もオリジナル通りきちんと収録されているので是非ともチェック。さらに元プリ様自身による最新リミックス及びリメイクが発売されるという噂もあり、ほんと世紀末を実感。それでは来月もこの調子で「ココロの名盤」に迫りますんでよろしくね。