たわごととかその辺

1998年の巻・上
まみまにあ、もしくは耳をくすぐる陽気な者たちの宴 (1998年2月)
去年のイヴイヴに続いて今年はバレンタインの土曜日、なにゆえにこういう一年中で最もHypeが集結する日にそんな渋谷にいねばならぬのか? しょうがない、そこに素敵なものがあるから。というわけで昨日行って参りました、「ポポ・クラシック・コレクション・ショーケース」。今最も気になるフランスのレーベルを代表する2大アーティスト、まみちゃんとドラジビュスを軸に若干ゲストを迎えておくる三夜の第二夜で、昨日を選んだのは一昨日が棚卸しだった為と今日がアップ日の為(ちょっとなれなれしい)。あと友沢ミミヨさんが出るからってのもあったな。しかし何を思ったか、とんでもない展開が待ち受けていたのだ......
場内に足を踏み入れるとそこら中にいろいろなおもちゃや訳のわからないものが散乱し、天井には縫ぐるみや人形で飾り付けしてある。大変な空間となっていて、果たしてここでライヴやるのだろうか? しかし開演直前にもなると人、人、人で濃厚な空間と化していた。レジデンツを思わせる異様なビデオの上映(ノイズ・コラージュ系の音はドラジビュスのフランクが作ったそう)とミミヨ嬢のMCの後、最初のアクトは日本の男女二人組American Cherry。ちょっと渋谷系かなって感じの男とちょっといかがわしい系の女が兎の耳をつけて、そこら辺にあるものを鳴らしながらパフォーマンスするといういわばハプニング系ノイズ・ユニット。しばらく変な展開が続いた後、予測もしていなかった人物が乱入.....それは何を隠そう暴温の中原昌也その人だった。持参したトランクには数々のノイズ発生器が。ホール&オーツのループなどをそのトランクの中から蒔き散らしつつノイズの渦の中に加わっていった。これでお膳立ては充分、いよいよまみちゃんの登場だ。フランス本国で活動している6人編成のまみちゃんバンドは今回は不参加で、超ミニを着た美人ベーシストと二人だけのステージ。しかし始まるやいなやどつぼにはまる。CDで聴ける様なジェットコースター的な音の万華鏡は幾分か簡素化されていたけど、いくら複雑なフレーズをキーボードで叩き出そうが、時折左右の手で違う楽器を弾こうが、まみちゃんの顔は実に豊かな表情を保ちつつステージの外の雰囲気を察知している。こんなに嬉々とした顔をしながら楽器を弾く人を最近見た覚えはないっすよ。おまけにCDでは聴けない力強い歌声を聴かせてくれたり、またその舌っ足らずなMCもたまんない。ハイライトはCDでもお気に入りの曲「我が父・共産党員とアイススケーターの彼の友人達」がビリー・ジョエルの「ルート・ビア・ラグ」並みの超絶ピアノ曲に変身し、その途中まみちゃんのカスタネットに合わせてベースのお姉ちゃんがセクシーなダンスを披露したと思ったら今度は超絶ベースにあわせてまみちゃんが狂乱ダンス。しかも自分の目の前でだよ......見せ場を心得ている。凄い人だ。今度は是非バンドを引き連れて大暴れしてほしい!!! そのあと、まみちゃんの良き理解者であるモデルの藤本祐ちゃんが一曲歌い(レティシアみたいでなかなか)、ミミヨさんが大正琴(!)を持って乱入。「犬」のきれいなメロディに実にいい味わいを加えてました。そして休憩時間に突入、ドリンクをオーダーしに一旦席を離れるとどこからともなくノイズが......そうなんです、自分の目の前にセットアップされたノイズ発生器を、中原氏が目の前で操作していたのである......まさか、中原氏の手元を至近距離で見ることができるとは.....ディレイとサンプラー以外は何を使っているか良くわからなかったが、とにかく暴温独自の世界を生で再現していたのだ。途中から、予定されていた宇川直弘氏によるビデオも交わってきて、その異様な映像(昔のレナウンのCMとかをカットアップしていた)に調和。フランクがドラムを叩き、まみちゃんが笛を吹いたり、ベースのお姉ちゃんが寝転がりながらベースを愛撫したりと、自然にノイズ・ジャムに発展。この約30分間はまた違った意味での「啓示」だった。その後登場した、まみちゃんのアルバムの一曲でセリフを言っている粋なおじさん、カッピーのカラオケ・タイムへのまたとないイントロともなっていた。フランス人によるラテン系への自虐的パロディにもきこえた彼のショータイム。最後にはミミヨさんを熱く抱擁。いけてる〜。そしていよいよトリはドラジビュス。残念ながら熊の着ぐるみベーシストは不参加で、ドラムといろいろなジャンクを担当するフランクとボーカルのローレの二人のみ。しかし彼等もCDとは違った暴れ方で楽しませてくれる。ローレは派手なアクションとかもなく、ごく普通のパリジェンヌといったいでたちで淡々と壊れ童謡を歌う。そのふつーっぽさが、歌声ともどもエンクミに似ているってイメージを抱かせるんですが(ただし胸元は決定的に違う.....クミごめん。ついでに昨日行かなくてごめん。凄かったらしいですが)、バックで盛り上げているフランクの計算された壊れ方はそれ以上に凄い。ドラム・スティックには何か仕掛けをしてあって振ると変な音がしたり、ドラムを叩きまくりつつサンプラーを素手でぶちまくり、ディストーションに繋いだシールドでそのままシンバルを叩いてノイズを出したり、シンバルにアルミホイルをくっつけて妙な音出したり、MCは宴会とかで使うマイクで声を変えたままやったり....「熊のベーシストがいるのを想像しなさい」って言って天井のぬいぐるみに「ベース頼む」とか....全くもって面白すぎ。例によって短い曲を連発し、なんとなく終り。最後にはまみちゃんとベースのお姉さんも加わり「モンスターの歌」を演奏しておしまい。楽しいライヴ、3時間半もありがとうございます。これを逃すと終電に乗れなくなると飛び乗った山手線は、例の如く殴りたくなる人種でごった返し。ようやく我が街の駅の改札を出る最後の客となった頃、予定からは遅れて、雨が降り出した。というわけで今回はいつもと指向を変えて「まみまにあ」をお送りしました。

ここまできていいのか音楽業界 (1998年3月)
「週刊実話」の最新号に載ってたショッキングな記事。なんでも「音楽業界を震感させる」大事件らしい。何でも、某老舗レコード会社の偉い方が、新年会で新人女性歌手に対してセクハラまがいの行為をしたとその記事は伝えている。まあ、ちょっとはやくざなレコード業界と言えども普通の一流会社と同じ様にセクハラやいじめがあったっておかしくはない(えっえっ、その二つがあって当り前だなんてとんでもないって? そりゃないよ絶対。) けどさあ、お偉いさんが新人相手ってのはやばすぎだよね。その有望な新人にとっても大いに気の毒だし、何せレコード会社自体にとってはそれ以上に大きいダメージだろう。せっかく汗水垂らしてヒット曲作る一方で、エイベックスみたいな新興にプライドを踏みにじられてたまるかという意地が、社員たちをがんじがらめにして、挙句の果てにセクハラ騒ぎなんてものを呼んでしまうのか。ああ情けない。だから業界はいい人を育てる術を知らないのだ。レコード会社やプロダクションの言いなりになってる作曲家さえも。拒絶の繰返しにより人格を失ってしまった奴らがひしめいている。そして歌手がLOSERになってしまう例は今も後を絶たない。本当のこと、業界を救えるのは老舗レコード会社でもビーイングでもエイベックスでもない若いインディーズの奴らだけだと思う。その無垢パワーで突き進み、メジャーを食ってしまう若い世代(今の所は確認できていないが、きっと10代でそこまで動かすのが可能になる時代は来るはず。現にサイケ時代前後のアメリカはマイケル・ロイド、ジョーイ・レヴィンなどの10代大物プロデューサーを輩出しているし、ゲーム業界のことも考えるとね....)が、レコード屋の片隅を少しづつ牛耳りつつあるのだ。見てて頼もしい。音楽の質とパッケージングのセンスが勢いに追い付けば文句ないのだが........
実際レコード会社に務めていた者として、ここらへんのやばい話は時期を見て少しづつここに書いていこうと思う。尊敬する人にさえ人格を踏みにじられた今となっては、何を言っても構わないと覚悟してるから、やばい話好きの方は期待していて。しかし、今一番業界を震感させているアーティストは誰だと思いますか? 他でもない10年前に解散したBOφWYなのだ。信じられる? ヴィジュアル系の音楽的ルーツに一番近い存在、あるいはパンクやハードコアの人達にとっての潜在的ルーツでもある彼等だから、解散後空虚なバンド・ブームとギター・グルーヴ無き音楽の隆盛を経て、再評価されるのは当然かもしれないけど、ここまで盛り上がっていいのか? ベストCDは品切れ状態で、東芝は対応し切れないそうだ。国内の活動中止アーティストでここまで再盛り上がりした例を私は知らない。きっと歴史も知らないと思う。彼等以降、バンドという形式で日本の音楽界に確実に爪痕を残した人達はいないのか。せいぜいユニコーン位か。これで20世紀が終れるなら、21世紀の日本のロック・ポップスはきっと希望に満ちたものになるだろう。(皮肉)

アイドルお宝ブームが指し示すもの!?!? (1998年4月)
ところで少年ナイフ(もう、この呼び方やめようや.....外人の方が、この言葉がこういう風に使われている事を知ると、彼女達がかわいそうだ)事件が続発する中、「こんな時代だからこそ....」という主旨のもと、バタフライナイフの回し方やそれを実践する少年の写真を掲載した某雑誌を、コンビニが自主撤去という出来事があった。かねてから極めて左翼的危険記事で定評(?)があった雑誌だが、ついに来たといおうか。実は私も危うくその雑誌を買う寸前まで行ったのである。今となってはあらゆる意味で後悔しているが、もちろんナイフの記事目当てではない。立ち読みした時も他の電波系記事には目が行ったが、ナイフの所には気付かなかった。この雑誌をチェックする気になったのは、現在トレンディ・ドラマ界で成長株として注目されている女優Y.N.の、水着キャンペーン・ガール時代のお宝写真が掲載されていたためである。
この女優には「おいしい時代」から注目してはいたが、ドラマで世間から脚光を浴びるのに反比例して、熱が冷めて行った。要するにドラマの虚構世界に耐えられないってのもあるが、折角見せるべき素敵なものを持っているのに、芸能界慣れするにつれてそれが「自己主張」にとって代わられていったのが何よりも悲しいのだ。その「自己主張」の手段がトレンディ・ドラマかよ、もう全く。そんな時、暴走をし始めるのが「アイドルお宝」業界なのである。この人のような水着キャンペーン・ガール出身者ともなると、お宝のレア度はただものではなく跳ね上がる。同じ様な経緯を辿った鈴木京香の例をみれば一目瞭然。美味写真ばかりで構成された彼女の1991年のカレンダーを持っている人は、またたくまに「幸福王」となってしまうのだ。(実は私もそう....ばらばらなのが残念) それをさらに凌ぐのが、モデル時代の彼女の写真をたまたま撮りまくっていた奴らで、前途したようないかがわしい雑誌の二次使用のおかげで懐はウッハウハである(はずだ) 当の京香自身はこのお宝ブームを非常にクールに受け止めていらっしゃるようだが、果たして「第二の京香」と言われているY.N.の場合はどうなのか。さらにその後をN.M.という朝ドラに出ていた女優が追っている。(田中広子なんかも同タイプと思うが、彼女みたいに写真集も出していて入手が容易な人の場合は、そんなに価値は上がらない) そしてこのお宝ブームは、確実に芸能界の構造を変えつつある。昔は、「オールスター水泳大会」という番組があって、芸能人の皆さんがそこでためらいなく見せていたのは「健康美」以外の何でもなかった。それが、80年代のアイドル「普通のコ」化(おニャン子など)、90年代のヘア・ヌード写真集ブーム、トレンディ・ドラマの隆盛による演技の価値観の変化、芸能プロの新陳代謝、ZARDやTK軍団登場に伴う「歌う芸能人」の「タレント」との距離の置き方など様々な要素を通過して、水着を着ていてさえも肌を出すこと自体が「非・表現的」な行為としてまかり通る様になってしまったのだ。よって、肌を出しても平気な芸能人の質的レベルは低下する一方であり、「水泳大会」の売りものは競い合うことではなく「ポロリ」に成り下がってしまった。そして「女優」を指向する人達は、「非・表現的」な行為を避けるために自らをガードし始めるのだった。しかし、いくらなんでもチャンスは作らねばならぬから、レースクイーンとかやったり、旅番組で南の島に行ったりするのだ。その段階で我々見る人に強烈な印象を与えてしまったら、女優としてステップアップする必要なんかないのである。ステップアップするから、お宝業者がウハウハなんである。もう全く。
某航空会社の今年の夏のキャンペーンのキャラとして、KinKi Kidsが起用されたそうだ。女性客を繋ぎとめるなら、これはいい策である。しかし、過去起用していた女性タレントの写真を使ったパンフが「お宝」の仲間入りをしているため、解決策として旬の男性タレントに変えたと見るべきかも。石田ゆり子の例を見るまでもなく、航空会社の特に沖縄のキャンペーンの場合は、おいしい副産物を作るのが不可欠だもんなあ。広告業界までお宝ブームに踊らされるとはああ悲し。あとお宝の宝庫とされている週刊朝日の篠山紀信氏の女子大生表紙シリーズも去年遂に終りとなったが、これとてお宝ブームのあおりかもしれぬ。95年にそこに登場しきわどいポーズをとった乾貴美子が、もはや「ニュースステーション」のお天気お姉さんだもんな。(言うまでもなく、並みいる女優やアナへと進んで行った人達を抑えて、朝日・お宝女王である。もちろんこれはポーズも大きな要因であろうが) 青年コミック誌のグラビアを飾るどっかが弱そうな少女達を横目に、いかがわしくない美味しさを求めたい我々は一体今後何に向かって行けばいいのだろうか? わからないから、お宝写真に群がる、そういうわけである。しょうがない。そんなわけで私は、将来本当に化けると信じている秋本祐希関係のネタをまたも探しにいく。
P.S.ちょっと辛辣に書きすぎちゃったけど、実は森ひろこ、吉井怜と本宮純子は好きです。エンクミ.....彼女は次元が違い過ぎ。

そうだ、あの本買わなけりゃ(by J. Geils Band) (1998年5月)
先頃、かつてビール会社のキャンペーン・ガール等として健康的な水着姿を頻繁に見せてくれ、密かながら応援していたタレントのC.S.さんの3冊目の写真集が発売された。「動揺するな」というタイトルから解るように、今までのイメージからは想像できないきわどいカットも多く、一部雑誌で紹介された写真の中には、一着たりともまとっていないものもあった。大いに複雑な気分で、今だその写真集の中身を覗いてさえもいない。もちろん、いままで彼女の水着姿にさんざんときめいた立場として買うのは当然の行為といわれれば絶対否定しないけど。
そこで、日本における女性のきわどい写真に対する一般的な思想が邪魔に入るのだ。どうしてもこういった写真については猥雑というイメージがつきまとってしまい、撮る側が被写体にその部分を要求する傾向にありがち。近頃は自分でこういう写真をとってしまうタレントも何人か表われている。その心意気は充分に買えるよ。人に撮ってもらうよりずっと「自己主張」的行為だと思う。しかし、完成した写真が快楽の対象の域を出ない危険性はまだまだ大きい。だからこそ低俗な雑誌が「衝撃のセルフ・ポートレイト!」とか言って持ち上げてしまうのである。そんなあおりをさんざん見せつけられているから、きわどい写真集ってものに対してどうしてもネガティヴにとらえがちになってしまうのが一般風潮である。これも先頃出てセンセーションを巻き起こした女優R.H.さんの写真集(あのB4版のやつじゃないよ、決まってんじゃん)の場合でも、自分の回りの男性達の間で「買おうかな」という声が巻き起こっていたが、彼等は果たしてそれに芸術性を期待して買おうとしていたのか。女性たちが「ダディ」に群がったのと同じ理由に過ぎないという意見も新聞や雑誌に多数見受けられる。
自分としては、たとえ一着たりともまとっていない写真でも、それが女性らしい清潔感とか素直さを感じさせるものであれば、見ててときめくよ。例えば、先日ブラジルだったかの歌手、アナ・ベレンという人のCDのジャケットを拝見する機会があったが、そこで彼女は腕を巧みに使い足を上手に組んで、何も着ていないながらその事実を解放的な意味に転じた素敵な姿を見せてくれている。彼女自身の被写体的な魅力に加え、フォトグラファーの光の当て方とかデザイナーの色の出し方も充分にものを言っているのは当然である。今の日本で、これと同じ程の清潔感とか素直さを表現できる被写体とフォトグラファー、そしてそれを出版できるメディアには、滅多にお目にかかることはないのが残念だ。好きな女優とかが出てる場合買ったりするP誌にしたって、その近くにはどうしようもない写真があるのはしょっちゅう。それに快楽を求める輩が圧倒的多数だからそういう写真が出版されつづけるわけなのだ。それを逆説的に利用して儲けるお宝業者というのが出現し、タレント側も過剰に反応する例が増えてきているから、レベルはますます下がる一方であると思う。
C.S.さんの写真集の話題に触れた時点で、この様な愚悩を書く決意は出来ていたのだが、最近「たわごと」で去年10月に書いた、同じ様な「好きだったタレントの写真集」についての暴言的な文章が、そのタレントの関係者の方々に多大な迷惑をかける事となってしまい、その点を深く反省すると同時に(ちなみにその文章を含む全ての「たわごと」は現在削除されている) 自分の率直な気持ちをもう一度はっきり表わしてみたかったため、あえて書くことにしました。今だ開いていない彼女の、そしてC.S.さんの写真集が、アナ・ベレン以上のピュアさに溢れていることを期待します。これを読んで再び気分を害した方々がいらっしゃったら、素直にあやまります。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

クラフトワーク来日記念! 丸芽志悟なりのテクノな日々を回顧する (1998年5月)
1980年代初頭、中学生時代にYMOの洗礼をどばっと浴びた私の様な人にとっては、昨今の新しい「テクノ」の隆盛およびその定義の規模拡大っていまいちぴんとこないことも多いのです。そこで大御所クラフトワークの来日を記念して、自分のテクノ体験と自分なりに思う「何がテクノか」を気ままに書いてしまおうというのが今回のみみまにあ。
まず「始まり」にまで遡ってしまうと、小学生時代にラジオで聴いたクラフトワークの「放射能」や「ヨーロッパ特急」だった。当時は「ドイツ発の一風変ったロック」としてタンジェリン・ドリーム、トリアンヴィラートなどと共に紹介され、阿木譲氏がKBS京都(!!! 懐かしい.....関西在住の方ごめん)でやっていた番組で頻繁に流れていた。確かに一風変ったロックではあったが、クラフトワークは一般のポップス・リクエスト番組で聴いても「ちょっと機械的だな」と感じる以外は何ら違和感がなく、それだけ「ポップ」だったってわけか。当時のロック・ジャーナリズムの適当な価値観からすると、シンセを使った音楽はみんな「プログレ」の一種とされていた。そもそもこの「プログレ」という言葉自体が危険な記号だったんだ。シンセを使い、重厚な音を出しているから「進歩的」なのか? 80年代になって「産業ロック」というそれ以上に危険(だが便宜的)な呼び方で括られることになる一連のグループは、70年代後期には総じて「アメリカン・プログレ・ハード」と呼ばれていたんだよ。トホホ。ボストンなんてシンセを使ってないと公言してるのにねえ。(トム・シュルツ自体いかなるプログレ・ミュージシャンよりもいっちゃってる人なのは確かだけど)
話はそれてしまったけど、こうして「ロック」な価値観の中、肉体感覚を排除して異彩を放ちまくったこのシンセ・ビートをまだプログレと呼ぶ風潮が続く中、ロックの世界はもう一つの「衝突」であるパンクの登場に震感した。パンクが従来のロックを老廃したものとあざ笑う一方で、そもそも非ロック的であったジャーマン・シンセ・サウンドは、60年代後半の「ロック革命」によって意義を失っていたポップ・ミュージック本来の「革新的精神」に再び息を吹き込んだのである。そこで両者の化学反応が起こった。大音響のハード・サウンドに身を委ね「ポップス? だせー」なんていい気になってたロック的価値観は、パンクとシンセ音楽の必然的結合により一度殺されたってわけだ。その後ヒップホップという、ロックンロール革命以降現われた最も前衛的大衆音楽の出現にも大きな影響を与えたクラフトワークの「ヨーロッパ特急」が走り去った線路の上に、ゲーム・サウンドとともにYMOが忽然と現われたのが20年前、1978年のこと。
このYMOのデビュー・アルバムの音もラジオで聴いた時は「新鮮だけど、細野さんのオリエンタル趣味がちょっと電気仕掛けになった位」と感じた程だったが、その1年後に出た2枚目の「ソリッド・ステイト・サバイバー」のポップさはとにかく新鮮だった。そしてこの2枚のアルバムの間のある時点から、「テクノ・ポップ」という新しい言葉がどこからともなく姿を表わすのである。そしてもう一つ、この2枚の間に、日本のポップス界にビートルズ来日と同じ程重要な影を落した出来事があった。いうまでもなく前述化学反応が生んだ最大の異端・ディーヴォの初来日である。価値観を余すことなく破壊したパンクの精神を貫きつつ、サウンドとファッション・イメージでテクノの意義を体現していた彼等は、自らが捕えられがちなパンク・イメージを「This is Pop」の3語で総括したXTCと共に筋金入りの「テクノ・ポップ」と呼ばれるべき存在でありましょう。実際テクノ・ポップという言葉が一般化するやいなや、この2組に影響されたバンドが日本のシーンを牛耳りだし、はっぴいえんどや村八分はおろかキャロルさえ実体験していなかった私は初めて、「日本のバンドを見て聴いてまじでかっこいいと思った」のだった。(サザンやツイストも、歌謡曲的価値観の上でとても好きだったけどね....) そして高校受験を目前に控えた身ながら80年12月、日本武道館で初めて生のYMOを体験する。音楽的に以上にイメージ面で大きなショックを振り降ろしてくれた貴重な出来事だった。
ただ、大きくなりすぎたテクノ・ブームも業界の盛り上がりによりかえって新鮮味を失うのも早かった(阿木氏は、メジャー・デビューしたバンドよりも榊原郁恵の「ROBOT」の方がずっと面白いと、20年後を予見するような発言をしていた) シンセ自体がまだまだ一般人にとって入手しやすい機器じゃなかったのも仇だったか。そんなテクノ・ブームにYMO自身が自虐的一石を投じたのが'81年の「BGM」。しかしその頃には、私は一歩奥に入ってスロッビング・グリッスルとかキャバレー・ボルテール、ポップ・グループなどの音にまみれていた。「BGM」を聴いた時、必死に「ポップ」を否定しようとしているようなその音になじめなかったのを覚えているが、全然ポップでないものを聴いていた自分だったのでちょっと「やな奴」の兆候が出たのだろう。皮肉なことに現代のテクノ・ピープルにとってこの「BGM」と続く「テクノデリック」は必須の名盤とされている。私も今年の紙ジャケ・リイシューでやっと購入し、その音の「全然古くなさ」に驚嘆してしまった。この同じ年にクラフトワークが発表した「コンピューター・ワールド」は、逆にテクノ・ポップという理論そのものをそのまま音にしたような、本家のいい気が存分に出ていた名盤で、最初に「コンピューター・ラヴ」と歌ったのもこのアルバムの彼等だった。(ザップは3年後) これを引っ提げて彼等は伝説の初来日公演を行ったのだった(ごめん、見てない........)。 やがて80年代は退屈に進み、ディーヴォは失速、クラフトワークは沈黙に入り、XTCはあらゆるカテゴリーを超越したポップ職人に変身し、YMOは「散開」する。(ちなみに自分の好みも全米TOP40ものへと「退化」した) MTVに支配されたポップ界は、いつのまにか打ち込みやサンプリングを使用したサウンドが「主流」となり、テクノ・ポップという言葉はもはや「死語」となっていた。やがてヒップホップ、ラップ、ハウスと地下世界からの音楽革命がゆっくりと花開くなか、「テクノ・ポップ」は「テクノ」として再び姿を表わしたのだった。「ポップ」を否定せねばならぬほど荒廃したこの音楽砂漠の中に......。ドラムンベース、デジタル・ロックなど発展形を作りつつ、狂気の花を咲かせ続けるテクノ職人たちがふと振り向いたとき、そこにクラフトワークの影を見ないことは絶対ないであろう。やっと、あるべき所に帰って来たオリジナル・テクノ。クールに楽しませてもらいます。

「たわごと」を凍結した本当の意味 (1998年5月)
先週はHIDEの自殺一色でなかなかおおっと言わせる話題に巡り合わなかった。あの告別式の日の前日、駅で帰宅途中の女子高生が、「明日はHIDEのあれに行くから、みんな学校来ないよ」って言っているのを聞いて、何考えてんだと苛立ちつつもなんか納得せずにいられなかったのだ。自ら星になってしまったロック野郎の影響力を抑える事の出来る事柄なんて、所詮学校にはないんだ。教育に携わる者は、まず最初に生徒達の瞳の中をしっかり覗き込むことが重要なんだな。先生達がいてもたってもいられなくなり破壊に走ってしまうのが一番いけないんだよ。でも、前に言ったようにこれは「遺伝」の一種だから、消そうにも消せない、そんなわけ。なにはともあれ、少女たちには自滅行為に走らず、しっかりと自分自身を見つめ直して欲しい。そういうわけだ。ちなみに65年生まれの自分は、以前尾崎豊が亡くなった時にも同じ様な、憐れみとも苛立ちとも言えぬ不思議な感情に襲われた経験がある。たまたま、今その年の日記をページ回顧記用にアセンブルしようとしているのだけど、尾崎の死については一言「同い年だったんだよ.....」と書かれているのみ。やはり、言い表せない悲しみに襲われていたんだろう。
そんなわけで、人は何かしらダメージを経験すると、すぐに破壊的行為に走り何かをつぶさずにいられなくなりがちである。自分の場合、その何かが自分自身でないことが幸いだった。過去何年か自分にとっては非常に悪い年というのがあったんだけど、今年もどうやらそうなりそうである。いや、すでにそうなっているようだ。既に親族が一人世を去っているのもあるし。しかし、それを例外とすると、自分でダメージと思っている事柄は、総じて自分の「いい気」が招いた事故であるのは紛れもない事実なのである。その「いい気」の大元となった、Happy 45tist内日記「たわごと」の内容全てが、今月2日付けで削除に追い込まれてしまった。自分の決断なのでそういう書き方をするのは変だが、とにかく「削除」したのは自分である。
この「たわごと」は、自分でホームページを開始した当初から、何らかの日記のようなものは必要であると感じてスタートさせたコーナーで、参考にと思って見て回った色々な個人ページの影響を受けている。そこにはその人なりの喜び、悲しみ、怒りなどが容赦なく表現されていたから、自分もそうすればいいなと思ったのだ。こうして、4月8日のスタートと共に「たわごと」はほぼ毎日書かれていった。(スタート時は「淋しい」という理由により、3月分の日記も手を加えられ「たわごと」としてアップされた。) ところが、始めてみると「たわごと」を書くのが楽しくてたまらなくなって、ついついあることないこと気ままに書くようになるのである。特に横浜ベイスターズ・ファンとしては試合に大敗した日など4文字言葉を大々的に描いた画像を添えてみたり、大好きな魚住アナが番組の企画でヤクルト(当時)のブロスに浴衣をプレゼントしてから彼が勝てなくなったことを面白がったりしたり。そうこうネットサーフィンを続けているうちに、特定のメーカーのコンピュータとそのユーザーを容赦なく攻撃した、某有名ギタリストのあだ名がURLに含まれたサイトを発見して怒り狂った(そいつに対しては黙ったままにしている)のにも刺激されて、「たわごと」の気ままさはますますエスカレート、特定の人を無意識に傷つけているなんてことも意識せず突っ走っていった。そんな「たわごと」を意外にも気に入ってくれた人も結構多かった。「Spinning」ページなんかより遥かに支持者が多いと見ていた。このページに影響されて自分でもエッセイを載せ始めたとか、自分は日記書くのは嫌だけど、ここは面白いとか言ってくれる人がいると、勇気づけられないわけがないのだ。あまりにもいい気になったので、85年からつけ続けていた普通の日記「ダーリン日記」(Playbackページの元ネタ)を98年からやめて「たわごと」に統一しようというコンセプトも一時芽ばえていた。しかし、あっさりやめられてしまったのは、「たわごと」の方であった。その大きな原因はやっぱりネット上でポーズをとり続けることの限界に他ならない。ネット上で自分のあることないこと書いて、どこが面白い? 結局自分だけが面白かったんだ。絶対みんなそうだ。楽しんでくれた方々には悪いけど、そんなもんである。このことを私に認識させてくれた通称「燃やさなあかんなな日々」が終結した後、先週書いた様なことがあって、「たわごと」は人を傷つけてもいたんだということが初めて解った。その特定の文章だけを削除するという行為は自分やその他の人にとってあまりにも不公平と思えたから、「たわごと」は(毎月少々余計に書いていた、今の「愚悩」の原形)「えくすとら」の部分を残して、全文削除することにした。西武に移籍してもなかなか勝てぬブロスも含めて、自分の無意識の犠牲になった人は余りにも多過ぎると感じたからだ。大体その日その日の思想を残しておいて、「今を生きる」人のためになるわけがないもの。
「たわごと」が「愚悩」となって、毎日書くことからの解放、さらに多少形式的表現を強いられることにもなり、少しは自分の思想発表が伸びやかになったとは思う。他人はどう感じているかはわからないけど、少なくとも破壊的行為に走るような人に出てきて欲しくはないと思ってる。そのためにも、もっと寛大な心を持たなければ、そういうわけ。結局継続している「ダーリン日記」の方では、あえてあることないこと書いてますが。(登場人物集計ぐらいはしてみたいけど)
ス◯ー◯ンドさんにある程度は感謝したい。しかし自分は林檎野郎だから、絶対歓迎されないはずだ......ましてやのいずなんか作ってるから余計だな。来週の愚悩は、今の年齢で書くものとしては最後なんで、なんとか開き直って明るい内容にしたいと思います。

かまぼこの可笑しな美味世界 (1998年5月)
12日、かねてからこのページの随所で入れ込んでいた京都の女の子3人組、かまぼこのライヴを見に行く。去年8月、関西紀行時にテープを発見し、それ以来はまりっ放しで、挨拶も兼ねて年賀状を出したら定期的にライヴ情報をくれる、とてもまめなコたちなんだけど、やっと東京進出(実は2度目)というわけで喜び勇んで出かけた。実は開演前、彼女たちはライヴハウスの外で回りの様子を伺いつつチケットを売っていて、その光景に気付かずずーっと横でレコ・コレ読んでいたんだけど、彼女たちと解るやいなや意気投合、向こうもしっかり覚えていてくれた(もちろんお互い顔を合わせるのは初めてだったが) こういうコミュニケーションできるってほんと遠距離同士は幸せですな(???)ってわけで、このページをご覧になっている殆どの方は「かまぼことは何ぞや」状態だと思うのでうまく説明しつつライヴ・レポートしたいと思うのでありますが.....
まずこのかまぼこってグループ名にはそそられずにいられないですね。まるで「カーズ」みたいなもので。そしてアコースティック・オルタナ(?)っつー感じの女性バンドひしめく中において、あまりにも突き抜けた存在感はテープを聴くだけでも伝わって来る。日常の中の超非日常さ、親しみやすい異様な風景の数々が極めてキュートに歌い綴られるのだ。この世界がライヴで展開されたら絶対たまんないだろう。いろいろ妄想しているうちに、ボーカル・けーちゃんの舌っ足らずなMCからいきなり誘い込まれる。頬を緩ませる屈託のない表情で歌うシュールな世界。ギター・まきの淡々としたクールさ、そして歌の世界に躍動感をそえるウッド・ベースのきよも存在感充分。最近の女性バンドに欠けていた、80年代初期のニュー・ウェイヴ(サボテンとか)に通じる分裂風味。これこそが私をそそった第一要素だったんだと、生蒲鉾に接して初めて解った。屈託のない暗さ、開放的な閉塞感。これらが最も発揮されていたのはまだ未聴だった3rdアルバム(テープ)「糸こんかまぼこ」(美味すぎ!!!!)の収録曲幾つかにおいてで、ダウナーの極限まで引きずり込むアシッド感は最近のテクノを凌ぐかも。しかし、全く嫌味にならないのは、彼女たちのキャラクター故でありましょう。東京の人は関西に比べてずっとクールに見えたかもしれないけど、実は心の奥で楽しんでたよ絶対。そんな感じで30分。「ヨーグルトにまみれてぬるぬる」が聴けなかったのは残念だけど、まいっか。いよいよ来月CD発売だそうで、応援するよずっと。
このかまぼこを挟んで全部で5バンド、あらゆるタイプの音楽をまとめて楽しめたからライヴハウスって捨て難い空間ですね。決して自分的には同類になれないタイプの演奏でも、途中で退席せずしっかり聞き入ってしまうのは、自分の中にA&R心(憐れみ&老婆心?)がまだしっかり宿っているからでありましょうか。来月も行きます、どっかに。

私が美人演奏家に弱い訳 (1998年5月)
雑食といえるほど無節操にいろいろ聴いている私ですが、美濃さんや理華さんを持ち出すまでもなく、今年になってからクラシックの割合がかなり高くなってきている気がします。これを年のせいだとは絶対思っちゃいけないけどね。まあ、基本的な事は、うちに昔からあったグラモフォンのLPのセットものとかエンジェル/河出書房の「世界音楽全集」とかで身に付いていたし(ポップスのあの曲の原曲があれだとかそういうことになれば話は別だけど)、中三の夏休みの宿題でクラシックの名曲の感想文を書いてこいと言われたときには、なんとサティのピアノ曲を選択したえらいひね少年だったもんですから。前衛っぽいものとなると、元々「レボリューション9」を誕生会で部屋を暗くして聴くなんてことを考えていた位だから抵抗なく入りこめたし。しかしやっぱりロック、ポップスに比べるとしょっちゅう聴くものではないと認識してたな。ジャズもそうだったけど。唯一そんな認識を潤してくれたのは、何を隠そうFM誌で時折見る「美人演奏家」の存在に他ならなかった。何しろその頃はというと、カラヤンがザビーネ・マイヤーに異常に肩入れして、ウィーン・フィルの男性団員の逆鱗に触れたことが話題になっていたほどだから、女性の演奏家となるとアルゲリッチみたいなピアノの人以外はそんな一般的でなかった気がする。そんな状況だった頃FM誌をぺらぺらめくっていて目に飛び込んできてそそった人がリコーダーのミカラ・ペトリとハープの吉野直子さんだったんです。元々リコーダーの曲が好きだった自分は、こういう可愛い(美人というより当時はそんな感じだった)人が奏でるんなら絶対素敵だろうなというイメージを持って、当時教育TVでやったリサイタルの模様を見て恋心うずきまくり。吉野さんの場合も初めてチェックした時は高校生かなんかで、可愛い人というイメージが先行してた。早速86年11月7日に行われたリサイタルに出かけ、その華麗な指使いにうっとり。生クラシックは幼少期に観たウィーン少年合唱団を除くとこれが初めてだった。
時は流れて、女性演奏家の存在も80年代とは比べ物にならない程一般的になり、オーケストラをTVで見ても至る所に華という状況が普通になった今であるが、その間のある時期にこんなことがあった。ミス・インターナショナル日本代表に選ばれたほどの凄い美人、大西啓子さんが、お得意のピアノ曲でデビューすることになって、大々的なキャンペーンが行われた。実はこの人をある旅番組のリポーターとしてチェックしていて、なるほど素晴しいプロポーションの持ち主であることは認識していたけど、まさかピアノを嗜まれるとは思ってなかった。ある程度売れたことは売れたが、「美人であることを売りものにするとはけしからん」とかなんとか、正統派ピアノの演奏家の方々からの抗議が殺到したらしく、セカンド・アルバム以降が発売されることは結局なかった。もったいない。世のお母様方、ピアノを習わせるのは結構ですが、それ以前にちゃんと育てないとひねた子供になっちゃうですよ。そういえば女優の神崎愛さんも、フルート(実はこっちの方がプロ)でクラシックやイージー・リスニング系のアルバムを何枚も出しているが、どうしても女優というイメージは拭えないようですね。
そんなことがあった90年代初期に比べると、おいしい写真満載のブックレットを初回盤につけるというアイドルそのものの戦略を打てるハープの竹松舞ちゃん(お願い、君だけはちゃんづけさせてくれ)とか、既成のポップ・ヒット曲を新鮮なアレンジで解釈したアルバムでキャリアをスタートするという意表をついた技を使える美濃さんが活躍できる今は、クラシック畑の女性演奏家たちにとって本当にいい時代なのかもしれません。その方が、クラシックに入っていける道が広くなると思えばいいんですよね。しかし、ピアノとフルートを嗜み、演奏家になるべく努力を続けると発言していた中村みづほ嬢は、ビールのキャンペーン・ガールになってしまった以上、もう戻れないのだろうか......まあまあ、美味すぎる写真集を見てしまったら、そんなことどうでもいいのかも......でも、聴きたい。
そういえば、篠原理華さんがゲスト出演したNHK教育TVの「トゥトゥ・アンサンブル」はチェックしましたか? この番組のララ役、本谷美加子さんもそそる演奏家の一人としてチェックし続けた存在だったんですが、そこに華を添えるリコーダー・アンサンブルの一員として理華さんがいい味出してました。セリフも結構あって大変そうでしたけど、この番組にはチェンバロの曽根麻矢子さんやTVドラマの音楽担当でおなじみ中村幸代さんなども出たことがあって、演奏家の意外な人間性を引き出すという、本来の目的と全く違った面で楽しむこともできます。ところで理華さんの出演分は来週もう一度(厳密には3度)放送されるので、関心のある方はぜひどうぞ! 左隣りで演奏してた永井美奈子似の矢板由希子さんも気になるぅ.......

林檎者だってこんなことを経験するんだよ時には (1998年6月)
これは先週の話になるんだけど、相も変わらず商品と商品の間を駆けずり回っていた最中、見知らぬ人から電話が。詳しいことは忘れてしまったが、どうやらワーク・デベロップメント・システムだとか何とかの、某出版社が協力して開発したというプログラムの資料を送りたいのですがよろしいですかという内容だった。人のいいお姉ちゃんだったから嫌味は感じなかったけど、何ゆえに自分の職場に電話が入ったのだろうかと疑問符状態で、しばらく仕事が手につかなかった。大体、現在の自分の職場がどこかなんて知人以外にしゃべったりした記憶は全くないし。ましてや正社員でもないし。プログラムを必要とするようなオフィス・ワークなんてやってる訳じゃないし(今後もやらないだろう。自分の金で何かを始める様なことがあれば話は別だが) あっ、思い出した。そのこころはMacWorldExpoにあったんだ。
あれに入場する際は、登録書に自分の職場名とか役職とかまで書かなければいけないのである。いったいどうして? Mac使っている人の比重はオフィス・ワーク以外の方が圧倒的に高いんでしょ? じゃ自由業のデザイナーや作曲家の人はその旨を書けばおしまいってわけよね。しかし、自分みたいに利益を得る目的以外のためにMacを使っている人は、MacWorldExpoみたいな所に行ってはいけないとでも言うのか? 考えてみてよ、Macユーザーはフレキシブルな思想を持っているわけよ、その思想をさらにエクスパンドするために、MacWorldに情報を得に行く訳である。それなのに企業的なリスクに縛られる必要があるってわけか。大体去年Expoに行ったのは、小島奈津子アナが来るからという全く不純な動機によってである。しかも当日になってその事実をネットで知ったのだ。結局なっちゃんを見たのはたった10秒ほどだったが、帰る際には溢れるほどのチラシと、特価で購入したペイント系のソフトが袋に入れられていたのだ。今年だって、デジカメ借りて水着のおねーちゃんを撮影しただけで帰って行った人はいっぱいいたと思う。逆に自分は何も買わなかったけど。それより、カップルで来ていちゃついてた奴らがあまりにも多くて苛立った。Windows全盛の今、オフィスで疎外感を感じるMacユーザー同志が結びつく現象多発なのか。それとも「WITH LOVE」現象なのかただ単に? 電脳世界も変わったものである。
そんなわけで大幅に話がずれたが、きっと電話してきた業者はMacWorldExpoの顧客リストを入手して、片っ端から電話をかけまくっていたのだろう。その中には会社でもMacをバリバリに使うオフィスワーカーもいれば、自宅でネットをするときにしかMacを使わないスポーツジムのインストラクターさえいるかもしれない(なに、そういう不純な奴はWinに決まってるって? 断定できんよ) でも電話した人からみたら、みんなバリバリのパソコン使いのサラリーマンだと思われるんだろうな。そういうあざとい奴にとっちゃ、Macも他のパソコンもみんな同じってわけだ。ともあれ、こんな不愉快な気持ちを味わった後、自分なりのMac対Win戦争がまた始まってしまった。Windows95が発売されて大爆発したパソコン・ブームは、やっとピークから下り坂に入り始めたらしい。そんな今、Windows98発売は新たなる盛り上がりを誘発するのだろうか。ビル・ゲイツという人物の像が、一般社会に結構浸透してしまった今、新たに彼について行こうという人は一体いるのか。そんな実態も知らずに、「うちのOSも98ってのにしないとまずいな」なんてこぼす企業は後を断たないと思う。OSを新しくしたからって楽になる訳では決してないよ。それを力説するのは、他ならぬMacユーザーの皆さんであるはずだ。OS XとかG3とか、次世代Macの波はひしひしと押し寄せているのだが、現在のMacが一番心地良いと思っている人はアップグレードするとかえって狼狽してしまう。その逆行現象として、昔のMacに再び人気が集まる訳。他のパソコンでこういう現象が起きるか? 少なくとも、オフィス・ユーズ主体のパソコンってのは、古くなればそれでおしまいだと思う。たとえ新しいWindowsを入れてもだめなんだよねきっと。
などなどうだうだと書かせる気になったヤな事件が、先週あったわけなんですよ。まあ、たとえパソコン・ユーザーの増加の幅が狭まろうが、ネット人口が増えてより多くの人々とここで接することができれば、それでいいわけで。最後に、あのCMの「ヒーローズ」はオアシスじゃなきゃだめだよ絶対。 (後日注: まさかこの頃は掲示板のログからメアドを収集する奴らがいるなんて思いもしなかった....)

現代音楽は21世紀のポップに成り得るか (1998年6月)
考えてみれば、今年になってから体験した「生演奏」の半数以上はいわゆるポピュラー系ではない、早い話がクラシックである。しかしポップスだクラシックだなんていうジャンル分けさえもどうでもいいほどいろいろな音楽を楽しめるようになって、私としてはこの混沌とした時代に感謝したい。もちろんカレントものに素直に反応できなくなったのを歳のせいには....絶対したくないけど。あと先月第5週の愚悩に書いたような事情もあるし(はぁと)
そういうわけで、19日に行って来たのは、「織田なおみの音楽会vol.2」。織田さんっていう人はあまりなじみがなかったが、フライヤーを見るとバリバリの現代音楽の作曲家の名前が並び(あと中川俊郎氏のコメントもそそったし) 何せ奇麗なフルート奏者の方ということで、初めての生現代音楽体験に心をときめかせつつ臨んだのでした。
初めて行った東京オペラシティでしたが、環境的には非常に素晴しい。しかし案の定雨。こないだの美濃さんの時といいその前の理華さんの時といい、金曜夜の演奏会は雨にたたられ続き。そんなわけで、理華さんの演奏会でのあの言葉を思い出し、真っ先に傘を傘立てに突っ込んだのであった。客層的にはいかにもクラシックの演奏会という感じのハイクラスな大人の方やその子供達(しかしこんな幼い内から前衛慣れしちゃったらどんな大人になっちまうのだろうか)に加え、「渋谷系」とは実は「渋谷タワー5F系」の略ではないかというのを証明するようなお洒落な若人たちもちらちら。この傾向については後に触れるとして、肝心のなおみさんの演奏会。普段FMの「現代の音楽」聴いてて、電子音楽系の次に面白いと思うのはフルートの曲だとつくづく思ってる自分としては、特殊奏法の数々をその目でしっかり確かめたいという気持ちもあった。客電が消え、暗闇の中に突如現われた天女の様な格好のなおみさん(CXの田代尚子アナに似ていると言われれば何となく)は、1曲目からアグレッシヴにさまざまな業を繰り出してくる。唇や指との間に何かしら距離がある分浮遊物体と化し、演奏者との格闘を要求する魔法の笛に対して、歌うなり叩くなり様々な攻めは有効となる。繰り出される調べは、いかなる音響派よりも刺激的な音響となる。1曲目のM.ビザーティの曲で、もう充分パンチを食らわされたという気分。2曲目以降でも、時には優しく時には官能的に、様々な場面を展開してくる。で、今回もっとも楽しみにしていたのが、前途「現代の音楽」でも時々楽しませてくれる伊佐治直氏の作品の生体験だった。オーケストラや声楽の為の作品でもいろいろな飛び道具を繰り出し、今あるべき真の前衛を体現するこの作曲家は、驚くべきことに小山田圭吾や中原昌也とほぼ同世代なのである。ポスト・オルタナ世代だからこそ可能な大胆攻撃は、この夜演奏された「"KO....""OK!"」でも健在。ピアニストの岡野氏は突如ラフな服で登場し、突如演奏を止めて妙なポーズをとったと思えばいきなり叫ぶわ、怪しい器材を操作してノイズを出すわで、それに煽られてフルートがお茶目に乱舞している。過剰なアカデミズムは妙な化学物質に代るハイ成分に成りうると納得させつつも、聞かせどころはしっかり心得ているのだ。それに続く西村朗さんの曲は、解説にある通りロング・トーンの持続がまたとない官能的な響きを編み出していて、この人の演奏で聴けてよかったと思えたこの夜のハイライトであった。アンコールで演奏されたサン・サーンスの「ロマンス」でやっとフルート本来の甘美さを前面に出したのさえ、限りない色彩のほんの一部でしかないという感じ。存分感慨にふけることができた示唆的一夜をありがとうございました。
さて現代音楽の聴取層が確実に変わってきている、悪くいえば「お洒落」になってきているのはいいのか悪いのか? やっぱコーネリアスから入ってスマイル時代のビーチ・ボーイズに行って、ついでにザッパに寄り道してからストラヴィンスキーやヴァレーズに行くのか。それとも暴力温泉芸者経由でSH&Wに行き当然の様にシュトックハウゼンに行くのか。もしくはキムタクからいきなりサティに入るのか。そういえばヤン富田のあのとてつもない4枚組はバカ売れしてるしな。このままでいけば、「スマイルのブートを聴いて現代音楽の作曲家を志しました」なんていう世代が出てくるのも時間の問題である。ここまで時代が進んでしまうと、余計メロディの行方って心配になります。只でさえ今のポップス界はメロディの墓場と化しているのに。ああそうか、墓場からメロディの魅力だけをうまく救い出して再生している美濃さんがいるから安心かな(こわー) そんなわけでいろいろ頂いたフライヤーの中では、一番気になるのが72年生まれ(美濃さんや魚ちゃんと同い歳)で近藤譲氏らに師事した建築系作曲家、武智由香さんだったのでした。今度芥川賞選考会で作品が演奏されるそうです、楽しみ。この美形作曲家の方がどんな曲を....とわくわくしますね(などなど、やっぱFMでの放送に頼りそうである...ごめ) この甘美な響きの名残を残したまま、金曜日の夜特有の酒気帯び狂騒から我が耳を守るために回り出したCDは、なんとトミー・ジェイムズ&ションデルズの「ハンキー・パンキー」(たまたま行きしなにWAVEで入手) それが丸芽志悟なんだっちゅーの。(**/)

(ALBUM MEMOの部)


"Crystal Ball"

NPG CRCL-80005~8 (limited)
超大作「emancipation」に続く新譜は来年(1999!!!)まで出ないとのことで、それまでのつなぎとして「オンライン販売のみ」で出回ると言われていた「Crystal Ball」が突如姿を表わしたのは今月中旬のことだった。といっても店頭に出回るのは極めて数が限られるということで慌てて入手に踏み切った。何せ相手は元プリ様だもんなあ、躊躇する余裕を許さない男だからな。
気になる内容は、予測されていたとおり3枚のCD(3枚ともきっちり49分49秒で終っている)に未発表となっていた曲が30曲。古くはタイムのセカンド・アルバム用のセッションからの気紛れな曲から、新しくは「emancipation」用に作られ外された曲まで制作時期も様々だが、ビートルズの「アンソロジー」みたいに体系づけて並べられている訳でもなく、一見無造作。しかし通して聴いてみるとスムーズに進行していき、(元)プリ様のどつぼにはまってしまうのだ。結構コアなファンの間では知られた曲としては、映画「ショーガール」用に作られた1-(4)、ラジオの特番でオンエアされた1-(3)、CD-ROM収録曲2-(1)、「再会の街」のサントラ収録曲2-(9)、コンサートでは頻繁に演奏されている3-(1)、ビデオには収録されていた3-(6)。既発曲のリミックスや別ヴァージョンが1-(5)、(8)、(10)、3-(7)、(8)。残る曲の内1-(1)、(9)、2-(5)、(6)、(7)、3-(2)あたりはブートを集めているファンにはあまりにもおなじみの作品と言っていいだろう。即ちこのセットは、ブートを聴き続けてきた欲求不満な人々(1-(9)はディアンジェロの好きな「ブート曲」であるという事実に敬意を表して収録したと書いてある。)への返答であり、言ってみれば「裏ベスト」なんですよね。しかし没った曲といえども個々の作品のクオリティは高すぎ。一級のファンク・ナンバー1-(6)、3-(2)からあまりに美しい2-(5)、3-(4)、(10)まで。公式発表曲では余り見せない実験的な側面や茶目っ気(15分に渡ってスタジオでの戯れを収録した2-(8)とか...)も時折伺える貴重なコンピレーション。1-(3)のイントロにサンプリングされている「The Line」を始めおいしそうな未発表曲はまだまだあるに決まっているので、今後も続々この種の「公式ブート」が密かにリリースされる可能性は高い。ますますザッパに近づいていく(元)プリンス......
それとこのセットの付録として、去年密かに作られ"Love4oneanother"募金協力者に配られた噂のアコースティック・アルバム「The Truth」が用意されているのだが、これも格別である。あまりにもむき出しの姿であるという点ではあの「カオス&ディスオーダー」に通じるところもあるが、あれ程の投げやりさはなく、アコギといくつかの装飾音のみをバックに穏やかに展開するフォーク・アルバムといった形相。公式発売するには余りにも非コマーシャルな作品ではあるが、(3)なんかは凄くいい曲。そういうわけでこのアルバム欲しい方、早く掴まないと店頭から消えるのも早いよ!!! しかしな、なんと! 手に入れられない人、入手し逃した人に朗報! 8月26日にクラウンから国内ディストリビュートにて発売が決定しました。但しこちらも超限定盤となります。とにかく絶対買いです。 (1998年3月)
O.S.T.
「ゲバゲバ90分! ミュージック・ファイル」

VAP VPCD-81254
VAPを持続させる「ミュージックファイル」シリーズもついに「バラエティ番組」へと突入。その第一弾としてこれが選ばれたのは歴史的意義が大きい。いろいろな意味で文化的インパクトが強烈だったこの番組('69年放映開始)、自分も幼少だったものの未だに断片的に記憶がインプットされているから、その程は良く解る。こうして音楽だけを取り出して聴いてみると、良くできてはいるものの単なる「効果音楽」の域を出ていないのは仕方ないが、それはギャグが外部効果に影響される必要がないほど高度だったからに決まっているわけで、つくづく現在に至るタレントとスタッフの力関係の逆転を嘆きたくなる。(テロップがないと成り立たない今のバラエティ番組なんてもう....) それはさておきラウンジものとしてもてはやされそうなこの音楽、ステレオの高度な録音によるソースが残っていただけでもすごい。有名な「言いたい事言ってら」が、歌入り版が残っているにもかかわらずカラオケで収録せざるを得なかった事情は、とてもよくできたライナーに記載されているが、どうせならその部分だけビデオから再編集して収録できなかったものか(うちにさえそのビデオあるんだから、日テレにないわけない) もちろんあの効果音も効果を上げるため随所にばっちり収録。あなたのパソコンの警告音としても最適です! (1998年3月)
Various
「山本正之作品大全集」

WEA WPC6-8255~7
96年12月に限定発売されて、たちまち品薄になってしまった(アニメ系に強い店以外には、入荷もしなかった)このレアな作品集が、奇蹟的にとうとう手に入りました。日本のレイ・スティーヴンス、色もの歌謡界の筒美京平とも言われる山本正之氏の他人への提供作品を中心にした3枚組アンソロジー。なにせ「燃えよドラゴンズ!」「うぐいすだにミュージック・ホール」「ひらけ! チューリップ」の作者であります。凄いっしょ? あの「タイムボカンシリーズ」の音楽も全部彼だ(これらはビクターから別途大全集が出てる) その時代感覚の鋭さと、悪く言えばワンパターンのノスタルジックなメロディーの合体術、それを20年以上続けている恐るべき持続力は、もっと歌謡界でも評価されるべきと思うのだが。個人的には木久蔵師匠の「酔姫エレジー」と究トモ子(彼女の芸名の由来もこの詳細なライナーで初めて知った)の力唱2曲、そして兼田みえ子の超名盤「水鏡」('76年)からの2曲(未収B面曲もあり)が嬉しい収録。ジャケの掲載がないのと「怪傑鶴光仮面の歌」のラスト20秒がカットされているのだけが残念賞。続編も出ているが、こちらも超限定で品薄となっている。 (1998年5月)
Various
「アーリー70's フィーメイル・アイドル・コレクションVol.1」

Sony SRCL-4230
ソニーの「アーリーシリーズ」の第2回発売の一環として必然的に登場した70年代初期のアイドル・コンピレーション。南沙織の登場を皮切りに、新興メーカーならではの新鮮な音作りと画期的なコンセプト(主に酒井政利氏の)によって急激に勢力を拡大していくCBS・ソニーの足跡が手軽におさらいできる好盤。奈良富士子、長谷直美、水沢アキといった時代の覇者たちの貴重な歌声から、石井まゆみ、青木美冴といった幻の歌姫たちによる埋もれた名曲群まで。特に耳をひくのは筒美京平のウルトラ名曲に挑んだ中島まゆこの「夢でいいから」(アレンジはむしろこっちの方が素晴しい)にグルーヴィにはじけまくる鶴間エリ(!)の「素敵な出来事」、粘っこさがたまんない長谷直美の「私は天使じゃない」そして我が永遠のアイドル相本久美子の前身近藤久美子のウルトラ貴重曲「小さな抵抗」(この選曲はバス・ハーモニカを使っているからというのは勝手すぎる思い込みか?=ディープすぎ)といったところで、先に挙げた幻の歌姫二人も存在感充分の歌唱を聴かせる(アイドルとしてはいまいちだったが....) 筒美関係では水沢アキの2曲や朝倉理恵、優雅も避けられません。しかし、このルルルル10の1位にこのCDを押し上げた要因とさえ言える決めの一曲はなんといっても高沢順子の「青春の1ページ」! 「新同棲時代」のこのコがレコード出していたとは不覚にも未チェック(宗内自ら首絞める)だったが、これは凄いわ。さすが千家和也、いきなり太宰治よ。さすが加藤和彦、当時ミカ・バンドをやりつつこの曲とは。後の高岡早紀を充分予感させるプロデュース術で、順子の病的としか言いようのない歌唱を大いに引き立てている。ついつい4回繰り返して聴いてしまったっすよ。1973年の水準からしたら、ちょっとアヴァンギャルドすぎですね。というわけでこのアイドル・シリーズはVol.2、Vol.3とどんどん続けていただきたいと思います。筒美京平だけが70年代ポップス歌謡じゃないのだってことを知らしめてやってほしいね。 (1998年6月)
Sweet
"The Best Of Sweet"

Capitol TOCP-50498
この盤は正確には"BURRN! presents The Best of Sweet"というタイトルで、サクソン、グレイト・ホワイト、サンダーのベストと共にHM/HRファンをそそるアイテムとしてリリースされたものですが、そんなレッテルをはるとかえって逃げられてしまうのでは? この盤は初期のバブルガム・バリバリのサウンドから徐々にハードネスを取り入れて脱皮していき、80年に破滅に至るまでのアルバム・シングルからそつなく編集されている。ちなみに初期のものはBMGから出ていた「ブロックバスターズ」というCDにまとめられているが現在は廃盤か? なにはともあれ、「フォックス・オン・ザ・ラン」が大ヒットして人気を確立した彼等に当時のレコード会社(今も同じだけど)がつけたレッテルが「ヘヴィー・ハーモニー・ロック・グループ」! 凄いでしょう。ハード・サウンドに同じ程重厚なコーラスをのっけて、ポップに展開したサウンドはクイーンよりも一段と理解しやすいものだった。今このCDを聴くと、HR/HMのグループに彼等が与えた影響(「アクション」をデフ・レパードやブラック&ブルーがカバーし、「ロックンロールに恋狂い」は「ウェインズ・ワールド」で歌われた)のみならず、ヒップホップの元ネタにさえ頻繁に使われたほどのキャッチーさ、そしてプログレ、ファンク、AORなどを貪欲に飲み込む柔軟な音楽性に改めて感動せずにいられぬ。そりゃー、BURRN!の歌い文句の割りにELOっぽい壮大なサウンドをもったAORや産業ロック・バラードとしかいいようがない曲が入っているのは多少不釣り合いだけど許してやろうよ。それにしても「ロックンロールに恋狂い」のイントロは、どう考えてもフェニックスの「恋するラ・ラ・ラ」を参考にしたとしか思えぬ。っつーわけでこれの購入の要因はやっぱりノスタルジアの一言に尽きます。 (1998年6月)
金延幸子
「時にまかせて〜金延幸子レア・トラックス」

URC TOCT-10293
70年代の日本のロックの秘宝を掘り下げている「ニューロックの夜明け」シリーズは各社から要チェック・アイテムが目白押しですが、個人的に一番そそられたのがこの盤。名盤「み空」('72年)が90年代に入って発売当時からは及びもつかない再評価を獲得した歌姫・金延幸子のレアなライヴ音源とシングル曲をコンパイルしたもの。その清々しく無垢な歌世界は、ライヴという環境においてさらに過激な表現力を身につけるということをドキュメントした貴重な作品である。「ロック反乱祭」のステージで聴かれる小気味よいアコースティック・サウンドと、司会者の「エレキだからこそロックか」という当時ならではの口挟みのコントラストは、ピースだったのか荒廃していたのかわからない1970年を言い表しているようだ。今聴けば、これもやっぱりロックなのだ。曲間のMCでの恥ずかしそうな語り口は、彼女も女の子なんだなあってほっとさせる。終盤のシングル曲のアシッドな実験ぶりも聴きもの。渋谷系も浪花系(?)も、とにかく全ての女性ポップス・ファンは通り過ごしてはならぬアルバムである。もちろん「み空」をちゃんと味わってから聴かないと始まらないよ。 (1998年6月)
The Freak Scene
"Psychedelic Psoul"/
The Devil's Anvil
"Hard Rock From the Middle East"

Collectables [US] COL-6001
ウィ・ザ・ピープルのリイシューと同じ程サイケ・ファンとして大事件と思わずにいられない優れものが出た。サンデイズトと対照的に、日頃からいい加減なリイシュー会社(作曲者クレジットを載せなかったり、ジャケットを再現しなかったり....)として気にいらなかったコレクタブルズをやっと誉めてあげられる。そのコレクが3回に渡って異なるヴァージョンで再発した(が、一度たりともオリジナルを再現しなかった)超ラリラリ名盤、ディープの「Psychedelic Moods」の主役であるラスティ・エヴァンスが続いて取り組んだのがこのフリーク・シーン。ちゃんとオリジナル発売会社であるソニーにライセンスを得て、ラスティの制作秘話もライナーに織り込みちゃんとしたリイシューが実現した。当時メジャー・レーベルからはサイケ・ブームの便乗商品として様々なレコード(いい加減なものもあるが、それとてサイケそのもので私は糞扱いしたくない)が発売されたが、その一種であるようでそうではないのがこのアルバム。曲そのものがちゃんと曲として成立しているし、半端じゃない実験サウンドも試みられている。フォーク出身らしいラスティのアシッドなヴィジョンが具体化されたまさにサイケそのものの名盤。だから日本のソニーは無視するのだ(「こんなのどうだ」というCD化熱望人気投票に、私はしっかりこのアルバムをリクエストした) なお7曲目はプライマル・スクリーム(withノエル・ギャラガー)もカバーしたあの「5 Years Ahead Of My Time」のB面に収録されていたサード・バルド名儀で出した名曲をセルフ・カバーしたものである。さて、空スペースがもったいないからと強引にカップリングされたのは、なんとフェリックス・パパラルディ(ラスティのお友達でもあったそうだ)がプロデュースした中近東音楽とサイケのコンビネーションによる迷盤。フォールン・エンジェルズの2枚のアルバムを別々にCD化したコレクにしては余計な親切と言えそうだが、これとて悪くはない。昨今のエスノ系のハウスやヒーリングものと違って、何も考えずに作っている、とりあえずエスノにすればサイケだってな無思想ぶりがとてもさわやかだ。20曲目なんて日本の片田舎の場末のバー・バンドが歌謡曲寄りGSの曲を演っているよう。23曲目(「パルプ・フィクション」のあの曲。歌詞があったんだな)では若きフェリックスの歌声も聴ける(あとの曲は現地の人が原語で歌っている) まあとにかくこっちの方はおまけであります。フリーク・シーンのために買われるべきCD。高すぎオリジナル盤や祖悪なコピー盤は掴むな! これがあれば大丈夫。 (1998年6月)
Justin Heathcliff
"Justin Heathcliff"

WEA WPC6-8455
またも「ニューロックの夜明け」から隠れ名盤1枚。むしろこれは'71年の日本のロックとして聴いてはいけないアルバムかもしれない。前年にランチャーズを解散させて、あの内藤洋子を奥さんにして自らの人生の道の探究に入った喜多島修の最初の旅が、ロンドンのスタジオに侵入してビートルズ・サウンドの再現を悟ることであった。そのパートナーとして、東芝時代から先鋭的サウンド作りで定評のあった日本初のプロデューサー型エンジニア・吉野金次氏が選ばれた。二人でどうだこうだと試行錯誤を繰り返して生まれたのがこの元祖「ブラック・アルバム」だった。当時は全く無視されたものの、このアルバムが持つ意義は大きすぎた。そのあまりにもパラノイアックななりきりぶりは、当時のスキゾなロック・シーンにおいてはあまりにも異色。しばらくしてトッド・ラングレンやXTCといった真のパラノな人々によって実践された「ビートルズ・サウンドの再現」を、解散直後とはいえほぼ同時代にやってしまったという点でこの作品は凄すぎる。ギターの鳴らせ方とかハーモニー、エフェクトの入れ方、ステレオ定位に至るまでニンマリ連発。声などかえってアンディ・パートリッジに似ているとさえ思わせる。ここまで自らなりきりたいという対象への愛を徹底させたのに無視されてしまったからこそ彼は「日本人」(ファーラウト)への回帰を悟り、和風ニューエイジを極めることとなったのであろう。それは愛妻洋子にも大きな影響を与えたはず。娘が芸能界入り(その舞も同じ様に早婚したなあ)したのを除くと、完全に芸能界から距離を置いてしまったのだ。この音盤を聴くと、そんな余計な感慨も脳裏をよぎる。ともあれ、このアルバムの直後、同時代ジェリーフィッシュといってもいいチューリップがシーンに出現したものの、彼等もフォーク・グループの一種としての評価しか得られなかった。日本のポップ・シーンってそんな非情なものだったんだなあ。今の方がずっとビートルズに関しては寛大である。だからこそこのアルバムも蘇ったってわけなんですね。(1998年6月)
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