丸芽志悟とパソコン(97年6月)
さて、今月のたわごと・えくすとらは私とパソコンのつきあいについて振り返って見たいと思います。まず、始まりは高校一年生の時、日立のパソコン(機種忘れた....)を持っていた友達のところで「パックマン」とかをやらせて貰った時代に遡る。彼は高校卒業後コンピュータ・ソフト会社を設立、Mac(当時はMacじゃなかったっけ?)も'80年代中ばに逸早く入手するなどその道のオーソリティとなったがここ10年は連絡とりあってない。このページ見てたら是非連絡ください! ちなみに彼はあの忌野清志郎氏にPC-98のいじり方を伝授もしたそうです。そうこうしているうちに、当時東芝と業務提携していた関係上、父がちょうど発売されたばかりのパソコン「パソピア7」を入手。1983年のことである。ちょうど受験シーズンだった私は立場を忘れてBASICを勉強しまくった....というのはうそですが、SoundとかPlayとかのコマンドを使って何とかちゃちい音色で音楽をプログラミングしたり、ランダムに変化する音階でノイズまがいの曲を作ったりしました。あと、最近ホームページでよく目にする文章のカットアップに近いとも思うんですが、アーティスト名と曲名をいくつもListしておいて、Runさせるとそれらのなかからランダムにピックアップして組み合わせ10曲並べる「夢のヒット・チャート」なんていうプログラムも作ったことあります。アニメのテーマ曲をメタル・バンドが歌う(アニメタルの先駆け?)とかアイドルがスロッビング・グリッスルを歌うなど無秩序の極み(このページ以上かも)で、ときどきマイケル・ジャクソンの「ビート・イット」なんてのがでたりすると「やった、大当り!」なんて喜んでました(たまにアーティストと曲名が一致するっていうことですね) このパソピア7とはある日突然BREAKボタンが効かなくなるまでつきあいを続けましたが、その頃にはもうMS-DOSというのが出ていたにもかかわらずパソコンへの興味は全くといっていい程なくなっていました。但しワープロはパナソニックのU1P607を使ってました。しかし90年代に突入すると「タモリの音楽は世界だ」の影響か、アップルのMacintoshというコンピュータはすごそうだ、これは是非音楽作りに役立つと考え始めたのです。ただし予算と買う気がちょっと足りず、Mac購入は見送られ続けた(OSのことを考えるとかえって良かったと思いますが、今やクラシックMacも隠れたブームですから...) そんな中、先輩のM氏が奮発してPowerMacを購入。彼のアドバイスにも助けられて、徐々にMac購入したい熱が再燃し始めたのが1994年。そして次の年の暮れのボーナス・シーズン(結局私にとってこれが今のところ最後のボーナスです)、Windows95で湧きまくる周囲を尻目に、とうとうPerforma588を購入したのでありました。最初はインターネットなど全く眼中になく、歌謡曲のシングルの整理と曲作りに役立てようということで変な色気を出さず初心者向けのもので満足しようという方針でしたが....結局次の年にモデムを入手し、MIDI関係のソフトや周辺機器には脇目もふらず手軽なシェアウェアでのいず道を極め、M氏が買ったスキャナについていたPhotoshopのLE版(これはいわゆる発掘アイドルもののアイテム数点と交換で手に入れた)で画像の変容に熱中と狂いに狂い、とうとう今年3月にメモリを8MBから24MBにパワーアップ、そしてほぼ同時にプロバイダにも加入してネットにはまり出したというわけなんです。45者としてはまだ生後2カ月(当時)ですが、それ以前にここまでやっていたからこそ順調に育っているのかもしんない。BASICの経験があるからこそ、ホームページ作成ソフトよりもこつこつHTMLを打ち込む方が性に合っているのかもしれません。
国内盤と輸入盤 (97年7月)
結論から言うと私は断然国内盤派です。やはり日本のレコード会社にがんばって欲しいっていう気持ちがあるし(どうしようもないことばかりしてと責めまくるのは身体に良くないっすよ) 多少ムードを崩す場合があるにせよボーナス・トラックはありがたいし訳詞とかじっくり吟味したいってのもありますから多少高くても目をつぶってます。ただし、最近の新譜でこんな気持ちをくつがえしてくれるものにいくつか出会ったりするわけで。とりあえず挙げておきましょうか。まずついこないだ国内盤が出たマイケル・ペンの新譜「リザインド」。ブレンダン・オブライエンが作ったニュー・レーベルから出す5年ぶりの新作ということでアメリカのソニーも力を入れ、CDエクストラ仕様でリリース。アルバム・メイキングのムービーや他愛ないゲーム、そのゲームに成功すると楽しめるビデオ・クリップ、そしてインターネット・サイトへのアクセス用プログラムなど楽しみ満載なのである。歌詞カードもつけずエクストラ部分に記載(昔フリートウッド・マックがCDグラフィックスで曲と同時進行で歌詞が出るのを出していたな...) という訳で、6月14日に輸入盤を見つけたときはきっと日本のソニーはそこまでしないだろうと思いためらわず購入した。そして7月21日出た国内盤はと言うと、案の定ボーナス・トラックが1曲入っていたが、CDエクストラは見事にカット。どうせショーン・ペンの兄としてしか認識されていない、エアロやドリカムとは違うなんてことなんでしょう。私みたいなパソコン・ユーザーにはボーナス・トラックよりCDエクストラの方がはるかに嬉しいのだ。思い出せば2年前に出たローリング・ストーンズの「ストリップト」も輸入盤はCDエクストラ、国内盤はボーナス・トラック入りだったが当時はパソコンと音楽の結び付きをレコード会社がまだ認識していなかったから仕方ない。(このアルバムの国内盤発売はあのWin95を1週間ほど先回りしていた) 自分もこのちょっと後にMacを買ったとき、ちょっと悔しくなった覚えがある(ボーナス曲もシングルに入っていたし) というわけで今後このようなケースがある際は事前にしっかりチェックして選ぶようにしたい。つづいてはワーナーとテイチクが同時に発売したシカゴのベスト・アルバムなんですけど、アメリカではワーナーからテイチクが権利を持っている曲も含んだ1枚もののベストとして発売されている。しかし日本では2者の交配がどうしても無理ということで二社から別々に1枚づつ発売した。個人的にはテイチク時代のシカゴには思い入れはあるのだが持っているのは昔ソニーから出てたカセットのみというわけで、CDは欲しい。ワーナーの方はほとんどそそらないが、レニー・クラヴィッツがプロデュースした新曲は聴きたい。シングル・カットされているけど野暮だし。どうせシカゴはもはやテイチクにもワーナーにもいないんだから新曲は両方のやつに入れてくれればいいのになどなどいろいろ考えた結果輸入盤が一番いいという結論に達するわけです。でもこれ「長い夜」入ってないしな。「素直になれなくて」が「ゲット・アウェイ」につながっているのは買えるんだけど、というわけで未だに未購入ですいずれも。国内盤だって皆が皆偉い訳ではないよ、たとえばキンクスの「トゥ・ザ・ボーン」はライナーにどうしようもないことが書いてあったり、"Village Green Preservation Society"の邦題が「ヴィレッジ・グリーン」になっていたり。(両者は全く違う曲である) ぷんぷん。先に書いたストーンズのシングル「ライク・ア・ローリング・ストーン」も内容を別にするとあきれる国内盤だったな。というわけで、皆さんもよく考えてネタ選びしましょう。
ただCDエクストラでもともさかみたいに68Macユーザーを無視したやつはね.....(ちなみにちゃんとPowerMacユーザーの所に行ってチェックはしました。今回文句言った3作品全て同じメーカーですね。マイク・ラヴの呪いが......)
教授デモ・テープ特集にみる「愛しきアマチュアリズム」 (97年8月)
今回の特集の軸となる1枚のレコードは、1986年3月にMIDIのスクール・レーベル(坂本龍一の最初の個人レーベル)からリリースされた「DEMO TAPE 1」。レコードに針を落すと教授にしては工夫のないテーマ曲に乗せて珍しく教授のDJが聞こえてくる。そう、このLPは教授がNHK-FMで火曜日担当していた「サウンド・ストリート」の人気コーナー「デモ・テープ特集」をレコード化したものである。
レコードについている資料集によると、1982年5月25日に最初の特集が行なわれ以降4年間に14回放送されたこのデモ・テープ特集、当初は坂本教授に対する自分の音楽性の主張というか文字どおりのデモ・テープ的なものが主流を成していたが、回を重ねる毎に内容的に様々な工夫を凝らしたものやただ単に変なもの、音の「特ホウ王国」的なものなどなどバラエティが広がっていった。それらを選曲し、まとめ、あの語り口でコメントを加える教授も大変だったろうがきっと楽しかったにちがいない。テクノ(といっても今のテクノとは大きくかけ離れているが)系のサウンドのみならず教授の音楽性をそそるあらゆる種類のテープがかけられたわけだから当然音楽的にはごった煮でその一味の方向性とも合致。従って1984年2月14日放送の第5回から毎回エア・チェックして分析に勤しんだ。そして1984年のある日、丸芽はとうとう蓄積されたその一味の音源を教授に送り付けることを決定、8曲入り20分のコンピレーションを制作する。その結果....1985年5月14日の放送の冒頭で「第1次予選に通過した」者の名前が読まれたのだが、その中にたかとその一味の名前があった。曲は流れなかったものの、「世界のサカモト」に自分のユニットの名前を呼ばれるという大名誉にしばし酔いしれた丸芽志悟なのであった。そのあと、めちゃくちゃなYMOのカバーなどを収録した第2弾デモ・テープの失敗(恐らく長すぎたのが仇であったと思う)にもめげず、1985年末に「GEMINI」と題された第3弾デモ・テープが制作され、打ち切り間近であったサウンド・ストリートに送られた。
迎えた3月18日、その日はサウンド・ストリートの最終日、珍しくスタジオに聴衆を入れた公開録音形式で教授もいつも以上に硬直していた(?) もちろんデモ・テープ特集もこれが最後。最初の曲「サザエさんラップ」(!!!)が終わった後、遂に訪れたその瞬間。
「これはねえ、わからないんですよ....」と教授の声。「モッちゃん命の<丸>」という声。ちゃんとたかとその一味という名前も書いておいたのに、目に入らなかったのかな。(ちなみに当時の丸芽志悟の最大のアイドルは、当時八王子実践高校を卒業目前の女子バレーの大林素子姫その人であった。「GEMINI」というタイトルは彼女の生まれた星座からとったものだし、ファンレターの返事としていただいた実践時代の彼女のサイン入りハガキは宝物。ちなみついでに実践のバレー部監督はCXの菊間アナの父である) 紹介が終わって流れ出した曲は、幼い声で歌われるスペクターの超名曲「ビー・マイ・ベイビー」。これも意外な展開だ。この1974年8月に録音されたちょっとした発掘ネタは、当時「GEMINI」のために録音した新曲の合間にいたずらとして入れておいたのだが、その「いたずら」が教授に受けてしまったというわけでかなり複雑なのだ。またこの「発掘もの」というパターンの伏線はDT1にも収録されている佐々木朋子さんの「さよなら」という同じ様な幼少時代のテープにあった。そんなわけで「二番煎じ」というイメージを持たれたかもしれない。この曲に添えた「この曲は昔から家にレコードがあったので自然に覚えたのです」という私のコメントを読むバックでかすかにシタールの音が流れたが、これは「GEMINI」で「ビー・マイ・ベイビー」に続けて入れた「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」(もちろんビートルズの)のカバーのイントロであった。教授の「初期のサイキックTVやスロッビング・グリッスルのようなエコーがかかっていました」というコメントに涙(もちろんこれは後からかけたものである)
そうこうしてその一味の地上波デビューは幕を閉じました。さて、話をLP「DEMO TAPE1」に戻しましょう。このLPには最終回を除く12回の放送より教授と矢野顕子さんが厳選した23曲が収録されている。両面25分、合わせて50分と放送時間と同じ様になる工夫も凝らされていた。内容は本格的なテクノはほとんど無視され、ロウファイな歌ものやアイディアを凝らした異色作、単なる「事故」や大掛かりな「事故」(ラストを飾る「開演の辞」はドラムのビートを感じて体育館の屋根が陥没するという涙涙の「特ホウ」サウンドである)に至るまで楽しめるネタを中心に集められている。ここに収録された「投稿者」の中から後に大出世したものも何人か。まず「チベタン・ダンス」にヒンドゥー語のラップ(実はインド国歌の歌詞)を乗せた浅野智子さんは即刻教授に認められシングル「ステッピン・イントゥ・エイジア」で同じ様なラップを披露。あとの二人、鄭東和(そうです、あのテイ・トウワさんであります。ジャケも担当)と槙原範之(そうです、3つ目の字を変えていますが、あの槙原です) については今さら書くこともないでしょう。去年出た槙原のリミックス・アルバムにトウワが参加していた伏線は、こんなところにあった。また二人とも矢野顕子のCDに参加したり彼女に参加してもらったりして、このアルバムの恩は忘れ去られていないのです。あと、知念里奈に曲を提供したりしている松井寛、そしてあのワールド・スタンダードなどもこのデモ・テープ特集から飛躍していった人達でした。このアルバムは1991年に「ディー・ライトのDJトーワが応募したデモ・テープ収録」という謳い文句つきでCD化(MDC4-1070)されてますが、槙原に関しては謳い文句がないってのはなぜ? しかし隠れ名盤としてそこそこ売れ続けているってのはえらい。あの頃の混沌を恋しがる人達はまだ沢山いるってことですかね。これこそロケチリなんかのルーツである、「愛しきアマチュアリズム」の源流なんです。
丸芽志悟の選ぶ教授デモ・テープTOP10!!!
当時のエア・チェック・テープを元に今なお異彩と輝きを放つネタを10曲選んでみました。しかし全てに女の子がからんでるってのはなあ......なお記載はオリジナル放送順で、最終回86年3月18日のものに関しては「DEMO TAPE 1」のライナーに記述がないためデータが不備な点をお詫びします。
1.REVOLUTION BAND 「はい、いいえ」(1983.11.8 OA DT1収録)
錯乱女子高生3人組による女の子のロウファイ・カバーの理想型(しかもさきがけ) 一時期その一味も使用していたカシオトーンをバックにただ単にがなるのみというアレンジ(?)で、オフコースの音楽的懐の深さを痛感させられます。1984年10月16日の放送では久々の新曲「プレッシャー」(!!!!)を披露、ベースとドラムも加わったよりバンド・サウンド(???)な音をバックに「デモテープができねえぞ!!!」と絶叫。全くもって憎めない集団だ。全ての女性入りアマ・バンドがレ■●カを目指していた時期にこの潔さは偉すぎる。
2.福島敏信 「ネコふんじゃった」 (1984.2.14 OA)
弟と妹とその友達を加えたガキ・ロウファイの極致。オルガンと訳の解らないものを叩く音を中心とした演奏、そして何回もダビングしたあとが伺えるノイジーなサウンドなどその一味と共通するスピリットを感じます。そのうえ巻きもどし音や短波ノイズも使用しているってのがロウファイ度を高めてる。音源ではなく音原と間違えて書いたのに教授も思わず感心してました。Roll Overハンソン! 今後のガキ音楽の主流はこれだ
3.紅林花子 「黄色い地面が動めいて」 (1984.5.22 OA)
シンプルながら病的な音と詩と歌声でついつい引き込まれていく傑作。当時は全く忘れられていた金延幸子的世界をテクノで再現したような。16ビートのバス打ちの心地よさ(プリ様の「Kiss」より2年早い!!!)とかホワイト・ノイズの病的な響きとかたまんない曲。デジタル・ドラム・マシーンが一般的になりはじめた頃は「情けない機材」だったTR-606ももはや幻の銘器である.....
4.佐々木朋子「逆さ戦メリ」 (1984.5.22 OA DT1収録)
「戦メリ」のテーマ曲を譜面を逆から書いて弾いたという大労作。これはすごいっす。そう簡単にできることではない。これはのちにS.E.T.のギャグをテープ逆回しを使って再現した同じ様な大労作(1985.11.26 OA)を派生し、上の紅林さんはこの「逆さ戦メリ」に被る教授のコメントを録音して逆回しし「NHKトゥングース語講座」に仕立て上げた(1984.10.16 OA) 佐々木さん自身は発掘もの「さよなら」(1985.6.4 OA DT1収録)で一発屋を逃れているが、その一味の放送された曲はそれの二番煎じと言われた(~-~)
5.金山弥 「わからない」 (1985.5.14 OA)
タイトルのフレーズを連呼する女の子の声とシンプルなシンセ・ノイズが延々続くという、おとなしげなV.O.G.の曲を先取りしたような病的な曲。声のトーンもシンセの音もここまできていいのかというほどきててたまりません。いかにもYMOファンといいたげな凝ったサウンドよりもこういうのにひかれてしまいます。
6.三村美智子 「ああ最後の日本兵 横井庄一さん」 (1985.5.14 OA DT1収録)
戦メリのテーマ曲のレコードと横井庄一さんのドキュメンタリー・レコードをMixした、特殊レコード好きの近年のDJの傾向を先取りした曲(???) DT1に収録されているヴァージョンはリマスター(?)されているが、オンエアされたものはどちらかをテープに録音したあと、消去ヘッドをテープで塞ぎもう一方を録音して重ねたという労力溢れるヴァージョンであった。(デッキが2台ないので、とのこと) ちなみに元ネタでフィーチャーされているアナウンサーはなんと(若き日の)露木茂氏でございます。アナ・レコ・コレクターは当然これをGETしなければいけませぬ。あんたらの好きな人達の上司のレコードでっからね! (そういえば小林完吾氏のナレーションをサンプリングしたポール・ハードキャッスルの「19」の日本語ヴァージョンってのもあったな。)
7.片桐由美子 「悲しくてやりきれない」 (1985.6.4 OA)
これも凄いっす。あのおなじみの曲をどう料理しているかというと、矢野顕子のヴァージョンを元に雪道をラジカセ片手に歩きながら歌ったという。雪を踏む靴音によるブレイク・ビーツ(?)にささやかな環境音、ラジカセを抱えた重圧でより悲しみが増幅された歌声、それをより強調するあとからダビングされた妙なキーボードの音。このアレンジをそのまま拝借してやろうと何度も思った。中野律紀や松本伊代、おおたか静流など数あるこの曲のカバー中でも群を抜く空虚度はサトウ・ハチロー氏の狙い通りか? DT1に入らなかったのは著作権の問題があったからでしょう。
8.高村タエコ 「OBLATION」 (1985.11.26 OA)
5同様、分裂風味が漂う怪作。声と音響を消去ヘッドをマスクした状態で録音し飽和状態にした上、カセット内部でループ化させてしまったという危険度高い作品。きれる寸前の乙女の心理状態が伺える、10年以上時代を先取りした個人完結ローファイ? ちなみに22才。
9.みなかたやすこ 「Deja Vu」 (1986.3.18 OA)
17才の女子高生による清涼感溢れるピアノのメロディ。こんなロマンチシズムは近年の女の子から失われたものかもしれず思わず選んでしまった。西村由紀江の世界ですけど、ピアノを弾く美女を否定することができますか? 音大を目指していたそうですが、その後望みは叶ったのでしょうか。
10.カナリア太郎and花子 「この道」 (1986.3.18 OA)
最後は意図された大事故。世界史の授業中、こっそりテープをまわして歌った「この道」(勿論ジャックスではなく、山田耕作の曲の方) 自分の歌声に酔いしれていると斜め前の席のよしこちゃんが「先生、松本さんが歌歌ってます」とちくる。先生は当然怒り狂い女の子は「すいませんもうやりません、後ろはいやです」と必死に謝るも結局後ろに立たされそこでSTOPボタンが押される。「デモテープ出して受けようと思ってやってるに決まってるんだよ」と突っ込む教授。しかし公開録音の聴衆のなかから「実は私です」という声が飛び出し、教授赤面、聴衆大拍手。授業中歌うってのはよくないっすよ。まあ、安室ではないだけでもいいか(当時安室はいるわけないって? それはそうだ。でも今どき「この道」なんて歌う純なコがいるか? だから選んだんだ)
POST SCRIPT-ベスト10には偉すぎて選べなかった三重県の岡元清郎君! この人は凄かったっす。純粋に音楽として完成度の高いものを作ってるし、制作ペースもただものではなかった。DT1にも2曲入ってますが、槙原の「HALF」とこれらの2曲以外は楽しめないって人も結構いるようですね(私はちがう) この人の作品集ならプロデュースしたいと思う。もちろん全く手を付けないで。
あと、このDT1と同時期にリリースされたもう一枚の「アマチュア・アカデミー」アルバム「ビックリ水族館」にも触れておかなきゃ。これはあの「ビックリハウス」の読者による投稿作品を鈴木慶一先生がまとめたもの。2作品を聴き比べると教授と慶一氏の性格の違い、それにあくまでもラジオ・エアプレイを狙った教授ものに比べるとアカデミックな方向性が出ているななど興味深い発見がありますが、このアルバムも教授のサンストの常連だった平野弦君の曲が入っていたり、京浜兄弟社関係の倉地久美夫さんが入っていたり、おまけにあの蛭子能収さんの歌が聴けたりといろいろ面白い。個人的にはやっぱチャイニーズ・ピーターパン・クラブが大好き。彼女たちたしか「YOU」だったかな、NHK教育TVの番組に教授が出たとき出演してたのを見た覚えがある。一枚の音盤にこういうアマチュアリズムが集結しているのを聴くのって楽しい。ハード技術の(コストも含む)進歩により刺激は薄くなっているとはいえ、ロウファイの隆盛でますますチャンスは広がっている感じがする。そして、営利第一主義のレコード業界を尻目に、今後の面白い動きはネット上でますます盛んになるなと思ってます。
追記:DT-1でB面2曲目に入っていた、ロウファイなテクノ&可愛い喧嘩ソング「誰にもあげない」の三上直子さんが、現在DTMマガジンの執筆及び作曲家として活躍中。それも結構鋭角的なピアノ曲とか書いてらっしゃいます。あともう一方、デモ・テープ1収録アーティストがページを開いていらっしゃいます。祖父の妙な歌を録音したことが、独自の音響探究に結び付いて行ったRAKASU PROJECTの現在の活躍ぶりをここでチェックして下さい。そして教授サンスト関係では、この物凄いページに行けばよりはまること間違いなしです。
ロックお姉ちゃんとの出会い (97年10月)
只今準備中の「箱庭」ページでたかとその一味の詳細な歴史を振り返ることを決意しましたが、そもそも僕のレコード狂いはいつから始まったか。それについて考える時、一人の女性の存在が脳裏に甦ります。というわけで今回のT-Exはそんな甘酸っぱい思い出に捧げます。
僕のレコード狂いの兆候は家に昔からあったシングル盤、きっと親戚の人達の所有物だったのかもしれないけど、レーベルの作曲者名が"Brian Wilson"となっているビーチ・ボーイズの「サーフィンU.S.A.」やロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」(これについては上記したデモ・テープの件にも発展します)とか凄いのもあった。但し状態は良くなかった。あと父の仕事の関係でよく入り浸たっていた電々会館の厨房に置いてあったプレイヤーの脇にシャングリラスの「リーダー・オブ・ザ・パック」やトニー・シェリダン&ビートルズの「マイ・ボニー」(ツイストではない、残念)、アニマルズの4曲入りなんかがあって、これらも譲ってもらった。但し厨房にあったので油がしみつき、コンディションは最悪だった。しかし、決定的な出来事はたしか1975年の春、ということは9才の時かな、これも父が仲間との麻雀場所としてよく利用していた(ちなみに自宅も週末にはしょっちゅう雀荘と化し、おかげでその一味の曲作りに熱中できた)大津市にあるとある民宿に於いて起こった。そこのご主人の娘さんがロック・ファンで、レコードを沢山持っているという。てなわけである日、年は恐らく20代前半だった(ように見えた)このお姉さんのお部屋にお邪魔することになった。さすが年頃のお姉様、フェロモンがむれむれで欲望が高まる.....なんて当時9歳の僕に考えられるはずもない。その狭い部屋の一角を占めるレコード・コレクションに僕の目は釘つけになった。こんなにLPが並んでいる光景を見たのは初めてだった。さすがレコード好きの僕でもLPで持っていたのは前の年の誕生日プレゼントだったカーペンターズのベストとなぜか当時好きだったハワイアン数枚、そして父が買って来た藤圭子とクール・ファイブ位だった。彼女に「何かきく?」と言われて僕は名前しか知らなかったジャニス・ジョプリンをリクエスト。すごい音だった。これがロックなんだなあ、初体験の衝撃は消え去ることはない。他にもレオン・ラッセルとかマーク・ベノの「雑魚」とかファミリーの変形ジャケの奴とかがあったのを覚えている。もっと普通なビートルズやストーンズもあったかもしれないけど、覚えていない。じきにはまり出すことになるからだろう。彼女も幼い僕の好奇心に興味を持ってくれていた。当時はクイーンとかバッド・カンパニーをよくラジオで聴いていたんだけど、そこらへんには「ついていけない」と彼女がもらしたのもよく覚えている。結局その時を最後に彼女に会うことはなく、大学に行くかなんかで部屋を引き払っていたが、なぜかLPとステレオが残っていたので、父に連れられてその宿に行った際は必ず詣ですることにしていた。そして僕のレコード・コレクションもディスコが流行っているからと父がハワイで買って来たEW&FやB.T.エクスプレスとか少しづつ増え始め、しばらくすると就職のため実家を離れた姉(異母兄弟)もかぐや姫やチューリップのLPを持ってきて同居が始まり、そして76年の頭にはじめて自分の意志で買ったロックLP、クイーンの「オペラ座の夜」が加わる。これであのお姉さんに追い付きたいという欲望が高まり、今の丸芽志悟の基盤が出来上がったのです。お姉ちゃん感謝してます!!!! もう少し自分が年上だったら.....(やめて! これ以上は言わせないで)
再始動シルバー・アップルズを観た (97年11月)
あわただしい日々のライヴ三昧第3弾、奇蹟の復活シルバー・アップルズ!! 実は朝起きて「うら歳」と録画しておいた「目がテン!」(今日は良くも悪くも魚ちゃんを大フィーチャーした見応えある内容。あの音声チェック是非全てのアナに試してほしい。それにしても牛タンについてのシーンのBGMがバーズの「ターン・ターン・ターン」とはたちの悪い冗談だ)を見た後、4時まで更新準備モードに入っていて、すっかり思考回路がMac疲れしてた。そんな状態で出かけたのでまともに楽しめるか心配だったがなんのその、書店で昨日買い損ねた三瀬写真集(これを打ち終わったら開くつもり、わくわく....)をGetして、あとはクアトロに直行。コーラにちょっと目薬をたらして(うそよ!!! 絶対マネしないでね!)トランス状態に入る準備はばっちりだ。今回ダブル・ビルだったシュガー・プラントのギャラクシー500直系ダウナー・ロックが1時間(コーラスのお姉さんが出番がない間退屈そうに体を揺らしているのが見物だった)続いた後、機材の入れ替え。ステージ右側になにやら怪しい機械がセッティングされている。Simeonはこれを操作しながら歌うのか、全観客の目が演奏前からその機械に点になっていた。左側にはサポート・キーボードが、中央にはドラム。やがてメンバーが登場し、何やら怪しげな音が飛び交うサウンド・チェックのあといきなり始まったのは2ndの中の"I Have Known Love"。やったー、生銀林檎だよまじで。シングルのジャケを見ると相当老け込んだ感じだったSimeonも元気そうに機械を操作しながら歌っている。新ドラマーのXian Hawkinsは前任者Dan Taylorの持つ肉体感をキープしつつより簡素化したドラム・セットで洗練されたトランス・ビートをたたき出す。そして神秘的なドローンの合い間をぬって飛び出すノイズ....もう70年代、80年代、ましてや90年代なんてなかった、60年代がそのまま21世紀に直結していくことを証明した奇蹟のサウンドである。半分はシュガー目当てと思われたお客さんも最初は戸惑っていた様子だったが徐々に溶け込んできて、後半は完全にサイケ・レイヴ状態。一曲終わる事に機械をパッチし直さなければならないらしくかなり間が開くが、その間もノイズは飛び交い決してテンションは落ちない。演奏曲目は1stから5曲、2ndから3曲、そして近々発売される29年ぶりの3rdアルバムから7曲位と新旧取り混ぜ。殆どを新曲として聴いた人も多いと思われるが別に関係ない、彼等のサウンドは常に未来の音であるのだから。目薬も効いてきて(だからうそだって言ったじゃん!)最後にはもう完全にトランスの極致でした。いい体験した。VIPとかネット友がいることを期待して45tistの名刺沢山持っていったのに、誰にも逢えなかった。でも相当その手の人達来てたはずですよ。さあ11月あと1本重要なライヴがある。これもわけありなんで余計すっごい楽しみです。
コケッシーズとキャンディ・アイスラッガーを観た (97年11月)
只今下北から帰って来たのですが、物凄い風と雨で帰路につくのが実に大変だった。電車内で聴いていたツェッペリンのBBCライヴのおかげで高揚していたアドレナリンはこの風でさらに燃えたぎり、更新エネルギーに火をつけました。これでページ大改革は無事うまく行きそうです。
さて下北のライヴは、もうほんとに待望だったコケッシーズ、そしてキャンディ・アイスラッガーの「レコ発記念」。特別ゲストとしてヌードルズの面々がオープニング・アクトを務めた。彼女たちは普段と違って普段着のアコースティックに近い状態で登場、余計スウィートな持ち味が出てた気がします。唯一やったカバーはシュープリームスの「スラムの小鳩」だったっけ? それにしてもみなさん立つとすごいかっこいいです。で、肝心のコケッシーズ。実は23日にも渋谷でライヴがあったが、いかんせんシルバー・アップルズの裏ということで行けず。(このライヴには「いい伊豆見つけた」でおなじみ?和木ちえりも歌手として出ていたのでそそったのだが....) 今回はCD発売記念という事で気合い入っていたのでしょう。メンバー全員Tシャツと短パンという最小限(?)コスチューム、普通ここまで見せていいんですか? もちろんライヴ初体験でしたが、期待通りただものではないコたちだ。ボーカル・ペーはグループのキャラクターの象徴という感じで歌う時は顔も体もどっかいっちゃっている感じ。ギター・トミオはグループの音楽性の支柱として客席にやさしい目線を贈りつつギターを弾いている。フルート・ティヨコは「美女担当」ということになっているがそれを言うなら「陰」と言ったほうがいいか、他の3人の切れぶりが関係ないように黙々とフルートに向かい合う。そしてドラム他いろいろ担当のサミーときたら、この人のぶち切れぶりはただものではないですね。ある曲でピアニカをどの音から鳴らしていいか解らず狼狽している姿は笑いを誘ったが、ドラム・セットに入ると大爆発、キース・ムーンの生まれ変わりというのは言いすぎだが血管破裂するほどきれる。その曲「犬こけし」ではしっかり者トミオもピアニカを肘でぐりぐり、ティヨコまで錯乱状態でまじでライヴのハイライトだった。といえども根本的にはこの4人はみんな一緒にいると楽しいタイプで、学芸会のように素朴に楽しませてくれるステージを展開してた。もう、いくらでも見ていたいそんな気がした。
そしてコケッシーズで決まりすぎてあとはないだろうと思いきや、トリのキャンディ・アイスラッガーが意外といけてた。女の子3人のアカペラということでどんなステージになるのか予測もつかなかったが、随所にギャグも交えお楽しみいっぱいのステージを見せてくれた。B級芸人がひるむほどのセンスを持っているし、その上ボーカル・パワーもなかなかのもの(リード・ボーカルのマイコさんね) もう少し小遣い残っていたらCDを買ってたと思う。CDでうまくプロデュースされているかどうか聴いてみないとわからないものね。
そんで会場を出る時チラシを配っていたリトルフジコの誰かさん(ごめん顔と名前が一致しなくて...)とちょっと話す。チラシを見るまで誰だか解らなかったので困ったものだが、去年のベスト・アルバムで18位に選んだ人たちでもあるし、ライヴ楽しみですとは言っておいた。あと根本敬氏がいたような気が.....(似ている別人かもしれないが) 今日も45tist名刺配れなかった。さあいざftp惑星に出発せん!
僕らは縦笛とテレビ東京を擁護する (97年12月)
いやー、98年はリコーダーがきそうです。TVのCMには栗コーダーカルテット(じゃなければ、きっと意識している精巧な人達)の音がいっぱいだし、もっと「きてる」と感じさせるのは今月相次いでリリースされた嶺川貴子とロケチリの新作のしかも両方共1曲目で高らかに笛の音が鳴り響いていること。とくに嶺川ちゃんの反復リコーダー使用法ときたら、あくまでもジャストもののテクノに相対する究極のぶきっちょ人力シーケンスって感じですっごいかわいいです(前作の「Fantastic Cat」で証明されている) これで広末が歌の合間に吹くなんてことになったら、一気に義務教育的陰鬱さがふっとび、ピアニカやウクレレのようにキッチュな楽器の仲間入りかも。ケンくんどう思う?
まあね、嶺ちゃんや聡ちゃんみたいなかわいい人が吹けばすごくかわいい音がするし、きれいな人の場合はもうこのうえなく美しい響き。ぶっきらぼうな人ならそれなりに聴いてはいられない音ってわけで、笛の音は息が空気を震わせる訳だから演奏者の人格を物語っているようだ。その「美しい響き」の素敵さを認識させてくれた篠原理華さんが、現在ページで展開中のリコーダーについてのエッセイは是非読んでおいてほしい。教育楽器である「縦笛」と伝統ある「リコーダー」の間にあえて境界線を入れつつも前者を決して否定せず「入り口」として重要視すべきというその持論には大いに共感。しかしなにより彼女の演奏を聴いてしまうと理屈なんて忘れてしまいます。時に艶っぽささえ感じさせるその音色は、彼女の誠実な人柄をそのまま表わしているよう。98年はコンサート活動に加え、さらなる何かが起りそう?? そんな情報を自らWebを使って発信し続けるのも偉いですね。
さて話は急転換(いや、てんかん?)しますが、いきなり全テレビ局の中でも妙な脚光を浴びざるを得なくなってしまったのがテレビ東京だ。このページではあえてこの局の番組についてあまり語らなかった(地方局との提携関係についていまいちよく解らなかったし)が、このポケモン騒動で逆風が吹きまくる中、あえてテレビ東京賛歌をぶちまけてしまおうではないか。かつては東京12チャンネルと呼ばれていたこの局、80年代の朝の看板番組「おはようスタジオ」覚えてますか? 最近「おはスタ」の名だけが復活したが、これは「ウゴウゴ・ルーガ」を「めざましテレビ」と呼ぶようなものでいただけないな。とにかく旧「おはスタ」はアイドル・ファンの楽園であった(今井美樹のとんでもない映像が多数残されていて、発掘マニアのマストとなっている) あとお昼にとんでもない映画をよく放映したり、そのノンポリぶりがかえってさわやかだった。それこそ「ザ・スターボウリング」がテレ東を象徴する番組だと言われ続けた由縁である。少なくともポケモン、ASAYAN以前は。
しかし私の目を釘付けにしたのは何といっても一連の旅番組、マリン番組である。とくにバブル期は金注ぎ込み放題、タレントはノー・ガードだったため、南の島なんかの旅行番組だと必ずリポーター(以下「主役」とする)の水着サービス・シーンが満載なのだった。1986年始まった「旅・いってきます」(今でも時々U局で再放送したりする)をたまたま見て、そこに出ていた主役「西田真奈美」に一目惚れしてしまった丸芽志悟は以降どんな主役がどこに行ったかなどを精巧にチェック。さすがに東ヨーロッパとかカナダなんかだったらすぐ忘れてしまうが、南の島の場合は今だに大抵顔と名前が一致する。あのみっちょん(芳本美代子)とか芸映の地味なタレント鷲見利恵とか意外な人も結構出てたりするわけ。そして有名な「ときめきマリン」なんかも、美しい水中映像以上に主役のおいしい姿が印象に残っているわけだ。特に好きだったのが友田ゆりこさんで、のちにドラマに出演したりしつつダイビングのインストラクターを勤めるようになったが、有名なようでそうでないのはあの冬彦の「ずっとあなたが好きだった」の冒頭の泳ぐシーンを彼女が演じているという事実(賀来千賀子じゃないんだよね) バブル崩壊後はこうした旅番組のさりげない美味しさのかわりに「ギルガメ」や「平成女学園」のような露骨な下品路線が台頭してきた。恐らくバブルのときは幾らでも使えた旅費、制作費、主役のギャラがいずれもままならなくなり(3番目についてはZARDの悪影響か?)、手軽なタレントに頼らざるを得なくなったんだろうが、それでも内容自体はどうしようもなかった「水着でKiss Me」という番組は私に(シェイプ結成前の)中島史恵や三瀬真美子、それに岩下志麻の若い頃を演じるまでに成長した(?)白鳥由香などの存在を教えてくれた貴重な時間だったな。そして意外と軽視できないのが東京都の広報番組。今年3月までやっていた「スーパーシティー中央」に出演していた加納康子さんは未だ自分の中ではトップ・プライオリティの人である。そう、忘れてはならないが今では単なる「ちょっとかっこよく見えるいい気な仁侠歌手製造番組」である「ASAYAN」のかつての姿「浅草橋ヤング洋品店」は時々凄いことやってたね。ナイナイと暴力温泉芸者やボアダムズを組ませて「史上最悪のバンド」を作るって企画忘れられない。ポケビやKOJI-12000が何だってんだって感じ。音楽番組といえば以前深夜やってた「モグラネグラ」、慶一&杏樹の鈴木コンビによる迷司会(あの頃の杏樹はよかったなあ)とか、サンプラザ中野の日のアジア・ポップス盛り上がり(動くTARCYを初めて見たのはこの番組だった)とか印象深い。そうそう、アナ的には.....やっぱ書けないな、田口恵美子の結婚で初めてクローズアップされたようなものだからな。でも人材的には派手さはないけどいい線いってると思う。そんなそんなテレビ東京を我々は決して見捨てることはしません。このポケモン渦でどこまで墜ちるかは知れないが、消されないことだけは願いたい。(後日注: モーニング娘。が登場したのはこの文章を書いた1ヶ月後だった)
VARIOUS "Pink Flamingos-Original Soundtrack" Hip-O(US) HIPD-40058
なんと公開25周年を記念して、このカルト映画の極致作のサントラが初リリースされた。この映画が何たるかわからない人に、今すぐビデオ・レンタル屋をチェックしろなんて口が裂けても言えません。しかし好きな人はたまらなく好きなんでしょうね。このサントラ盤にはジョン・ウォーターズ監督自身が精魂こめて(?)選んだ'50〜'60年代のロック・ナンバーが12曲詰まっています。(1)(7)(9)(10-上の夏MDの20曲目のやつ)などに象徴的な下劣ロックンロール・サウンドはこの映画あってこそモンドとしての正しい評価を得られたのではないだろうか? クランプスも「Las Vegas Grind」もこの映画なくしては存在しなかったはずだから。とにかく、聴いているだけで腰がむずむず。映画のシーンも鮮明に甦ります。パティ・ペイジの(12)、作者の人はこれが流れるシーンを見て何も思わなかったのだろうか? (1997年6月)
Can "Cannibalism 1 & 2" Mute/Rail TOCP-50188~89
信じられないけど1976年以前、ドイツのロックは皆プログレの仲間ということにされていた。短くてかけやすいからということでこのカンの「スプーン」とかシングル用に編集されたクラフトワークの「アウトバーン」や「放射能」がFMの「プログレ特集」でよく流されていた。信じられないでしょう、パンク以前ってこんなもんだったのだ。あれから20年、リミックス・アルバムも発売され、ついに下されるべき評価の嵐で迎えられているカン。とりあえずこのベスト・アルバムはマストだ。いまこれを聴いてEL&Pやイエスの同類だと思う人はまずいないでしょう。そういう人はタイソンに耳を噛んでもらいたい。しかし本来の意味の「前進的」ロックとして捉えるとこれは究極のプログレであり、黒人や日本人の血を飲んで異形と化したドイツ民族ならではのロックンロールなのである。発売から3ヶ月、やっと買った。絶対Get。(1997年9月)
Various Artists "テイスト・オブ・スウィート・ラヴ/マスターピース1969〜79" Trycle TCCN-28038
2年前かな、アメリカのオルタナ勢が集結して土曜日の朝(当然向こうで)にやっていたアニメのテーマ曲(「マッハGoGoGo」とか)をカバーしたアルバムが発売されたが、それに対する日本からの返答というべきものがこれ。こちらは土曜朝ではなく日曜夜7時30分からやっている「世界名作劇場」シリーズの一連のテーマ曲をカバーしたもの。要するに「ムーミン」とか「赤毛のアン」とか「母をたずねて三千里」とか。それらのほのぼのアニメ・ソングをやっているメンツがすごすぎで私好みなのだ。ロウファイもあればテクノもあり、ギター・ポップもあればハードコアもありと現在の日本のオルタナ・シーンの鳥瞰図で、それぞれ女性ボーカルが色どっているというのがいい。メンボーズ、ジョン、パグタスなんかは相変わらずの世界でのほほんだが、一方では非常階段のJOJO氏を中心に轟音ノイズで哀愁を増幅した「スナフキンのうた」(名曲!!!)やモンド好き女優・緒川たまきの「予感」ボーカルにヌンチャクの過激グラインドが襲いかかる「草原のマルコ」といった過激な曲が耳を揺さぶる。そしてフランク・チキンズや小川美潮などベテランも意外な技で応酬。ほんとに飽きさせないアルバムだ。これで中原昌也&西村知美の顔合わせでも実現していたら多分死んじゃう。今後は異種格闘の部分でこのアイディアがどんどん拡大していけば面白くなりそう。(1997年9月)
Forest For The Trees "Forest For The Trees" Dreamworks MVCA-24004
コールドカットとはまた違った形でカット&ペーストによる究極のポップを作り上げてしまったのがこの男、カール・スティーヴンソン。3年前、あのBECKがあの「ルーザー」をひっさげて登場したときサウンド・プロダクションの要となっていたのがこの人。「オディレイ」のあまりの凄さにこの人の持ち味であるスキゾなミクスチャー・サウンドが霞みつつあったと思ったら突如自らのプロジェクトで復活。といってもアルバム自体は「ルーザー」ヒットの頃完成しておりレコード会社とも契約成立していたが、そのすぐ後重度の神経症に陥り発売出来なくなってしまった。デビュー前にブライアン・ウィルソン状態に達してしまうというほど凄い奴の作ったサウンドが3年経過後、遂に陽の目を見た。音としては予想以上に凄い。4小節先の展開が読めないほどめまぐるしく展開していくサウンドはシタールなどのエスノ楽器から肉声のサンプリング、はたまた様々なノイズ発生機(その一味も使用しているSK-1をもろ使いしている曲もある)を縦横無尽に使い、ありとあらゆるカットアップテクを駆使してしっかりポップスとしてまとめあげているのがえらすぎ。エスニック音を多用するハウス系にありがちな押し付けがましさもなく、ノイズの暴力性も適度なユーモアでオブレーションしてある(特に6曲目の間奏にはMac使いとしてニンマリ) 見習いたいが、中途半端にまねすると大コケしそう。スキゾ・ポップの決定版としてあらゆる音楽ファンにお勧めの一枚。いわば非暴力森林浴芸者って感じかな。(1997年9月)