気ままな語り倒し過去記録。
Case 19:
はい、やはり波紋を呼んでます、吉田美奈子さんのCCCD擁護発言。
美奈子さんの海鷂魚、いやio入りに関しては相当前からここでも暗にちらつかせていましたが、まさか正式発表と共にあのような声明を発表されるとは驚きました。とにかく、ioが美奈子さんとクリエイティヴなヴィジョン実現において合意の域に達したという事実は認めたいのですが.....いくらそれに絡んででもここまでいうかという気がします。いや、我が道を行く形ミュージシャンの典型である彼女のことですから、周りで起こっていることなどどこ吹く風なのかもしれないですが。要するに、86年CDがまだ一般的存在になる以前に極少数自主制作した『BELLS』が、場合によっては6桁台の高価で闇取り引きされているという事実が相当腹立たしかったのは想像できるし、ファンの立場としても嘆かわしいのであるが、今回のioとの合意によって、その希少な名盤(後に契約した創美企画=先頃ハピネット・ピクチャーズと改称した=やMCAビクター=現ユニバーサルJの一部=は、手もつけさせてもらえなかった)が10月上旬、遂に簡単に手に入れられる状態に達することになり、それがCCCDとなるという事実の前では、そんな嘆きも何の意味もなくなります。これからこの作品に接する一般リスナーの事を考えてるとはとても思えないのですよ。簡単にコピーしてばらまくような作品ではないってのだけは確かなのだから......
美奈子さんとは、MCAと契約したばかりの頃一度だけプレゼンで同席したことがありますが、音楽に対する姿勢は本当無垢なままで、かつ完璧主義の方という印象でした。むしろ神々し過ぎて近付けなかったというのが本当の話ですが.....。ケッペキにいさん(細野さん)があっさりとCCCDを蹴ったのに比べると、今回の件に関してはとても素直ではいられません。そして実のお兄さん(吉田保氏)の見解はどうなのだろうか心配になります。ねぇ健さん。
話変って、美奈子さんをちゃんと扱わなかったツケがきたのか(?)、CCCDに対しては最も否定的立場を取り続けている頼もしいレコード会社といえばBMGファンハウスですが、ここの最近のヒット商品が既発売の音源をコピー、いや再利用したコンピレーションものであるという事実は皮肉の極みという感じです。具体的には洋楽ラブ・バラードものを集めた『Kiss』と、ドラマのタイアップ・ソングを集めたその日本編、さらにCMタイアップ曲を中心とした古き良き洋楽コンピ『ファイン』(このコンピの「ドント・アンサー・ミー」の説明文にはほどほど呆れるが、「恋のバンシャガラン」を肝心なツボに触れずさりげなく入れちゃったのに乗じてプラマイゼロ) 。いずれも他社音源も少々交えているところがミソ。もう一つ、レーベルとしての存在をにピリオドを打ったファンハウスの最後っ屁、小田和正の『自己ベスト』だってそれにほぼ等しいではないですか。
確かに、新しい曲がつまんないから、旧曲のコンピが売れる。単純に考えた結果がこれなら嬉しくもあり、悲しくもある。レコード会社が力を入れて売れば、そのコンピの持つTPOなんてどうでも良くなるわけで、結果として「ヒット商品」が生まれてしまうわけなんです。まぁ、一時期の「フリー・ソウル」みたいな方法論が、一般レベルまで飛び火したと考えてもいいんだけどね。同じようにバカ売れしているのがワーナーの『ザ・エイティーズ』。文字どおり80年代の大ヒットだけを集めた2枚組で、タイアップ・ソングも数曲入ってるのも手伝いめちゃ売れ中。かく言う、リック・スプリングフィールドの「ラブ・サムバディ」のギター・ソロに入ると同時に坂井隆夫アナが赤丸上昇中のアーティスト名と順位を読み上げる声が未だに脳裡を駆け巡る世代である私も、最初にこのパッケージを見た時は即買いと思いましたよ。8割位シングル盤や他のCDで持っているにも関わらず。そういう、訳の解らない郷愁を誘うんかなぁ80年代ものって。と言いつつも、これを買ってる主な層は、収録曲の一つである「リラックス」が「夜のヒットスタジオ」で歌われた洋楽史上唯一対訳字幕なしで放映された(歌詞カードには「歌詞が過激な為に対訳は割愛させて頂きました」と書いてあった。そんな曲が健康飲料のCMか......)時、まだこの世に生を受けていなかった世代だというから恐ろしい。彼等はきっと境界線ギリギリの「ダサさ」を刺激としたいんだろうなぁ。70年代までいっちゃうと、逆にかっこ良くなっちゃうからね。(だから「AP3」が「SW2」を駆逐して興業成績1位になっちゃうわけよ。) でも、この2枚組より安く売られていたディスキーの80年代コンピ8枚組(!)を見た途端、買う気失せた。そんなもんでいいのだ、80年代との付合い方なんて。リマスターだなんだって言う必要もないし(プリンスはもちろん例外)
私の基本哲学の一角を成す名言の中に、スミザリーンズのデニス・ダイクンの"Everybody's compilation sucks but your own"ってのがあります。「コンピなんて自分で作ったやつ以外はクソだ」という意味ですな。早い話、他人にとってはクソと思われるものでも商品となっちゃあおしまいだと言っているようなものですが、CCCDってのはその哲学を破壊するために送り込まれた使者なのかもしれない。そして全ては音源を扱える側の言うままに.....あああ、こんな状況が続いたらお先真っ暗だ。ライノやらキャッスルの偉業を教訓にしながら、古い慣習に打ち勝ち教本となるようなコンピを「商品」として自由に流通させることができるようになる日は、当分来そうにない。
というわけで今月も3枚、ピックアップ盤を選ばせていただきました。

1. スクール・メイツ+ジミー竹内=モンキーズ
(Ultra Vybe/STANDARD disque CDSOL-1053 69年発表;2002年8月24日再発)
まさに教本と呼ぶべき快仕事を放ち続ける(といっても、その一部が既に入手困難な状況にあるのは惜しすぎ)土龍団の"STANDARD disque"から、スクール・メイツ関連のCDが2枚登場した。同時発売の『ベスト・オブ・スクール・メイツ』は貴重なトラックも沢山入っていて、むしろ「教本度」が高い方であるが、まずは見送り。このアルバムの方はというと、モンキーズの曲を日本語カヴァーしたという斬新な試みで買いに至らせたのは言うまでもない。ずっと前から気になっていた作品だったのである。嬉しいCD化。
芸能プロの考えるグループ・サウンズの基本ってのは、つまるところ見てくれ的には66年までのストーンズ、音楽的には同時期のビー・ジーズ、そして戦略的にはモンキーズだったのではないかと思う。映画「ヘッド」で歌われた通りの「哲学なしの商品イメージ」、それにロック的かっこよさと整頓された高貴な音響があれば若い女の子なんてイチコロよ。で、そんなモンキーズの見過ごされた音楽的側面を、イカすヤングの代表的存在だったスクール・メイツと共に探検していこうというのがこのアルバム。水先案内人は日本のグルーヴ界を常にリードするドラマー、ジミー竹内。ナベプロならではの粋なお膳立てが効いている。まぁ、きっかけは当時モンキーズを出していたRCA(至り至って現BMGファンハウス)がビクターから独立したばかりで、カヴァー盤出して盛り上げようといったところか。時期的には、平山三紀や白鳥英美子がGS映画で乱舞していた頃と、キャンディーズの3人や太田裕美が在籍し、アイドル時代の土台を形成した時期の狭間にあたり、ジャケを見るといかにも当時の「フツーのコ」といったイメージの男女が並んでいるが、そんな中にしっかり可愛和美や鶴間エリがニッコリしているのを確認できる。
世界的にも全曲モンキーズのカヴァーから成るアルバムってのは他に2枚しか知らないが、ジミーのトータル・プロデュースによって単なるカヴァー集と一線を画したものになっている。何せ編曲とドラムの他にも、全曲の訳詞を担当しているのだ。「えっあの曲がこんなに?」感も漂う新鮮なアレンジに乗せて、全編若い歌声が沸き立ちまくる。その癖して、例えば「ランディ・スカウス・ギット」の歌詞とか、出来上がり状態に至っていないような「夢の世界」などいくつかの瞬間から、ジミー氏の屈折したモンキーズ観が伝わってくるのがまたむず痒い。音楽的に高評価するプロはいないんだな、じゃ俺がやったろかという意気込みが振幅激しく表われる。原曲のぶっ壊れ感が無視され、躍動的ポップスに仕上がった「タピオカ・ツンドラ」や「マグノリア・シムズ」(こちらは今回初めて発掘された貴重トラック)、逆にクールな印象の「デイドリーム」など、聴きものが多いのは確かである。あの問題作「ライティング・ロングス」(ここで言及してたやつ)はコーラスなしでひたすらドラムを聴かせるグルーヴ・ジャズ度高いアレンジになっており、稲垣次郎とリズム・マシーンの「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」ほどの衝撃度はなかったな。最後に発掘トラックの一つ「タピオカ・ツンドラ」のアカペラ練習版にはニンマリ。こういう芸当が土龍団の偉い所なんだなぁ、って言っておこう。槙みちるのシングル「若いってすばらしい」の両面もおまけトラックとして収録。

2. 伊東きよ子/23時の女〜ラヴ・イン〜
(Showboat/Sky Station SWAX-58 70年発表;2002年8月24日再発)
こちらも凄いCD化。トリオ/ショーボート音源の再発を手掛けてきたスカイ・ステーションが、今年からぼちぼちCBSソニー関連の音源を再発開始。外部リイシュー・レーベルといい関係ができる訳がないと思っていたソニーのイメージが覆り始めると同時に、ソニー初期に残されたあっと驚く幻の名盤へのつのる想いが勃発。しかししょっぱなからこれである。やられました。
「花と小父さん」等のヒットで清純派キューティ・ポップ・シンガーとして知られた伊東きよ子が、果敢に取り組んだコンセプト・アルバム。全体の構成を天井桟敷に所属していた萩原朔美が担当し、作家陣にも田中未知やJ.A.シーザーなど桟敷周辺の人物が参加。さらには全編の編曲をクニ河内が担当と、まさにポップと前衛の最前線が交錯した作品である。曲間にモノローグ、というよりミニ・ドラマと読んでもよいトラックを挟みながら、一人の女性の心情が綴られていく。はっとさせるアレンジ術に彩られつつも、ポップ音楽としては耳当たりが非常にいい。伊東きよ子の表現力に助けれらているというのもあるが、そんな付き合い易さの裏に盛られた毒がいかにも桟敷ワールドだ。中年男性にこそリアリティを感じるという「危険かしら」や、2年後のヘレン・レディの「私は女」より遥かに力強い「女の宣言」を、昨今の女性像にあてはめて聴くことができるか。さり気なく歌われると、万博の年には5歳だった自分などいやでもどきっとするのですよ。
それにしてもこの物語の結末に置かれた2曲の破壊力はとんでもない。ふと、幻想から我に戻るとそこにいる自分のエゴ、それが「狂女」。ヒト科人間の本質なんて決して真直ぐに投影されないのだ。どこか歪んでる。それがエスカレートして狂気へと.....この曲は去年『フリー・フォークの夜明け』というコンピで初CD化(そっちのヴァージョンは息切れするまで歌われている貴重なもの)される前に、とあるグルーヴ歌謡同志から教えてもらったのであるが、その時からずっと我が心に徒者ではない空気を振りまいていた。J.A.シーザーでなきゃものにできないこの異様な世界を、伊東きよ子はものの見事に演じてみせる。そして、覚醒を告げるエピローグ「いつもと同じ朝」は無邪気なようでいて、実はさらなる錯乱の入口のような狂気を匂わせる。クニ河内のアレンジ・ワークがその色をさらに強調している。この2曲の連なりは、十二単一周後発表された藤真利子の『狂躁曲』のラスト2曲へと、確実に影を落しているのだ。桟敷ワールドは巡り巡る。
ソニーという会社の若き前衛性が、ナベプロの大衆指向と見事に化学反応を起こしたこのアルバムと陰と陽の関係を成すのが、梓みちよの『退職願〜ナツコの結婚』(これも単独CD化が待たれるコンセプト・アルバム!)であり、クニ河内仕事としても連なっているハプニングス・フォーの『アウトサイダーの世界』は男からの返答のようなものであるが、この3作全て、さらに安井かずみの『ZUZU』やサリー&シローのアルバムなどにも関わっていた70年のナベプロはまさに神憑かり的である。芸能プロの王者として君臨しつつも......。そして今はこれらの幻の名盤再発見にもとても協力的。他の某大手プロにこの芸当ができないのが、ほんと残念でならないね。ちなみにこちらの監修はOZの田口氏。好き者はロック画報最新号126ページをしっかりと読め!!!

3. V.A./戦争は知らない〜平和への祈りをこめて〜
(Chronicle TECN-25822 2002年8月21日発表)
2002年夏は熱かった。上のスタンダードやショーボートの他、ユニバーサル傘下に本気なリイシュー・レーベル、ハガクレ・レコードが発足。あのMのアルバムや未発表ライヴ等をリリースして幕開けを飾り、Pヴァインも幻のライヴ『ロックン・ロール・ジャム70』をリイシュー。フォークルの自主制作盤『ハレンチ』のLPサイズ・紙ジャケ入りCDまでアゲント・コンシピオから発売。好き者としてはほんとどれも欲しいって状況ですが、これからも継続することを願うともっともっと大変なんです。
ムッシュかまやつとかクレイジーケンバンドの新譜もいいものを見せてくれたし、ここでもう一枚何を語るかというのも迷ったのであるが、あえてクロニクル8月唯一の新譜として出された(ちなみにテイチク本体からは、80年代ニュー・ウェイヴの幻の名盤群がいっぱい再発。中でもパパイア・パラノイアの2枚組はそそる)このアルバムにします。電信ページでも告知せずほんとすみません。おまけに的確すぎるレビューを先に書かれてしまいました、こちらです。中身がどんなんかっていうのはここを読んで頂いた方がよく解るはず。
で、結論としてはクロニクルの使命はマニアの欲求を親切に満たしてあげることだけではない、ということだ。その辺を勘違いする人々が一部にいてとても残念である。ベトナム戦争の戦火が世界を震撼させていた60年代末期の曲を中心に選曲されたこのコンピは、単なる反戦歌集ではない。今も尚殺伐としたこの世界を悲観せずに済むように、これらのメッセージを形として残しておきたいという願いは、単なる営利第一のレコード会社からもたらされるものでは決してないと思う。フォークル盤に非常に近いアレンジで歌われている高石友也の「イムジン河」(当時お蔵入りにした愚択を、CD化ボーナス・トラックという手段でちゃらにしたビクターは偉い)に始まり、あの「さとうきび畑」をへてタイトル曲で終る構成は、決して音楽をマニアックな道楽に終らせていない人にも優しい。ひりひりしながらもじんときてしまう。あまり知られていないトラックの中では、72年ブラック・レーベル第一弾としてリリースされたアルバム『東京大空襲』に収められていた「さきちゃん」があまりにも衝撃的だ。これも無邪気な歌だと思って聴いているとラストで大火傷。これと「さとうきび畑」の間にワンクッションとして置かれたタイガースの「坊や祈っておくれ」が安堵感(特にサリーの声に顕著)をもたらしてくれる。ちなみにいずみたくの個人レーベル的色彩もあるブラックの第一弾シングルとしてリリースされたのは、あの長戸大幸のプロ・デビュー・バンド、赤と黒だったりする。
最後に置かれたおおたか静流のタイトル曲(編曲者クレジットにびっくり)は、アルバムのテーマを要約すると同時に大切なステートメントでもある。戦争はいやだけど、世の中の不平に対しては立ち上がらずにいられるか。CCCD(ちなみにここではURC音源も聴ける)、偉ぶる古参者、勝手に騒ぐ好き者たち.....まさに机の上(デスクトップ)の戦争。あああ、誰がこのポップな世界を分けてしまったの? なお私はここでは数曲の収録に関して助言を差し上げたのみの貢献となっています。愛まち子の「坊や大きくならないで」も入れたかったんだけどなぁ。かえって下世話になっちゃうからなぁ。

(2002年8月31日)
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