気ままな語り倒し過去記録。+表紙登場「日々の小言」保存場。
Case 17:

今月も半分終りましたが、早くも総括を兼ねてピックアップ・アルバムを3枚取り上げたいと思います。7月後半のスケジュールとか経済的余裕を考えると、もうこれで決まりという感もありますんで。先月ほどバカ買いはしてないのですが、久々にオークションでとんでもない賭けに出たりして、まぁぼちぼちやっているわけですよ。この位の勇気がある内は大丈夫でしょうな。というわけでこの3作。

1. チャド&ジェレミー/オブ・キャベージ・アンド・キングス
(Ultra Vybe/Sundazed CDSOL-7050 67年発表;2002年再発)
ある時期あれだけ文句たれてたVANDAが今年は非常に「いい感じ」である。サンデイズドの新譜に帯と解説つけただけと言っちゃえばおしまいだが、VANDA監修の「サイケ・ポップ・コレクション」が快作揃いで、佐野氏の最近の言動にも個人的賛同を送りたくなる。そしてVANDAの宿敵である某氏がコピーコントロールCDのライナーを執筆したというのが大きいね。ほんとB社のリスト定期購読止めてよかったと思ってる。
何よりも増して「サイケ・ポップ・コレクション」の一枚としてこのアルバムが出たってのは大事件である。今年上半期のベストを決めたあと入手したので、そちらに入れるのは間に合わなかったが、このアルバムはまじで素晴らしい。「サージェント症候群」なんて何さと言わせるほど雄大なパワーを秘めた凄い作品だ。前回のプリンス特集で書き忘れたが、今でこそ名盤として絶大な評価を得ている『ビギン』や『ソング・サイクル』『フォーエヴァー・チェンジズ』などに初めて接したのが、レボリューション時代のプリンスをリアルタイムで聴いてた時期と一致してる。だからこそ素直な耳でそれらの名盤にアクセスできただろうと思うのだが、もしその時期にこのアルバムを聴いていたらなぁとしみじみ思う。当時のポップ・ジャーナリズムからも完全に無視されていたアルバムだったから、まじで。
このチャド&ジェレミーは英国出身ながら、本国より遥かにアメリカで人気が出てしまった故に複雑な評価を得ているデュオである。従来のフォーク・タッチの軽めのポップスから脱却するため、新たなアプローチを求めていた彼等は、プロデューサーとしてゲイリー・アッシャーを指名。両者の革新的センスががっちりと結合して生まれたのが1967年9月リリースの本作というわけである。時期を考えると当然頭をよぎるのは『サージェント』。しかし今作の収録曲の殆どは『サージェント』発表前に完成されていたものであり、その事実だけでも驚嘆ものだ。従来のポップの枠を越えた進歩的楽曲の数々とチャドによるオーケストラ・アレンジは、ゲイリーのポップ・クリエイターとしての試練の手助けとしてまさにうってつけだったのである。後のラヴの『フォーエヴァー・チェンジズ』に連なる内省的なムードとカラフルなサウンドは、サイケの狂乱とは無縁でありつつ内面的サイケ性を忠実に音像化している。そしてB面はその名も「プログレス組曲」と冠された5楽章からなる超大作。姿勢としてプログレを語るなら『海洋地形学の物語』さえも軽く霞む傑作。カラフルに表情を変えながら、ダイアローグやエフェクトがコラージュされていくスリリングな26分間で、一瞬たりとも油断を許さない。データによると唯一『サージェント』発売後の録音となっている、最近のピープル・ライク・アスのようなコラージュ音響派もびっくりの4楽章「Fall」の一部には多少『サージェント』を意識したところも見受けられるが、それも愛嬌といったところ。ちなみにここで使われている戦闘エフェクト、なんと「レボリューション9」にも全く同じものが使用されていてびっくりである。その「9」にせよ、ザルマン・ヤノフスキーの「シュティンクハウゼン」にせよ、源流はこの曲にありなのは間違いないだろう。
ビーチ・ボーイズの仮想敵がビートルズであったとしたら、彼等はきっとサイモン&ガーファンクルを念頭においてこのアルバムを作ったのであろう。(奇しくも同レーベルだったし) しかしセールス的にも評価的にもS&Gを打負かす事は残念ながら出来なかった。この約半年後、S&Gの似たコンセプトを持つ『ブックエンド』がリリースされ大ヒットとなる。その制作に使われたのが特製の16トラック・レコーダー。そう、あのミレニウムの『ビギン』で使われたシステムである。その中心人物カート・ベッチャーとゲイリー・アッシャーが初めて手を組んだサジタリアスのシングル「ホテル・インディスクリート」は、まさにこの『キャベージ』の完成真際に作られていたものだった。ここでのダイアローグ部分を担当している前衛コメディ集団、ファイアサイン・シアターがそのシングルにおいても大々的にフィーチャーされていることを考えると、余計このアルバムの重要性は避けて通れないと思ったりする。
そしてやっぱりゲイリーはビーチ・ボーイズを相当威嚇していたのだろう。だってこのアルバム、『ワイルド・ハニー』と『フレンズ』を足した以上に演奏時間が長いのだから(もち、ボーナス・トラックは勘定に入れずですが)。時間は有意義に使おうとそういうわけね。

2. ジャン&ディーン/テイク・ブライアン・サーフィン
(Liberty TOCP-66038 2002年編集・発売)
こごとさいどばあ
〜7月中/下旬の巻〜

残しておいてもしょうがない酷い小言もありましたので、不完全版であることをお詫びします。
July14th2002 インターネット。文化情報網としては高級チョコの詰め合わせであり、新鮮なネタでいっぱいの回転寿司である。個人思想解放網としては賞味期限の切れたメロンであり、激安で叩き売りされる鯛の目である。
前者の一部としてルル網を支持して下さっている方々が極僅かながらいらっしゃるのを知っているので、易々とネガティヴな事は言うまいと考えていたのだけど、やはり壊れている自分を隠すことは出来ないのである。だってさ、自分に全責任があると思っている悪事だって、自分だけの力では片付かないんだからね。安心して食えるものだけを選んで食いたくても、気分次第では進んで食中毒に進みたがる、それが人格なんだから。結果として後者の一部へと足を踏み入れねばならなくなってしまう、それが個人サイトの悲しみなのかもしれん。
さて「はっぴいえんどかばあぼっくす」が教えてくれたいいことは色々とあったが、田口さんのアーティスト解説に一切URLが書かれていないというのには胸が熱くなった。圧縮音源が行き来するのも困ったものだが、逆に掴みやすい情報に踊らされて音楽を聞く耳が曖昧になるのはもっと困ったものである。高級チョコをつまみ食いする快感が、より健康的な食生活のために足をもっと使おうという行動力へと転換されなきゃいけないんだよね。
ルル網は今後も食あたりを起こさない程度に素直な音楽観だけを伸び伸びと掲示していこうと思います。例え人格に率直じゃなくとも。この一年の間で幻想へと転じた数々の身勝手に自ら懺悔の意を送ります。
今日のCCCD小言: とりあえずレココレ8月号をチェック。それ以上にコレクター紳士録が凄いけど。

July24th2002 自殺とか離婚とか、人事なんかに構っててもしょうがない、もっとパーソナルな話をしようよ。個人的な金の使い道とか(おっと、それは一番の次にしてはいけない話だな、webで。)
7月に入ってから、6月新譜の買い残しをちょっと手にした程度でバカ買いもそんなにしてないのですが(大体店回る余裕自体ないし)、その分久々にオークションに手を出したりしてみました。一つだけ感じたのは、ある業者のお客さんとその他の業者のお客さんを同質のものとして考えてはいけないってことです。あ店で控えめにやって「やった!」と思っても、い店で決してせこくないと思う技を使って外すと水の泡。昔はそれこそ若さと金にまかせてがむしゃらにやってたもんですが、今じゃそうはいかないし。でも情熱と財力をある程度持ってる人はやる事が大胆だなぁと、そう思う訳です。しょっぱなから大胆に攻めるとかえって損だってのにも気付かなかった。ヤフオクで鍛えたわけじゃないしね。やっぱ向いてないんかな。でもやる時ゃ本気でやらないとね。
そういうわけで大漁を逃したりその他の事情もあって結構モジョに余裕ができたので、この夏は久々に純粋にレコだけを買い漁るための旅行をしたいなと考えているわけです。そして、お陰様で
藤井明美コンプリートまであと1枚!あとは妹・カコのBOX発売に向けてビクターさんに最後の蹴りを入れたいと思います。
と書いた翌日、某所で大場久美子の7インチ6枚(3枚欠)と同じく能瀬慶子3枚(1枚欠)を一律200円で救済。やったっ! と思った途端別所で750円で捕獲したマイテ(プリ様の前の奥さん)の中身がヴァン・ヘイレン、しかも2枚組ライヴの2枚目だったのでプラマイゼロ。ま、「無法の世界」カヴァーに免じてよしとしよう。やっぱり僕にはバカ買いの方が向いているな。

マイク・ラヴ&ブルース・ジョンストンを中心にしたグループの来日は結局中止となってしまったものの、メジャー・デビュー40周年、倉木麻衣らによるカヴァー・アルバム発売(結局はMi-Keの焼き直しだろうが)と、今年もいやがうえにも盛り上がるビーチ・ボーイズ。東芝EMIもこの機会にマニアックなアルバムのリイシューを中心に、いつもと違ったアプローチによるキャンペーンを展開している。頑固親父マリーのリーダー・アルバムとか、ブライアン・ウィルソンがプロデュースした他人のシングル曲のコレクションなど、有り難がる方にとっては非常に有り難いラインナップであるが、中でも注目なのがこのジャン&ディーンのコレクション。彼等の録音作品の中からブライアン、ビーチ・ボーイズ絡みの曲だけを摘出したというある程度親切である程度罠なアルバムだ。
J&DとBB5の関係については、78年制作されたJ&Dのドキュメンタリー・テレビ映画「夢のサーフ・シティ」(マイク&ブルースが友情出演)を観賞した上でブライアン自伝を読むなりいろいろとおさらいしてみて初めてよく解るというものだ。既にLAポップの最前線としてヒット曲を連発していたジャン・ベリーが、ある日ラジオでビーチ・ボーイズを聴いて「俺達そのものではないか」と複雑な感情を抱く。もちろんBB5側は後輩としてJ&Dにリスぺクトを抱いていたのは言うまでもないが、とにかく62年の暮れに両者は必然的に歩み寄り、ジャン&ブライアンが共作した「サーフ・シティ」が翌年夏全米でNo.1を記録することになる。その後もJ&Dのヒット曲作りにブライアンは積極的に協力、逆にディーンがビーチ・ボーイズの「バーバラ・アン」で(隠れて)リードを歌うなど、親父マリーや当時は全く関係ない同志だったキャピトル、リバティー両レーベルの思惑をよそに両者の良好な関係が続く。しかし66年4月、ジャンは例の事故に逢い、『ペット・サウンズ』で独自の道を切り開くブライアンの動向も知れない境地へと行ってしまう。
以上の背景を踏まえて聴くと、12曲目までのジャン&ブライアン作によるヒット曲の数々はヒット・パレードとして単純に楽しめる。しかしその後が問題だ。14、15、16曲目はビーチ・ボーイズで既にヒットした曲をカヴァーしたもので、バックの演奏にも彼等が(密かに)加わっているのだが、ジャンの歌声や雑なプロダクションからは、先輩としての意地悪な視線が感じられて素直に聴けないし、終盤のライヴ曲に於いても「リトル・ホンダ」や「アイ・ゲット・アラウンド」を歌う彼等の声からは何故か醒めた表情が伝わってくる。しかし最大の問題作は20〜24曲目に収められている『J&Dポップ・シンフォニー』からのセレクションである。例の事故に遇う直前のジャンがオーケストラを指揮して当時のポップ・ヒットをカヴァーしたという代物であるが、当時既にスタジオを意のままに使えるようになり、魔法のようなレコードを連発していたブライアンに対するジャンのコンプレックスが一気に噴出してしまったようなアレンジは複雑な感情を抱かせる。とにかく大胆なことをしてブライアンと違う境地に立ってやろうという心意気が空回りしているわけだ。素材として使われたブライアンのメロディもたまったもんじゃなかっただろう。アレンジャー、ジョージ・ティプトン? 好きな仕事人だけに信じられないな。ジャンの私怨がまじ取り付いていたんだろう。そして、使い物にならなくなってしまったジャンを差し置いてディーンがプロデュースした「ヴェジタブル」は、『スマイル』の残骸に対する彼なりのお祓いといった印象。
いずれにせよ複雑な人間模様を浮き彫りにする一枚なのは言うまでもないが、「いかした新入生」とその原曲、さらに幻となったそのまた原曲を一度に楽しめるなどニヤリな瞬間もあって、非常にためになるアルバムなのは間違いない。

3. 大場久美子/狂香小夜曲 (セレナーデ)
(Kitty 25MS-0082 85年発表)
クーミンの東芝時代の作品群に関してはもう語り尽くしたという感じだが、歌手引退後しばらく女優に専念していた彼女が80年代中期突如悟りの境地に入り、アダルト路線で写真集やビデオを発売し始めたことについてはあまり好意的に触れられていない。確かに当時のイメージでも過去の人になっていたし、アイドル全盛期においては歌手としてのクーミンの特異性をあえてクローズアップする必要もないと思われたのは仕方ない。しかし、そんな活動の中、ビデオや写真集とタイアップする形ではあるが、密かにシングルとアルバムを一枚ずつリリースして一応「歌手復帰」していたことに関しては、今こそ触れる必要があるのではないかと思う。
シングル「悲しみ貯金箱/明日では遅すぎる」は、話題を呼んだ写真集「Washing My Life」と呼応した形で84年7月25日発売(プリンスの『パープル・レイン』と同じ日だ)。その約一年後、同名のビデオ作品と共に届けられたのがこのアルバム『狂香小夜曲』である。今月、やっとこのアルバムを手にすることになったので、やはりここに登場させねばと考えた。タイトルからして藤真利子の名盤『狂躁曲』を連想させ、ジャケのイメージも同種のものを持っているからいやがうえにも期待が高まる。全編、作詞・なかにし礼、作曲・三木たかしのコンビによる作品で統一されており、プロデュースは従来通り渋谷森久氏(この人ボンド側の人なんだっけ?)
いやはやまだ20代前半だったというのに人生の泥沼を全て経験した如きジャケの視線にぐっときながら歌に耳を傾ける。もうここには「スプリング・サンバ」の爆走状態は当然無い。落ち着いた歌唱スタイル(決して「うまいのよ!」とはまだ言えないけどね)は自分を楽しんでいるようでむしろ痛快だ。なかにし礼の歌詞が、若くして堕落した女性の回想と錯乱をクールに描き、そのリアルさに圧倒される。アイドル時代のクーミン・ファンにあてたメッセージであるなら、あまりにも痛い。しかし内面描写アルバムとしてはこれほどよくできた作品もないのではないか。最終曲「明日ではおそすぎる」は、現在では『お・し・え・て・アイドル』のCDで聴く事ができるが、いかにして彼女が「Washing My Life」を撮るまでに至ったかの心境をあっさり歌い切った佳曲である。歌手クーミン再評価に向けて、このアルバムは無視できないものだと確信した。ただ単独CD化は難しいよね(曲少ないし.....そうか、おまけムービーとしてビデオ版を入れればいいんかな。)
それにしても同時入手の檀まゆみ「小さな日記」(ETP-17137、81年発売)。このシングルのB面「パフ」は、クーミンの「サージェント」、紀比呂子の「アテンション・プリーズ」、最上由紀子の「恋する夏の日」、吉成かおりの「マイム・マイム」、立花理佐の「トゥルー・ブルー」が束になってもかなわない、東芝アイドル・カヴァーもの史上最強の一曲である。まいりました。

(2002年7月14日)
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