気ままな語り倒し過去記録。+表紙登場「日々の小言」保存場。
Case 16:

リアルタイムで私が聴いてきたアーティストの中でも最も思い入れが強い存在であるプリンスであるが、異口同音、彼の全盛期は1984年から86年にかけて発表されたザ・レボリューションとの3作のアルバムとの声が今尚多いのには辟易させられる。確かに最新作『レインボウ・チルドレン』に至るまで、彼の残した作品のいずれもに強いぺルソナが込められ、時代感と共振することによって様々な響きを生み出してきたわけだが、あの3作を安直に頂点と位置付けてしまうのだけはほんと困ったものだと思う。
しかしそう思ってる自分でさえあの3作には特別な思い入れがありすぎるし、どの曲を聴いても自然にあの頃の気分が想起されてしまうのだから仕方ない。だって、151617と、じゃないけど、192021と過ごしてきたあの3年間は自分にとって最も空虚な時期だったのだから。そんな時に色々と仕込んでくれたのがプリンスの音楽だったのである。
こごとさいどばあ〜7月上旬の巻〜 July9th2002 よしディス、突然終了してすみません皆様......何せ相当血迷っていたもので(しかも真夜中)。まぁ、かねてから掲示板のあり方というものに対しては考えさせられていたのですが。今は丁度相性悪い時期と言っていいでしょうか。
で、ちょちょっと言いたい事があるときよしディスがないと困ったりする。そんな時はここを使います。あまり字数も多くなくして、今日の小言みたいな感じで。
さて、テイ・トウワ、アート・リンゼイ、ロス・ロボス等、王道海鷂魚蔑楠系以外にもちまちまと出てましたけど、明日(7/10)遂にこっち側に押し寄せてしまうことと相成りましたぜ。30曲入りのアネットのベストCD(ビーチ・ボーイズ参加のあの曲も当然収録)がCCCD仕様で出ちまう。もう全く、CCCDじゃなきゃまじ買いアイテムだと思ったのに。ディズニー傘下レーベルであるという逃げられない掟のせいでこんなことになっちゃったわけですよ。古き良き、これからも語り継がれるべき音源までCCCDにしてどーすると鉄拳爆発中です。リイシュー業界に関して言えば、質の良い、ハードに迷惑をかけない商品を末永く流通させること、それこそコピーコントロールだと思うんですが。レア音源界も回線上に駆け巡ることになりそうな今となっては。そうすることで良い音楽だけが生き残る、それが我々の望む形です。それにしても、東芝の小野リサ、ワーナーのDJ HASEBEなど次々と採用......このまま海鷂魚蔑楠と同化しないことを祈りたい。今後出るだろうウィーンの新譜とかカップスのリイシューとかこうなったら幻滅だよ。そして.....CCCDにライナー寄せる人は信用しないと宣言したいと思います。いくら売る側出身の人と言ってもね........(以上7月5日版にちょい加筆修正)
まぁ最近はかつてみたいにMDやテープに好きな曲を集めようと思ってもネタがないから、PCにコピーしてちょちょっと聴こうと思うのもしょうがない(加えて最近AMラジオ派だし)もんね。やはり作り手の責任だっ。というわけで電信ページに岸野さん提供の有意義情報を入庫しました。あのBOXに関わった人達(少なくとも4名)も含む先輩方の言葉群から是非とも良き教訓を得たいものですね。もーどーにでもしてー(やっぱ、ヘヴィロテですこれ。まさか松たか子の新曲より売れてるとは.....)

あっ、その次に書いた「某超大物ミュージシャン・海鷂魚蔑楠入り」の文を保存するの忘れてた。まぁいいか。またいずれ書き直すことにします。べるずぅー!

July13th2002 社会的不適合なことをここで書くものではありません。ほんとスマン。反省してます。
まぁな、神経が磨り減るのはしょうがない、ネット世界にリアリティなんて求めたら。そんなこと言ったって、ここ5年間で築いたルル網の強固な絆をそう簡単に踏みつぶすことなんてできないわけで。
いつか2ちやんを引き合いに出したけど、自分だってスレ一個程立てたことあるし................でもその匿名性を実生活に近い場所でメリットとできるかというと嘘になるしね。まぁとにかく、社会に出す顔を持っている限り、ネガティヴなことをどくどくと垂れ流すわけにはいかないのです。こんなつまんないことで社会と縁が切れて、そのまま飢え死になんて真っ平御免ですからね。
そんなわけで対外的には迷走から程遠いと思っている丸芽志悟ですが、来週は千と千尋とかその他いろいろとかあるし、壊れてちゃいけません。やりまっせ。怒るとしたら皆で同じ方向に向かってポジティヴに怒りたいです。例えばコピーコントロールCDとか (そればっかり.....)

まずは1984年7月リリースの『パープル・レイン』。言うまでもなく、自叙伝的要素の強い同名映画のサウンドトラックとしてリリースされたものである。前作『1999』のロング・ヒットでトップ・アーティストとしての地位を確立し、その勢いのままリリースした今作は全米アルバム・チャート1位を半年近くに渡って独走した。そんなメガヒット・アルバムではあるんだけど、映画の中で見られる感傷的部分がオーバーラップしてどうしてもパーソナルなイメージが全面に出てきてしまう。いや、あの映画自体かなり誇張かもしれないけど、それがプリンスって人の正体だと知ってしまうとこのアルバムって素直に聴けないものである。マライア・キャリーのカヴァーでも知られる「ビューティフル・ワン」での切実な「彼なの? 僕なの?」という問いかけや、「コンピューター・ブルー」に挿入される実の父親作曲によるメロディなど、狙いすぎという感もあるわけで。しかし映画と切り離して考えるとこれはよくできたポップ・ソング集でしかない。だからこそ時代を越えて末永く聴かれる、そしてプリンスの代表作として語られるに値するアルバムでもあるわけで。まぁそんなアルバムのど真ん中(LPならA面最後、ね)にある程度我が哲学に影響を与えている「ダーリン・ニッキー」という猥雑きわまりない曲が置かれてるのが、最大の憎めないポイントなのかも。この1984年の夏という季節、遠距離恋愛の成立が失敗して、ますますヲタ的ポジションに磨きがかかった現・丸芽志悟。その秋には父が心臓病を煩って入院生活に入り、その影響で流浪的ずさみがエスカレート。サイケも聴いていたし、岡田有希子にも夢中だった。後はタイトル曲「パープル・レイン」についてだが....これには1986年に進んだ際触れることにする。
この『パープル・レイン』が今だにチャート上位に居座っていた翌年初春、プリンス&ザ・レボリューションが突如次のアルバムをリリースというニュースが伝わる。一体この男の構造はどうなっているのだろうか。5月になってやっとリリースされた『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』は予想を覆す相当の問題作であった。ポップ・スターとしての付き合い易さを意図的に排した、時代に逆行するような大胆な音作りを全面で試みたアルバム。しかもこの作品は『パープル・レイン』とほぼ同時進行で制作され、84年夏のツアー開始前には完成していたと言われるのだからなおも恐ろしい。この事実だけでも「プリンス=神」説に拍車をかけてるのは間違いないだろう。しかしこれもまた筆舌に尽くしがたいアルバムだなぁ。発売当時はXTCが変名でリリースしたデュークス・オブ・ストラトスフィアの『25オクロック』とか、サイケ・リバイバルが話題になっていて、この作品もサイケだなんだ、80年代の『サージェント・ペパー』だと散々言われたものだ。そして「プリンスと時代を共有できるなんて幸せだ」という意見がぼちぼちと登場、その点でもビートルズをリアル・タイムで見てない自分はときめくに充分だったのであるが。しかしまた今聴くと当時と違った意味で特異な作品だなぁ。散々サイケだと言われたタイトル曲や「ペイズリー・パーク」のサウンドは、今だと立派な「80年代の産物」でしかない。我が道を行きまくるプリンスが、あえてビデオクリップ至上主義だった85年と反目したらこうなったのだが。今振り返るとやはり「古き良き80年代」である。時空超越的サイケ論は正しいのかもしれない。私が今これを聴いて想起する85年の空気ってのは、あの代々木競技場で行われた「ALL TOGETHER NOW」(例のはっぴいえんど再結成が行われたやつ)とかの、うわべだけの空虚な連帯感。同時期の「ウィ・アー・ザ・ワールド」みたいなヤラセ感もない、自然に行われた連帯だ。それを考えるとサイケ=幸せってのは当たってるかも。で、質感としてこれに一番近い60年代のアルバムは、『サージェント』ではなくキンクスの『サムシング・エルス』かもしれないと言ってみたりする。
さて今でこそアルバム発売2年に1枚が当たり前となっているが、プリンス&ザ・レボリューションの次のアルバムは前々作『パープル・レイン』から2年も経たぬ内にリリースされた。映画の方でいい気分になった彼の次の作品『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』のサントラとして制作された『パレード』は1986年4月に登場。これもまたあっと驚くとしか形容のし様がないアルバムだったのだ。こちらの映画のストーリーは前作と違って虚構そのものとしか思えないゴージャスなものであったが、そこをプリンス本人の持つ自閉的性格とモノクロ撮影という特殊技法でさらに渾沌とした世界に持っていったわけで、一般的には「失敗作」との烙印を押されている。しかし音の方はまた前作と違った方向にぶっ壊れてる。タイトル曲から続く一連の小曲での異様なドラム・サウンドやオーケストレーシヨンなど、これこそどの時代にも属さない音である。それ故に今聴いてもおおっと唸らされるし、新たな発見もいっぱいある。その一方で楽曲の持つセンチメンタリズムは過去の作品以上に増幅されているし、心をギュッと締め付ける瞬間に満ちあふれる。この辺りは、前作からプリンス色と並ぶ程強調されはじめたレボリューションの女性メンバー二人の持ち味だと読んでいるのだが。映画「パープル・レイン」での彼女達の役所を知ってしまうとしょうがない。この二人にプリンスは自分の持つ母性を執拗に転写したのではないかとさえ思える。まぁ、本人がこのアルバムをあまり気に入っていないというのもそれを考えるとちょい納得ではあるが、B面の真ん中にひょっこり顔を出すシングル曲「KISS」が全体を引き締めているのはどうだろう。元々はペイズリー・パークのグループ、マゼラティのデモとして作ったもの(彼等のコーラスはしっかりと残されている)を勢いとしてはめ込んでしまったら、それが見事に大成功。しかも全米1位なんだからプリンス・マジックは凄いものだ。この86年、自分にとって最大のアイドルは女子バレーの大林"デカモニ。"素子に他ならなかった。プリンス(とサイケ)以外で熱心に聴いていたのがあの小室哲哉に印税の美味しさを嫌と言う程教えたアルバム、渡辺美里の『Lovin' You』だったことも言っておかねば(しかしこの文句は岡村靖幸に対して言えるかどうか.....)
そして8月の終りに父は息をひきとった。その1週間後、僕はプリンス&ザ・レボリューションの初来日コンサートを横浜スタジアムで見ていた。この時聴いた「パープル・レイン」を一生忘れる事はあるまい。映画でも「亡き父に捧げる」曲だったし、映画でこれを作ったことになっていたウェンディとリサにとっても、プリンスと共にステージに立ったのはこの時が最後だったし。しかし何にも増してその曲がスタジアムに響き始めたとき、雨が地を濡らし始めた事が重要であった。その色は勿論「紫」。確かにそうだったよ。
こうして僕の空虚なさまよえる3年間は終ったと思いたいが、プリンスがその後も順調に好作品をリリースし続けてきたのと同様、実は全然終っちゃいなかったんだよね。今、この3作を聴くと、痛い程それを感じて泣かずにいられない。
尚、発売中のCDは、いずれも初回発売当時のデジタル・マスターが使われており(『アラウンド....』からはCDもほぼ同時リリースとなったが、まだ一般的メディアであるわけない)、一度もリマスターされることなく、リパッケージだけ繰り返されて現在に至っている。ワーナーとのゴタゴタのせいで本人がそうすることは絶対ないと読めるにせよ、せめてスーザン・ロジャースとかデヴィッド・Zあたりに出てきてもらって、しっかりとリマスターして決定版出してほしいと思うんだけどな。
(2002年7月14日)
archive indexに戻るHOMEemail to Mull-me
inserted by FC2 system