
| 大場久美子 オリジナル・アルバム・セレクション |
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『春のささやき』 1978年3月5日発売 「あこがれ」「追いかけないで」「大人になれば」の3枚のシングルを含むファースト・アルバム。曲間にモノローグを挟んでいかにもアイドルのアルバムという展開にしているが、一曲一曲の持つスピード感はただ者ではなく(シングル曲なんて皆2分ちょっと!)、スタッフの狼狽振りを表しているようだ。もちろんアイドル・ポップス歌集としてはかなりの高水準で、岡田有希子のファーストにも匹敵する(と私は思う)。「恋させて」はボン・ジョヴィより6年早い。(藁) 歌詞カードにはエリック・カルメン『雄々しい翼』のジャケを見つめる彼女が。 |
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『微笑のメロディー』 1978年8月5日発売 あの迷唱「エトセトラ」に始まるA面の5曲はいかにもトロピカ〜ル恋して〜るなあやや感(謎)であっという間だが、B面の「(ミュージカル・ファンタジー)五つの鍵」は凄い。あの「音楽? それはもちろん、エレキ!」でおなじみの東芝魂が内省的ニュアンスと破壊的エネルギーを伴って拡大表現される。破滅に向かうことを余儀無くされつつ、屈折した視点でその道程を駆けていく乙女のひとりごと。それはクーミンが演じてこそ光り輝くものである。よって聴き手に生命への希望を抱かせるという逆説的快感なのだぁ。「私も歌を"うまいのよ!"歌いましょうか」の下りはレコード史上最もパラドキシカルな瞬間である(爆) |
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『カレンダー』 1978年12月20日発売 英国録音(といっても実際はストリングス他のダビングだけらしく、今からは考えられない暴挙で ある)を売り物にしたコンセプト・アルバム。アルバムとしては一番まとまっている作品と言えそうだ。孤高のアイドル魂が過剰な装飾を得てさらにのたうち回る快感、それに加えて魅力的な楽曲の数々。これもお馴染みの迷唱「ディスコ・ドリーム」が入っているが、そのB面「ミルキー・ウェイ」はトリビュートが実現したら是非キリンジに歌って頂きたいいい曲。「ナイアガラ・カレンダー」同様一つの暦として成立してる故に追加(CD化の際のボーナス・トラックとか)は許されない一枚である。 |
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『カーテン・コール』 1979年7月5日発売 これも一種のコンセプト・アルバムであるが(シングル・カットは一曲も行われていない)、引退決定後の制作だった事は確か。私にとって歌が全てという究極のパラドックスをテーマにすることで、かえって演技する側の彼女のやる気をクローズアップしたというのがなんとも冒険的試みではないか。曲調やサウンド作りの高度さを別とすると、聴後感は当時の米国産業ロックにありがちなトータル・アルバムに等しい。なお3月発売のシングル「スプリング・サンバ」はCDで容易に聴けるが、オリジナル・アルバムには未収録。 |
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『ガラス窓の少女』 1979年11月20日発売 さよならコンサートの後リリースされた「墓碑銘」的なアルバム。A面はイルカ作詞・作曲によるトータル・コンセプトな展開で、ここまで来るともう開き直ったなとしか思えない世界が広がる。女優に専念するという「来世」がはっきり見えてくる歌唱と曲調。B面の羽田健太郎サイドは前作の延長線上にある5曲。呆気無い幕切れと思うのはやはりライヴLPが存在しているからであろうか。4曲目「レディー・ロード」のビリー・ジョエル剥奪ぶりは微笑ましい(が、「アレンタウン」よりは3年早いのである!) |
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『さよなら ありがとう』 1979年12月20日発売 1979年10月19日、日本武道館で行われた歌手引退公演の模様を記録した2枚組ライヴ・アルバム。当然これを最後に引退したので、差し換えその他は全く行われていない。よって音楽史上もっとも添加物の邪魔が少ない、生の艶かしさに支配されたレコードである。当日は台風のせいで開演が遅れ客席の埋まりも疎ら。それをドキュメントする音声が冒頭にコラージュされているが、その後はもうクーミンの術中である。愛想をつかすとか、未練はないとか、そういうのとは無縁の素直な感情が破壊的エネルギーに変化している。この夜、クーミンと空気を共有した8000人の勇気ある者たちの幸運は、その後も続いたのであろうか。バディ・ホリー・コンプリーティストは注意である。 |