気ままな語り倒し過去記録。
Case 14:

1967年6月1日=音楽シーン全体を根本から揺るがす大事件、ビートルズの名盤『サージェント・ペバーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が英国のレコード店のラックに並んだ日から、丁度35年が経過した。今、丸芽志悟はその事実を素っ気無く通り過ぎ(35年って、ちょっと中途半端ではありませんか....と言いつつ実はね、うふふ)ながら、別の25周年を両手をあげて歓喜モードでお祝いしているのである。
1977年6月5日、大場久美子が初めてのレコード、シングル「あこがれ」を東芝EMIから発売してから、丁度25年が通過するわけである。
大場久美子
オリジナル・アルバム・セレクション
『春のささやき』
1978年3月5日発売
「あこがれ」「追いかけないで」「大人になれば」の3枚のシングルを含むファースト・アルバム。曲間にモノローグを挟んでいかにもアイドルのアルバムという展開にしているが、一曲一曲の持つスピード感はただ者ではなく(シングル曲なんて皆2分ちょっと!)、スタッフの狼狽振りを表しているようだ。もちろんアイドル・ポップス歌集としてはかなりの高水準で、岡田有希子のファーストにも匹敵する(と私は思う)。「恋させて」はボン・ジョヴィより6年早い。(藁) 歌詞カードにはエリック・カルメン『雄々しい翼』のジャケを見つめる彼女が。
『微笑のメロディー』
1978年8月5日発売
あの迷唱「エトセトラ」に始まるA面の5曲はいかにもトロピカ〜ル恋して〜るなあやや感(謎)であっという間だが、B面の「(ミュージカル・ファンタジー)五つの鍵」は凄い。あの「音楽? それはもちろん、エレキ!」でおなじみの東芝魂が内省的ニュアンスと破壊的エネルギーを伴って拡大表現される。破滅に向かうことを余儀無くされつつ、屈折した視点でその道程を駆けていく乙女のひとりごと。それはクーミンが演じてこそ光り輝くものである。よって聴き手に生命への希望を抱かせるという逆説的快感なのだぁ。「私も歌を"うまいのよ!"歌いましょうか」の下りはレコード史上最もパラドキシカルな瞬間である(爆)
『カレンダー』
1978年12月20日発売
英国録音(といっても実際はストリングス他のダビングだけらしく、今からは考えられない暴挙で ある)を売り物にしたコンセプト・アルバム。アルバムとしては一番まとまっている作品と言えそうだ。孤高のアイドル魂が過剰な装飾を得てさらにのたうち回る快感、それに加えて魅力的な楽曲の数々。これもお馴染みの迷唱「ディスコ・ドリーム」が入っているが、そのB面「ミルキー・ウェイ」はトリビュートが実現したら是非キリンジに歌って頂きたいいい曲。「ナイアガラ・カレンダー」同様一つの暦として成立してる故に追加(CD化の際のボーナス・トラックとか)は許されない一枚である。
『カーテン・コール』
1979年7月5日発売
これも一種のコンセプト・アルバムであるが(シングル・カットは一曲も行われていない)、引退決定後の制作だった事は確か。私にとって歌が全てという究極のパラドックスをテーマにすることで、かえって演技する側の彼女のやる気をクローズアップしたというのがなんとも冒険的試みではないか。曲調やサウンド作りの高度さを別とすると、聴後感は当時の米国産業ロックにありがちなトータル・アルバムに等しい。なお3月発売のシングル「スプリング・サンバ」はCDで容易に聴けるが、オリジナル・アルバムには未収録。
『ガラス窓の少女』
1979年11月20日発売
さよならコンサートの後リリースされた「墓碑銘」的なアルバム。A面はイルカ作詞・作曲によるトータル・コンセプトな展開で、ここまで来るともう開き直ったなとしか思えない世界が広がる。女優に専念するという「来世」がはっきり見えてくる歌唱と曲調。B面の羽田健太郎サイドは前作の延長線上にある5曲。呆気無い幕切れと思うのはやはりライヴLPが存在しているからであろうか。4曲目「レディー・ロード」のビリー・ジョエル剥奪ぶりは微笑ましい(が、「アレンタウン」よりは3年早いのである!)
『さよなら ありがとう』
1979年12月20日発売
1979年10月19日、日本武道館で行われた歌手引退公演の模様を記録した2枚組ライヴ・アルバム。当然これを最後に引退したので、差し換えその他は全く行われていない。よって音楽史上もっとも添加物の邪魔が少ない、生の艶かしさに支配されたレコードである。当日は台風のせいで開演が遅れ客席の埋まりも疎ら。それをドキュメントする音声が冒頭にコラージュされているが、その後はもうクーミンの術中である。愛想をつかすとか、未練はないとか、そういうのとは無縁の素直な感情が破壊的エネルギーに変化している。この夜、クーミンと空気を共有した8000人の勇気ある者たちの幸運は、その後も続いたのであろうか。バディ・ホリー・コンプリーティストは注意である。
1000万人の妹というキャッチ・フレーズの元颯爽と登場した新人アイドル....まぁこの段階ではそんな事実もどうでもいい。レコードはいまいちヒットとはならなかったけど、グラビアや映画出演などでその存在がクローズアップされていく内に、自然とアイドル歌手としての彼女の姿も浮き彫りにされていったとそういうわけである。
歌手としての大場久美子はなかったほうがいいと考えてる人だっているかもしれない。小学生だったリアルタイムの自分さえ、そんな一人だったかもしれない。でもいいのだ。そんな、大人達に嘲笑された歌い手・大場久美子が、今となってみたらたまらなく愛しいのだから仕方がないのだ。当時、八神純子や渡辺真知子らの歌声に混じるととんでもなく滑稽だった「エトセトラ」や「スプリング・サンバ」が、もはや自分の中ではスタンダードと化しているのだから。
なぜそうなったのかって......それは自分でも解らないが、周りの空気に聞いてみるのが一番なのであろう。それでも一応とりあえずは。2001年夏のある日、大阪の某中古レコード店で、大場久美子の歌手引退コンサートのライヴ盤『さよなら ありがとう』を発見したのだ。このコンサートに至る道のりについては語るまでもないと思うのだが、とにかくここでの彼女の歌唱は凄まじいの一言に尽きるという評判は聞いていた。『Songs In The Key Of Z』に感化されていたその時の私は、ためらいなくそれを購入。帰って来てそれを聴いたら、もう後戻りできないとそういうことだ。大場久美子、それは啓示以外の何でもなかった、なかった。
いきなりそのラスト・コンサートの涙まみれのぐじゅくじゅな歌唱を聴くということは、トーネイドーズやベンチャーズの演奏を聴かずにミークのデモ「テルスター」から入っていくようなものであるが、とにかく我がクーミン至上主義哲学がその時始まったのは言うまでもない。ライヴ盤以前発売された5枚のオリジナル・アルバムは、その後比較的安い値段で全て揃えることができた。ジャケットは帯付き美品だし、レコードに至っては全く汚れない。ただ歌詞カードが相当使い込まれた(?)様子である。この事実は、当時のクーミンファン気質と、これらのレコードが彼等の手を離れるまで、及びその後私に拾われるまでどういう運命を辿ったかを思い知らせてくれる。つまり、歌唱はおまけだったのだろうと、そういうことだ。
大場久美子の歌手引退以後、80年代のアイドル・ブームがあって、おニャン子ブームがあって、一方ではローファイがもてはやされて、アウトサイダー・ミュージックが脚光を浴び......自分もクーミンを再発見したあと、能瀬慶子の再発CDを喜び勇んで買いに走ったり、釈由美子の歌声を聴いて「彼女こそクーミン道の正当な継承者だ」と心ときめいたり。でも結局クーミンの孤高さだけが浮かび上がるのである。なぜ彼女をそうさせてしまったのだろうか。やる気がないとか、技量が不足してるとか、そういう問題ではない。大場久美子という一つの個のカリスマ性が、その歌声に凝縮されてしまったにすぎないのだ。たまらなく守ってあげたい、一億人の妹モードを奮起させるファクター。その全てがあの歌である。だから、壊れそうでも壊してはいけない。その辺を制作ディレクター、渋谷森久氏はよく知っていた。彼女のレコードで時折見受けられる演出された場面の幾つかの主導権が彼にあることを、レコードのクレジットがしっかり物語っている。それらは今聴くと滑稽なアイドル・オペラでしかないのだが、この時世において何と潔く爽やかなものであろうか。虚構は虚構、はっきり割り切っているところが素晴らしいとしか言い様がない。そこをぎりぎりの力で乗り切っている久美子が立派なのである。渋谷氏は相当のビートルズ・ファンであると推測できるが、その辺の色々な事情を今なら彼は素直に話してくれるのであろうか。クーミンの他に東芝で何を手掛けたとか、気になることは気になるし。
そういうわけで、25周年記念CDボックスでも出ないかなぁと気ままに妄想しつつ何も起こらないままこの日を迎えてしまったのであるが。聞く所によると、93年発売された彼女の最初のコンピレーションCDは、ネット・オークションで相当の高価を呼んでいるという。レコードの方は意外と入手しやすいというのに(79年3月限定発売されたピクチャーLP『Kumikoアンソロジー』と、引退後リリースされたベスト・アルバム『Summer Holiday』は除く)。95年リリースされたもう一枚のベストCDの方は、東芝が遂に悟ったのか今年になってから再プレスされたのだが。時代はクーミンの歌をやっと抱擁できる方向に動いて来たのである。そして、引退後も幾つかの特殊プロジェクトのためにスタジオ入りしていたクーミン本人も、遂に久々の新録音にチャレンジという朗報が。菊地成孔氏直々の御指名によって実現した「大人になれば」のニュー・ヴァージョンが、Pヴァインからリリースされた3枚組コンピ「至福刑事2」に収録されたのだ。今は本人でさえ当時の渾沌を楽しむ余裕を持っているのかもしれないな。そんでトリビュート盤とかも出たりしないかなと、妄想は膨らむ。
要するにアイドル界に燦然と輝くロンリー・ハーツ・クラブの主、それが大場久美子である。それを象徴するように彼女は、前述したピクチャーLPの中で『サージェント』の冒頭の2曲を喜々として歌唱しているのだ.......

(2002年6月4日)
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