気ままな語り倒し過去記録。
Case 7
エクレール「ソングブック」
2002年1月30日発売/Coa (日) CD:COAR-0013
去年10月開催した、我がポップ愛好者人生の最終到達地点というべきライヴ・イベント「春風のいたづら」に出演してもらったバンド5組の内、それまで全く面識のなかった唯一の存在がこのエクレールであった。それまでは、1999年リリースのコンピレーション・アルバム『ジャパニーズ・ガールズ』への参加曲とか、ソフロ仲間である森本君率いるボビーズ・ロッキン・チェア出演のライヴで手に入れたコンピ・テープ音源とかを密かに愛聴していて、気になる存在ではあったが、やはり「好き者の意地」があったのか、自分のライヴをより素晴らしいものにしようとの心意気で、思い切って声をかけてみたのだった。意外にもお返事はスムーズに頂いた。
こうして実現した彼女達のライヴ。オッタンタの密室性と、生活感に溢れる彼女達の歌世界が見事にマッチし、期待以上の世界が広がっていった。まさに「春風のいたづら」とはこのことではないかと思った。と同時に、自分の主催者としての力量が決してついていってないなぁと痛感する結果ともなった。ごめん、謝るべき対象は他にももっとあるけどね。
ここにやっとエクレール初の公式単独音源、21分強という丁度いいサイズの作品集が届けられた。渚十吾氏が新たにスタートさせた「そら豆レーベル」の第一弾。渚氏といえば、去年の終盤大騒ぎしていた二階堂和美さんのプロデューサー塚本優香女史とも仕事をしているし、案外自分的ポップのキーパーソンとなってるかもしれない。既に自主リリースされたテープで発表済の曲とのダブリは2曲のみ。あとは「春いた」で披露された曲もあり、新曲もあり。一言でいえば手作りのアンニュイさ。繊細で壊れそうなのに、他人に包容されることを拒むクールさ。それなのに感触はとてもポップで暖かくて、自分の中での70年代内輪フォーク好きを目覚めさせてくれる。「喫茶ロック」に近いところにありつつ、微妙に何か違うのだ。やはり「非ロック」なんかな。プリファブ・スプラウトみたいな。とにかく、あのライヴで展開されていた独自の世界は忠実に再現されているので、まずは聴いてみてほしいと。そしてポケットの中にずっと入れておきたい音楽。
エクレールのお友達である荒澤文香さんを初めて見たのが、彼女が所属していたアカペラ・ガールズ・バンド、キャンディ☆アイスラッガーのレコ発ライヴで、それは下の文中に在るザ・コケッシーズのレコ発ライヴでもあったわけだが。エクレールもピクミンの歌と同様な磁力を持っているなと、そう感じた。みんな、このペースでずっと進んでいくんだよ。
(2002年2月3日)
Case 8
Puff "Puff"
1968年発売/MGM (米) CD:英国盤で(2曲除き)入手可能
急激なロック・レボリューションが進んでいた1968年、空回りに終ってしまった一つのスローガンは「ボスタウン・サウンド」。サンフランシスコに続くロック革命の震源地として、何故かボストンがクローズアップされ、大手レーベルからそこ出身のバンドが大量にデビューし始めたのだ。中でもプロデューサーのアラン・ローバーが先頭に立ち、アルティミット・スピニジ、ビーコン・ストリート・ユニオン、オルフェウス、カメレオン・チャーチといったバンドを扱ったMGMレーベルが特に熱心であった。これらのバンドのレコードは何故か日本盤シングルまで出たりしたのだが、結局はロック革新の意味を履き違えたレコード産業の勘違いとしてヒップなジャーナリズムから罵声を浴び、コマーシャルな成功に結びつくこともなかった。
もっともボスタウン・サウンド以前のボストンのロック・シーンはもっと熱かった。ビートルズの前座を務めるという大役を果たしながら、結局全米でのスターダムを手に入れること無く伝説化してしまったリメインズと共に、ボストン・ロック・シーン初期の担い手となっていたバンドがロッキン・ラムロッズである。彼等もローカル・レーベルにシングル8枚を残し、ストーンズの前座や映画出演までこなすなど活躍していたのだが、全米での露出は皆無だった。シンプルなビート路線でスタートしつつ、次第に中心人物ロン・キャンピシの洗練されたソングライティングを前面に出し、サイケ革命への橋渡しにスムーズに乗っていくことになる。
このラムロッズがボスタウン・サウンドのムーヴメントに乗せられ、変容したバンドがこのパフで、やはりMGMからアラン・ローバーのプロデュースでアルバムを1枚出すことになる。ここでメンバーのラインナップにロンの名はない。但しアルバムの全ての曲は彼の作詞作曲によるもので、即ち彼はブライアン・ウィルソン的役割に専念したというところか。サウンド的にはラムロッズ末期の屈折したポップ・サウンドがサイケを経由してさらにエスカレートといったところで、キーボード、フルートが醸し出すジャズっぽい感覚、サウンド操作の多用がいかにも当時らしい。内省的な作風もまた然り。全編を貫く陰鬱なムードはシカゴのバロックスにも通じるものがある。スペーシーな浮遊感覚に溢れる"I Sure Need You"が中でも飛び抜けた出来。サイケ的には中途半端かもしれないが、68年的美学は全編にしっかり息づいている作品だ。
95年にイギリスのBig Beatからリリースされた"The Best Of Rockin' Ramrods"には、ラムロッズの初期シングル曲、71年録音された末期の未発表曲と共に、このアルバムから10曲が収録されており(オミットされた2曲は両方とも並のポップ曲)容易に聴くことができる。このCDのジャケットを手掛けているのが、音楽活動から手を引いてグラフィック・デザイナーとなり数多くの賞を受賞までした、他ならぬロン・キャンピシその人というのが嬉しい。
(2002年2月6日)
Case 9
ザ・テンプターズ「イン・メンフィス」
1969年発売/Philips (日) CD:TECN-20444
GSのオリジナル・アルバムの中でも最もまともに語られることがないアルバムと言えば、ハプニングス・フォーの『アウトサイダーの世界』とこのアルバムのどちらかで決まりだろう。まぁ、GSとは思えない音楽的雑種性と皮肉の塊に彩られた超絶作である前者はまだいいとして(いつか語ろうと思ってますが)、このアルバムは無視するには勿体無いと思うんだけどなぁ。とにかく、テンプターズのアルバムと銘打っておきながら、実質的にはショーケン=萩原健一が現地の一流ミュージシャンと共に吹き込んだアルバムという大まかな実態が一人歩きしているのは事実である。
最近リリースされたクロニクルのテーマ別GSコンピレーションの多くに、このアルバムの中の曲が出現しているのだが、その曲が現れる度に磁場が激変してしまうという現象にびっくりしてしまう。例えば『GSソフト・ロック・コレクション』(小生がライナー書いてる)ではワイルド・ワンズ「若い世界」及びブルコメの「チェンジング・マイ・ハート」に続いてこのアルバムの「世界は僕の両手に」及び「愛の小径」が出てくる。音質的な変化と共に、一体ソフト・ロックって主題は何なのかと思わせる意識の回転に襲われ、ショーケンの歌唱が現れるとそこは逆説的花園になってしまう。
それはやはりこのアルバムの持つ特殊な状況のせいであろう。ザ・テンプターズのアルバムでありつつ、展開されてるグルーヴはまぎれもなく現地ミュージシャンにしか出せないものである。そのグルーヴがR&Bだろうがソフト・ロックだろうが、それと造反するところにショーケンの歌が存在するわけだ。テンプターズのロック・バンドとしてのアナーキーさは前作ライヴ盤でいやと言う程堪能できるのだが、そのアナーキーの頂点であるショーケンの歌が今度は本場のグルーヴと向き合う。そんな時、何と逆説的快感が生まれるのだろうか。「エヴリバディ・ニーズ・サムバディ」のような現地作曲家の作品は、まさにそんなエスカレーションの賜物である。それ以外では、村井邦彦、筒美京平、かまやつひろし、大野克夫、そしてテンプ自身の松崎由治といった日本の誇る兵たちの楽曲に、当時の水準を遥かに越えた洗練性が吹き込まれていく。しかしそこにあるのはテンプ・ワールドのかけらに他ならない。
最も極端な形で両者の融合が現れているのが「空白のブルース」であり、ここでは「特別参加」の松崎由治のギター・ソロが両者を結ぶ長い橋(宮殿には通じてないです....)となって更にムードを盛り上げている。恐るべしショーケン。後にPYGの一員としてロック・シーンに現れたとき、ブーイングを浴びせた奴らは何もわかっちゃいなかったのである。GSの名作と呼ぶにはアレだが、日本のロックの在り方を考えるとき、決して避けて通りたくないアルバムなのは確か。
(2002年2月11日)
Case 10
Prince "The Rainbow Children"
2002年2月6日発売/NPG (米) CD:VICP-61736
ひとこと、傑作。しかしこれだけで片付けるわけにいかないのが、また難しいのである。少なくとも『パープル・レイン』以降、2、3作の例外はあったものの、プリンスの新作発売には「おおっ、凄過ぎ。またやられた」とうなる機会が常に附随し、それは私にとって一種の儀式であったのであるが、時を過ぎるとその興奮も冷めてしまう、そんなパターンがここ数作続いていた。だが今回のアルバムは違う。最初に輸入盤で入手して3ヶ月経過したが、今もなお聴く毎に新たなる興奮に襲われる。そして見事な仕事としか言い様がない訳詞を掲載した国内盤の登場で、再度「ここで唸らずしてどうする」という機会がもたらされたのであった。
それにしても今作の解放感ったらない。万人に向けてプリンスの音楽が開かれたというのではなく、これぞ今の世界に必要な音、そのための充分な解放感という意味である。例えば96年の『イマンシペイション』の時は、レコード会社やらその他の周辺物件との葛藤の反動として生まれたテーマ故の「歓び」が空回りしていたり。99年の『レイヴ・アン2・ザ・ジョイ・ファンタスティック』は解りやすいポップ性とゴージャスさの裏に測りきれない悲しみ(愛児を失ったのは前作制作の前なんだよ、渋谷さん!)が感じられたりして、今聴いて素直に感動できるアルバムではないと思うのだが、今作はただただプリンスの己が積極的に現れていて、曲作りや演奏の随所に積極性が感じられるのである。
その積極性が果たして「彼は神を見たからだ」と決めつけるのはどうか。今作の歌詞の随所から、今までになく直接的な宗教的リファレンスが感じられる。しかしここで彼は自分の神に対する想いを押し付けがましく表現しているのでは決してない。誰かさんの神様の「広告塔」みたいにくどい音楽とプリンスの表現世界は一番遠いものなのだ。(決してジョージのことを言ってるわけじゃないよ!) 真の人間性とは何なのか、彼は神の教えを知ることによってそれを確認したに過ぎないのだと思う。
善と悪、黒と白、それとあれ。表裏決めなきゃ気が済まない人種に対して彼が送る警鐘は決して攻撃的なものではない。それこそ日本の政界みたいに、訳が解らないまま本道から逸れてしまう、そんな方法論は邪道である。彼自身の表現活動における束縛から解放されて、まさに言いたいことが自由に言える身になったからこそ、ここでの彼の歌詞は重みを持つ。是非とも訳詞を読んでもらわないと。
開かれたのは音楽的にも同様のことであり、ここで聴かれるのは彼の原点でありかつ最新鋭の音楽である。決してテクノロジーに頼らず、自然体のファンクを基本にしているものの、所々はっと言わせる手法で聴覚を刺激する。何度聴いても「それありかよ!?」と唸ってしまうのである。この音を前にすると、『パレード』の得体の知れなさは最高だったよなぁとか、『ブラック・アルバム』こそロック!とか、あらゆる回想的賛辞が戯言と化してしまう。現在進行形でこんな凄い音楽を作っているミュージシャンを無視することができるか。
楽曲的には、まず70分のトータルな作品として考えたいのでちょい語るのに無理はあるが、まず1曲目のタイトル曲の高揚感がさすが。10分以上の曲を決して長く感じさせないのはプリ様の真骨頂である。さりげなくシリアスなジャズ感覚で決めるところは憎めない。「デジタル・ガーデン」のイントロはスティーリー・ダン、中間部は10ccを連想させ思わずニヤリである。随所にオペラ的、ミュージカル的感触をちりばめつつ、物語は進行していくが、ラスト3曲25分間の圧倒的存在感にはただただ唸るしかない。特に最後の「ラスト・ディッセンバー」は、アルバムのエンディング曲としては「パープル・レイン」以来の感動的余韻をもたらす。(人がなんと言おうと自分は「パープル・レイン」至上主義を貫き通したいが、これには深い理由があるのだ......まぁいずれにせよ、自分があと1週間しか命がないという時にDJをやれと言われたら、最後に紫色のLPをそっと取り出し「パープル・レイン」をかけるのだけは間違いないね。)
やはりこれほどまで凄いアルバムは一般の流通ルートに乗らなければしょうがない。それともこの傑作はパッケージ・メディアの黙示録となるのか? そんなこと願いたくない。ああプリ様、しばらくはこのアルバムで逝かせて下さい。
(2002年2月11日)
Case 11
Tommy James & The Shondells "Cellophane Symphony"
1969年発売/Roulette (米) CD:Rhino (米) R2-70534
ヒット・グループとしてのトミー・ジェイムズ&ションデルズの偉大な業績とそれを巡る数奇な物語については、かつてルル網の
「ポップ歳時記」で書いた事があるが、時代のサイケな変革さえもシンプルなポップ路線で乗り切って来た彼等にとって初の大胆な変化が、68年末にリリースしたシングル「クリムゾンとクローヴァー」でまず訪れた。外部プロデューサーに頼らずメンバー自身で作曲とプロデュースを仕上げ、それまでの路線に逆行するように緩いテンポのムーディなポップ・ソングを繰り出して来たのである。サイケのようで実は微妙に違うというこの大胆な曲は、皮肉にも「ハンキー・パンキー」以来2年以上、近づきながらも逃し続けていた全米第一位の座へと彼等を引き戻したのである。
69年に入るとこのヒットを受けて同タイトルのLPがリリースされ、ナンバー1ヒットとなったその曲はさらに大胆にリミックスされ5分半のロング・ヴァージョンに拡張されていた。(既成のアルバム曲が編集で短くなった例は以前にもあったが、その逆はこれが初めてだろう) 美しい隠れ名曲"Kathleen McArthur"や、クリークがカヴァー盤をヒットさせた"Sugar On Sunday"などの新機軸を打ち出した曲が、「クリムゾン」の一つ前のシングルでバブルガム的な"Do Something To Me"等と同居しており、ある程度分裂色が出ていたのは仕方ない。
「クリムゾン」の次のシングルとして69年春リリースされた「スウィート・チェリー・ワイン」は、強烈な反戦メッセージを打ち出しつつTOP10入りする成功で、これを受けて制作されたのが今回取り上げるアルバム"Cellophane Symphony"である。但し、「クリムゾン」のアルバムからもう一枚シングル・カットした「クリスタル・ブルー・パースエイジョン」がさらなる大ヒットとなったため、発売が延期され、結局出たのは10月になってからだった。何はともあれこの2枚のアルバムは、現在出回っているライノのCD上で仲良く同居する双子の兄弟みたいなものである。
はっきり前作と違っているのは、こちらの方がアルバムとしてのコンセプトを明確に打ち出しているという事だろう。シングル・ヒットの付属品を越えたトータルな作品作りが試みられているのは確かだが、音楽的にはコマーシャル・ポップ路線が避けられているとはいえ雑多な傾向にある。何と言っても10分近くに及ぶオープニングのタイトル・ナンバーが凄い。まるで「太陽にほえろ!」の劇伴のようなルーズなインストにのせて唸りまくるシンセ。『アビイ・ロード』の慎重な使い方に比べるとまさに野放し状態で、これこそプログレと言うべきだろう。かったるいと感じる者もいるかもしれないが、これが意外にも効果満点で全く飽きさせてくれない。この後続くのが肩の力を抜いたグッドタイミーなロック"Makin' Good Time"なのだから余計たまらない。針を進めると内輪ジョークとしか思えない妙な曲"Papa Rolled His Own"があったり、再度シンセが彩る崇高なバラード"Changes"があったり、フリー・ソウル者が涙しそうな、後のトッド・ラングレンを思わせる"Loved One"があったりで、シリアスな要素があったとしても楽しいムードの中に消化されてしまってる。「ハンキー・パンキー」から続く彼等の乗せ屋魂は、如何に時代が変ろうが不滅なのであった。最後の"On Behalf Of The Entire Staff & Management"のバカ振りがまた素晴らし過ぎ。ビートルズの「ユー・ノウ・マイ・ネーム」に近いものを求めている方には、まずこれをお勧めといったところ。しかし皮肉にも最後っ屁が"I hate you!"の一言とは。
ションデルズはこの後グッドタイム路線を更に突き進めもう一枚アルバムを作るが、70年にはトミーと袂を分つことになる。ヒット・メイカーとしての志は皮肉にも田舎に引きこもり敬虔な生活を送り始めたトミーに受け継がれることとなった。数奇な運命は「歳時記」にある通りその後も続きまくるのである。
(2002年3月6日)
Case 12
Les Irresistibles "The Story of Baxter Williams"
1968年発売/CBS (仏) CD:Magic (仏) 177462
今月になって、思いもよらないLes Irresistiblesのフランス・オリジナル・シングル2枚が手許に舞い込むという大事件があった。このグループについて騒ぎ出した3年前ならまだしも、ソフトロック関係の書籍にまで紹介され、その名が好き者の間で知れ渡った今になって、信じられないほどリーズナブルな値段でそれらを手にすることが出来たとは我ながら信じられない。そもそも、私が彼等の存在に興味を持ったのは、4年前熱心にテープ交換をしていたベルギーのポップ・マニアRonのおかげであった。彼の送ってくれたテープの中に、この唯一のアルバム収録曲3曲が入っていて、その時は別に大したことないと思っていた。しばらくしてアメリカの業者からArch Of Triumph名義で発売された米盤シングル"Sunshine And You/Lands Of Shadow"を入手したのだが、これには一発でまいってしまった。しかしある日何気なくRonのテープを聴いていたら、そこにも"Lands Of Shadow"が。まぎれもない同一ヴァージョンであり、ここで私はLes IrresistiblesとArch Of Triumphが同じ人達であることを認識したのだった。さらに歴史をひも解くと、同じカップリングのシングルが日本でもリリースされていて、その名義は「ビラブド・ワンズ」となっていた....何ゆえに同じグループが国によって名称を変更したのかと、そのミステリアスさに頭は???でいっぱい。そうこうしているうちにフランスのマジック・レーベルからリリースされていたこのCDの存在を知り早速入手したと。ライナーがフランス語のため全容が把握できずにいるまま、音楽の方にはすぐさま魅せられたとそういうわけだ。
というわけでこのグループは、パリにて学業生活を送っていたアメリカ出身の4人の若者により結成され、68年にシングル"My Year Is A Day"でデビュー。2枚目の"Lands Of Shadow"に続いてリリースしたのがこの唯一のアルバム。Baxter Williamsなるいわば女たらしの生涯にそって展開した、一種のコンセプト・アルバムというべきもの。トップを飾る"Baxter's First Step"から快活なポップ・メロディ全開であるが、やはりフランスというお国柄のせいか、明るさの中にも陰りのある独特の世界が、典型的ハーモニー・ポップと一線を画す。ハーモニーの方も本家西海岸バンドと比較すると何かぎこちないが、その分カラフルなオーケストレーションがカヴァーしてる。これから"Here She Comes""Slave To Freedom"と続く展開はまさにうきうきもの。途中ガレージ・サイケ的サウンドの"Baxter's Blues""To Experience"やドラムレスのダークなバラード"Fade Away"もあり、シングルの2曲のような哀愁ポップ路線もあり。そして"Baxter Williams""Baxter's Last Step""The Break Through"といった曲のドラマティックな展開はさすがコンセプト・アルバムっぽいと感じさせる。何せただ者ではないスケールの大きさは、プログレに右足の親指一本は踏み入れているという印象だな。ボーカル的に弱いのはしょうがないとしても.....
シングルB面の名曲"She And I"(これはオリジナル盤で聴いたら物凄い音圧でただただ圧倒されてしまった)や"Sunshine And You"が未収録なのは残念だが、これらはCDでしっかりフォローされているし、同じく追加されたアルバム以後のシングル曲も粒ぞろい。中でも疾走感いっぱいの"Universe Of Love"がNice。これもシングル盤出てきたら買うのになぁ。
(2002年3月22日)
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