気ままな語り倒し過去記録。
Case 1
Zalman Yanovsky "Alive And Well In Argentina"
1968年発売/Buddah (米) 現在CD入手不可能
無節操な音楽語り倒しコーナー第一発目にこんなアルバムを普通持って来ますか? というわけで決して憎めない作品。67年にドラッグ問題でラヴィン・スプーンフルを脱退させられたザル・ヤノフスキーが翌年に発表した唯一のソロ・アルバムである。手元には91年にテイチクからリリースされた『ラヴィン・スプーンフルBOX』があるのだが、そのDisk3に於いてはスプーンフルの最終作とされている『革命』とこのアルバム、そしてスプーンフルの中心人物ジョン・セバスチャンの初ソロ・シングル「シーズ・ア・レイディ」がカップリング(?)されていた。ブッダ/カーマストラに於けるスプーンフル関連残り物整理と言ってしまえばそれまでだが、先の『革命』が実際はジョー・バトラーのソロ・アルバムに近いものであることを考えると余計この組み合わせが珍奇に感じられるというわけなのだ。『革命』自体単独で語られる機会が全くないのはその性格も考えると仕方ないことで、例えばヴェルヴェット・アンダーグラウンドの"Squeeze"とかモビー・グレイプの"Truly Fine Citizen"とか、そのグループの名称の下で語られるに値しない作品の仲間とされているような感じである。まぁ作品自体は決して悪いものではないんだけどなぁ。
それに比べると、この分裂風味に溢れたザルのアルバムが語られないってのは自分的にも全く納得できないというわけで。ロック・レボリューションが進行していた1968年という時代に、表面的には実験的試み満載の革新的作品とのイメージを与えつつも、内容的にはザル本人ののほほんとした性格があけっぴろげに展開されるこのアルバムは、確かにシリアスに語られるべき代物ではないな。いきなりサウンド・コラージュでスタートするも、スプーンフル時代に彼が得意にしていたグッドタイミーでユーモラスなロック・サウンドに突入するトップの"Raven In A Cage"こそオリジナル(スプーンフルで彼の抜けた穴を埋め、このアルバムでは共同プロデューサーを務めたジェリー・イエスターとの共作)だが、以下"You Talk Too Much""Last Date""Little Bitty Pretty One"と、当時の感覚でも充分「オールディーズ」だった曲のカヴァーが続く。"You...."で聴かせるやる気のないボーカル。"Little...."ではそれをさらに多重コーラスで畳み掛け脱力感満点。"Last...."での真剣なギター・プレイさえも滑稽なものに感じられる。皮肉屋ぶり全開のタイトル・トラックやさらに変な歌をフィーチャーした"Hip Toad"がある一方でカントリー・ナンバー"Brown To Blue""I Almost Lost My Mind"を余裕綽々でカヴァー、自らが去った後のスプーンフルのアルバム『エヴリシング・プレイング』収録曲"Priscilla Millionaira"まで持ち出す有り様。そしてラストのシュールなインスト大作"Lt. Schtinckhausen"で一気に頂点まで登り詰める。ザッパ崩しの様でありつつお気楽魂がそこここに顔を出すこの曲は、『革命』収録の適当なサウンド・コラージュ"War Games"と好コントラストを成す。そういえばジャケのコラージュはあのピーター・マックスである。
当時のポップ・シーンと異質でありつつも決してサイケ最前線と交わることがなかったこのお気楽前衛作品、名作なんて言われなくていいからもっと幅広く聴かれるべきだと思うんであるが。個人的には「アレキサンダー・スペンスの"OAR"と正反対のベクトルに壊れたアルバム」として評価している。確かに、英国にも代役メンバーの協力を得てソロ活動をした狂気のアーティスト、いたけどね........うん、こんな調子で今後も続けていきます。邦洋新旧問わず。
(2002年1月4日)
Case 2
West Coast Pop Art Experimantal Band "Vol. 2"
1967年発売/Reprise (米) CD:Sundazed (米) SC-6174
「西海岸大衆芸術実験音楽集団」。この大層な名前のバンドの音に初めて接したのは、86年にイギリスのエドセルからリリースされた彼等のコンピレーション・アルバム"Transparent Day"においてであった。サイケ世界の中にありながら、バンド名通りの大胆不敵な実験姿勢を匂わせる独特のサウンドに瞬時惹かれた。そのライナーに於いては、「音楽的中心人物で殆ど全ての作曲とプロデュースを手掛けるボブ・マークリーの才能」について惜しみない賞賛の声が送られていた。
しかし86年はまだまだ大昔。全ての媒体が都合良く真実を教えてくれるとは限らない。伝説のベールは徐々に剥がれ始め、マークリーという男の生い立ちや素性について次第に明らかになっていくのであった。その実態は女の子にもてたくてハリウッドの社交界に入り込んだええとこの(元)おぼっちゃま。こともあろうにヤードバーズのウェルカム・パーティを自分の邸宅で行うことになってしまい、そこでの大熱狂を目にして「自分もロックをやるべ」と大決心、居合わせたキム・フォウリーを利用して野心に溢れるロサンゼルスの若者たちと「合体」する。楽器とか欲しいもの全部買い与えるから、自分をフロントに立て、好きな事をさせろという主張に若者達は負け、こうして誕生したのがこのWCPAEBである。自主制作に近い形でファースト・アルバムをリリース(激レア盤と言われていたが、若者達の一人で現大プロデューサー、マイケル・ロイドの手元に100枚程眠っていたらしい。現在はサンデイズドからCDリイシューされている)した後、これまたらしいコネでリプリーズと契約しアルバムを3枚リリースした。
そこからの第一作"Part One"はザッパ、P.F.スローンの曲も交えていい意味でのL.A.のアングラ・サウンドを象徴した作品である。オリジナル曲はフォーク・ロックを基調に洗練されたハーモニーをフィーチャーしたものと、より大胆な実験的サウンドを展開したものにはっきり二分されていて、その分焦点を絞りにくい。いずれの作曲者クレジットにもマークリーの名前はあるのだが、実質的曲作りは彼以外の人物(メンバー以外も含む)によって行われているのだ。ステージでも繋いでいないマイクを前にうつろにタンバリン振ってただけ.....バックステージでは堂々と「俺達のアルバムだぜ」と小娘達を誑かせてる奴がね。
続いて67年後半にこの通算3枚目"Vol.2"がリリースされる。ここでは実験色を前面に出しながら、より洗練されたサウンドへと進化。その裏にはいい気になりすぎるマークリーの陰謀があった。他のメンバーははりきってサウンド作りに勤しむものの、マークリーのサイケなはったりだらけの歌詞をあてはめるのには消極的だった。結果として分裂風味に溢れる妙ポップが生まれたのだからたまらない。まぁこれこそマークリーの「プロデュース」の賜物なのであろう。
個々の曲については詳しく述べる余裕がなくなってしまったが、まず2曲目の"Suppose They Give a War and No One Comes"が強烈。徐々にハードさを増していくリフ中心のサウンドに乗せて、マークリーがわめき散らす反戦ステートメント。決して説得力はないが、彼の言いたいことと他メンバーの錯乱状態が見事に調和し逸品を作り上げた。テキサスのサウスウェストF.O.B.によるカヴァー・シングルがヒットした"Smell Of Incense"はアトモスフェリックなソフト・サイケの名曲。淡々と続く演奏(琴も使用)と時に威嚇するファズが強力。後半はマークリーのパーソナルな部分がさらに前面に出て前半程の面白味はないが、"Queen Nymphet"の美しいハーモニーや最終曲"Tracy Had A Hard Day Sunday"の洗練された感覚は聴きものだ。
翌年リリースされたリプリーズ第3作"A Child's Guide To Good And Evil"はさらにサウンド的完成度が高まった傑作であるが、マークリー色はさらに濃厚になっていき、レーベル・チェンジ後出されたさらなる2作は面白味を欠くものとなってしまう。最終作などグループ名義が"Markley A Group"。彼自身はろくに音楽的貢献をしていないにも関わらず、である。プロデューサーのステイタスが重要視される今の日本の音楽シーンに、こんなヤツがいたらあなたどうしますか、ほんと。
(2002年1月6日)

Case 3
Sagittarius "The Blue Marble"
1969年発売/Together (米) CD:Dreamsville YDCD-0045
例えばエタニティーズ・チルドレンのファーストよりセカンド。アソシエイションのファーストやセカンドより『バースデイ』。サジタリアスよりミレニウム。昨今のソフトロック・ブーム(?)ではどうしても快活で洗練されたものの方が好まれる傾向にあるようだ。陰鬱なものはどうしても避けられがち。ミレニウム程の決定的高評価を決して受ける事のないサジタリアスであるが、このセカンド・アルバムはファースト以上に陰鬱さの度合いが高まっているせいか、未だにまともに聴かれていないという気がする。
えいっ、折角公式にCDリイシューが実現したことだし。名盤を語るのに的確な模範なんて必要ないぞ。世間の声に流されるな。聴こうや。
御存じの通りサジタリアスは基本的にゲイリー・アッシャーの個人的プロジェクトである。急激に進歩を見せるポップ・ミュージック界最前線への勝負のカードを提示するに当って、大きな刺激となったカート・ベッチャーとの出会い。それは煌めくハーモニーと実験精神に溢れるファースト・アルバム『プレゼント・テンス』を生み、カートにとってもミレニウムの名盤『ビギン』への起爆剤となった。69年になると、ミレニウムのセカンド・アルバム構想の挫折や、ポップ革命の方向転換などもあり風向きは悪くなったものの、カートとゲイリーの共闘はトゥゲザー・レーベルの設立で頂点に達する。そこからリリースされたのがこのセカンド・アルバム『ブルー・マーブル』である。
このアルバムでのサジタリアスはゲイリーの個人的プロジェクトとしての色合いがさらに高まっており、カートの貢献は数曲に於いてのみ。シングル・カットされた「イン・マイ・ルーム」ではリード・ヴォーカルを担当しているが、この曲がこのアルバムのトップに置かれたことの意義は大きい。勿論この曲はビーチ・ボーイズ63年の名曲のカヴァーであるが。ブライアン・ウィルソンにしてもカート・ベッチャーにしても元々天性の才能の持ち主だったわけだが、そこにゲイリー・アッシャーという共謀者が現れたことにより、彼等の内向性に拍車がかかったのではないかと思わせる。サジタリアス以前の彼の作品を聴いてみてもどこか捻れた視線を感じてしまうのは不思議か。とにかくここではブライアンの引きこもり讃歌をゲイリーの指揮の元カートが歌唱しているのだ。結果としてビーチ・ボーイズにはない屈折さが前面に出ているが、洗練された音作りのためか耳当りはいい。2曲目「フロム・ユー・アントゥ・アス」は唯一のカートの作品で、70年にエタニティーズ・チルドレンのラスト・シングルとして発表されている。「グラディス」も共作者であるジニー・ピアソル自身がシングルでリリースした曲だ。
「ブルー・マーブル」とはもちろん地球の事だが、69年といえばアポロ11号月着陸の年であり、盛り上がっていた宇宙思考と、ゲイリーも傾倒していたアラン・ワッツの哲学がこのアルバムのテーマを形作っているようだ。全面的に使用されたシンセの音は、宇宙哲学の音像化に一役買っている。ビートルズの『アビー・ロード』(これも69年)に関わったスタッフは「ビートルズはシンセを慎重に扱った」と語っていたが、ここでの使い方は慎重になろうとするあまり結果的に目立ち過ぎたという感じである。全体的にカリフォルニア・ポップの持つ快活さが影を潜め、陰鬱なムードに支配されたアルバムでありつつ、ファースト・アルバムとまた一味違った閃きが随所から感じられる好作品。シンセ使用のせいとは言わないがこれもまたプログレッシヴ・ポップの一つの形であろう。
(2002年1月9日)

Case 4
Montage "Montage"
1969年発売/Laurie (米) CD:Sundazed (米) SC-6172
折角CDリイシューされたって事で懲りずに60年代ポップの隠れ名盤でいきたいと思います。このモンタージュとは69年にたった一枚のアルバムを残して消えた謎のグループ。かつてライノから出ていたLPシリーズ"Nuggets"の"Pop Vol.4"にこの中の一曲"I Shall Call Her Mary"が収録されていて、アルバム全体の再評価を密かに待っていたのでありますが、案の定ソフトロック・ブームにも引っ掛からず、どうした事かと。この謎のグループが浮上する手がかりはただ一つ、プロデュースと殆どの作曲を手掛けたマイケル・ブラウンという人物の存在だったのです。
御存じの通り(!?!?)、マイケルは66年にレフト・バンクのリーダーとして頭角を表わすのですが、次第に偏執狂的性格をあらわにしていき、ライヴやらずに曲作りに専念したいというブライアン・ウィルソン志向に陥るのです。そして他のメンバーの協力を得ずにシングル"And Suddenly/Ivy Ivy"を制作。他のメンバーは当然激昂し、一度は和解してもう一枚シングル"Desiree"(名曲!)を作るものの結局は破局。そしてこのモンタージュに関わることになるわけです。
まぁ前回取り上げたサジタリアスみたいな個人的プロジェクトと思いがちになる方もいると思いますが、モンタージュはあらかじめ存在していたバンドで、スタジオの経営者であったマイケルの父をはじめ幾つかのコネクションによってこのコラボレーションが実現したとのこと。確かに演奏力はレフト・バンクと比べてもどっちもどっちという気がしますが。なかなかどうして、マイケルは張り切りまくり。コーラス・アレンジとキーボード演奏で全面的にサポートしてますが、いずれもいい仕事。考えてみればレフト・バンクでの彼の唯一のヴォーカル曲は、一般的イメージと最もかけ離れた野暮な曲"What Do You Know"でしたから、彼に一番必要なのは強力なシンガー達だったという事実は解るし、モンタージュのメンバーは何れも立派にその役割をこなしているわけです。引きこもりシングルの時のコラボレイター、バート・ソマーとトム・フェアの二人も引き続き共作者として参加しています。
楽曲的にはマイケルお得意のクラシカル志向が表われた"She's Alone"や"Tinsel And Ivy"が飛び抜けている。特に幽玄過ぎる前者はラストに持って来た方がよかったという感じですが、マイケルがこれを自ら歌うデモの存在なんて想像したら怖い。(ミークのアレみたいに.....) 小粋なポップ路線の"I Shall Call Her Mary"や"Grand Pianist"も仲々。"Men Are Building Sand"は、前述の引きこもりシングル制作時に録られたデモ(ヴォーカルはトム・フェアの様だ)がレフト・バンクのリイシューCD"There's Gonna Be A Storm"で公式発表された曲で、こちらでは結構健闘しているが、"Desiree"のリメイクはどう考えてもレフト・バンク版にはかなわないな。リード・ヴォーカリストとしてはやはりスティーヴ・マーティンの方が一枚上手だし、アレンジ的にも控え目だ。"The Song Is Love"は小気味良いポップで、ソフトロック好きにはまず最初にこれをおすすめしたい。
まぁ私はいずれにせよマイケル離脱後のレフト・バンクのセカンドを生涯ベスト10に入る作品としている人であるわけですが(確かにソフロ者にはお勧め出来ない.....)、本当のレフト・バンクのセカンドはこのモンタージュのアルバムだという声もあることはあるわけで、今回ばかりはなんとか中立の立場に立ちたいものです。どっちにしても、他のバンド・メンバーの彼女に横恋慕して名曲を連発してしまうマイケル・ブラウンという人物は憎めない存在なんです。
(2002年1月12日)

Case 5
The Seeds "Future"
1967年発売/GNP Crescendo (米) CD:英国盤で入手可
サイケ、ガレージの雄として今でこそ評価が高まっているザ・シーズだが、果たしてその高評価は相応しいものなのだろうかと不思議になる時もある。いや、確かに彼等が現役として活動していた時は、日本盤シングル3枚、EPとLP各1枚リリースされていたはいたのだが、今程の評価を得ていなかったのは確かである。だからこそGSのザ・ラヴ(アーサー・リーのラヴとは勿論無関係よ!)が彼等の代表曲「プッシン・トゥ・ハード」をウェスタン・カーニバルで演奏したという話を知ったときは、まさに胃が縮む程の驚愕に襲われたものだ。
自分はあのガレージ者にはマストのLP2枚組コンピ"Nuggets"を82年に聴いて彼等に開眼したのであるが、幸いアメリカ盤LPがいずれも手に入り易い状況にあったため、その年の内に全部買い集めたのを覚えている(あとエレクトリック・プルーンズやシャドウズ・オブ・ナイトのファーストが、有り難いことにワーナーから国内盤LPとしてリイシューされていたし。ついでにミレニウムとサジタリアスもソニーから......)。野性味溢れるファースト、さらに錯乱味を増したセカンドには瞬時惹かれたが、正直言ってこの3枚目『フューチャー』はどうかな〜と。サイケ精神の再現を試みるもどこか煮え切らないアルバムだなぁという印象が強かったのだ。
やがて時代は進み91年、日本のキングがどこよりも早くシーズのオリジナル・アルバムを軸としたCDリイシューをやってのけた。もちろん素直に喜んだのだが、またも複雑な気分にさせてしまったのがこの『フューチャー』に寄せられた、「掛け値なしの最高傑作」「非常に似通ったコンセプトを持つラヴの『フォーエヴァー・チェンジズ』に比べると正当な評価を得ていない....」云々の文章である。『フォーエヴァー・チェンジズ』を似たものとして引き合いに出すこと自体かなり可笑しいと思うんだけどなぁ。日本に於けるサイケ再発見が(ソフトロックや他の「趣味のいい」古き良き音楽に比べると、だよ.....)いまいち進んでいないのはこういうジャーナリズムのせいなのかなぁと考えさせられた。
何せ海外のサイケ・ガレージのファンジンにはあからさまに「最悪のアルバム」と罵られることの多い作品である。歪曲されたサイケ魂、美化されたフラワー・ムーヴメントの姿。確かに向き合ってて気持いいものではない。しかし、賛辞と罵倒の間に立って冷静に観察してみると.....やはり語られるべきアルバムだなぁと思うのだ。本作の発売は67年7月。『サージェント・ペパー』と殆ど同時期である。『ペパー』を聴いて着想を始めたとしたらもっと発売が遅れていたに決まっている。大掛りなコンセプトとストーリーライン、無意識に彩色化されたサウンドなど、『ペパー』に準ずるサイケ・ポップの基本は随所に姿を見せるのだが、その捻れ具合はやはりアメリカ西海岸だ。ラリパッパな平和志向で浮かれるサンフランシスコを横目で見ながらほくそ笑むハリウッドのスノビズム、その悪ガキ版である。中心人物スカイ・サクソンの持つ様々な価値観が、サイケという鏡を経て様々な偏光を放つ曲集。いかにもな語りの「イントロダクション」から鞭の音も交えて歪んだヴィジョンを提示する「フラワー・チルドレンの世界」へ、そしてシタール風ギターがチープなエセ東洋哲学を描く「トラベル・ウィズ・ユア・マインド」へ。過去のアルバム未収録シングル「問題外だぜ」(65年録音)がとってつけたように続く。この曲で聴かれる典型的なサクソン・ヴォーカルが他の曲では影を潜めたとして非難されることも多いのであるが、あくまでも自己投影の手段なのだから仕方ないだろう。確かに「ナウ・ア・マン」のような攻撃的ナンバーには不釣り合いのような気がするが。ボビー・ダーリンが歌いたいって言ったのは幻か、の美しいバラード「ペインテッド・ドール」、ラヴ(こっちはアーサー・リーの方)を脱退したばかりのジェイ・キャントレリが管楽器で参加した「フラワー・レディ」や「入口はどこ」、シングル・カットされた「プッシン.....」の焼き直しという感じの「無数の影」(当時の邦題は「花咲く木かげ」!)、ジャック・ニコルソンのB級アシッド映画"Psych-Out"でも歌われた「2本の指」、恐怖世界を演出する「シックス・ドリームズ」そして津波のようなハープと一体となって地獄へと導く「フォーリン」.......結局フラワー・ムーヴメントは幻想であり悪夢であったということか。これが「未来」なら易々と訪れて欲しくなかっただろう。
確かに。シーズはこの後、マディ・ウォーターズ等を迎えたドロドロのブルース・アルバム"A Full Spoon Of Seedy Blues"をスカイ・サクソン・ブルース・バンド名義でリリース(先のキングのCDでは何故か無視された)したが、実は制作されたのはこの『フューチャー』よりも前だったらしい。そしてスカイは解散後カルト教団ヤホワ13と関わり、逆説的に人間の真意を見い出すことになるのだ.......最後に、シーズをまず一枚という方にはこのアルバム単体はお勧めしないが、95年に出た米国盤コンピ"Travel With Your Mind"はこれ最強。先の「プッシン・トゥ・ハード」を始めとする代表曲や未発表曲に加え、『フューチャー』からの5曲がキーボードのダリル・フーパー自身による強力なリミックスで収められている。シンセをダビングしたり、エフェクト処理を多用したりという処置は加えられているが、アルバム・ヴァージョンより遥かに輪郭がはっきりした仕上がり。
(2002年1月16日)

Case 6
ザ・コケッシーズ「ウィッスル」
1997年発売/MIDI Creative (日) CD:CXCA-1029
現在、突然変異的に大ヒットを続けるストロベリー・フラワーの「ピクミン」CMソング「愛のうた」。別に曲自体が突然変異的なわけじゃ無くて、時代の喧騒とは無縁の音楽と時代が必要としている哀感がぴったりマッチして生まれた名作故の結果であると信じたいが、これを歌っているアーティストについての真相を知った時はまじで目からウロコであった。ボーカルの女性が近々出産予定という話を聞いた時ではなく、その直後、その女性の正体が「京都でバンド活動をしている渡辺智江さん」であるという話を聞いた時なのである。
ええっ、元ザ・コケッシーズのべーさんでは? 瞬時認識した。その時、目の前には、彼女たちが大手インディーズ(?)でこの唯一のCDをリリースする以前にこつこつと自主制作したカセット2本の姿がたまたまあった。
今みたいにネット上にインディーズ・ショップが点在する遥か前の話であるが、たまたまどっかのディスクユニオンで彼女達のテープを見つけたのだ。キャプションには「女の子3名のほのぼのフォーク歌謡バンド」との言葉が。これでそそられない訳がない。が、実際音を聴くと余計に打ちのめされたのだ。いい意味で京都らしい素朴なアングラっぽさ。純粋でありつつ狂気を内包した、暖かく甘い毒のような音が、ローファイな霧の向こうに存在していた。ますますこの種の音が欲しくてたまらなくなっていったのだ。
これらの自主テープ発表のしばらく後、全国ネットで関西の女の子バンドを紹介するドキュメンタリー番組が放映され、そこに彼女達の姿があった。いっぱいいっぱいの生活状況の中でひたむきに表現に磨きをかけていく姿が瑞々しすぎた。ラジカセを数台だめにしたと語りながら、これらのテープに一生懸命ラベルを貼っているシーンもあった。そしていよいよ97年10月、このアルバムで全国進出を果たすことになる。
その年の11月26日、遂に念願のコケッシーズのライヴを初体験することが出来た。白一色のTシャツに短パンという、その音楽と不釣り合い(?)な眩し過ぎるステージ衣装に気をとられてしまいがちになるも、彼女たちらしい弾け振りがステージでさらにエスカレートする様に魅了されてしまい.......残念ながらこれが最後の東京でのライヴとなってしまったのであるが。今でも鮮烈に脳裏に残っている。
さてこのアルバム。ピクミン歌手の原点として今でも容易に手の届くところに位置する作品でもあるが、それより先にまず金字塔である。殆どの曲がテープで披露済のものであるが、ローファイな霧がぱっと晴れて彼女達の体温がより身近に感じられるサウンドになっているのが嬉しい。弾けまくりのフロント・メンバー達の影に隠れがちなフルートのちよこさんの醸し出す陰翳が、ここでは一層効果を発揮しているのだが。やっぱ曲がいいのだ。ラストの「メロディ」なんか、そのままピクミンに繋がっていくような穏やかな世界を生んでいる。しかし個人的には壊れ寸前の「こけしの話」等の方に一層魅せられている。
シャッグスを女性版ビートルズであるとする突飛なセオリーに従って言うならば、ザ・コケッシーズこそ女性版サニーデイ・サービス、いや、女性版はっぴいえんどであるとさえ言ってしまっても決してオーバーではないかもね。
で、次なる「愛のうた」は来るのか? 鈴木朋の「トロとお散歩」もいいけど、かまぼこの「今日はデート」あたりがひょんなことから復活というのもいいかも。
(2002年1月29日)
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